心からの感謝と
それから、主はこの屋敷に務める全員を集め、そしてローズ家の陥っている状況について語った。
魔法なんて存在をそう簡単に信じるはずがないということは織り込み済みで、小規模ではあるがアサンテ様にお願いして魔法という存在を信じるような目立つ魔法を使ってもらった。
それによって大量の青白い蝶が空に舞い、一人一人の左手小指に巻き付き、それは小さな指輪となって形に残った。
曰く、左手小指のリングは新しいチャンスを引き寄せたいときや、現状を変えたい、願いを叶えたいときに着けるものらしい。
彼女なりの気遣いなんだろうか。私にはそれが皆の誓いの証に思えた。
それからは話し合いが続いた。
皆が出した結論は、栄養機に魔力を充填してもらう。
しかしもう一つの機械の方の魔力はそのままにしてもらう。
いくら栄養機の方の稼働時間が短くなったとしても、その間に私が必ずこの問題を解決すると主が明言したのが大きいだろう。皆、その意志を尊重してくれた。
ああは言っていた彼女も、皆の説得に気圧されてこの条件を吞んでくれた。
それによって稼働出来る時間はおよそ7年程になるらしい。
あと、奴隷に関して今後は当分雇わない方針にした。
これに関しては仕方がないとしか言いようがない。奴隷が増えれば増える程、それによって栄養機の魔力の減りは早くなる。それに魔中毒の件もある。これらの解決策が明確になっていない現在、態々リスクを大きくする選択は出来ない。
これによってローズ家は奴隷制度反対連盟の党首という地位が保てなくなり、ヴェリタ様が夢見た世界には遠のいてしまうだろう。
それと、これは現状不可能な案として私が出させてもらったのだが、
「もし魔中毒のみの解決に焦点を当てるなら、24時間の間に数回数分だけ起動させれば発作の方は抑えられるし、稼働期間も延ばせるのでは?」
というものだ。
これの問題点として、これまで栄養機に頼って作物が育っていたことを加味すると、栄養機なしでは作物が育つかどうか。また品質が下がる可能性があること。
他にも魔中毒は急な発症ではなく、事前にある程度前兆のような初期症状は現れること。それによるパフォーマンス低下。皆が怪我した時や病気になった時のことなども指摘された。
しかし、これから栄養機なしの作物栽培実験や、全員の健康意識向上に努めていけば、いずれはその案が現実味を帯びる日が来るかもしれない。
その時になったら、再び悲しみに暮れる奴隷たちに手を差し伸べるローズ家としての名を再び轟かせるのだろう。
そして、一週間で一通りの話し合いが終わった。
話し合いが終わったその日の夜、私は主の部屋へと呼ばれた。
「ありがとうサファル。君がいてくれて本当に良かったと思う。」
「光栄です。ですが、私一人の力ではありません。」
「分かってる。皆が私に力を貸してくれた。問題は山積みだが、先は見える。本当に、これまでの私はあまりにも独り善がりだったんだろう。妻を亡くし、妻の立ち位置に成り代わろうとした。その間で大切なものを失っていた。」
どこか窓から見える夜空に耽りながら、主はそんな言葉を吐く。
「話せば話す程、これまで話し足りなかったことがよく分かるよ。」
「主様は、もう一人ではありません。」
「そうだな....。覚えているかい?サファルがここに来た時のこと。」
「はい。昨日のことのように鮮明に覚えています。」
奴隷商に高級奴隷として様々な所へ転々と移動させられ、その度に見世物として晒され続けていた私を、もともと売る気の無かった商人からそれを黙らせ買い取った。
「今だから正直に話して欲しい。あの時、君は私がローズ家の人間であることを知っていたのかい?」
「僭越ながら、私は元々貴族の身。他国の政治にもそれなりの理解が求められます。」
そう。
私は、自分がより好条件で暮らせるような流れを、奴隷になってからずっと模索していた。
その中の1つに、奴隷反対を掲げる不思議な貴族の家があることは奴隷になる前から知っていた。
勿論、その当主の顔も。
「懸命だな。そして君は私のお眼鏡にかない、従者として成り上がった。」
人を選び、自分の為に相手を利用する。
下劣な女と思うだろうか。
「私からも1つお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「うん、いいよ。」
「当時私は高級奴隷であり、それなりに能力も示してきました。しかし、一奴隷にここまでの待遇をするのは何故でしょうか。私が来る前は、こんな役職はこの家にありませんでした。」
従者といっても所詮奴隷。
表に出る時は小綺麗にして、屋敷内ではぞんざいに扱う。
そんな待遇でもなんら可笑しくないし、それでも高望みと当時は思っていた程だ。
