――第2章・シャクマ――
〈入場を検知――フロアレベル:2〉
子供たちと老人が降り立ったのは、暗い洞窟だった。明かりといえば、壁沿いに並ぶ松明の火だけだ。
オマリロはすぐに足を止め、待った。一方の子供たちは、彼の気も知らずにあちこちを探索し始めた。さっさとこのダンジョンを抜けて、こいつらと縁を切りたい。早ければ早いほどいい。
「ほう、これが第二階層ですか?」レオが言った。「素晴らしい! もう泥と木々と、あの忌々しい蔓に縛られずに済む!」
ザリアは試しに壁を蹴ってみたが、びくともしなかった。
「はあ。結局、閉じ込められてんじゃん」
その妹はスマホを取り出し、壁の前でポーズを決める自分を撮り始めた。誰に向けてなのか、オマリロには見当もつかない。
「やっほー、みんな! 第二階層まで来たよ! この先も、どこまで進んだか報告してくからね!」
レオはオマリロのほうを向いた。初めて会ったときと同じ、礼儀正しくも弾んだ口調だ。
「さて、どうでしょう? あなたはこの道の専門家だ。次は何が起こるんです?」
「規則、来る」
頭上にUIが現れ、子供たちは不意を突かれた。オマリロは石像のように微動だにせず、文字が浮かび上がるのを待った。
〈規則:止まるな〉
〈モディファイア:制限時間〉
〈残り時間:7:00〉
〈開始〉
オマリロが洞窟を歩き出すと、子供たちも一歩一歩、その歩調に合わせた。数分の沈黙のあと、レオが口を開いた。
「つまり、一瞬たりとも足を止めてはならない、ということですね?」
オマリロは唸った。肯定だ。
「では、第一万階層まで簡単にたどり着けるものでしょうか?」
今度の唸り声は、否定だった。この子供たちがたどり着ける見込みは薄い。オマリロはそれをよくわかっていた。自分が何か手を打たないかぎりは。
だが、レオはどうしても暇をつぶさずにはいられないらしく、オマリロがほとんど興味のない話を語り始めた。
「母はいつも、ひどく用心深い人でした。まるで誰かを恐れているかのように生きていた。そのことを尋ねるたびに、母は言うんです。自分の〝師匠〟が守ってくれる、と」
オマリロの片眉が上がった。レオはそれに気づいたが、老人がすぐに何事もなかったような顔に戻ったので、そのまま話を続けた。
「そして、あの日が来ました。母は私たちを沖縄へ連れていった。当時、母は何夜も眠れずにいたんです。その原因となっていた何かから、私たちを守るためだと。私たちは母に言われるままダンジョンに入りましたが、母が後から入ってくることはありませんでした」
「で、そのせいであたしらは閉じ込められてるってわけ」ザリアが割り込んだ。「あの人がどこに行ったのか、なんでなのかは知らねえけど、こんなクソみたいな場所に十年以上もいるとか、ふざけんなって話だろ」
暗い洞窟を進みながら、オマリロは彼らの言葉にほんの一瞬だけ思いを巡らせた。子供たちは返事を待っていたが、何も返ってこなかった。
レオは歩きながら、妹たちをそばへ呼び寄せた。
「どうやらこの方は無愛想なようだ。あるいは、ひどく心を閉ざしているか。いや、両方かもしれない。なぜ一人でここに来たのか、本当に不思議だ」
「だから言ったろ」ザリアがささやいた。「なんかおかしいって。年寄りで、ヨボヨボで、しゃべり方は原始人。そんなやつが一人でこのダンジョンを攻略しに来たって、信じろってのかよ」
「あの方から悪意は感じなかった」
レオは前を行く老人を見ながら言った。オマリロは三人の会話などまるで耳に入っていない様子で、歩き続けている。
年のせいかもしれない。あるいは、それ以上の何かか。
「いずれにせよ、私たちに選択肢はない。残りの人生をこの牢獄で過ごすつもりはないし、お前たちだってそうだろう」
「あたしだって、自分の人生が欲しいの」アオイが言い張った。「友達も、彼氏も、外の人が持ってるもの全部! ダンジョンに住みついてる残念なやつとか、絶対なりたくない!」
「右に同じ」ザリアも同意した。
周囲の松明が、次々と消え始めた。子供たちが慌て出す中、オマリロは足を止めなかった。どこへ向かうべきか、本能的に知っているかのようだった。
前だ。
背後から、三人の足音が聞こえる。彼らにはオマリロの姿が見えない。それでも、まだ前にいることはわかっているのだ。
「おい、ジジイ?」ザリアが問いかけた。「なんだよこれ。罠か?」
オマリロは黙ったままだった。すぐに自分の目で確かめることになる。
実際、その時はすぐにやってきた。
