今日、旅に出ようと思う
深夜ということもあり、屋敷には少数の兵と、夜番の召使いが数人起きているのみだった。
今考えれば、この屋敷には専属という名のつく役職が極端に少ない。
定期的に人が変わるか、若しくは奴隷に任せる。また専属の者は皆住み込みかつ家庭を持つことを禁止されていた。
不思議な規則も多かったがどれも、魔中毒になることを防ぐ為の対処だったんだろう。
しかし、そんなことになるとしても使わざる負えない機械とは一体なんなのだろう。それとも魔中毒のことを知らずに使い続け、気付いた時には手遅れだったのか...。
それに、主と私。他数名の従者は屋敷の外に何日もいた事がある。例えば祭典にお呼ばれした時や、城に召集された時などだ。
その時にはこんなことにならなかった。
未だ残り続ける謎を抱えながら、私たちは屋敷の中を歩いて行く。
しかし今回は私が前に立たず、彼女が扇動して屋敷の中を歩いていた。
「アサンテ様、これは何処に向かっているんでしょうか。」
「主さまの部屋。」
そこに機械があるってことなんだろうか。
「覚えていたんですね。主様の部屋までの道のり。」
「それはまぁ...二回目だからね。」
二回目?
一回目は私が連れてきた時だけど、もう一回はいつだろう。
「...もしかして、私が倒れて寝てた時に、一度屋敷に戻ったんですか?」
「ウン。ソウダヨ。」
何かに気付かれるのを恐れている様にそっぽを向いて片言で話す彼女。
一体何をそんなにビビって...
完全に忘れていた。
この人、私の部屋に隠していた小説を持ってたんだった!!
一体いつ見つけ出して来たのかと思ったけど、そういうことだったのか。
「どうしてそんなことしたんですか。」
「サファルちゃんは知らないだろうけど、機械って滅茶苦茶危険な物もあって、万が一そんな物があったら有無を言わさず破壊するつもりだったんだよ。幾ら数百人が魔中毒を発症するとしてもね。」
両手をわちゃわちゃさせながら大慌てで彼女は言い訳をしている。
自分には分からないが、数百人が死に絶えるとしても破壊を優先させる程の危険な物なんてあるのか。
確かラフィキの冒険譚にも様々な魔法や機械が紹介されていたな。
あれが現実の出来事だったとすると、確かにそれに該当する幾つかの候補が浮かぶ。
爆裂機と呼ばれる広範囲を焼き尽くす物や、刀心機と呼ばれる殺人に特化した物。
傀儡機や、夢想機などの精神を支配する物など。
「でもそうしなかったってことは、危険な物ではなかったってことなんですよね。」
「ある意味ではそうかもね。」
「それでなんで私の部屋に?」
「もしかしたらもう屋敷に戻れなくなる可能性があったから、大切そうな物は持って帰ってあげようかなと思って...。」
全くもって余計なお世話である。
「あんなに厳重に隠されてたから見つけるのに苦労したんだよ?棚に錠をかけておいて、さらにその中が二重底なんて。」
「あーもう分かりましたから。持ってきてくれてありがとうございました!」
両親含め、この方法はこれまで誰にもバレたことがなかったのに。
知らないけど魔法でも使ったのかな。
「そういえばどこにも書いてなかったけど、あの話のタイトルってなんなの?」
「まだその話しますか...。ないですよそんなの。あれはただの私の夢小説ですから。」
「そっか....。」
自分から尋ねておいて、そういうどこか達観したような表情で遠い目をするのはやめて欲しい。
夢小説の何が悪い。
「でも私の知り合いによると『タイトルを先に決めておくと、物語の指針みたいなのが固まって書きやすい。』って言ってたよ。」
「もしかしてクタブの言葉ですか?」
クタブとはラフィキの冒険譚を綴った人物として有名で私の憧れの人でもある。彼の書いた冒険譚は世界の様々な言語に翻訳され、他にもあらゆる物語を描いてきた大偉人だ。
...ラフィキの冒険譚は実話だった訳だけど、彼の書いた作品って全部本当にあったことなんだろうか。
「お、良く知ってるね。じゃあこれも知ってる?実はクタブってウペンドの血筋の子なんだよ。」
「え”っ。」
「驚いた?驚いたでしょ!冒険譚って正確にはウペンドが語り継いでいた物語をクタブが文字にして遺したんだ。実は私も参考までにいろいろ質問されたりして~ウペンドの奴、自分のところだけ結構誇張してたりさ~...あれ、固まってる。」
ちょっと待って欲しい。
今、とんでもないことを言ってなかったか?
