そんな物語の登場人物みたいに
目が覚めると、そこは昨日泊まった宿の中だった。
ベットに寝かされ、部屋の中をぼんやりと輝くランプと月の光が灯している。
最後に残っていた記憶は....神殿に行った後、アサンテ様にそちらでの対応を任せた。
そしてその後...朝から具合が悪いという理由から街の病院に向かおうとして。
でも確か道中強い眩暈に襲われて...それから...温かい光に包まれた...
....あの光の正体は一体。
「はわ、はわわわわわあああ。」
近くから変な声が聞こえる。
辺りを見てみると、床に縮こまって小さく震えている一人の姿があった。
「何しているのですかアサンテ様。」
「はひっ!!」
声を掛けると変な声を上げて返事をする。
私の部屋で一体何をしていたんだろうか。
ん?何か持ってる....
「待って!!!待ってください!!!何を見てるんですかアサンテ様ッ!!!」
具合が悪い、寝起き、精神疲労。
そんなものなど関係なく、私は大きな羞恥心を原動力にベットから飛び起きる。
彼女の肩を掴み、そしてその手に持っている物を確認する。
顔を真っ赤にして、涙目を浮かべている彼女の手に握られていたのは紙束。
それに書かれていたのは...
私の自作小説だった。
なんでこれがここに!?自室に隠しておいたのに!
「ごめん!!色々あってサファルちゃんの部屋が荒れちゃって、私なりに整理してたらこれを見つけたから...つい。」
どういうことだろう。
一回屋敷に戻って、そして宿に戻ってきたってこと?
なんで態々そんな手間のかかること...。
いや、今はそれどころじゃない。
今、私はこれまで誰にも言わず、誰にも見せずに隠し通していた物を他人に握られている。
しかも多分、もう全部読まれている...。
「...どうでした。」
口から出たのは意外にも感想を求める言葉だった。
恥ずかしくてしょうがない。
でもいつかは誰かに見せたいと思っていたのも事実。
こうなってしまったからには感想を頂きたい。
それに、彼女は私と感性が合う気がする。
なんせラフィキをあそこまで語り合った仲だ。
そうだ。ある意味最適な人物だったのかもしれない。
「どうでした!!???」
そう自分に言い聞かせて何とか体裁を保っている私の精神は、今やどろどろの熱々。形が崩壊し、触れることさえ恐ろしい。
非情に厄介なパニック状態にあった。
「いや、その...」
言葉を濁そうとする彼女に私は詰め寄る。
良かったのか、悪かったのか。
面白かったのか、感動したのか。
なんでもいい。
でもその先にある言葉に緊張して心臓がバクバク言ってる。
出来れば聞きたくない。
そんな矛盾を突っぱねる。
「その...」
「その!?」
「その...凄く、凄く...」
凄く?
凄く何なのだろう。
「凄く、恥ずかしかった。」
「ど、どういうことでしょうか。その恥ずかしかったって。」
理解が追い付くまでに少し時間がかかった。
その間に小説を置いて、両手で顔を隠す彼女。
私にはその訳が本当に分からなかった。
「教えてください、どういう意味ですか!!」
肩を揺らして問い詰める。
しかしとても口から出せないのか、彼女は首を振るばかりで顔を隠し続ける。
私も意地になってひたすら揺らし続ける。
そんな時間を過ごし、そして「分かった。分かったから。」と言って彼女は顔を顕わにした。
未だ真っ赤になっている彼女を私は見つめ続ける。
「だって...言葉が一々甘いっていうか...キめてるっていうか。口から名言っぽい台詞ばかり吐いて....これ多分主人公のモデルウペンドだよね...。そしてその甘い言葉を受け止めるのはいつもヒロインで。そのヒロインは不器用でも真面目に頑張ってて、叶わないと知ってても愚直に夢を追いかける少女って...。それってもう....。」
「うるさーーーーい!!!!!」
私はその紙束を奪い取り、証拠隠滅するかのように自らの手でぐしゃぐしゃにする。
「君は一人でも夢を追いかけ続けてしまうから、僕にその手伝いをさせてくれないか。君を一人にはさせたくないんだ。MY LOVER....」
「ぎゃーーーーーーー。」
小説の中の一節を読まれ、私の羞恥心はオーバーヒート。
私は血を吐きベットに潜り込んだ。
誰か私を殺してください。出来ることなら助けてください。
モゴモゴしながら、手足をじたばたさせる。
そんなことをしてもどうにもならないと分かっていても、辛いものは辛いのだ。
「ごめんって。悪気はないんだよ。」
「なら褒めてよ...。」
「それはちょっと。」
酷い。なんでそんなこと言うんだ。
「あーそうですよ。私の作品なんて甘々でデロデロな現実見えてない馬鹿が夢見るフィクション増し増し恋愛ストーリーですよもー!!!」
書いている時はあんなに楽しく筆が進んでいたのに、どうして読まれるとこんなに恥ずかしいんだ。
これが物語を作るってことなの?
