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魔女と小説家  作者: 彩葉もへじ
一章 プロローグ
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8/20

こんな素晴らしい場所に

「妻が病にかかりました。しかし心配はしませんでした。これがあるんだ、どうせすぐ治る。実際、多くの奴隷たちは病に伏しても数日経てば元気になっていましたし。でも妻だけは違いました。時間を経るごとにその症状は悪化していきました。徐々に窶れていく姿は見るに堪えませんでしたよ。咳が止まらなくなって、胸の痛みを訴えて。血を吐き、食事が出来なくなり、声を出すこともやがて出来なくなっていった。私はこの時ようやく、この病を治せる医者を探し始めました。そして道中、それは起こりました。名医を探しに遠くの方へ向かっていた私は、その日の帰り、酷い眩暈に襲われ倒れました。それが魔中毒という名の病であることを知るのは先の話ですが、私の身体が屋敷から長時間離れると倒れる。そのことはそれからすぐに分かりました。それでも尚、遠出をして医者を探し、帰る頃には倒れる。妻から何度も止められましたが、私はそれを続けました。そしてある日、私が魔中毒によって伏している。その時、妻が限界を迎えました。」

「...長い話で悪いけどさ、それと現状に何が関係あるの?言っとくけど、貴方の妻が死んだのは栄養機でも、魔力のせいでもないよ。きっと栄養云々ではカバーしきれない病にかかっただけ。」

「アサンテ様...流石にそれは。」

 あまりに空気の読めない発言に私は撤回させる様促す。

「いやいや、このままじゃ日が昇っちゃうよ。妻の方は現状と全く関係ないし。...それとね正直言って私からすれば、自分たちが勝手に魔力を頼って、それで不幸に陥るっていうのは自己責任以外の何物でもないって考えちゃうんだよ。どうせ叶わなかった夢を本来あり得ない方法で叶えて貰ったのに代価を求められた途端に『こんなはずじゃなかった。』なんて馬鹿らしいでしょ。」

 私の静止を払い、彼女は冷たい言葉で、主のことを憐れむことすらしようとしない。

 止まるところを知らないかのように、怒りを露わにして行く。

「ねぇ、奇跡と思った。とか魔中毒のことを知らなかった。とか言ってるけどさ、もっと単純にその頭で考え付かなかったのかな?『こんなの代価なしで叶えられるはずがない。』ってさ。そんなことを考え付きもしないから、馬鹿みたいに奴隷を買い漁って、農場開拓しまくって、挙句の果てに魔力切れしたら数百人が魔中毒で死んじゃう状況に慌てて...人を殺したことのない女の子に殺人まで強要した。」

 あぁそうか。

 この人は、私の、私たちの為に怒っているんだ。

「知らないと思うけど、それって機械(アーティファクト)の中だと結構変換効率いい方なんだよ?なんせ大昔に滅茶苦茶研究されて大量生産されてたからね。身の程を弁えていたら50年以上はもたせられるはずだった。なのに規模を大きくして今やMAXでも10年程しかもたなくなってる。全くいい迷惑だよ。奴隷たちだって、まさか自分たちの体が屋敷から遠く離れたら一日で死に絶えるようになってるなんて思いもしないだろう。それで、奴隷たちが自立できるシステムを組んだだって?笑わせるな、自立どころか未来を奪ったんだよお前達は!」

 思ったことを全て吐ききったと言わんばかりにため息を一つ吐くと、彼女は再びソファに腰を掛ける。

「...ここからは交渉。私の持つ機械(アーティファクト)の魔力のほぼ全てと、あとそれ、その指輪。」

 彼女は落ち着いた口調で、主の左手人差し指にある指輪を指す。

 それを指されると、主はその表情を強張らせる。

 まるで、隠そうとしていたことがバレてしまったかのように。

「それも一応機械(アーティファクト)でしょ。機能は無くても、微量な魔力で魔中毒の発作を抑える物。その魔力を全部その栄養機に移動させる。それで栄養機ほぼMAXになるはず。」

 ...あれも機械(アーティファクト)だって!?

