――第3章・過去を繰り返してはならない――
遠い昔。伝説のハンターが、若い肉体と安定した心を持っていた頃。
「師匠! 修行の準備、できました!」
オマリロの若い体が、一歩、また一歩と進む。支えなしに背筋を伸ばして歩く感覚など、もうほとんど忘れかけていた。
ジアは道場のそばで、両手を後ろに組んで待っていた。ただ張り切っているだけなのか。それとも、何か別のことが嬉しくてたまらないのか。
オマリロは彼女について道場へ向かった。ジアはまるで小さな女の子のように、スキップしながら進んでいく。道場に入ると彼女は正座し、オマリロはその前に立った。
妙に見覚えのある光景だった。
「それで、今日の課題は何ですか、師匠?」
オマリロは考えるより先に口を開いていた。過去に何度も、自分の口から聞いた言葉だった。
「娘、己の価値、示せ。力はある。だが、制御が要る」
彼女はうなだれた。
「えっと、はい。昨日の夜はすみませんでした。庭をまるごと壊すつもりはなかったんです」
オマリロが立つよう促すと、ジアは立ち上がった。
「守り、崩せ。娘、一撃入れれば、今日の修行、第一段階は完了だ」
ジアは腰を落とし、空手家のように両手を前に構えた。
「了解です! いつでもどうぞ、師匠!」
「来い!」
「呪源魔法士・衝撃波強化!」
灰色の小さなエネルギー球が、彼女の両手と両足を包んだ。オマリロが気づいたときには、ジアはすでに宙へ跳び、彼の顔面に蹴りを叩き込もうとしていた。
だが、オマリロはそう簡単にやられはしない。
「呪源拘縛者・六角防御機構!」
目の前に金色の立方体が生まれ、同じ色の六角形の盾を形作った。ジアの蹴りは弾かれ、そのエネルギーが彼女自身の体へと跳ね返る。
後方へ吹き飛ばされた彼女は、鈍い音を立てて壁に激突した。それでもすぐに立ち上がったことに、オマリロはほんの一瞬だけ感心した。
ジアは正確な打撃を立て続けに盾へ叩き込んだ。無駄のない攻撃だ。だが、まだ足りない。
盾は歪みもせず、砕けもしない。オマリロの目が金色に光ると、盾は形を変えた。長方形となったその両脇には、金色の砲台が一門ずつ備わっている。背後はがら空きだった。
ジアの目が大きく見開かれた。次に何が来るのか、はっきりとわかっていた。
「やばっ!」
脚に溜めたエネルギーで跳び退いた瞬間、オマリロの砲台が火を噴いた。奥の壁が丸ごと粉々に吹き飛ぶ。
彼自身は、一歩も動いていない。
「速い」オマリロは言った。「娘、前より速い」
その言葉を合図にしたかのように、ジアは一気に駆け出した。盾の裏に回り込み、オマリロへ大振りの拳を放つ。
男はたじろぎもしない。肘を上げてその一撃を受け止めると、衝撃で建物全体が揺れた。
「もう、師匠! その体、何でできてるんですか!」
多くの者が投げかけてきた問いだ。答えを得た者は一人もいない。
オマリロの砲台がくるりと向きを変え、ジアの脚を狙った。彼女はバク転で、その射線から鮮やかに逃れた。
今度こそ隙ができた。全身にエネルギーがみなぎり、さっきよりはるかに速く、師匠へ突進する。
「はああっ!」
だが、無駄だった。
オマリロは難なく横へ身をかわした。ジアが振り向きざまに顔面へ何度も蹴りを放っても、彼はそのすべてを片手で捌いてみせた。
ジアは攻め方を変えた。床を踏みつけると、部屋が崩れ始める。オマリロは落ちてくる天井を見上げ、手をひと振りして、迫る瓦礫を切り裂いた。
弟子へ視線を戻したとき、彼女はすでに動いていた。狙いは首だ。
「遅い」
裏拳一発で、ジアは道場を突っ切ってリビングのソファまで吹き飛ばされた。その拍子に膝を打つ。
「痛っ! 師匠! そんなに乱暴にしなくても!」
オマリロは一瞬でリビングに現れた。彼女が起き上がる暇すらなかった。
「娘、失敗だ。回復したら、修行、再開する」
「いやです! 平気ですから! 続けましょう! 強いカイタンシャになりたいなら、もっと頑張らないと!」
「娘、休め」
彼女はため息をついた。
「うう。わかりました。じゃあ、今夜は一緒に晩ご飯を食べてもいいですか? まだ家に帰る気分じゃなくて」
「ふん」
「お願い、お願いしますっ」
残念ながら、オマリロは彼女に言いくるめられ、夕食の席に着く羽目になった。今日の献立は寿司とラーメン。ジアは座るなり、自分の分を勢いよく食べ始めた。
オマリロは目の前の料理をつつくだけだった。食べる必要がないのだ。