トンネルの先に、ランタンの小さな明かりが見えてきた。オマリロは誰にも気づかれないほど素早く移動して、それを拾い上げた。左右に歩きながら、ランタンを調べる。
やがて子供たちも追いつき、同じように歩き回った。
「ずいぶん早く着きましたね」レオはじっと老人を見つめながら言った。
「ほら、ほらな?」ザリアが口を挟んだ。「変だろ!」
オマリロがランタンを前にかざすと、二つに分かれた洞窟の入口が浮かび上がった。どちらも闇に包まれていて、正しい道を見分けることはできない。
そして、ぶり返す厄介な風邪のように、UIが再び現れた。
〈残り時間:5:00〉
「この階層を攻略するまで、あまり時間がありませんね」レオが不安げに言った。「すみません、どちらの道を行くのが正しいのでしょう?」
オマリロはランタンを両方の洞窟にかざした。見た目は同じ。だからこそ、その先まで同じだとは思えなかった。
選択肢は二つ。手分けするか、賭けに出て全員で同じ道を行くか。
オマリロは、彼らの代わりに選ぶつもりはなかった。
彼は左の道へ向かい、子供たちを置いていった。振り返りはしなかったが、彼らが次にどうするか話し合っているのはわかっていた。
そして思ったとおり、三人はあとについてきた。間違いなく、兄の判断だろう。
今度の道のりは静かだった。恐怖か、疑念か、集中か――何が彼らを黙らせているのか、オマリロにはわからない。三つ全部かもしれない。だが、一つだけ確かなことがあった。
この先で、何かが待ち構えている。何か大きなものが。
オマリロは口にこそしなかったが、すでに最悪の事態に備え始めていた。
それでもレオは、また口を開かずにはいられなかった。
「この階層攻略というものについてですが、途中の階層を飛ばして先へ進む方法はあるのでしょうか? それとも、一万階層すべてを順番に攻略しなければならないのでしょうか? それに、そもそも何のためにここへいらしたのです?」
彼は現象のことを知らない。もう一つの質問については、自分で知るのが一番だとオマリロは判断した。
老人の口から出たのは、唸り声ひとつだけだった。
レオはそれを、話題を打ち切れという合図と受け取った。そこからの道のりは、オマリロの好みどおりだった。静かで、穏やかで。
そうでなくなるまでは。
道の突き当たりには、小さな石造りの小屋があり、トンネルの先をふさいでいた。回り込むことはできず、引き返すには遠すぎる。それに、引き返すとなれば、一瞬でも足を止めなければならない。
扉が開き、大きな「生き物」が姿を現した。見た目は人間の骸骨。だが、その大きさは人間のものではなかった。
三メートルはある。いや、三メートルを優に超えているかもしれない。両手には、軍用ナイフのように鋭い鉤爪が生えていた。骸骨は小屋から出てくると、一行の前で立ち止まった。一行は規則を守るため、その場で足踏みを続ける。
〈残り時間:3:00〉
突然、骸骨が口を開いた。声の高さからして、男のようだった。
「ようこそ、オマリロ・ニュガワ」骸骨は言った。「あなたが来ると聞いていましたよ。沖縄ダンジョン現象が、あなたの目に留まったのでしょうね」
知りすぎている。これで、オマリロの秘密は暴かれてしまった。
「オマリロ・ニュガワ?」レオが聞き返した。「その名前……聞き覚えがある」
「変な名前」ザリアが言った。「少なくとも、日本の名前じゃねえな」
「どうでもよくない?」アオイがうめいた。「時間なくなってるし、ここにいればいるほど、あたしが待たされるんだけど!」
レオは片手を上げた。
「ダンジョン現象? それは何です? 何かの侵食のようなものですか?」
骸骨は視線を下げ、オマリロが不本意ながら連れてきた三人を観察した。
「お仲間を連れてきたのですか。珍しい」
オマリロは目を細めた。骸骨そのものは気にならない。気になるのは、それがどこまで知っているかだ。
骸骨は手を差し出し、一行を中へと招いた。
「さあ、どうぞ。私の名はシャクマ。お茶でもご一緒にいかがです?」
「茶、いらぬ」
オマリロがようやく再び口を開いた。
「時間、ない」
「ああ、タイマーならご心配なく。この小屋に入れば、自動的に止まります。一種のチェックポイントだと思ってください。規則を破ることはできなくとも、その抜け道を使うことはできるのですよ」
シャクマは嘘をついているようには見えなかったし、ほかに道もない。それに、断られて引き下がるような相手にも見えなかった。
唸り声がひとつ。
いいだろう。
「素晴らしい!」
シャクマは手を叩いた。