「ぷっ、あはははははは。」
ショックから半分泣いてる私に対し、後ろで笑い始める彼女。
「何笑ってるんですか...。」
布団を剥ぎ、瞼を赤く染めた私が頬を膨らませて問いただす。
「いや...あはは。あのね、私サファルちゃんのこと勘違いしてたみたい。サファルちゃんって頭が良くて、しっかり者ってイメージだったんだけどさ...。本当は夢見がちな少女で、積極的なタイプなんだなぁって。」
笑い涙を拭いながらそう語る彼女は、私を褒めているのか馬鹿にしているのか。
いや、多分馬鹿にしてると思う。
「冒険譚が好きで、旅がしたくて、自分で小説なんて書いて。やりたいことがいっぱいあっていいじゃん。」
「そんなの意味ないですよ....。」
「なんでよ。やりたいことがあるってとても素敵なことだよ?」
彼女は、何故私の事がこれほど分かっているのに、『どうして』ということを分かってくれないんだろう。
私だって...できることなら....
「私、本当は責任なんて大嫌いなんですよ。でも必要じゃないですか。生きて行くためには自分の能力を高めて、選択を誤らず、現実に目を向ける。子供だって知ってることです。だから私は必要なことを優先して、自分のやりたいことを放って来たんです。じゃないと生きていけなかったから、そうしないと奴隷の私は簡単に死ぬから!!」
両親は私の前に死んだ。
あの日の光景は未だに覚えている。
「元々貴族の出なんです私は。決して大きな貴族ではありませんでしたが、国境沿いの綺麗な土地の領主としてそれなりに繁栄していました。でも、両親には隣国とのいざこざに対して非情な手段が取れなかった。その善性を見抜かれて、今やそこは隣国の地です。」
「え、じゃあここはサファルちゃんにとって....」
「この国は私にとって敵国です。両親は殺され、子供だった私は奴隷に堕ち、それから少し経った後、ローズ家に運よく引き取られました。当時はまだ奴隷反対運動なんてものが表に出ていませんでしたから、高い教育を受けた自分が表に立つことでその信憑性を高める。そうして今の地位を築いて来ました。」
今のこの日々が嫌な訳じゃない。
寧ろ完璧に近い。
それでも...
「それでも本当は、旅がしたい。」
「なら、そうすればいい。」
「そうもいきません。私は今やローズ家の抱える多くの奴隷を管理する立場にあります。私の身勝手は彼らに大きな迷惑をかける。それは私の望むところではありませんから。」
今回だって、考えなかった訳じゃない。
そもそもこんなことは初めてだった。いつも屋敷の外に出る時は主かヴェリタ様が近くにいた。
しかし今回は主がいない。
それに彼女は旅をしていて、私もそうしたいと思っている。
逃げるならもってこいの状況。
もし、まだヴェリタ様が生きていたなら、私は逃げていたと思う。
あの人は本心から奴隷解放を願っていたから。
私が逃げても、自由に生きて欲しいと見逃してくれたはず。
でも主は違う。本質的にはそのことに興味関心がない。それでも続けているのは、偏に奥様に対する愛情からだ。
それなら何故、主が私にここまで放棄的な対応をしたのか。人を、利用価値でしか測れない彼が、何故こんな穴だらけの役を私に命じたのか。
きっと信頼されている。いや、見抜かれているんだろう。
私は屋敷の皆を置いていくことなんてしない、と。
結局は私の両親と同じ善性を保ってしまう人間なのだと。
私にはどうしようもない。
