思い出に
「人は先に進む生き物だ。未だかつてここまで領域を広げた生物など他にはいない。しかし今、僕たちはその限界に至ろうとしている。そう、旅の終わりだ。」
一つの大きな焚火に囲まれた仲間たちは皆僕の方を見つめている。
彼らの目には各々の想いが伝わってきた。
旅の終わりに達成感を覚える者、終わりに悲しむ者、その次を考える者、振り返り想いに暮れる者。
それは僕を含め30人千差万別と言っていい。
よくここまで皆の心が合わさったものだ。
皆には感謝の想いしかない。
「僕たちは夢に駆け、未知を追い求めた。あらゆる謎に挑み、困難に立ち向かった。そう、僕たちは偉大なことを成し遂げたんだ。」
今ここで僕の気持ちをぶつける。
仲間が困り果てるぐらいにはぶつけるつもりだ。それぐらいの想いが彼らにはある。本当なら一人一人に語りたいぐらいなんだ。
でも僕たちは仲間だから。そんなことはしない。
「これから僕はまた一人で旅を始めるつもりだ。」
「この世界に、僕は沢山のことを楽しませてもらった。無論全部を楽しんだとは思っていない。しかし人一人に与えられるには行き過ぎたものだ。だから今度はこの世界に恩返しがしたい。」
「今度は未知を探す旅路じゃない。未知を生み出す旅を始める。この世界に楽しいものを散りばめ、更なる未知を、次に僕を継ぐような馬鹿が現れた時、そいつが一生かかっても楽しみ切れないものを残して行く。」
「悪いが、この旅に君たちは連れていけない。だけど、もし未知を求めるのなら探して欲しい。そこはきっと楽しいもので満ちている。」
ラフィキの冒険譚の終わりは、各々がそれぞれの道を歩み出し、新たな旅の始まりをもって締め括られている。
夢を追いかけ、更なる夢を追いかける彼らの姿勢は私の心に温かいものをくれた。
しかし現実はそうはいかない。
夢など叶うはずもなく、願いは簡単に踏み潰される。
夢を信じていた私は地獄を味わい、夢など捨てた私はこうしてなんとか生きている。
現実的に生きることは、奴隷となった私にとって生命線だった。現実的に考えて奴隷である私はどれだけ過小評価しても足らず、現実的に考えて生きる為にはどんなことだってしていかなくてはいけない。
そんなこと、考えるまでもなく当然のことのように徹してきた。
したらどうだ。こんな地位にまで来たぞ私は。
奴隷であるにも関わらず明日が保障され、餓死することなど考える必要すらない。
間違ってなどいないんだ。
そう、私は何も間違っていない。
思い出なんてとうに捨てた。
次の日、朝から主は少々気が立っていた。
外見ではいつもと区別がつきにくい温厚そうな顔を浮かべているが、言葉の端々に余裕の無さが垣間見える。
どうやら昨日来た行商人との交渉が上手くいかなかったようだ。私は同席を拒否された為経緯は分からないが、恐らくは主には何かしら欲しい商品があって、行商人はそれを持ち合わせてなかったという感じだろう。
私が昨日の夜にフォローを入れていたが、それもあまり意味を成さなかったらしい。
こんな時に客人に挨拶をさせて...しかもあんな人を紹介したら一体どうなるんだろう。
嫌な気がしてならないが、しかし仕方ない。
「主様。昨日に屋敷に訪れた者がおり、客人として迎え入れたのですが、一度ご挨拶をしたいとのことでお時間いただけるでしょうか。」
「ああ、話は一応聞いてるよ。裏庭に気を失った不審者のことだろ。」
「まさにその方です。こちらでもまだ事情を聞けていないので気を付ける必要はありますが、しかし昨日少し話したところ危険性は低いかと。」
「サファルがそう判断したなら構わないよ。通してあげて。」
許可を頂き、アサンテのいる部屋へ迎えに行く。
だが、ノックをしても返事はない。
何度しても反応がないので仕方なく許可を得ずに扉を開くと、そこには布団を剥いでだらしない顔でそれはもう気持ちの良さそうに寝ている彼女がいた。
時刻を確認すると確かに昼頃を指している。
「...。」
どうしたらこの時間まで寝る事が出来るんだろう。
起こすか?
いや、ここは疲れていたから挨拶を後に移すのが....
