――第4章・試験――
〈最初の2フロアを攻略〉
〈評価を開始します〉
〈最低合格ランク:B〉
今度、一行が降り立ったのは未来都市の通りだった。アオイはまだ写真を撮ろうとはせず、ザリアは目の前に浮かぶUIをじろりとにらんだ。
「評価? 何を評価すんだよ」
「おそらく、私たちの働きぶりでしょう」レオが言った。「ですが、疑問なのは、なぜ第三階層まで待ったのかということです。最初の二つの階層は、単なる試しだった――そういうことですか、ニュガワさん?」
名前を出されて、オマリロは唸った。肯定とも否定とも取れる声だったが、その響きは肯定寄りだった。
本当に厄介なのは、ここからだ。
今回の規則が何なのかを見極めること。
いつものように、それはすぐに現れた。一行のちょうど真ん中に出現し、彼らを左右に押し分ける。
〈規則:パーティメンバー全員が試験に参加すること〉
「やっぱ試験なんじゃん!」ザリアが露骨に不機嫌な声を上げた。「うわ、クソみたいな試験とかやりたくねえんだけど!」
「ほんとそれ、あたしも無理」アオイがうめいた。「あたしみたいな女子が試験とか、キャラじゃないし。マジでダサい」
レオは、UIを見上げるオマリロのほうを向いた。
「どんな試験になりそうですか、ニュガワさん? 以前にも経験したことがあるのですか?」
少年の口調には、これまで以上の好奇心がにじんでいた。オマリロには、それがまるで気に入らない。この調子が続けば、知られたくないことまで探り当てられてしまう。
周囲の建物が明滅し、輪郭をぎざぎざに歪ませた。青かった空が漆黒に染まり、子供たちに不安が走る。
さすがのアオイも、スマホを取り落とした。
「ぎゃっ! これ無理! 電気つけて!」
ザリアは槍を構え、獲物を探す捕食者のように忙しなくあたりを見回した。一方、レオはオマリロから目を離さなかった。この老人は、まったく同じ状況を何度も経験してきたように見える。
〈試験参加者1を選択中……〉
青いホログラムの光が、子供たちを順に照らし、オマリロへ移り、また同じ順番で巡った。何かの選定装置らしい。急いで決める気はさらさらないようだったが、やがて光は止まった。
〈ザリア・タケノ〉
選ばれたのはザリアだった。青い障壁が彼女を仲間から切り離し、どれだけ叩いても消えなかった。レオとアオイも壊そうとしたが、オマリロには無駄だとわかっていた。
たとえ自分が壊したところで、全員がペナルティを受けるだけだ。
「妹に何が起きたんです?」レオが問い詰めた。「なぜダンジョンは私たちを引き離したんですか?」
「娘、己の価値、示さねばならぬ」オマリロは説明した。「ダンジョン、試練なしでは娘を放さぬ。下がれ」
彼は杖を突き出した。毅然とした声で、言葉をひとつずつ区切る。その口調に不意を突かれ、レオとアオイは後ろへ下がった。オマリロは障壁のそばで待つ。
ザリアは何度か障壁を蹴りつけたが、びくともしなかった。彼女が閉じ込められたことは、オマリロにもわかっていた。残るのは、ひとつの選択だけだ。
娘に教えるか、見捨てるか。
「落ち着け」オマリロは命じた。「ダンジョン、娘を罠にかける気だ。罠にかかるな」
「あんたの助けなんかいらねえよ、ジジイ! あたしはここから出たいだけだ!」
彼女の背後に、別のUIが現れた。気づいたときには、もう遅かった。
〈騎士を20体撃破せよ〉
〈堕ちし騎士団の騎士。レベル:10,000〉
〈開始〉
身の丈二メートルを超える騎士たちが、一斉にザリアへと進軍してきた。鋼の鎧に身を包み、手にしているのは、自分の背丈ほどもある鋭い剣だ。
ザリアは一瞬ためらったものの、一体の胸に槍を突き立てた。騎士は笑い声を上げ、いともたやすく槍を引き抜くと、ザリアを自分のほうへ引き寄せ、その顔面を蹴り飛ばした。
彼女は立ち上がり、二体の剣を槍で受け止めた。その膝を斬りつけて倒すが、騎士たちはすぐに回復してしまう。
ザリアは振り返りもせずに別の一体の剣を受け止め、続けてもう一体の胸に両足を叩き込んだ。その体を蹴って飛び退くと、騎士が吹き飛ぶ。
さらに、別の一体を突き刺した。
どれだけ傷を負わせても、騎士たちは回復してしまう。やがて、その数が彼女を圧倒し始めた。
オマリロの思ったとおりに。
レオが急いでオマリロに駆け寄った。