 しかも魔中毒を抑える為だけの代物。

 それがあったから、私も主の近くにいる時は屋敷の外でも何日もいることが出来たのか。

「待ってください!それでは私はこれから一生屋敷から出られなくなります!」

 主の反応を見るに、その指輪も相当貴重な物なんだろう。スペアなんて用意できるはずもない程に。

「とことんまでクズだなお前。実はずっと不思議だったんだよ。近い将来下手すれば自分含め数百人が死ぬ。そんな状況なのに、なんで私に必死に懇願してこないのか。なんで鞄を奪うという選択を先に選んだのか。ここまで近づいてそれが機械(アーティファクト)と分かったことでようやく理解出来た。頭を下げる程の危機じゃない。そう思ってたんだろ?なんせ自分はその指輪でなんとでもなるもんな。」

 図星を突かれたという顔を主は浮かべる。

 それはとても、温厚と評されるローズ家当主の浮かべていいものではなかった。

 焦り、動揺に満ちたものだ。

「それがなければ、私は貴族としての役目を全う出来ません!」

「あぁこれまで通りにはいかないだろうな。ただ死ぬ訳じゃない。サファルちゃんはな、お前が私を殺すよう指示したこの子はな、自分が犠牲になることになる。そういう条件で私が伝えた時でも頷いたぞ。皆がこれからも生きて行けるなら。って言ったぞ!」

 とうとう彼女の熱は主の胸ぐらへと伸びる。

 激昂した力で主の体を引き寄せ、睨みつける。

 しかし今回は一方的で、主の顔は憔悴し切っている。


「アサンテ様、もうその辺りで止めてください。」

 

 私は、彼女の腕にそっと自分の手を添えて、降ろしてあげるように頼む。

「でもこれは...!」

「分かっています。けど、アサンテ様が怒る姿も、主様のやつれた顔も....もう見ていられません。」

 そう言うと、彼女の力は少しずつ緩み、主の体もゆっくりと降ろされた。

 ここまでの二人の会話で、ほとんどの経緯、事情、状況が理解出来た。

「サファル...」

「サファルちゃん...」

 自分は、今、どうしたいんだろう。

 少なくとも、今は違う。

 このまま進む選択は違う。

 それは私の求めるものではない。

「主様。私は、これまでの貴方の懸命な努力を間近で見て知っています。貴方は多くの奴隷に救いの手を差し伸べ、そしてヴェリタ様が夢見た世界の実現のため尽くして来た。私もそれに救われた一人です。この屋敷に貴方方に感謝していない者など一人もおりません。ですが、今ある現実は机上の空論を妄想で塗り固めたものでしかありません。そして今、妄想は本当の現実に帰ろうとしています。」

 このままでは、ローズ家は確実に潰える。

 魔力を栄養機に補充しなければ勿論、したとしても主が屋敷から出られないんじゃやれることは大きく制限される。そして次の枯渇。つまりは栄養機が約十年たって再び魔力が足りなくなった時に、主が行動を制限されているんじゃ結局その問題の解決は難しい。

 こんなにもどうしようもない状況。

「なぁサファル。私はどうすればいいんだ。何が間違っていたんだ。私はただ、妻の信じた世界を叶えようと....。」

 考えても、悩んでも、悔やんでも解決策は何一つ思い浮かばない。

 私は俯く主に対して、その力の抜けた両手を優しく包み、そして顔を見上げられるように屈む。

「ここは心のコンパスを信じましょう。」

「...は?」

 後ろから気の抜けた声が聞こえるが無視する。

「私は、主様が間違っていた。なんて微塵も思っていません。ですが、正しかったかと言われれば状況を見るにそうではなかったんでしょう。こんな時にある人はこんな言葉を残しました。『正しいことが分からない時、選択に困った時は考えてはいけない。どうせ結果は君の選択に関わらずやってくる。だから信じるべき指針は一つだ。心のコンパスが示すその針を信じて進めばいい。』と。とても無責任な言葉です。ですが、私達は主様が選んだ針なら信じて付いていけます。」

