こんな私もいつか
ラフィキはそれから、皆を置いて去っていった。
皆、彼の意志を尊重して追おうとする者はいなかったが、それでも別れを惜しむ者は数名いた。
いや、本当は皆そうだったのかもしれない。
心のどこかでは彼こそが中心にいるという安心感を持っていた。
私を除いて。
「君は悲しくないのかい?」
一人の仲間が私に尋ねた。
「私は...よく分からない。私は最後の仲間だから、多分...思い入れってものが足りないんだと思う。悲しいけど、乗り越えるのにそう苦労はしない気がする。」
「そうか。それもいいな。」
「...なんで?私は皆と悲しみを共有できていないのに。」
「君にとってこれは何気ない思い出の一節なんだ。それはこれからの人生でもっと大きなものを得られるかもしれないという可能性を秘めている。」
「分からないよ。これが実は大きなものだったと後で知るのかも。」
「それもいいじゃないか。少なくとも君にとって、この冒険は序章なんだから。」
皆はそうじゃない。
その仲間は決してそうは言わなかった。
私はこれから一体...何を経験していくんだろう。
次の日、私はあえて昼から少し過ぎた時刻にアサンテを起こした。
途中で起きられたらまずかったけど、案の定私が起こすまで彼女が起きることはなかった。
この人は放置すれば本当に一日中寝てしまいそうだ。
「...でもなんで神殿なの?」
寝ぼけた様子で彼女は尋ねる。
「いいですか、蝶はこの国では不幸の証です。なんせ奴隷印にされる程ですから。」
「そんなに嫌かな~。」
「感性ではなく文化の問題なんです。...そして、そんな模様がされているケースなんて誰も好んで持とうとは思いません。手に入れたとしてもすぐ手放したいと思うでしょうし、市場に売ろうとしても門前払いされるでしょう商品にはなりませんし。そうすれば、預ける場所は二つに限られます。無視してその場に置いておくか、神聖な場所に預けるかです。」
実際紛失物の幾つかは神殿に届けられることが多い。
そういった経緯からも、ある可能性は非常に高いと言えるだろう。
「という訳でまずは神殿に向かいましょう。」
「おっけ~。」
という訳で私たちは街から少し外れた場所にある神殿の方へ向かった。
多くの人は忘れがちだが神殿では神に関する行事を受け持つ他に、その信頼性の高さから国民の様々な物の保管としての役割を担っている。
例えば金銭、例えば宝石。例えば公文書なども。
落とし物もそれに類する。
神に従事する神官達は祈るのみではなく、そういった雑務も請け負わなくてはいけないのだ。
「あれ、サファルちゃん行かないの?」
私は神殿入口前の階段で足を止めていた。
「私には神殿に対して足を踏み入れる権利がありません。」
「...どゆこと?」
この人は旅をしているとは言え、国のルールに無頓着過ぎではないだろうか。
「神殿の様な神聖は場所では私のような身分の者が立ち入ることは禁止されています。奴隷反対が多数派のこの街でもそれはあります。なのでここからはアサンテ様一人で赴いて頂きます。」
「関係ないって行こ?」
彼女はそう言って私の手を引いてくるが、こちらにも訳がある分引き下がれない。
「分かりませんか?私が行くとトラブルが起きる可能性が高いんですよ。めんどくさいことはお互い嫌でしょう。」
「めんどくさいのは嫌だけど、そもそも私が神殿の人と話すことがめんどくさいんだよ!!サファルちゃんがいればそういうこと気にしなくていいでしょ!」
そういう問題ではない。
確かに外見上は、私が奴隷であるとバレることはないだろう。
でも私はローズ家の側近として多少顔が売れてしまっている。
もし私を知っている者があの中にいる場合、一目で私が奴隷であることが見抜かれてしまうんだ。
そしてそうなったらアサンテ側にも迷惑をかける。
もしかしたら、トランクケースがあったとしても渡せない。そんなことにだってなり得るんだ。
その結末だけはどうしたって回避しなければならない。
「うーんそうだなぁ。なら、このローブ羽織りなよ。それで顔隠せばいけるんじゃない?」
「だからそんな単純な話じゃ...」
「行ける行ける。」
彼女は半ば無理矢理に私に自分のローブを被せる。
生地がなめらかが肌触りで、先ほどまで着られていたことで温かさが残っていた。
まるで何かに包まれているかの様な感覚。
