――第6章・ミチコ――
すべてが落ち着くと、アオイ、ザリア、レオの三人は、スキャナーが次の獲物を選ぶのを待った。スキャナーがオマリロとレオの間を漂っている間も、子供たちは老人から目を離さなかった。
「賭けてもいい。あいつ、まだあたしらを置いてく気だぞ」ザリアがぼそりと言った。
「きっと、私たちをそばに置く価値に気づいてくださるさ」レオが言った。「あれほどの人物なら、たしかに力はある。だが、何もかも一人でこなせるわけじゃない。ましてや、あのご高齢だ」
「二人とも考えすぎ!」アオイが割り込んだ。「もういろいろ教えてもらってんじゃん。これ以上何が欲しいの? 実質、こっちの味方でしょ」
レオとザリアはそろって額に手を当てた。
オマリロが杖に寄りかかる中、スキャナーは選定を続け、やがて止まった。だが今回は、止まる位置がおかしかった。
レオとオマリロ。その二人の間だった。
〈レオ・タケノ&オマリロ・ニュガワ〉
二人とも選ばれた。子供たちは驚いたが、オマリロはほとんど反応しなかった。ただ、少しだけ背筋を伸ばした。
「二人とも?」レオが聞き返した。「妙ですね。てっきり、一人ずつ試験を受けるものだと思っていたのに!」
アオイが彼を揺さぶった。
「もう、感謝しなよ! 伝説とタッグ組めるんだよ! あたしたちの試験より、ずっと楽勝になるじゃん!」
「まあ、そう言われると……」
これまでと同じように、障壁がレオとオマリロを少女たちから切り離した。ザリアは腕を組む。
「最高だな。レオはジジイの前で好きなだけいいとこ見せられて、あたしらは後ろで眺めてるだけかよ」
アオイは録画を始めた。
「へへっ! めっちゃ楽しみ! ねえ、あの人ドラゴンに変身すると思う? それとも、ビルとか真っ二つにしちゃう?」
「はあ? なんであたしに訊くんだよ」
UIが再び現れた。
「あなたがいるとなると、何を出してくるんでしょうね」レオが言った。「あなたを止められるようなものなんて、そうそうないでしょう?」
オマリロは唸った。少年の自信は一気に膨れ上がり、何もしなくても勝てるつもりになっている。
そう簡単にはいかないことを、オマリロは知っていた。
実際、簡単ではなかった。
〈明かりが灯ったら動け〉
〈マジャ。レベル:19,000〉
〈開始〉
近くの建物から、巨大な蛇が這い出してきた。その目が、二人を見下ろす。声は黒板を引っかくように耳障りで、毒々しい飢えを帯びていた。
「ニュガワ……」蛇が言った。「なんと嬉しい驚きだ。貴様の肉を喰らうのは、我が生涯でも指折りの悦びとなろう」
レオは巨大な蛇を見上げた。だが、その平静がいつまでも続くわけではないことを、オマリロは知っていた。
「いったい何なんですか、あれは?」
「悪魔の蛇だ」オマリロは答えた。「怯めば、蛇、小僧の肉を喰らう」
明かりが消えた。
背後で蛇が這う音がする。レオは懸命に身動きをこらえ、オマリロは苦もなくその場に立っていた。
幸い、明かりはすぐに戻った。マジャは、わずか一メートルほど先にいた。
レオはその隙に通りを駆け出した。オマリロはゆっくりと歩き始める。
再び明かりが消え、二人とも足を止めざるを得なかった。レオはもう、ほぼ一区画ぶん先にいる。オマリロは、まだ蛇の進路上にいた。
「急いだほうがいいですよ!」レオが叫んだ。「蛇がすぐそこです!」
また明かりが灯った。マジャは、オマリロのすぐ真後ろにいた。
(何をしているんだ? なぜわざわざ危険に身をさらす? 自分の命が惜しくないのか?)