これからもきっと、ローズ家のお抱えの看板奴隷としてのその役割を全うしていくのだ。
...って言っても、このまま帰ったら私がどうなるかは分からないけど。
「結局私は、私の役割に殉ずるしかないんです。」
ベットから降り、部屋の中を目で探る。
てっきり隠されているものだと思っていたが、それは隠されることなくポツンと置かれていた。
「鞄。見つかってよかったですね。」
部屋の隅に置かれている蝶の模様のある鞄。
あれを私が持ち帰らない限り、私はどうなるか分からない。
そして彼女がそれを見つけた今、彼女は屋敷に戻らずに何処かへ去るという選択肢がある。
ケリをつけるなら、今晩が最適であり、リミット。
「...アサンテ様。一つ重要な話があります。」
「鞄ならあげられないよ。」
当然そう返されると思っていた。
それでも尋ねたかった。
強奪も、人殺しも、私はやりたくない。
だから交渉がしたかった。
でも、それももう意味はない。
もう他に、道はない。
「すみません。私は知っての通り不器用なので、ほかにこれ以外の方法が浮かばないんです。」
同じく部屋の隅。鞄とは逆方向の窓枠の隙間に隠していた短刀を取り出す。
月光に刃紋を煌びかせ、ゆっくりと刃を地に向ける。
「倒れた私を助けてくれてありがとうございます。この恩は忘れません。」
重心を流れる様に傾ける。
「それはお互い様だよ。私も助けてもらった。」
身体を限界まで前に傾かせ、その場に倒れるように。
「さようなら、アサンテ様。」
1歩目で相手の死角に潜り込み、その勢いを活かして短刀を彼女の腹部に目掛けて刺し込む。
初めての割には上手く動けた方だと思う。
本当なら手が震えて、動きもままならないんじゃないかって思ってたから。
でも私は、確かにその時人を殺す為の動きをした。
その瞬間、視界の片隅で隅に置かれた鞄の隙間から淡い光が零れているのが見えた。
「魔法..?」
私はそれを見て、確かにそう思った。
生物ではない。けど確かに蝶の形で舞っている青白い光の編みは、私の差し込んだ短刀を包み込む様にして彼女から短刀を間一髪の所で止めていた。
あり得ないことが、目の前で起きている。
それを理解する為に、私はそれを魔法と捉えた。
「蝶の魔法...」
短刀はやがて、殆どが糸となった蝶に絡め取られ、手から離される。
宙に浮き、細長い繭と呼べるまでになると、今度はゴキゴキ、バキバキといった鈍い音が中から聞こえる。
そしてパラパラと繭から零れて来たのは、さっきまで短刀だったものだった。
そして、短刀を砕いた繭は再び蝶の姿へと変わり彼女の周囲で舞い踊る。
「...もしかして、貴方は。」
私はその時、合点がいった。
なんで、逢ったことなんてないのに彼女に既視感があったのか。
私は前から知っていたんだ彼女のことを。
でも文字だけでしか見たことがなくて、顔を見ても分からなかった。それに...まさか実在するだなんて思えないから。
「ファラーシャ...なの?」
私は彼女に恐る恐るそう尋ねた。
ラフィキの冒険譚。三十番目最後の仲間。不老の魔女ファラーシャ。
またの名を逆心の魔女。
彼女の魔法は華麗であり、見た者を魅了するとされている。
そしてその美しさは蝶に例えられ、美と醜悪を司る二面性の象徴とされた。
「...そう。私の名前はアサンテ・ファラーシャ。サファルちゃんのよく知る三十番目のファラーシャは私の事だよ。」
え、本当に...本人?