「妹には助けが必要です! 助けてやれないんですか?」
「娘、頑固だ。痛い目を見て学ぶ」
ザリアは槍を蹴り上げ、一体の頭に突き刺した。さらに跳び上がり、別の一体の頭を両脚で挟み潰す。三体目に体当たりして地面に押し倒しながら、最初の一体から槍を取り戻した。
引き抜いた槍で別の一体の腹を貫き、その勢いのまま体を回転させて、騎士の一群をまとめて蹴り飛ばす。
それでも、傷は残らない。
五体の騎士が剣を振り上げ、一斉に斬りかかった。何本かが彼女の体をかすめる。
ザリアは転がって距離を取り、牽制するように槍を構えた。
「今すぐ離れろ、このクソ野郎ども!」
レオは額に手を当て、アオイはスマホから顔を上げて見入っていた。そしてオマリロは、何ひとつ自分には関係ないとでもいうように立っている。
娘が聞く耳を持たないのなら、その代償は娘自身が払うしかない。
一体の騎士が剣を馬上槍のように構えて突進し、今度はザリアの脇腹を斬り裂いた。彼女が蹴り返すと、その威力で騎士の片腕がもげ落ちた。
だが、もちろん関係ない。
別の騎士が裏拳で彼女を殴りつけた。ザリアはその首に両脚を絡め、地面に手をついて体を跳ね上げ、その勢いで騎士を叩きつける。
だが、立ち上がる暇もなかった。四体の騎士に持ち上げられ、次々と投げ回された。
「ザリア!」レオが叫んだ。「ご老人の言うことを聞くんだ! あの人には経験がある、私たちにはない! あの人の助けが必要なんだ!」
ザリアはその声を聞き流そうとし、取り囲む騎士たちを蹴散らして抜け出した。だが、槍には手が届かない。騎士の一体が蹴り飛ばしてしまったのだ。
その騎士が振るう剣の下を転がって潜り抜けたものの、ついに障壁を背に追い詰められた。
オマリロはもう我慢の限界だった。そして、それをはっきりと示した。
狙いを定めた一撃が障壁を叩いた。大きな亀裂が走る。
あと一撃で砕ける。そうなれば、試験は終わりだ。
「何をしているんですか!」レオが叫んだ。
オマリロはザリアを見据えた。その眼差しは、もう穏やかではない。鋭く、威圧的だった。
ザリアは思わず身震いした。
「な、なんだよ――?」
「無視すれば」オマリロは告げた。「障壁、砕く。娘、失格だ」
脅しではない。宣告だった。
「わ、わかった、わかったって! 何なんだよ、もう!」
レオとアオイでさえ言葉を失い、おずおずと後ずさった。オマリロの髪が逆立ち、その目が金色に閃く。
「騎士、頑丈だ」オマリロは言った。「だが、首を落とせば倒れる。娘、闇雲に攻めている。正確さがない」
「なんでそんなことわかんだよ」
オマリロは答えなかった。信じるかどうかは、彼女次第だ。
ザリアは脇腹を押さえながら、迫ってくる騎士たちを見た。ほかに選択肢はない。
「呪源闘士・呪殺槍!」
槍が彼女の手に戻ってきた。今度は穂先が紫に輝き、その周囲に霧が漂っている。
騎士たちが一瞬、動きを止めた。
ザリアは、一度だけでも老人の助言に従ってみることにした。
最初の騎士が剣を振るう。ザリアも槍を振るった。
騎士の首がきれいに胴から転げ落ちた。今度は再生しない。
〈残り騎士数:20→19〉
騎士たちは倒れた仲間を見つめた。さらに二体が、明らかに復讐心に燃えて突進してくる。
ザリアは手の中で槍をくるりと回し、二体の首をまとめて斬り落とした。
(ジジイの言ったとおり? でも、なんでだ? なんであたしを助ける? それに、なんでそんなこと知ってんだよ)
背後から騎士が一体迫る。彼女は素早い一撃で、その首を刎ねた。
別の一体が跳び上がり、頭上から彼女の首を狙う。ザリアは先に脚を、それから首を斬り落とした。
レオは障壁に両手をつき、顔を押しつけていた。
「倒している! あの人はたった一言で、騎士たちの弱点を教えたんだ!」
アオイは横目でオマリロを見た。
「あのジジイ、マジで何者なの?」
写真を撮ろうとしたが、シャッターボタンを押す前に、オマリロにスマホを叩き落とされた。
ザリアはひときわ背の高い騎士の首に槍を突き立てた。だが、別の騎士が肩からぶつかってきて、仲間を救った。それ以上傷が広がる前に、槍を引き抜いてしまう。
「へっ」
ザリアが手を伸ばすと、槍は彼女の掌へと引き戻された。ちょうど間に合い、さらに二体の首を刎ねる。