マジャの二股の舌が、オマリロの前腕を舐めた。
「ニュガワ……年を取って、ずいぶんと鈍くなったものだな?」
レオはさらに通りの先へ走った。一方のオマリロは、相変わらず悠々と少年のあとを追っている。
マジャの目が歓喜に輝き、明かりが再び消えた。
二人を追って這い進むマジャが、建物にぶつかる音がする。そして視界が戻ったとき、マジャはオマリロの真上で顎を開き、今にも噛みつこうとしていた。
「くそっ!」レオが声を上げた。「あなたはもっと速いはずでしょう! 何のためにこんなことを!」
「小僧、学べ。勝利には代償がある」オマリロは言った。「タダの勝利、ない。代価、自分の腕で払え」
レオは動きを止めた。
(わかっていたはずだ。母のように衝動的な人間を導くには、厳しい教え方が必要だっただろう。だが、あからさまに自分を危険にさらすなんて)
明かりが消える前に、オマリロはもう少しだけ距離を稼いだ。レオはじっと動かず、蛇の音に耳を澄ます。
(だが、選択肢はない。あの人は、私たちが置かれた状況を解き明かす答えをすべて握っている。ほかに頼れる者はいないんだ)
明かりが戻ったとき、マジャはオマリロを捕らえ、その顎へと持ち上げていた。老人は、驚くほど落ち着き払っている。
「さて、貴様がどんな味か確かめるとしよう、ニュガワ」
ザリアとアオイが追いつき、障壁の脇まで駆け寄った。
「何やってんだよ、『先生』?」ザリアが問いただした。「わざと捕まったのか?」
「すごい力使ってよ!」アオイが食い下がった。「あんたが死んだら、あたしたちどうなるの!」
二人に懇願されても、オマリロは力を見せつけるつもりなどなかった。
少年に何ができるのか。そして、何をするのか。
それを見極めるときだった。
レオが手を突き出した。
「呪源拘縛者・無限牢獄!」
レオの体から青いエネルギーが放たれ、巨大な鋼の檻がマジャを囲んだ。マジャはオマリロを取り落とす。檻が勢いよく閉じ、蛇はその内側に体を打ちつけた。
「何だ、この馬鹿げた術は……?」
オマリロは難なく両足で着地した。足を引きずりながら、ゆっくりとレオのもとへ歩いていく。
「小僧、使える技、持っている。言葉の陰に隠れるな」
レオの顔が赤く染まった。
「そうしようとはしています。でも、言葉は私が持つ唯一の刃なんです。言葉がなければ、私は何者でもない。私の技は、その延長にすぎません」
明かりが消えると、マジャが檻を破る音がした。今度は、先ほどよりはるかに速く這い進んでくる。
明かりが灯ったとき、マジャはすでに襲いかかっていた。
「動け!」ザリアが叫んだ。「真上にいるぞ!」
レオはもうひとつ檻を作り出し、自分たちと蛇の間をふさいだ。そして小柄な老人を抱え上げ、全力で通りを駆け抜ける。
また明かりが消えた。レオとオマリロはその場で止まった。
マジャの声が、二人をさらに追い詰める。
「チク……タク。チク……タク」
蛇が二人に激突し、その体を地面に転がした。二人は倒れたまま呼吸を整え、身動きひとつしない。
オマリロは、少年の冷静さに目を留めた。
「ふむ」
明かりが戻ると同時に、レオはオマリロを抱えて走り出し、角を曲がった。そのはるか先で、ウェイポイントが光っている。
ゴールだ。
「あそこだ! あそこまでたどり着けば、試験は完了です!」
ゴールはすぐそこだった。だが、マジャが目の前の建物の列を突き破って現れ、石像のように動きを止めた。
さらに間の悪いことに、その瞬間、明かりが消えた。
レオにもオマリロにも、マジャがどこへ行ったのかは見えない。だが、音だけははっきりと聞こえた。
明かりが戻る。
マジャは二人とも捕らえていた。レオは目をつぶった。
「やめろ! 今すぐ放せ!」
再び檻が生まれ、マジャを押さえつけた。レオとオマリロは障壁へ向かって全速力で走り、マジャは檻を払いのける。
〈チェックポイント到達。マジャの制限が解除されました〉
その効果は即座に現れた。
マジャは二人を追い、ほんの数秒で追いついた。蟹の鋏のように顎を打ち鳴らし、オマリロへ、そしてレオへと食らいつこうとする。
「くそっ! 危ない!」
レオが手を上げ、振り下ろした。
これまでよりはるかに大きな檻が地面に叩きつけられ、マジャと獲物の間をふさいだ。二人は、その隙に走る。
直後、蛇が檻を紙のように引き裂いた。
マジャは地中に潜り、二人にはその位置を探る術がなくなった。
オマリロが手をかざす。その瞬間、マジャの尾がコンクリートを突き破り、レオに巻きつこうとした。
オマリロが手を一閃させると、尾は本体から切り離された。予想どおり、切り口はすでに再生し始めている。