フードを被っているから顔が見えずらくはあるが、だとしても覗けば分かる。
「これなら分かんないね。」
「アサンテ様!...どうか、お願いします。お咎めが私一人で済めばいいんです。でもそうじゃない。きっと主様、ローズ家の築いたもの、そして皆。多くの人に迷惑が掛かります。どうか...どうか....。」
私は彼女に懇願する。
ただ必死に。
私は最悪どうなってもいいんだ。
ただ、屋敷にいる皆。私が管理し、支えてもらっている皆に被害が出るのだけが嫌だ。
「....分かったよ。行ってくる。」
彼女はローブを私に預けたまま、神殿の方へ向かっていった。
私はその姿を見て安堵する。
「...これで、一人の時間が作れましたね。」
私は彼女を神殿に置いて、別の場所に向かった────。
────
——
「ふぅ、やっぱり話すの難しいな。日常会話なら問題ないけど、ちゃんと話すとなると方言が....」
アサンテは一人神殿に赴き、預けられた物が無いかを聖職者の人に聞いてみたのだが、なんと一発。
ここ最近の預かり品かつ、目立つ模様だったということから、特徴を話した後、色々と本人確認をしたら無事取り戻すことが出来た。
確認には時間がかかったけど、見つかるまでに想定されていた時間に比べれば遥かに短い。
本当は数日単位で見つかるかどうか。という具合だったのに、出発して二日。探し始めるところから数えればものの数時間だ。
私自身まさかこうも簡単に見つかるとは自分でも思っていなかったので、見つかったことに喜ぶよりも、あまりに上手くいくことへの驚きの方が勝っていた。
「にしてもサファルちゃん。とんでもなく優秀な子だな~。」
彼女が奴隷だなんてとても思えない。
いや、実際ほぼ奴隷としての扱いなんてされてなさそうだけど、これなら貴族の家であんな待遇を受けているのも納得だ。
もし身分が奴隷でなかったら、一人で財を成していたであろう。
それとも一人静かな場所で本でも読んでるのかな?
そっちの方が想像しやすい。
「なんで...いや、だからこそか。」
ローズ家の主ローズ・パルテンツァ。
彼の部屋に入った途端にその気配を感じ取った。
もともと目が覚めた時からぼんやりと感じてはいたのだが、あの一室だけは濃度が違う。
ということは、やっぱり...
「う~~~めんどくさい。」
私は色々考えるのが嫌いだ。
これまで基本的に感覚頼りの旅を送ってきた。
だとしても、今回は慎重になる必要がある。
あちらも少なからず私の正体に気付いている反応はあったし。
本来なら、この荷物を受け取った時点で逃げるのがいいんだろうなぁ。
でももし放置したら、あの子が。
これはもう理屈ではなく、納得の問題。
感覚派の私にとってどちらを優先するかどうかなんて心が知ってる。
「ここはいっちょ気合入れますかね。」
荷物を片手に神殿を後に階段を降りる。
でも降りた先にサファルちゃんの姿がない。
近くの椅子にでも座っているのか、それとも付近を歩いているのか。
しかし探しもその姿は見られない。
「...もしかして、さっきのことで怒ってどっかに行っちゃった?!」
『もう許しません。このローブごと家に持ち帰らせて頂きます。』
そんなことを言っているサファルちゃんの姿が思い浮かぶ。
これは本当にまずい。
そうてんやわんやしていると、少し遠くの方で何やら人がごった返しているのが見える。
神殿付近にいた人達も、それに釣られて向かっていた。
よく分からないけど、あそこにいる人達について行けばいつか街に辿り着けるだろうか。
私も流れに身を流してそちらに向かう。
「これなんの集まりなんですか~?」
そう尋ねてみても、誰一人よく分からないと言っていた。
どうやら中央に何があるか見えていないらしい。
一体中央に何があるんだろう。
気になった私は奥の方に掻き分けて進む。
奥へ、奥へ。進むごとに密度の増す人込みを進む。
そして、中央近くに行った時に生まれた隙間から見えた景色に私は思わず声を上げる。
「サファルちゃん!!!」
私の嫌な予感が的中した。
そこには道で倒れている少女の姿があった。
顔見知りがいる。周囲がそれを知ると、私が進みやすいよう道が広がる。
しかし私はただ必死に広がった道を駆けた。
距離としては凄く短いものだったけど、息は切れていた。
なんで、どうして...
違う!
どうする?