でもあれは御伽噺で、現実の話ではなくて...。
どれだけ恋焦がれてもフィクションで。決して手の届くことのないお話で...。
「じゃあウペンドも本当にいたの!?」
「最初の質問がそれかーーーー」
彼女は大きなため息を付いてその場に縮こまる。
「いたよ。っていうのが正確なのかな。彼っていうか...皆だけど、二千年以上は前のことだしもう死んでるからね。」
「そう...なんですね...。」
彼女の周囲には未だ1匹の蝶が舞っている。
それは光の鱗粉を散らし、神々しく輝いているものの、動きは完全に生き物のそれ。
それは確かに魔法と呼べる代物だった。
「すみません話がズレました。しかし、私はどうすればいいんでしょうか。アサンテ様にこのような事をした以上、殺されても仕方ないと思っていますが...」
空いた窓にもたれ掛かり、観念したような顔を見せる。それと同時に外の景色を眺め、ここから落下しても大丈夫な高さであることを確かめた。
彼女には土地勘がない。逆に私は知り尽くしている。
もし夜の街を逃げるとしたら私に分があるだろう。
それは勿論、魔法なんて計算に入れていない雑多な策ではあるけど。
「それは、逃げる算段を立てている感じかな?」
両手の隙間から私を見つめながら、私の考えなんてお見通しと彼女はそう語る。
そして彼女が指を鳴らすと、再び蝶は形を変え、2本の糸に分かれる。
1本はこの部屋の扉を、もう1本は窓を縫いとめた。縫い合わされた面には所々隙間はあるが、人一人が通り抜けるなんてことは無理だということはすぐに分かる。
「最初から死ぬ気なんて無いのに、覚悟があるような態度は良くないなー。私が正直に受け止めてたらどうするの?」
それは押しても引いても、穴が大きくなる事も、千切れることもない。
逃げ道が完全に防がれた。
それは私にとって詰みを表していた。
その間にも彼女は立ち上がり、ゆっくりと近付いてくる。
一歩、一歩。
その時の彼女は笑みを浮かべていて、私はそれに怯えていたと思う。
やがて手の届く距離になった時、彼女は開いた右手を私の顔へ伸ばす。
これから私は何をされるのか...。
あまりの恐怖に目を瞑る。
「もう目眩は無くなった?頭痛とか、酔いみたいな感覚は?」
本心から怯えていた私に掛けられた言葉は、その身を案じるものだった。
伸ばされた手は私の額に触れ、その熱を測っている。
「え、あ...ない...ですね。久しぶりに強い日差しに晒されて気分が悪くなったのかも。」
ここは1度正直に答える。ここで、具合が悪くなったフリをしたところで意味はないだろう。
「もしかして、昨日の夜から似た症状はあって...それが今日膨れ上がったんじゃない?。」
それは...。
昨日の夜。目眩がふらっと来て、足が縺れた時のことを思い出す。
自覚はなかったけど、確かにそういうことはあった。
「...やっぱり。私、病気とかにはそんなに詳しくないけど、それだけは嫌な程知ってる。それはね、それは日差しとか調子とか、そういうものが原因じゃない。」
「魔中毒。かつて人類の9割を殺した最悪の病。」
「まちゅうどく...それは一体...?」
聞いた事のない病だった。
人類の9割を殺しただって?
そんなのほぼほぼ滅んでいるじゃないか。歴史を学んだが、そんな事態に陥った。なんて話は聞いたことがない。
しかもそんな大病を私は患っているって...。
「魔中毒っていうのは魔力。つまりは魔法を扱う上での源が身体に不足していると起きるんだよ。昔は世界に溢れていたから、発見すらされてなかったけど...枯渇した今では一度発症すると、それから一生悩まされる重い依存症になった。」
依存症。
つまりは一定量、期間摂取したことによって、それがないと身体に悪影響が現れ始めるようになること。
煙草や酒などによく見られる症状だ。
と、いうことは...私は私の知らないうちに『魔力』というものにずっと触れていたということになる。
「まぁ仕方ないと思うよ。あの屋敷には強い気配があったし、サファルちゃんは特に近くで当てられてただろうから。」
「なるほど主様...ですか。」
「そういうこと。」
あの時の睨み合い。
彼女はその時、あの部屋でそれを感じ取ったんだろう。
もしかして、主も感じ取ることが出来るんだろうか?だからこそ彼女の異質さを見抜いた。
そして私に...。
だとすれば納得がいく。
「ってことは、主様もアサンテ様と同じ魔法使い...?」
「それはないよ、あの技術はとっくに消え失せたから。現代ではこういう時道具を使っているんだよ。魔法の使える道具を...ね。知ってるでしょ。」
考えるまでもない。ラフィキ達はお宝を集めてた。
夢と幻想の詰まったお宝。
それらには不思議な力があって...。
機械。
ラフィキ達はそう呼んでいた。
その中の1つが、あの屋敷にあるってこと?
「それと...これはサファルちゃんにとって朗報か悲報か分からないけど大事なことがあるの。」
そう一度前置きを置いてから、彼女は語った。
「サファルちゃんが正直に自分のことを語ってくれたから、私も正直に話そうと思うけど...これからサファルちゃんがどうしようと、このままならローズ家にいる全員そう遠くない内に死ぬよ。」
「...えっ?」