レオは弱々しい老人を抱え上げ、飛び出した。ゴールはすぐ目の前だ。
最後のひと跳びで、二人はチェックポイントを飛び越えた。その直後、蛇が背後の建物に激突する。
〈チャレンジ完了〉
〈成績を評価中……〉
レオは滝のように汗を流し、しばらく息を整えた。オマリロはそのそばに立ち、一言も発さない。
マジャも、これまでの相手と同じように消えていった。
だが、オマリロにはどこか違和感があった。蛇は一言も発さず、負けて怒っている様子すらない。
それどころか、消えながら笑っていた。
「やりましたね」レオが言った。「これで合格には十分でしょう? ほかの階層が、これほど厳しくないといいんですが」
ザリアとアオイが追いついてきた。二人の姿を見て、その顔に安堵が浮かぶ。ザリアは必死に隠そうとしていたが、オマリロはすぐに見抜いた。
「あたしらより早く終わらせやがって」ザリアが鼻を鳴らした。「運がいいな」
「まあね」アオイが言った。「チームに伝説がいると、その人があんまり何もしなくても、オーラだけでパワーもらえるんだよ。ね、レオ?」
「……そう、なのかな?」
ザリアは腰に手を当てた。
「どうでもいいけど。これで証明できたよな、『先生』?」
返ってきたのは唸り声だった。彼女は拳を握りしめる。
「で、それはどういう意味だよ」
彼が何も付け加えないので、ザリアは腕を組んでそっぽを向いた。
オマリロたちは評価を待った。だが今回は、不自然なほど時間がかかっている。
「ふむ」
ようやく評価が表示された。
だが、あるはずのない結果だった。何かが起きたのでなければ。
〈レオ・タケノ――評価:B+〉
〈オマリロ・ニュガワ――評価:C〉
子供たちは息をのみ、オマリロは眉間にしわを寄せた。レオが評価の表示をつつく。
「いや、こんなのおかしいでしょう? たとえ全力を出していなかったとしても、Cになるほどではなかったはずだ」
ザリアはオマリロに視線を戻した。
「これ、あんたの試験のひとつじゃねえよな? もしそうなら、くだらなすぎるぞ!」
唸り声が返ってきた。否定だと、彼女にははっきりわかった。
それが、ますます彼女を不安にさせた。
アオイは一瞬、スマホを下ろした。
「待って、これってまたここに閉じ込められるってことじゃないよね?」
レオが両手を上げた。
「落ち着け、二人とも。ニュガワさんなら、何が起きているのか説明してくださるはずだ」
だが、オマリロは答えなかった。それが子供たちをさらに不安にさせる。
次の瞬間、オマリロは刃を呼び出した。
「後ろへ! 今だ!」
子供たちは本能的に従い、彼の背後に身を寄せた。
その直後、紫の稲妻が通りを駆け抜け、オマリロに激突した。
老人は刃で受け止め、押し返した。
そして、それが正体を現した。
背の高い、人に似た姿の女だった。黒いレギンスに紫の瞳、紫がかった黒い翼。両手には鉤爪が生え、口の両端から二本の牙がのぞいている。
「オマリロ・ニュガワ」女は告げた。「あなたは、この場所にいるべき者ではない」
オマリロは片手を子供たちの前に広げ、もう片方の手で刃を女に向けた。
「女、邪魔だ。どかす」
「私をどかす?」女は笑った。「記憶にあるより、さらに鈍くなったわね」
レオがオマリロの肩をつかんだ。
「あれは誰なんです? あの気配、これまでのどの魔物よりも強い! まるで、あなたのようだ!」
アオイもザリアも、口を開く勇気すら出せなかった。
謎の女は彼らの頭上に浮かび、今度は子供たちに目を向けた。
「弟子を連れてきたというの? 愚かなことを。あなたのせいで、この子たちは試練に失敗した。さあ、罰の時間よ!」
〈チャレンジ失敗〉
〈ペナルティ:不滅の竜の娘――ミチコ・ドラゴンズベインを撃破せよ〉
〈レベル:150,000〉
「レベル150,000?」ザリアが息をのんだ。「あんなの、どうやって倒すんだよ!」
ミチコが翼をひと打ちすると、電撃の衝撃波が全員を押し戻し、あたり一帯の建物を粉々にした。
だが、老人は剣を地面に突き立て、その場に踏みとどまった。ミチコが舞い降りてくる。
ミチコの手に、紫の稲妻でできた刃が形作られた。ひと振りすると、雷撃が雨のように降り注ぎ、道路を揺るがす。
オマリロは跳んでかわし、無人の通りの真ん中に降り立った。
「お父様は、あなたの干渉にうんざりしているの」ミチコは言った。「あなたの旅は、ここで終わりよ」
彼女の背後に巨大な竜の影が現れ、あらん限りの声で咆哮した。
オマリロは動じることなく、刃を構え直した。
「さあ、『伝説』の名がまだ重みを持つのか、見せてもらいましょう」
〈開始〉




