だから私は...
魔法とは夢を現実にする力だ。
こんなことが出来たらいい。あんなことをしてみたい。
そんな夢を本当に出来てしまう。
寧ろあの時代は、それが夢だなんて気づかなかった。
出来て当たり前。
そして、今出来ないことを更に出来る様にしようと躍起になって、実験、実験、実験。
次々生み出される数多の魔法。
当然、多くの魔法を使える人間はそれを使い、生活を豊かにする。
日常の些細なことにも、大小問わずの争いにも。
人類たちは凡そ循環、還元のことなど考えもせずに。
あまりにも早い速度で消費され続けたそれは、やがて枯れ果て、そして万能の力と呼ばれるまで人類に利用され続けたそれは...
消え失せたことでようやく私達に大きな牙を向いた。
「どういうことですか...ローズ家にいる皆が死ぬって...。」
説明を強く求める私を彼女は静止させる。
「まず前提知識として、なんでもうこの世にある魔力は枯渇しているのに機械が動けるのか。それはそれ自体に元々魔力が込められていたから。それを使えば、現代でもある程度魔法が使える。でも貯めることは出来ない。なんせ外からの供給は望めないからね。今では最初に入ってる魔力が切れれば終わりの使い捨ての道具。」
「ちょ、ちょっと待ってください!魔力に浴び続ければ魔中毒になるんですよね。それで使い捨てって...」
「考え得る限り最悪のコンボだね。」
ということは、一度使い続けてしまったらそれ以降はそれこそ依存しているかの様に魔力を求め続けなければならない。
いや、寧ろこれこそが魔中毒という名の正体か。
「そしてあの屋敷。いや、もう周辺全域だね。あそこには機械の魔力が蔓延してる。そこに住んでる全員が魔中毒患者と言って差し支えない。だからもし、それの魔力が失われたら...。」
全員私みたいに倒れて...死ぬ。
考えたくもない情景が頭に浮かび、短刀を握った時にも震えなかった手足が小刻みに震えている。
「で、でも私は今も無事ですし...何人かは街へ来て売り出しを行っています!」
「サファルちゃんは私の魔法に何度か触れてるから発症が収まってるだけ。それに街に来るって言っても一日。それも日の沈む前には戻ってきてるでしょ?それぐらいの短い時間ならなんの問題もないんだよ。」
確かに私が倒れたのは屋敷を出て丁度一日経った頃だ。
それに売り出しだって、そう遠くには行かせていない。
「だけど...機械がどれだけ稼働できるのか知りませんけど、そもそも魔力が足りなくなるってそんな──」
私は屋敷を出る前のことを思い出す。
主は商人を屋敷に招き、しかし欲しかったものが手に入らずに機嫌を悪くしていた。
それに彼女の鞄を強奪するように命令してきたり...。
明らかにいつも通りとは思えない姿を私は見ている。
「機械の魔力が枯渇してきていたから...。」
確信はない。でも辻褄は合う。
「本当に...皆が死ぬ。」
その結論に至るまで、そう時間はかからなかった。
絶望は簡単に体を支配し、大きくなった震えを抑える為腕を抱きかかえる。
また、私の前で私がよく知る皆が死ぬ...?
私のお父さん、お母さんみたいに...。
頭に浮かんだのは、根強く残る最悪の光景。
最初に捕えられたのは私だった。
屋敷の中に音もなく現れた彼らは、私の位置を的確に探り、一分も経たずに縄で縛られ身動きを封じられた。
抵抗の余地などなかった。それが言い訳ではないことを祈りたい。
すぐさま彼らは私を屋敷のロビーへ連れて行き、隠れる必要などないかの様に大声で語った。
「娘は預かった。助けたかったら無抵抗で身を表せ。」
至極単純な脅しだった。
誰だって思い浮かぶような簡単な脅し。
誘いに乗る必要なんてない!!今すぐ逃げて!!!