そこで私は昨日彼女に言われたことを思い出す。自分で好きなキャラクターを聞いといて、答えたら答えたで否定された。私のウペンドを否定した。
私ってここまで根に持つタイプだったのか。
そう思いながら、彼女の寝ているベットの方に歩みを進める。
そして手を伸ばし、その頬を思い切りつねった。
「いた、いたたたた!!」
ふふっざまぁみろ。
「痛った~!なにすんの!!」
「主様にご挨拶する時間になりましたので、こうして起こしに参りました。早速ご準備いただけると幸いです。」
「いや、だからってこんなことしなくても....」
「また十分後にお訪ねしますので、お着換えを済ませておいてください。」
「ねぇ聞い...」
「主様は多忙ですので、急ぐことをお勧めします。でないと、もしかしたらお客様が追放処分になりかねませんのでご注意を。」
「...はい。」
それから十分経って戻ると、彼女は完璧に支度を終えた姿で姿勢良く待っていた。
真っすぐのその姿からは先ほどまでのだらしなさは感じない。
素晴らしい限りだ。
「まさかこの短時間で化粧まで済ませているとは。こちらで手配していましたが必要ありませんでしたね。」
「まぁ私は基がいいからね。こんなもんよ!」
その自信満々で、堂々とした姿。
その割にはどこか抜けていて、適当な性格。
「...。」
「どうかした?」
「いえ、その...。」
私はアサンテに何を思っているんだろう。
昨日初めて出会い、そしてほんの数分話した程度の間柄なのに。
「なにか気に変なとこでもあったの?」
「...あの、私達って何処かでお会いしたことありますか?」
記憶はない。顔に見覚えもない。
多分本当に会ったことはない。
なのにとても親しく感じてしまう。
この違和感の正体は一体なんだろう。
「ない...と思うけど...。」
「ですよね。ですが...いや、どうして...。」
最初に会った時に感じた既視感のような感覚が、今では更に大きく感じている。
しかし考えても何も分からない。
「ねぇ、そろそろ主様って人の所に行かなくちゃいけないんじゃないの?」
「それに関しては大丈夫です。元々メイクの時間は必要だと思っていましたから。」
「なら私を急かした理由って...」
これ以上考えることに意味が無いと思った私は、1度この違和感に関して考えることを止め、一旦業務の方に取り掛かる。
「それよりも、昨日どうしてあそこにいたのか話を聞かせてくれませんか。如何せんこちらも事情の方が良く分かっておらず、どうしてあんな状況に?」
「んー、正直よく覚えてないんだよね。探し物があって、それを探しているうちに訳あってぶっ飛ばされて、気付いたらここにいた。みたいな。」
「ぶっ飛ばされた。っていうのは空に舞い上がって、落ちてきたということで?」
「そうそう。いやーあそこにトラップがあるとは...。」
よく分からないけど、少なくともこの屋敷に乗り込んだ訳ではなく、事故でこちらに来たという感じか。
話からしてアサンテは冒険者か旅人といった感じかな。
「その道中、恐らくは空を舞ってた時に荷物を無くし、この屋敷の薔薇園に絡め取られたという訳ですね。」
「待って、絡め取られたって何。」
「薔薇のツルに絡め取られた状態で発見されたんですよ。身体にある傷跡はその時の棘にやられたものです。」
そう指摘すると、彼女は自分の身体を確かめる。
腕や足、至る場所にポツポツと腫れが残っているが、どうやら本人は気付いていなかったみたいだ。
「治療はこちらで済ませていましたが、動いていて気が付かなかったんですか?」
「あー。いや、私痛みとか感じない体質で...。」
なんだその聞いた事のない体質。
そもそも起こした時、痛いって言ってたでしょ。
「まぁいいです。...と、そろそろ時間ですね。ご案内します。」
案内の道中に私は彼女に必要最低限の知識を与えておく。
「今から挨拶して頂くのはこの家の領主であるローズ家の10代目当主ローズ・パルテンツァ様です。」
主は世間に温厚かつ慈悲深い方として有名である。元々は妻ローズ・ヴェリタ様の聖女宛らの意思が目立っており、彼女の呈する奴隷反対の運動が注目されていた。
特に、数多くの奴隷を雇い、彼らに屋敷の管理、農作業や食材加工などを任せることによって賃金を生み出し、結果として多くの奴隷を養える環境を作り自立させる。
この仕組みを作った功績は大きく、奴隷解放運動の足掛かりとされていた。
しかし彼女が病を患い他界。
パルテンツァ氏がその意思を継いだという流れで、今では奴隷制度反対連盟の党首とされている。