クタブはなんだって。
クタブの正体はウペンドの血筋の子って...。
ってことはつまり、
「ウペンドって結婚してるんですか...?」
「そこ重要?そりゃあ当たり前でしょ顔はいいし、話上手なんだから引く手数多だったよ。あと、結婚してるんじゃなくて、してた、ね。生前何人も妻に迎えては別れてを繰り返したみたいだし。ほんとクズだよ。」
いやいや、ウペンドは色々な女性に声を掛けてはいるけど、実際には恋愛に興味ないみたいな。
愛の形が友情に近いような感じで。
つまりは誰か特定の人を愛するなんてことは経験もなくて....。
でもいつかそういうものを経験してみたいって思っている無垢な少年で...。
「つまりはウペンドって私みたいなタイプに出会って初めて心のときめきを知るタイプなんじゃ!??」
「あーこれは末期だね。現実と夢小説が区別できなくなっちゃってるよ。そもそも大昔のことなんだからどう頑張ってもサファルちゃんにチャンスなんてないのに...。」
そんな。私の初恋と、彼の初恋は同時のはずじゃ...。
「そんなことよりもいいの?もう着くよ。」
私が我を失っていると、気付けばそこは主の部屋の前だった。
実際に魔法の存在を自覚したからだろうか。
日常的に何度も出入りしていた部屋にそんなものが置かれていたなんてこれまで気付きもしなかったのに、今なら少しだけこの部屋に漂う違和感を感じ取ることが出来る。
「ここに機械があったんですね。」
ガシャガシャ。
彼女が扉の前で首を傾かせながら、何かを弄っている。
「あれ...あれ?」
「何をしてるんですかアサンテ様。」
「鍵がかかってて...開かない...っ!」
そんなの当たり前じゃないか。貴族の主の部屋だぞ。厳重に管理されてるに決まってる。
そんな力を入れて捻っても、開くものでもないだろうに。
「鍵を開ける魔法とかないんですか?」
「あるにはあるけど、魔力をそんな無駄遣い出来ないの!ふんぎぎぎっ!」
鞄を置き、頭に血を上らせて両手で目一杯ドアノブを引っ張っている。
この人は、私の夢見た冒険譚の登場人物で、実際に旅をして来たんだよな。
ありとあらゆる経験を積んで、世界を巡り巡った。冒険が終わった後も何百年、何千年と。
本当に実在するのが信じられない程の生きる伝説。
そんな人が、今私の目の前で醜態を晒している。
「その扉内開きですよ。」
それを聞いた途端、彼女は顔を赤らめてドアノブから手を離した。
「いや気付いてたんだけどね、押してダメなら引いてみろって言うじゃない?」
「押してましたっけ?」
私の記憶だと、最初からずっと彼女は引いていた。
「ま、まぁそれは置いといて...これからどうしよっか。」
「どうしようもないですよ。この部屋の鍵は主様以外持てないので。私はてっきり、アサンテ様には何か手段があるものだと。」
「マジか〜、サファルちゃんでも無理なのか。どうする?壊す?」
その選択肢はまずいだろう。
機械以前に極刑ものだ。これから一生手配書を貼られながら旅するつもりなんだろうか。
「前はどうやって入ったんですか?」
「いや、昼過ぎは開いてたんだよ。中には誰もいなかったし。」
えっ...。
そんなこと、普通有り得ない。
本来ならば主がいない時は必ず鍵を掛ける。機械以外にもこの部屋には重要なものが大量に置いてあるからだ。
それこそ厠へ行く時にも都度掛け直す程。
運悪く忘れたとしても、近くにいた執事がそれを見逃さないはずだ。
そんなことが起きる可能性は1つ──
「アサンテ様。私達は全てにおいて誘導されていたのかもしれません...。」
もしかしたら、こうして屋敷にやって来ることだって織り込み済みで。
「やぁサファル。そして昨日ぶりですね、逆心の魔女。いや、もう2日ぶりかな。」
そこには、予め待ち構えていたかのように私たちの背後に立っている主の姿があった。
「へぇー私の事知ってるんだ。もしかして誰かにストーキングされてたかな?」
「報告を受けた時は驚きましたよ。同じ穴のムジナだと踏んでいたら、そんなのとは格の違う相手だったんですから。」