私は叫んだ。絶対に来てはいけないと。
今思うと、それも彼らの戦略だったのだろうと思う。
本来猿轡でも使って捕えないと、相手に舌を噛まれる可能性だってあるからだ。
それでもしなかったのは、自分に叫ばせて両親の心を揺さぶる為。
私の両親を確実に逃がさない為。
彼らが恐れていたのはきっと、この屋敷に住んでいる者しか知らない場所や通路に隠れられること。
実際、国境沿いの貴族ということもあってこういった事態に対応する為の、恐らくは私を除いて誰にも知られておらず、安全に街へと行ける長い地下の通路があった。
屋敷の警備兵、周辺の騎士たちがやられたとしても私たちだけは生き残れるように。
私は間に合わなかったけど、こうしている間にも両親はそこに辿り着ける可能性は高かった。
だからこそ、彼らはそれをさせない為の計画を練っていたんだろう。
そして、両親は彼らに言われた通りその場に現れた。
それからのことは私はただ見ているだけだった。
用済みとなった私は黙らせるように口を塞がれ、ただ両親に機密を喋らせる材料として扱われた。
そして一通り聞き終わると、彼らは意図も容易く私の両親の首をはねた。
最後まで私の名を呼び続けている母の声。
母を殺され激昂しながらも、抵抗虚しく血を流す父。
昨日まで笑顔を浮かべていた両親の顔には最早光は無く、ただ虚ろに床に転がっている。
彼らは絶望に暮れる私を嘲笑う様に、それを目の前まで持ってきた。
「あ"あぁ....。おろ””ぅざぁん、おがぁざぁん.....」
もし、私に抵抗出来るまでの力があればこうはならなかったんだろうか。
もし、私が早々に自死を選んでいたらこうはならなかったんだろうか。
もし、私がもっと...
もし、私が....
もし....
この世に、夢なんてないと知った瞬間だった。
「嫌だ。駄目、死んじゃやだ...。いなくならないで....私は....やだよ...。」
目の前の蹲った少女は、とても優秀な女の子だった。
なんせ奴隷の身でありながら貴族の側近として仕事をこなしてきた。
そんなことが出来る人なんて大人でもそう多くない。少なくともこの世界を広く見回った私でさえ見た事がない。
それでも彼女はやった。
生きて行くために。そして、生かすために。
誰も、もう二度と自分の目の前で死なないように。
しかし今、どうしようもない現実に再び押し潰されそうになっている。
「先程アサンテ様を刺そうとしたこと、心から謝ります。ローズ家の代表として、どんな代価を払ってでも償います。だからどうか、アサンテ様。皆を...皆を助けてください。お願いします。何でもします。お願いです。お願いですから....。」
地に伏し、私の足にしがみ付き、そして懇願の言葉を吐き続ける。
涙で多くを濡らし、水ばなでまともに息も出来ていない。
あまりに弱々しく、惨めな姿。
これまで見てきた彼女からは考えられない程、その姿は幼く映った。
いや、これこそが年相応な彼女本来の姿なんだろう。
彼女の本当の姿はとても弱いただ一人の女の子なんだ。
幼い内に両親を亡くし、奴隷として生きてきた。
それがどれ程心細かったか。
しかし私にだって出来ることと出来ないことがある。
魔中毒は治すことが出来ない。そんなことは何千年も前に証明されている。
多くの人類が立ち向かった末に諦めた歴史を知っている。
私だって...出来ることなら助けたい。そんな人をこれまで何人も見殺してきた。
『正しいことが分からない時、選択に困った時は考えてはいけない。どうせ結果は君の選択に関わらずやってくる。だから信じるべき指針は一つだ。心のコンパスが示すその針を信じて進めばいい。』
ある日、私の元に訪れた男が発した言葉。
村の因習に縛られ続けた私を解き放った優しい言葉。
私が辛くなった時、都合よく思い出すようにしている言葉。
それは私に勇気を与えてくれる。
「自分が、そうしたいって思った方へ。」
また、心のコンパスを信じてみるよ。
「それって、ラフィキの...」
私はあの時とは違う。
完璧とは言えずとも、自分なりの答えを出すことは出来る。
「サファルちゃん。...もしローズ家の将来。つまりは、これからの奴隷反対の勢力。家の繁栄。世継ぎの未来。そして...貴方自身が犠牲になってくれるなら、私は貴方の守りたいものを助けることが出来るって言ったらどうする?」
私に出来る事と、何より私がしたいと思っていること。
全て一括に、全てを叶える妥協点。
全てに納得できなくても、後悔なんてしないように。
「...あるんですね。必ず、皆が助かるんですね。」
彼女の目にも光が灯る。
最高とは言わずとも、可能性を残せる選択に期待を寄せている。
「勘違いして欲しくないのは、私は近い将来に起こることを少し先に延ばすだけ。その先に関しては私にはどうしようもない。ただ、概算だけど10年はどうにかなるはずだよ。それでもいい?」
「それだけあれば...十分です。」
彼女は立ち上がる。
「自分が犠牲になってもいいんだね?」
もう一度私は確認を取る。
「はい。私の未来と、皆の命。比べるまでもありません。皆がこれからも生きて行けるなら。」
その顔はとても美しく私の目には写った。
「....分かった。なら行こっか。」
「行くって...どこに?」
「それは勿論、薔薇の花が散る屋敷に。」