またその成り立ちに因んで、他貴族から「貧者の貴族」と呼ばれている。
「ふーん、凄いね。」
「ここまでのことをやってのけた貴族は歴史上未だ嘗てローズ家のみ。とても誇らしい事です。」
自分は、今この家に仕えらて良かった。心からそう思えるし、他のこれから来る人にもそう思って欲しい。
「サファル様、今回新たに作ったコンポートの方の味見をして欲しいと皆が...」
後ろから小走りで近づいてきた子が、私に耳打ちでそう語る。
「わざわざ私を通さなくていいのに。」
「いえ、是非食べてみてください。今年の果実は非常に甘いと私たちの中でも人気でして...」
私が断ろうとすると、慌てふためいて何とか誘おうとしてくる。
味見は名分で、私に食べて欲しいっていうことかな。
「分かったよ。これが終わったら向かうから、私以外の分も用意しておいてね。」
「はい!かしこまりました。」
そう言うと、にこにこした顔を浮かべてスタスタとその子はこの場から去っていった。
「可愛い子だね。」
「あの子も奴隷なんですよ。ここへ来た時は笑顔を忘れてしまったような子でしたが、今では笑顔こそが彼女の魅力になっています。」
「...そりゃ慕われる訳だね。」
「優しい環境で育てば、人は優しく育ちます。本当はこんなこと、とても簡単なことのはずなんです。」
そして一通り説明が終わる頃、私達は主の部屋の前に辿り着く。
「一応念を押しておきますが、決して失礼の無いようにお気をつけください。」
「なんで?温厚な人なんでしょ?」
「...。相手は人です。これ以上の説明が必要ですか?」
成程ね。といった表情で頷く彼女。
私も理解が得られたようて少し安堵する。
どんなに温厚な人間でも、優しいと評される人でも、結局は人だ。嫌いや怒りといった感情は持ち合わせているし、特に主に関してはそれが顕著だ。
普段温厚な人柄を表に出している分、溜まるものも多いのだろう。
どれもこれも、無くなった妻ヴェリタ様の意思の為に。
「失礼します。アサンテ様をお呼びしました。少々お時間頂けますかでしょうか。」
ノックをすると向こうから返事がした。
私がドアノブを捻り開けた重厚な扉の向こうには、細かな彫刻が施された深い褐色の椅子に腰を掛けたパルテンツァ様の姿があった。
私は、向かいにあるソファに座るよう彼女に促す。
しかし、彼女は部屋に入ろうとしない。
何故動かないのか気になり、彼女の顔を見ると、彼女は何故か主を睨みつけていた。
「アサンテ様...?」
「サファルちゃん。この人、温厚な人って言ってたよね。」
異様な雰囲気だ。
彼女の方は勿論、彼女を見た主の方も無言でこちらを見続けている。
「あの...。」
完全に状況を掴めていないのは、この場では私だけだった。
「サファル。この人が例の?」
沈黙を破ったのは主の方だった。
「はい。薔薇園にて、ツルに絡まれ気を失っている所を私達が救助し、事情を聞くまで客人として対応しておりました。」
「そうか。君、名前は?」
「アサンテ。」
私に自己紹介した時と比べて明らかに素っ気ない態度で答える。
「サファル。確か彼女は荷物を無くしていたね。良かったら探すのを手伝ってあげなさい。その間の業務は誰かに受け持って貰うから。」
「いや、しかし...。」
「どこに落ちたかも分からないんだ。きっと時間が掛かるだろう。君は頭がいいから、手伝ってあげたら彼女も喜んでくれるよ。」
あまりにも分かりやすい含みのある言葉に私は頷く。
「なら、少し費用が欲しいかな。何日かかるか分からないし。」
図々しい態度だけど、一文無しの彼女からしたら生命線だから止めにくいのが困る。
「分かった。サファルに持たせるよ。それと、この後サファルは少しこの部屋に残ってくれ。」
「はい。分かりました。」
「うん。じゃあアサンテさん、落とし物が見つかることを祈っているよ。」
そうして、アサンテが部屋を去る形でこの空間は終わりを告げた。
しかしアサンテが去った今でも緊迫した空気が未だに残っている。
一体どういうことだろう。二人は顔見知りだったのだろうか。それもかなりの因縁を持っているような。
「ソファル。」
「はい。」
「今から君には彼女の監視をしてもらうのはさっきのことで分かってると思うけど、もう一つ頼みたいことがあるんだ。」
「もし可能なら道中、あの女の荷物を奪うか、それが出来なければ殺して欲しい。」
「なっ!」
「できるね?」
私は形式上は執事の様な地位に置いて頂いているが、結局は貴族と奴隷。
拒否権など最初からない。
「かしこ...まりました。」