「そういえば、師匠」
彼女は手を叩いて切り出した。
「うちの子たち、すごく大きくなってきたんですよ! 今度、会いに来てください!」
「断る」
「もう、そんなこと言わないで! わたしとの結婚を断ったと思ったら、今度は子供に会うのも断るんですか? 次は何です? わたしのお葬式にも来ないとか?」
「ふむ」
彼女はフォークを彼に向けた。
「師匠はいろんなものを見てきたって言ってましたよね。わたし、それを信じてます。あの子たちにとって、師匠は最高の先生になると思うんです。あの子たちは選抜ドラフトに応募できないんです。わたしが、あの子たちの存在を世間から隠さなきゃいけなかったから」
オマリロは黙っていた。
「あの子たちの父親は……ああもう。あの男、本当に何様のつもりなんだか!」
その言葉に、オマリロは耳をそばだてた。
「父親。どこだ」
「どこにいるかは知りません。いつも『もっと大きな目的がある』とか言ってばかりで。あの人が持ち込むのは厄介ごとだけ。子供たちには、もっといい環境が必要なんです。師匠、あの人には近づかないでください」
オマリロは寿司をひと口食べた。
「とにかく、あの人の話はもういいです! 今度、子供たちを連れてこようかな! わたしが一人前のカイタンシャになったら、師匠のところに連れてきて、鍛えてもらうんです! 師匠よりも強くしちゃってください!」
彼女はくすくす笑った。
「冗談ですよ。そんなの無理だってわかってます」
オマリロは飲み物をすすった。
「そういえば、前の弟子たちがどうなったのか、まだ教えてもらってませんよね? みんなカイタンシャになったんですか? 上位ランクになった人もいるんですか?」
「過去、繰り返してはならない」
オマリロは戒めるように言った。
「娘、自分の道、切り開け。過去に縛られずに」
「また始まった。いつかは過去のこと、話してくださいよ、師匠。ずっと秘密にしておくなんて無理ですからね!」
彼女は彼の鼻をつついたが、反応はなかった。オマリロは立ち上がり、皿をきれいにして片づけた。ジアは腕を組む。
「師匠との約束、忘れてませんからね」彼女は言った。「ドラフトに応募する前に、まだひとつ、やらなきゃいけないことがあるんです」
オマリロの手が止まった。
「大変だろうけど、なんとかなると思います。師匠にはもういろんなことを教わりましたから。あとはそれを磨くだけです。へへ」
彼女が何かを隠しているのはわかった。その疑念が確信に変わったのは、ジアが彼の腕をつかんだときだった。
「師匠、もし〝あの人〟に会っても、相手にしないでください」
彼女に会ったのは、そのあと、もう一度だけだった。
オマリロの周囲の世界が崩れ落ち、あとには暗い虚無だけが残った。シャクマが姿を現し、その炎がオマリロを焼いた。だが、傷ひとつつかない。
〈これでおわかりでしょう。では、最後の記憶へ参りましょうか〉
オマリロの体が老いた姿へ戻った。彼はシャクマを見据えた。その目には、感情の揺らぎひとつない。
少なくとも、骸骨に見て取れるものは。
「おや? 私に挑むおつもりですか? 愚か者め、ここは私のフロアだ! 私のドメインの中なのですよ! 落ちぶれて耄碌した老いぼれに、私を止められるものか!」
オマリロは手を差し出した。
「女の記憶、弄んだ。骸骨、報いを受けろ」
「ほう? では見せてもらいましょうか、ニュガワ」
先に動いたのはシャクマだった。巨大な骸骨にしては、驚くほど速い。
だが、まだ足りない。
「呪源闘士・千手の黄金刃!」
稲妻が走り、宙に巨大な金色のクレイモアが形作られた。オマリロはそれをつかみ取り、一瞬でシャクマを斬り刻んだ。
だが、骸骨はまだ終わっていなかった。ばらばらになった体が、再び形を取り戻していく。
「言ったでしょう、老いぼれ! ここは私のドメインだ! 私の領域で、力ずくで私を止められると思うな!」
シャクマはオマリロを宙へ蹴り上げた。老人は空中で一回転し、周囲に金色の輪を生み出して、シャクマの首を刎ね飛ばした。
シャクマが再生するあいだに、オマリロは周囲の地形を見渡した。
虚無は数分ごとに揺らぎ、ねじれ、彼とシャクマを押し包むように迫ってくる。出口があるはずだ。今は見えないとしても。
シャクマも、黙って待ってはくれなかった。その鉤爪が小さな鞭のように襲いかかり、オマリロは刃で弾き返していく。
〈不屈の炎:発動〉