態々個室まで用意させ、平民以上の暮らしを経験させる必要などどこにもなかったはず。
私はこの待遇を自分の能力で掴み取った。と言い切れるほど驕ってはいない。
「サファルは、私の妻に会ったことはないだろ。」
「はい。私が来た時には既に...」
「あぁ。私はその時疲れ切っていてね。はっきり言って自害しようとまで考えていたんだ。それほどまでに妻は、私の生きる希望だった。そんなある日に、妻の思いを継ごうと無理に身を乗り出して奴隷市に行った時、君を見つけたんだ。」
「同じ目をしていた。窶れてはいたが、その目には、妻と同じ、無謀にも夢に駆ける信念のようなものを感じたんだ。君は妻が助けようとした人達の1人で、そして妻と同じ目をしている。私と妻の間に子は無かったが、きっと私達の間に娘がいたらこんな子に育っていたんじゃないか。そう思った。」
そういう理由で、私を引き取り...そして育てた...。
「私はね、夢を見ている人を応援するのが夢だったんだ。妻も、そして君も。妻は道半ばで倒れたが、それでも多くの人を救った。それで、君はどうする?」
「私は....」
あの日の最後の会話だった。
私が主を説得し、なんだかんだ円満に事が済みそうな時に彼女は言い放った。
「サファルちゃん!!貴方が欲しい!!!!!」
「は?」
交渉の代価。
魔力を渡し、栄養機に移す代わりに私が欲しいという条件。
確かに、私が最終的に犠牲になる。とは宿の時点で告げられていた。
でも会話の流れから、私が犠牲になる必要なんて一切無くて、私の覚悟を試していたのかと考えていたがどうやらそうではなかったらしい。
「私の旅にサファルちゃんは必須だと思うんだよね。ちなみに何か国語話せる?」
「一応...コミュニケーションとる程度なら5か国語程は...。」
「私の使い慣れてる言語ってもう完全に古代言語扱いだし、最近の言語も文化も全然分からないから助けてよ。」
なんて理由だ。そんなの聞いたことがない。
逆に自分の知っている知識を言語学者や考古学者の方に教えてあげたらどうだろう。
多分泣いて喜ぶと思う。
「私、完全にローズ家の一員として、これからも頑張る!!みたいな流れだったじゃないですか。」
「でも私も旅したいって言ってたじゃん!!!!!」
「うっ。」
それを言われると痛い。
「サファル。それは本当かい?」
私たちの会話を横で聞いていた主が聞いてくる。
「う~ん。え~と....。まぁ、はい。一応夢見たことはあります....。」
「そうか...。そうなんだね。」
それから、「でもまだ決まってないことが多いので保留しておいて下さい。」と言って、回答を先送りにしていた。しかしそれも、今日までだろう。
「本当は行きたいんだろう?」
「すみません。従者としてこんなことを言ってはいけないんでしょうが、はい。私は旅がしたいです。」
本心から。前を向いて私は主にそう言った。
自分の立場も責任も投げ打ってでも、私は夢にまで見た景色に浸りたい。
一度捨てた夢をもう一度抱いてもいいって、夢を見ていいって思えたから。
「謝る必要なんてない。サファルはこれまでローズ家の為にこれ以上ないぐらい働いてくれた。君が私を見ていたように、私も君を見ていたからね。その合間にラフィキの冒険譚を好んで読んでいたことも知っている。そして、目の前にはその物語の中の1人がいて、しかもその人が自分を誘ってくれているんだ。」
今一度聞いても現実とは思えない。
私自身の問題を加味しても、こんなチャンス二度とない。
私の身体は既に魔中毒になっていて、旅に出るならその辺のリカバリーが必須になる。本来なら旅なんて自殺行為そのもの。だけど近くに魔力のエキスパートである彼女がいるならそれも可能だ。
「君がいなくなって、きっと私達は苦労するだろうね。君は本当に優秀だったから。でも安心して欲しい。君の代わりは居なくても、君の代わりが務まるまで頑張ってくれる仲間は大勢いる。」
「そうですね。もしかしたら私の抱える心配は全て杞憂に終わるかもしれません。」
私以外にも頭のいい子、発想力のある子、回転が早い子、独創性がある子。色んなタイプの子がここにはいる。
力を合わせれば、私のやっていた業務など簡単に務まってしまうような気もする。
主は机の引き出しから1つの箱を取り出し、私に差し出した。
「餞別だ。受け取ってくれるかい?」
箱の中を開けてみると、そこには1本の万年筆とインク。そして全てのページに何も書かれていない白紙の本が入っていた。
「他にも私なりにこれからの旅に必要と思ったものが入れられている鞄を用意した。だけど、これだけは私から手渡したくてね。」
「何故...これを...?」
旅の道具に筆と白紙の本?