「では、ついてきてください。もうポットで淹れ始めているんです。母のお気に入りのお茶でしてね」
どういうわけか、巨大な骸骨はすんなりと家の中へ戻っていった。次にオマリロ。それからレオ、ザリア、アオイと続く。
中に入って真っ先に気づいたのは、外から見たよりずっと広いということだった。居心地のいいリビングにキッチン、さらにはダイニングまである。シャクマの体格でも座れるほど大きな椅子が、五脚並んでいた。
シャクマはダイニングテーブルへと一行を促した。オマリロは椅子を確かめてから腰を下ろした。子供たちは彼を囲むように座り、中央の席はシャクマのために空けられた。
「でっかい骸骨がお茶出してくれるとか」アオイがつぶやいた。「写真撮って、投稿っと。明日には絶対バズるって」
ザリアは片手を槍にかけたまま、もう片方の手を膝の上に置いていた。レオは両手を組んで身を乗り出し、できるだけ行儀よく見えるよう努めている。
「家がなぜ広くなったのか、気になりますか?」シャクマが尋ねた。
「ええ、とても」レオが答えた。
「ドメインですよ。詳しく説明しようとすれば、お茶の時間だけではとても足りません。あなた方三人は、ダンジョン攻略は初めてですか?」
「それは……少々、事情がありまして」
「ふむ。ニュガワ氏とは違って、カイタンシャの正式な装束を身につけていませんからね。新人、といったところでしょうか?」
「そう受け取っていただいて構いません」
シャクマは茶を淹れ終えると、五つのカップに注ぎ、トレイに載せてテーブルへと運んできた。オマリロの予想に反して、その茶は冷たかった。
シャクマがトレイを置いて腰を下ろすと、アオイはさらに何枚か写真を撮り、姉に見せた。ザリアは、顔の前に差し出された腕を払いのける。
シャクマが最初に一口すすった。
「過酷な旅があなた方を待っています。皆さん、その試練に立ち向かえますか?」
「はあ?」ザリアが鼻で笑った。「デカいだけの骸骨に、ここのことを教えてもらう必要なんかねえよ」
「自信がおありだ。感心しますよ」
一行の中で最初に茶を口にしたのは、オマリロだった。
苦みのあとに、クリーミーな余韻。二つの味は対照的でありながら、見事に調和していた。気づけば、飲み干していた。
次にザリアが一気にあおった。
レオはゆっくりと一口。アオイはしばらくカップをつついていたが、やがて意を決して口をつけた。シャクマは嬉しそうにそれを眺めながら、自分の分を飲んだ。
「お味はいかがです?」
「なかなかのお味ですね」レオが言った。
「まあ、悪くないんじゃね」ザリアが付け加えた。
オマリロは胸の奥に、ちりちりとした感覚を覚えた。何かがおかしい。子供たちの表情を見るに、彼らもそれに気づいたようだった。
三兄妹は突然咳き込み始め、喉を押さえた。床に崩れ落ち、苦痛にのたうち回る。
シャクマはその様子を見下ろし、オマリロだけがまだ座っていることに気づいた。
「ふむ。思ったとおりだ。毒はあなたの体には効かない。残念なことです」
笑み――あるいはそれに最も近いもの――が、骸骨の顔に浮かんだ。
「ですが、心には効く。あなたには後悔がある。それも、山ほど」
オマリロの周囲の世界が揺らぎ、形を変え始めた。三人の子供たちは意識を失い、倒れ伏す。
シャクマが立ち上がり、オマリロを見下ろした。
「私の目的を、まだお話ししていませんでしたか? ああ、それは大変失礼しました」
鉤爪が伸び、その体から炎が噴き出した。現れたのは、小屋をほぼ埋め尽くすほどの、悪魔じみた骸骨の姿だった。
オマリロが最も恐れていたことが、現実になった。
〈抑えきれぬ憤怒の炎――シャクマ。レベル:10,000〉
〈ドメイン効果:不屈の炎。シャクマは肉体、魂、精神をも焼き尽くす炎を生み出す〉
「さて、伝説のハンター。最も優秀な弟子すら救えなかったあなたが、どうやって私を倒すおつもりです? ……ジア・タケノすら救えなかったのに」
レオの耳に、その名が届いた。
「え……?」
オマリロの世界が歪んだ。
再び形を取り戻したとき、彼はリビングのソファに座っていた。だが、何かがおかしい。
背がずっと高い。髪は黒く、体は……若い。それも、ひどく若い。
彼は立ち上がった。
黒い巻き毛の若い女性が、満面の笑みを浮かべて部屋に入ってきた。着物姿だった。
「あ、起きたんですね、師匠」彼女は言った。「今日は修行しますか? 新しい技、早く見せたくてうずうずしてるんです」
オマリロはすぐに、何が起きたのかを悟った。
「過去」彼はつぶやいた。「骸骨、過去を呼び戻した」