地面から赤い炎が噴き上がり、オマリロを追う。稲妻の閃きとともに彼は宙へ跳び、炎を飛び越えた。
火の粉がひとつ、腕をかすめる。
ジアの顔が脳裏に浮かんだ。
一瞬のためらい。シャクマはそれを見逃さず、老人を掌の中につかみ取った。
指の隙間から金色の光が漏れた。次の瞬間、オマリロは内側から斬り開いて脱出し、シャクマの手をずたずたに引き裂いた。
シャクマは、さらに巨大な手を生やした。燃え盛る鉤爪が狙うのは、ただ一人――オマリロだ。
オマリロは攻撃を弾きながら虚無の中を駆け回り、脱出の手がかりを探した。炎が周囲で荒れ狂い、今にも彼を丸ごと呑み込もうとしている。
正確な一閃で敵との間合いを開けた、そのときだった。
シャクマの頭上に、小さな虚無のポータルが見えた。シャクマが一歩動くたびに、それもぴたりとついてくる。
出口だ。
シャクマが、あっさり明け渡すはずもない。
見抜かれたと気づいた瞬間、シャクマは両手で出口を覆い隠した。体を包む炎が触手となり、オマリロを寄せつけない。
オマリロは、その熱に触れないよう慎重に動いた。一本目の下を転がって潜り抜け、二本目を前宙で飛び越える。さらにクレイモアをシャクマの両手めがけて投げつけ、手首から断ち切った。
稲妻をまとい、オマリロは一気に前へ飛び出した。ポータルへ向かって。
シャクマはまだ終わっていなかった。
触手の一本が、オマリロの体に巻きついた。シャクマの顔が歪み、形を変える。
ジアの顔に。
そして、オマリロが何より恐れていた言葉をささやいた。
「師匠……どうして、わたしを見捨てたんですか……?」
オマリロは一瞬だけ彼女に目を向け、動きを止めた。
だが、シャクマの両手が彼を包み込もうとした瞬間、ためらうことなく、その両手も顔も引き裂いた。
シャクマは最後のあがきに炎を吐き、オマリロを止めようとした。老人の刃が独楽のように回転し、シャクマを粉々に斬り刻む。
そして彼は、ポータルへと飛び込んだ。
……
ポータルから飛び出したオマリロは、小屋へ戻った。子供たちはまだ意識を失ったまま、床に倒れていた。
シャクマが再び姿を現した。今や、消えかけた頭部だけだった。
「あなたの……勝ちです……ニュガワ……」
シャクマは認めた。
「ですが、その代償をよく見なさい。じきに彼らは、あなたが何者なのかに気づく。そうなれば……あなたは二度と、彼らからも……後悔からも……逃れられない……」
オマリロは頭部と向き合った。もう、顔の半分ほどしか残っていない。
「過去、繰り返さない。子供らの運命、違うものになる。最後の旅、それを確かにする」
「そうですか……? ならば、あなた自身の過去を忘れないことです……それが、彼らに残された未来を……すべて奪ってしまうかもしれないのですから……」
その言葉を最後に、シャクマは消えた。子供たちが次々と目を覚まし、首元を確かめながら咳き込む。
「くそ、あたしら何されたんだよ」ザリアが言った。「あっ! あの野郎!」
アオイはあたりを見回し、慌ててスマホを拾い上げた。
「あたしのベイビー! 大丈夫だった?」
レオは立ち上がり、オマリロがまだそこにいることに気づいた。命綱でもあるかのように、杖を握りしめている。
(あの人……何を隠している? なぜ母のことを知っている? まさか……?)
レオはその考えを振り払った。
(確信が持てるまでは、胸にしまっておくべきだ。だが、あの人はあの骸骨を倒した。傷ひとつないところを見るに、いともたやすく)
オマリロは小屋を出た。
「ジジイがまた行っちまう!」ザリアが言った。「ほら、急げって!」
ザリアが扉から飛び出し、アオイはスマホを確かめてから、そのあとに続いた。レオは深く息を吸い、最後に一度だけ家の中を見渡した。
そして、彼も外へ出た。
制限時間が刻々と減っていく中、オマリロはすでに洞窟の奥にあるトーテムへ向かっていた。
〈残り時間:0:30〉
子供たちが必死に追いつこうとする中、オマリロがトーテムに手を置いた。時間が尽きるぎりぎりのところで、全員がその表面に掌を当てる。
〈トーテムシジル獲得〉
〈フロア3へのアクセスを許可〉
これまでと同じように石の門が現れた。最後に飛び込んだのはレオだった。
跳んだ瞬間、彼の頭の中にはひとつの思いが響いていた。
たったひとつだけ。
(オマリロ・ニュガワ……あなたが、あの「師匠」なのか?)