いや、確かに使い時はある。
だけど、この二つをセットで渡されると、まるで何かをして欲しいと言われているみたいだ。
「彼女が教えてくれたよ。サファルは趣味で小説を書くんだろ?だからこれで、旅の道中の様々な出来事をアイデアにこれからも小説書き連ねて欲しい。」
私が小説を書いていることをどうしてバラしているんだろうか。
「失礼ですが...私の書いた小説というのはご覧になったので?」
「いや、見せてはくれなかったよ。ただ、それはサファルが出す初めての小説の巻末に載せると約束してくれた。とても興味深い内容だと語っていたね。」
何が興味深い内容だ。絶対にそんなことはさせないし、誰にもあれは見せるつもりはない。
そもそも小説を書くだなんて...私はただ、旅をしたくてもできないから....。
「サファル。これは命令じゃない。だから従う必要はないし、忘れてもらっても構わない。けどね、君はラフィキの冒険譚に憧れて旅をすることに焦がれた。なら、君もラフィキ達のようにして欲しいんだ。自分の夢を歩み...そしてその軌跡を別の誰かの夢になる。いつの時代か、それがお伽話と呼ばれるその日まで。」
その言葉は、私の心の奥の方に刻まれた想いを再び燃え上がらせる熱い言葉として頭に残った。
だって、その通りだって思ったから。
夢は現実に。
現実は夢に。
「....分かりました。誰かの旅の記憶は、また次の誰かへと繋がっていく。私がラフィキに憧れたように、私も誰かのラフィキになれるよう頑張ります。」
「これまで、ローズ家の為に尽くしてくれてありがとうサファル。ローズ家当主ローズ・パルテンツァの名において、感謝申し上げる。」
その日、私は正式にローズ家での役職を退任した。
「それじゃあ、始めよっか。」
「はい、かしこまりました。」
主の部屋には私とパルテンツァ様。そしてアサンテ様の三人がいた。
テーブルには彼女の鞄と栄養機が並べられ、これから魔力の移行を行う。
「では、今一度契約の内容を確認致します。これは逆心の魔女アサンテ・フィラーシャ様、ローズ家当主ローズ・パルテンツァ様との契約であり、仲介兼保証人として私サファルが同席します。」
「そういえばサファルちゃんって本名なんていうの?」
「私の元居た家は貴族から除名されているので姓はありません。それと、今はなるべく私語を慎んでください...。」
そんなの後で聞けばいいだろうに。気になったことはその場で確認を取らないと死んでしまう病なんだろうか。いや、この人不老だった。
「今回は、アサンテ様が現在保有する魔力の提供含め、機械栄養機への魔力移行をしていただきます。それによって現在栄養機に残っている魔力と提供される量含めておよそどれぐらいの稼働が見込めますでしょうか?」
「う~ん。これまで通り稼働させるなら七年。元々残っていたのが一年残ってないぐらいで、私が六年分補充する。本当なら指輪の魔力も運用して三年分増やせるけど、まぁそれはやらないであげるよ。あと、これは一応言っておくけど、その指輪は保有する魔力量は少ないけど機能が一定時間ごとに魔力を少しだけ放出するっていう超地味なものだから、あと100年程度はもつと思うよ。」
100年。
一世紀分か。
これが長いのか短いのか。きっと彼女と私たちでは感覚が違うんだろうな。
「そして、それをする条件として私、サファルがこれからアサンテ様の付き添いとして旅のサポートをさせて頂きます。」
「そんな畏まらなくていいって!ただ一緒に旅しようね。ってもっと気軽に!!」
「まぁそういった細かい条件は置いておいて、以上が今回の契約の概要となっております。パルテンツァ様、これらの内容に対し同意なさいますでしょうか?」
そう尋ねると、パルテンツァ様は私の方に視線を向ける。
私はそれに対し微笑みで答えた。
「うん。それで構わないよ。」
「では、アサンテ様もこちらの内容でよろしいでしょうか。」
「了解!」
互いに同意が得られたということで、早速始めようと言わんばかりに彼女は立ち上がり、軽くストレッチを始める。
それに際し、私たちはテーブルから少し離れた位置へ。
すると彼女の鞄が独りでに開き、そこに詰めて入れられた、多くの機械らしき物が姿を現す。
魔法を使う度に、この鞄から光が溢れていたが、きっとこれらの機械から発せられた光だったんだろう。
そんなことを考えていると、私の隣に立っていたパルテンツァ様は一歩前へ出た。
「パルテンツァ様?」
「ん?離れといた方がいいよ。危険はないけど、近くだと眩しくて目がチカチカしちゃうだろうから。」
私たちがパルテンツァ様の行動に戸惑っている時、彼はその場で深々と頭を下げた。
「これまでの非礼。そしてこれまでの感謝を含めて受け取って欲しい。そしてどうか、よろしくお願い致します。」