私は自分が知る限りの処置を施す。やり方が合っているかは分からない。でもやる。
意識はない。
呼吸が浅くて荒い...。
汗も沢山かいてる。
明らかに危険な状態。
それら一つ一つの問題に対処していく。
...汗をかいてるってことは身体を冷やす為の反応。つまり脱がせた方がいい。
そう考え私のローブを脱がし、服を緩める。
あとは...確か姿勢。楽な姿勢って何?私がいつも寝てる時の姿勢でいいのかな。
「こんぐらいで大丈夫。大丈夫なはず。」
あとは、医者を呼んでもらって...少しでも延命を。その後、人目の付かない場所まで行ければ....
「誰か、近くの医者を...!」
ここで私は周囲の人間、彼らの目がおかしなことに気が付いた。
私を見ているのか...それとも...
目線の先を探る。
彼らは、サファルちゃんの腹部。正確には私が服を緩めたことで顕になった左腹部の蝶の跡を見ていた。
「この子、まさか奴隷...なの?」
「私より良い服着て、奴隷...。」
そこにいる誰も、私の声など届いていない。
誰も医者を探しになんて行かない。聞こえてないのか、聞いていないのか。
「きっと盗品に決まってる。俺はあの服に見覚えがあるぞ!」
「あんた飼い主だろ!弁償してもらうからな!!」
徐々に辺りの疑惑が大きくなる。
疑惑が罵声を生み、罵声が憤怒へと変わる。
何一つ証拠なんてない。出まかせ上等。
自分より弱い存在に言いがかりをつけているんだ。
なんせ相手は奴隷。どんな言いがかりも真実にできる。
この子は盗人の奴隷で、私はその主。
理由は分からないけど道半ばで倒れ、自分たちは何かを盗まれた被害者。
「奴隷反対...か。」
この倒れている子から教えてもらったこと。
正直、ローズ家のやっていることこと、この街のことを聞いた時に馬鹿らしいと私は思った。
実際そうだった。今も思ってる。
そんなのは夢物語だ。
彼らの根底には奴隷に関する意識がこびり付いている。
これは形を変えた弱肉強食だ。
飽きる程見てきた強者が弱者を嬲る様。
彼らの中には確かに奴隷に対して否定的な意見があるのかもしれない。でも、彼らにとって奴隷は確かに自分たちより下の存在でないと納得できないんだ。
「ほんと阿呆らしい。付き合いきれない。」
これを無くそうという感情は分かる。確かに気分が良くない。
同じ人でありながら優劣を明確にし、優位性を担保しようとする様は見るに堪えない。
でもそれなら、恐らく手段が違う。
これは善意の蔓延によって円満に解決するような代物じゃないんだ。
「ちょ、あんた何してんだ。」
私は今にも生死を彷徨っている少女の体を抱きかかえる。
本当は安静にして、ここに医者を連れて来るのが最適だけどそうも言ってられない。
ここはある意味、どこよりも体に悪い。
「....やっぱり持てきれないか。」
鞄と人一人。人によってはどちらも抱えることが出来るんだろうけど、私は非力だからそうもいかない。
だからって周囲の人間に頼るなんてもっての他。
なら、こんな鞄なんていらない。
「ウペンドなら、そう言うんだろうな。」
私は今倒れている少女が想いを寄せている男のことを思い出す。
生憎私はアイツじゃない。
けど、見捨てる選択肢なんてない。
ならどうする。
選択は一つ。
「ここにいる全員。今から見る全てを忘れてもらう。」
使うのは二つ。
「これできっと、サファルちゃんも...。」
鞄の中から淡い光が漏れ出し、それが私に力を与える。
その力を利用し、私の周囲には糸が漂い、編みあがった蝶が舞う。
幻想的で、今は誰しもが忘れてしまったモノ。
「ラフィキ 三十番目の仲間。逆心の魔女が命ずる。」
「記憶消去+空間転移」
その言葉によって、役割を命じられた蝶たちがその光を増す。
数匹は私たちを取り囲み、他は皆周囲の人間に対し鱗粉を舞落とす。
「君たちはここでの記憶を無くすけど、私は君たちが何をしたか覚えてる。だから、これからどんな理不尽なことが起こっても、それは君たち自身の罪であることを受け入れなさい。って言ってもこのことも忘れちゃうんだろうけど。」
そう言い終わる頃、私たちの体は粒子となって風と共に運ばれて行った。