彼女を見ていると、オマリロには、その構えに母親の動きが重なって見えた。荒々しく、洗練されてはいない。それでも、確かな技量がある。
そして、あの速さ……。
騎士たちは飛びかかったり、武器を投げつけたりと、あらゆる手を試した。だが、ひとたび弱点を見つけたザリアは攻める手を緩めず、騎士たちは次々とまとめて倒れていった。
〈残り騎士数:19→14→10→5〉
申し分ない。
ザリアは三体の騎士と同時に斬り結んだ。その動きは鈍り始めていた。それでも、蹴りでひとつの首を飛ばし、もうひとつの頭を叩き潰し、槍でとどめを刺した。
そして、残るは一体。
騎士は剣を高く振りかざし、すべてを懸けて彼女を仕留めようとした。
ザリアは低く潜り込んでその膝を貫き、騎士を跳び越えるように宙返りした。その勢いに渾身の力を乗せ、首を蹴り飛ばす。
〈残り騎士数:1→0〉
〈チャレンジ完了〉
〈評価中……〉
ザリアは障壁のそばに座り込み、息を整えた。オマリロの表情は、いつもどおり動かない。不満も、満足も見せなかった。
障壁が消えると、兄と妹が駆け込んできて、彼女を助け起こした。ザリアは少しよろめき、傷ついた脇腹を押さえる。
レオが彼女の片腕を自分の肩に回した。
「歩けるか?」
「歩けるっての。赤ん坊じゃねえんだから」
子供たちはオマリロを見つめた。これ以上、核心を避けては通れなかった。今回ばかりは、オマリロも逃れられない。
「ひとつ前の階層では、まだ確信が持てませんでした」レオが言った。「ですが、今は違う。あなたが、母の話していた『師匠』なんですね?」
ザリアとアオイが同時に息をのんだ。
オマリロの表情は変わらない。いずれこのときが来ることはわかっていた。ただ、これほど早いとは思っていなかった。
「あんたが?」ザリアが問いただした。「あんたが、伝説のハンター?」
アオイはぽかんと口を開けたまま、反射的に写真を一枚撮っていた。
「うっそ。じゃあこの人、ジジイの体に隠れてたってこと?」
レオが一歩前に出た。
「あなたは母を知っていた。つまり、私たちのことも知っていた。そのためにここへ来たんですか? 私たちをこのダンジョンから解放するために?」
オマリロは首を横に振った。
「子供ら、ここにいるのは妙だ。母親、子供らを隠した」
「そうですか。では、母はどこにいるんです? あなたは母の師匠だ。ご存じないのですか?」
痛い問いが来た。どう伝えればいいのか、オマリロにはわからなかった。だが、少年は答えを求めている。答えを得るまで食い下がってくるのは、明らかだった。
「母親、消えた」オマリロは告げた。「手紙、残した」
オマリロが手を差し出すと、そこに白い手紙が現れた。レオは震える手で受け取り、妹たちにも読めるように開いた。
『親愛なる師匠へ。
これを読んでいるということは、わたしはもう、最後の約束を果たしに行ったということです。どうか止めないでください。これは、わたしが一人でやらなければならないことなんです。
子供たちは安全な場所に残してきました。あの子たちを、そして師匠を置いていくのは、とてもつらかったけれど。
〝あの人〟には、何を言っても道理が通じません。だから、わたしが自分の手で止めなければならないんです。
そこで、お願いがあります、師匠。わたしの代わりに、あの子たちを守ってください。
また近いうちに会えることを願っています。たとえ、それが叶いそうになくても。
愛を込めて、ジアより』
母の筆跡を目にして、子供たちの目に涙がにじんだ。ザリアが手紙を握りつぶす。
「知ってたのか? 知ってて、あたしらに黙ってたのかよ?」
「最初は私たちだと気づかなかったのかもしれない」レオが言った。「あるいは、私たちみたいな世間知らずの落ちこぼれを背負い込みたくなかったのかもしれない」
アオイは頭を抱えた。
「どうしよう? どうしよう? ママの伝説の師匠が、今あたしたちの目の前に立ってるんだけど! 怒るとこ? それとも、テンション爆上げでいいとこ?」
「まずは」レオが言った。「ここから脱出することだ。私たちは母ではありません。それでも、ここから導いてくださいますか、ニュガワさん?」
オマリロは唸った。
「子供ら、ダンジョンを出る。そのあと、自分の運命、選ぶ」
ちょうどそのとき、UIが現れ、ザリアの評価が頭上に浮かび上がった。
〈評価:B+〉
〈判定:合格〉