主の今の格好は、誰かに応対する時のそれ。
深夜にも関わらずその格好ということは、やはり今日にも私達がここに訪れると分かっていた訳だ。
「とりあえず、部屋に入ろう。サファルもそれでいいね?」
これ見よがしに手元の鍵を見せ、扉の方へ。
鍵を開ける重たい音が屋敷に響く。
主は部屋の中に彼女を招き入れたものの、私はそこへ行っていいのか分からずにその場に立ち尽くしていた。
「あ、主様...私...」
「失敗。したんだね。」
「はい、誠に申し訳ございません。」
私にもはっきりと伝わるような大きなため息を主はする。
命令されたことの失敗。主を落胆させる最も大きな理由の一つで、私がずっと忌避していたことだった。
「話はある程度聞いたんだろう?なら君も来るといい無関係ではないんだから。」
いつも通りの温厚な表情だけど、その目の奥には慈愛なんてものとは程遠い闇が広がっているように見える。
「私は主様の従者ではありますが...状況が状況故、今はこちら側に立たせて頂きます。」
そう言って、私は彼女の座るソファの後ろに立つ。
「構わないよ。君も聞きたいことが沢山あるはずだ。お互い、意味のある時間にしよう。」
主はその向かい。堂々とした態度で腰を掛ける。
「こんな時間です。端的にまずは私からの要求を話をしましょう。貴方に魔中毒を治す術を施してもらう。若しくは方法を提供して頂きたい。」
「私も結論から教えるよ。はっきり言って、そんなものはない。魔力を浴び続けると、身体が不可逆に作り変わるんだ。どう変化するのか教えてもいいけど、意味はないことは保証してあげる。」
「やはりないのか...。でも幸いなことに、貴方にそう言ってもらえて良かった。これならもしかしたら...なんて浅はかな希望すら残ることはない。」
2人は淡々と、このどうしようもない状況を共有していく。
「しかし、となると貴方は何故ここに戻ってきたのですか?」
「そこのサファルちゃんがね、どうしても皆を助けて欲しいって言うもんだから、仕方なーく来てあげたんだよ。」
「アサンテ様。この質問は、ここに来た理由ではなく、何をしに来たのか尋ねているんですよ。」
私は彼女に小声で主の質問の意図を伝える。
「分かってるよ...。でも私は乗り気じゃないアピールしとかないと...」
「しないと?」
「なんか恥ずかしいし...。」
面倒臭いなこの人。
しかし、実際に何をしに来たのか。それを今伝えるのはまずいかもしれない。
何しろ、主のスタンスが分からない。
勿論彼自身を含め、皆を救いたい気持ちはあるだろうけど、代価を提示されてどうするかまでは予想つかない。
そもそも主は奴隷反対にそこまでの興味関心はない。それでも尚続けているのは今は亡き妻ヴェリタ様の意志を尊重しているから。奴隷制度反対連盟の党首なんて肩書きは、本人にとっては些細なものだろう。
それは側近として仕える中で知っている。
だからこそ、この部屋にある機械は先に確保しておいて、それから交渉が最適だったんだけど。
「...これでは、腹の探り合いで日が昇りますね。まずはローズ家が現在陥っている状況についてお話しましょう。」
そう言って主は立ち上がり、自身の机の方から何かを持ち出す。
それは一輪の薔薇を模したオブジェクト。花柄の部分は無く、花托からなるその薔薇は、中心の本来子房のある部分には小さな発光体が埋まっており、その周囲に金属光沢を持った赤色の花弁が幾重にも重なっている。よく見ると、花弁一枚一枚には細かな線の様な模様が刻まれており、がく片は回転を続けていた。時々、花弁の隙間から光が姿を現し、煌びやかに輝く姿は宝石のように美しい。そう思う以外の気持ちを無くしてしまう程の魅力を秘めていた。
これが何か。
それは明らかだった。
「これが機械....。」
何よりも、このオブジェクトから発せられるこの違和感。
魔力を持っている証拠だ。
「これはね、正確な名前を——」
「栄養機。」