「...ふふっ。うん、任せて。」
その返事に安心したのか、パルテンツァ様はいつも通りの穏やかな表情を取り戻していた。
それから元の位置に戻ったことを彼女が確認すると、機械が一斉に光を放った。
そして白く、熱を帯びたその光は時間を経るごとにその明るさを増す。
やがて細目で辛うじて見える程度になった時、一つ一つの機械から一本の細い糸が伸びていくのが見えた。
それらは彼女の周囲を漂い、編まれ、一つの太い糸へと変化する。
彼女は目を瞑り、そして指揮者の如く空に軽く手を振ると、呼応するように何本もの糸が宙を泳ぐ。
神秘的で、幻想的。
操っている者と、操られる物がまるで一つの芸術かの様に私には思えた。
それほどに、それは綺麗だった。
ここ数日で魔法というものを何度か目にして来たけど、見る度に心を奪われる自分がいる。
長い時間を経て確かな長さとなった一本の糸は、一匹の大きな蝶へと姿を変える。
「逆心の魔女が命じる。吸収+供給」
そう彼女が発すると、それに従うかの様に蝶は栄養機の薔薇の中心へ目掛けて舞い、そこへ留まった。
蝶はそのまま動かず、しかし少しずつ薔薇の内部にある発光体へゆっくりと吸い込まれてその姿を小さくする。そしてそれに伴い発光体の光は徐々に強くなった。
そして、その蝶が見えなくなるまで小さくなった時にそれが終わったことをここにいる全員が理解した。
「はい、これで終わり。お疲れさまっした~。」
さっきまでの美しい姿が嘘の様に失われた彼女は、私たちに気軽なお辞儀をする。
「....なんか、私はこのギャップに風邪引きそうです。」
「その気持ちは分かるよ。」
パルテンツァ様も同じ気持ちだったか。
今の彼女は自分の鞄の中を弄って、機械を幾つか乱雑に投げ飛ばしている。
「何してるんですか。」
「さっきので魔力切れのが幾つか出たからね~。いらない物はさっさとポイポイしないと。」
何をしてるか分かっているんだろうか。
そんなゴミ箱に捨てるみたいに放り投げていい物でもないし、場所でもないんだけど。
「魔力を移行できるんですから、残しておいて損はないのでは?」
例えば食料が尽きて、かつ補充出来ない状況にいる時。
そんな時に、栄養機へ魔力を移せば死ぬことはない。
魔力が切れたとしても、この人の場合は無価値にはならないんじゃ....。
「魔力移行って効率悪いから、抜いたり、移す度に少しずつ無駄に消費しちゃうんだよ。しかもあれ私のオリジナルマジックだし。」
オリジナルマジックって確か....本人が開発した魔法の事ってラフィキの冒険譚で語られていたな。
「凄いですね。作れるようになったんですか?」
そして、アサンテ様はそれが大の苦手だと作中で紹介されていた。
「まぁ...必要だったからね。」
魔力が枯れた今の世界で、それでも尚魔法を使う為の魔法。
確かに必要かもな。
「兎に角、機械をその辺に捨てるのはやめてください。失礼ですよ。」
「いや、別に構わないよ。」
しかし一番迷惑を被るであろうパルテンツァ様が、捨てられた機械を片手にそう言う。
「ですけど....」
「いや、本当にいいんだ。使えなくてもこれは機械。何かしらの利用価値があるかもしれない。」
どこか不敵な笑みを浮かべるパルテンツァ様。
「なんだか、少し変わりましたね。」
「少しじゃない。大きく変わらなくちゃいけないんだ。これから目の前に転がってくるチャンスは何でも利用する。家も、物も、人だって...ね。」
私はこの時漸く、この家に残る念が吹っ切れたと思う。
明日去ると知っていても、本当はここに残らないといけないんじゃないか。とか、私が夢を見る資格がないだとか。色んな気持ちがやっぱり残っていた。
さっきの頭を下げた件でも、今のこの人なら絶対に大丈夫。
私の経験上、こんな悪~い顔する貴族の人は世渡りが上手と相場が決まってる。
「....もしかしたら、私がいつかこの家に戻ってきた時、ここはもっと大きくなっているかもしれないですね。」
「奴隷、なんて制度が無くなっているかも。」
「そうなったらヴェリタ様に変わって『聖人』。なんて呼ばれることになるかもしれませんね。」
不思議な話だ。
なんでこれまでより人が悪くなったら、聖人って呼ばれることになるんだろう。
自分で言ってて阿保らしく思えてくる。普通逆だろって。
「ふふっ、あははは。」
「何か面白いことでもあったかい?」
「いや、そうなったら最高に笑えるなって思って。」
なんでだろう。これはそんなに笑えることだろうか。
でもなんだか、面白くて仕方がない。
駄目だ。涙が出て、お腹まで痛くなってきた。
「....最後にそうやって笑うサファルの顔が見れて良かったよ。」