 笑顔で、嘘偽りなく。

 本心からの言葉だ。

 そもそもアサンテ様も主も勘違いしている。

 魔力とか、機械(アーティファクト)とか、魔中毒とか。

 そんなものは今関係ない。

 今考えるべきは、ローズ家。こ(・)の(・)素(・)晴(・)ら(・)し(・)い(・)場(・)所(・)を(・)ど(・)う(・)守(・)る(・)か(・)だ(・)。

 ここは沢山の笑顔で満ちている。

 本来そんな顔なんて浮かべることすら許されない子たちが、心から笑える夢みたいな場所がここにはある。

 そして...それは魔力とか、機械(アーティファクト)で生み出されたものでも何でもないんだ。

 こんな魔法みたいなことが魔法じゃない力で生み出されている事実。

 こんな魔法みたいなことがあるだろうか。

 だったら、今はこの力を信じてみたい。

「ですがもし...主様が一人で決めあぐねるというのなら、ここにいる。ここに住む。ここを愛している者、皆に今の現状を話しましょう。ラフィキだってたった三十人であらゆる困難を乗り越えて来たんです。どんな問題、課題だって主様を信じる何百人もの仲間がいれば絶対に乗り越えられます。私はそう信じています。」

「サファル...」

 主は涙を流していた。

 大人にも関わらず、目の下を赤くして。

 そして確かに優しさが戻っている。私にはそう見えた。

「結論は、それからで構いませんよねアサンテ様。」

 私は振り返り、笑顔でそう問い掛ける。

 色々言ったものの、結局のところ何も解決してない。

 現実に目を瞑り、これからも夢を見る。

 それは現実逃避を正当化しているだけに過ぎない。

 ...でも、私の夢に見た世界は現実だった。

 ラフィキ達は存在し、あんな冒険を本当にやっていた。

 じゃあ、私の見た夢っていうものは、現実になる可能性が高い。

 主が、ヴェリタ様が見た夢だって同じだ。

 私たちには、夢を見る権利がある。夢を叶える力がある。

 今は、強くそう思える。

「仕方ないな。でも長くは待てないよ。」

「ありがとうございます。」

 カーテンから日が差し、部屋全体が明るさを取り戻す。

 結局日の出までかかってしまった。

 だけど、その日差しをどこか気持ちよく感じているのは私だけだろうか。

 もし、ここにいる二人が少しでも心晴れやかになってくれていたら嬉しいな。

 




「...あの、まだ私の話終わってないんだけど。正直言ってさ、魔力を栄養機に移すのは絶対条件だよね。じゃないとこの人除いて全滅なんだから。」

「まぁ、そうなるでしょうね。」

 どっちみち、栄養機の魔力が切れれば何も救えない。

 それが最悪の選択であることは、今の主にも分かっているはずだ。

「でもさ、これは交渉だよ?私が魔力とそれを移す労力を割くんだからさ~、私が何かを受け取らないと割に合わないでしょ~。」

 全くこの人は正直じゃないな。

「はいはい。何が欲しいんですかアサンテ様。」

 あれ、そういえば私が犠牲になるって言ってたけど...私についての話ってこれまで出てない....。

「そんなの分かりきってるでしょ?」


「サファルちゃん!!貴方が欲しい!!!!!」







「は?」

 私の出した気の抜けた声は無視された。

この世界観では未発見ということでぼかしていますが、

ヴェリタさんが亡くなった病の正体は「肺癌」です。

なんせあれって細胞ですからね。栄養機の対象内です。

元々肺癌を患っていたヴェリタさん。栄養機によって癌細胞が増殖し、死亡に至りました。

ですが本来なら多少の癌細胞は免疫によって抑えられるのでご安心してご利用ください。


あとこれは余談ですが、栄養機の範囲内で生鮮食品をそのまま口にすることは控えることをお勧めします。多分地獄を見ます。

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