主が話しているところを彼女は割り込んで、その正体を明かす。
「おや、ご存じでしたか。まぁ貴方なら知らない訳は無いか。」
「...私にだって知らない物は幾つもある。けど、それは特に悪名高くてね。よく知ってるよ。」
栄養機。
名前から察するに、栄養を振り撒く。という機械なんだろうか。
しかし、彼女の言う「悪名高い」という表現に対して、どういうことなのか分からない。
「サファルの為に説明すると、この栄養機を作動させると、その範囲内にある生き物、植物にその時不十分な栄養が勝手に与えられるんだ。最悪食べ物を食べずとも人々は成長し、水を与えずとも植物は実を成す。」
「しかも、便利なことにそれは過度に与えられることはない。逆に大量の栄養が必要な場合、例えば怪我や病気になった際は多く与えられる。まぁ病気にはかかるし死なないって訳ではないけど、体が健康になった。そう感じるぐらいには楽になるはず。」
二人の説明によって、これの大まかな性質が分かってきた。
しかし凄いな。これが栄養機...。
これがあるだけで、人は飢えることなく、植物は枯れない。
特に多雨でも旱魃でも植物が枯れないというのは本当に魅力的だ。
農業はこれ一つで不作に怯える必要がない。本来不安定であるこの産業が安定することによる経済効果は計り知れない。実際、私がこの家に来てから不作に陥ったといった出来事は起こらなかった。
「もしかして、庭にある百年薔薇の正体って...」
「これの副産物だろうね。なんせ不十分な栄養は全部これから与えられるから。」
そういうことだったのか。
確かに生命力が高い事で有名ではあったが、そんな秘密があったなんて。
「さっきからいいことばかり話してるけどさ、じゃあなんでここにいる子たちは食事をして、農業に勤しんでるのさ。食べ物も、肥料も、水もそれがあれば必要ないんでしょ?」
「賄える栄養には...限度がある、とか?」
例えば、どうしても食事などで賄う必要のある栄養があるだとか、与えられる栄養では成長が出来ないといった可能性だ。
これであれば、私たちは食事をする必要もあるし、植物の世話をする必要も出てくる。
だが私の回答に対し、彼女は首を振った。
「もっと単純なことだよサファルちゃん。思い出してみなよ、結局のところこれは何を原動力に動いてるの?」
彼女のヒントによって、私は答えに気が付く。
「補填される栄養は、魔力によって生成される...!」
「そういうこと。例えば誰かが断食でもすると、これはそれを補う為の大量の栄養を生成し、簡単に魔力切れを起こすんだ。」
つまり、この栄養機が魔力切れを起こさせない為の栄養摂取。
本末転倒な気もするが、補えるところは各自で補い、無理なものを栄養機に任せれば、最悪同じ物を食べ続けて延命なども可能な訳か。
だとしても完全にこの機械を活かすのは難しそうだ。
「これは、妻ヴェリタの遺産なんですよ。ある日、商人からこれを頂いたと言って、それはもう大変喜んでいました。『これで奴隷の子たちは誰も飢えることがない。』って。私も当時は魔法のことなんて信じていませんでしたから、これは願掛けのようなものだろうと。でもその性能は本物でした。その日から、酷く荒れていた農園には息を吹き上げた様に作物が実る様になり、奴隷たち肌にはハリが現れた。はっきり言って奇跡だと思いました。」
それから主は、自分とこの機械が齎した物語を語った。
「ヴェリタは優しく、そして実行力もある魅力的な女性でしたが、実績が余りにも足りませんでした。奴隷を買っては農業をさせ経済的に自立させるシステムを生み出す。でも最初は失敗続きで、それでもこの問題児事業を続ける。それでいて吐く言葉は綺麗事ばかり。現実の見えてない馬鹿。それが私を除いた家の者たち皆の意見でした。だけどこれ一つで、世間からは聖女と呼ばれるまでの存在になりました。私も誇らしかったです。彼女が成し遂げたかった夢を叶えた瞬間を、その隣で過程から見守り続けることができましたから。」
「だけど、それは突然起きました。」




