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魔女と小説家  作者: 彩葉もへじ
二章 炎と氷の森
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16/20

色んな願いがあるけれど

「貴方、魔中毒なのに雇い主に捨てられてたんでしょ!だったら私たちの仲間になりましょ。絶対楽しいよ~。」

 その誘いに対する回答は、考えるまでもなかった。

「すみません。それは出来ません。」

「え、なんで。だって、貴方も...」

 彼女は本当に断られることなんて考えていなかったんだろう。

 野良の奴隷がどれだけ生きるのに苦労するか知っているんだ。

 紋様を見られれば蔑まれ、普通の暮らしすら望めない未来。

 多分、私が本当にアサに捨てられてしまったらこの選択を選んだと思う。

 だけど生憎、そうではないことを私は知っている。

「私は今、夢を叶えている途中なんです。」

 もうそろそろ、アサの方も片付いたかな。

「夢?」

「私は旅をして、その旅路を物語にするんです。世界を旅して、時には休んで。見て、歩いて、知って、そして、心から笑う。...でも、貴方の仲間になったらそれは出来ない。奪うことを生業にしている貴方達では。」

 アサは、私と同時に木に隠れた瞬間に何かしらの魔法を使った。

 その魔法はきっと、体を部分的に透明化するもの。

 私には木の裏にアサの片腕のみが宙を浮いているのが見えた。

 そして、私が投降のフリをしている間にハンドシグナルで自分が他の敵を探すこと、そして星の書の使い方を教えてくれた。

 最初、何を言いたいのか分からなくて困惑したけど...。

 去り際、意思疎通が難しくて手の動きだけでアサがイライラしているのが感じ取れた。

 ...イライラされてもこっちからしたらどうしようもないんだけどな。

 それから森の奥の方へ向かっていき、弓を放った相手、他の仲間を止めに行ったんだろう。

 ざっと数分だけど、ここまで時間を稼いで帰ってこないなら他の仲間がきっといたんだ。

 なら、これからも私は時間稼ぎをするだけでいい。

「私って昔から結構我儘で、自分が納得できるまでやらないと絶対に満足できない性格なんですよ。それなのに、何年も何年も何年も...まぁアサからしたらどうってことない時間なんでしょうけど、それでも私の人生は我慢続きだったんです。」

 そして、我慢ばっかりしていたら、何を我慢していたのか分からないぐらいになってしまっていて...

 でも、最近になってようやくそれを思い出すことが出来て...。

 そして手に入れたこの日々を投げ捨てる程度の提案なんて、そう簡単には思いつかない。

「当たり前でしょ。奴隷の私達に、夢なんて叶えられる訳ないんだから...」

 そんな弱音を彼女は吐露する。

 実際、夢を叶える。なんて期待はさっさと捨てた方が世は生きやすい。

 効率を重視し、冷静に物事を進めていけば、そう人生は悪い方向へ傾かないだろう。

 奴隷なら尚更だ。

 奴隷のそれは、生と死に直結する。

 口を開くのにも許可が必要で、主が余程温厚でもない限り動く度に枷が付き纏う。

 自由なんて言葉はなく、死ぬほどの努力すら肯定されない。

 夢なんて、抱く方がちゃんちゃらおかしい。

 一体彼女がこれまでどんな人生を送り、これからどうするのかなんてことは一切知らない。

 それでもそういう現実が見えるぐらいには順風満帆ではないのは確かだ。

「フフッ...。」

 思わず笑みが零れる。

「何が面白いの~?」

 彼女の言葉から怒りを感じる。

 自分の弱さを笑われた事に怒っているんだろう。

「これは、私が幸運なだけっていうのは理解しているんですけどね。前、私の夢を他人に勝手に語った人がいましてね、その時は非常に迷惑だと思いましたが、そうしたらトントン拍子に夢が叶ったんです。奴隷の私がこうして旅に出て、その土地の文化に触れて、ダンジョンに潜って、それを頭の中で物語にしてる。どれもこれもあの言葉があったから...。何が言いたいかというとですね、要は一歩だったんですよ。私はただ夢を伝えるだけで良かった。彼女がたったそれだけをしてくれたおかげて私は今、夢を叶えられてる。」

 他にも多くの恩はあるけど、私の今はあの日の、あの夜の、あの一言から出来ている。

 私を条件にしてくれたあの一言から。

「夢なんて壮大で雄大で偉大なものは、もしかしたら過大だったかもしれない。振り返ってみれば所詮、そんなモノだったかもしれない。そう思っただけです。」


「どうですか?お互い名前も名乗らず互いに貴方と呼んでいますが、そんな貴方は夢を抱けていますか。」


 自分からしても、とても投降している側の発言とは思えない程に挑発的な言葉。

 それは彼女からすれば耐えきれないものだったんだろう。

 彼女は蟀谷に血管を浮かばせている。

 だけど私は止めない。

「さぞや貴方は大きな野望を抱いているんでしょう。それでなければ人を傷つけてでも、奪ってでも、脅してでもこの本を手に入れたいとは思わない。願うのは誰かを痛めつけてでも手に入れる平和でしょうか?誰かの願いを潰してでも保つ秘密でしょうか?まさか、上の指示に従ってるだけ。なんてものじゃないですよね?」

 発言の中で彼女の上にいる人間を出した時が一番反応があったな。

 尊敬とか、憧憬みたいな上を敬う感情が彼女の行動原理なのかな。

「因みに私は今、小さな、とてもくだらない夢を叶えていますよ。」

「なんのこと?」

「やり返しですよ。仮にも私(・)た(・)ち(・)を脅したんです。文句はないですよね。」

 まずは言葉の暴力。

 相手の怒髪冠を衝く狙いで言葉を発する。

 案の定激昂した彼女は再び武器を構える。

「もう分かったよ~。お仲間が逃げたっていうのも嘘なんだね。だったらそれなりには痛い目に合う覚悟はしてるんだよね~?」

 私は、時間稼ぎをするだけでいい。

 そう時間を稼ぐだけであとは御伽噺の魔女がやってくれる。

 だけど....

「私、やられたことはちゃんと自分でやり返さないと満足できないタチなんです。」

 私は徐に星の書に手を合わせようとする。

「クソッ!」

 彼女はその動作を見るや否や、斧を手に襲い掛かった。

 しかし私の手が表紙に合わせられる程度の距離は容易にある。

 手のひらがぴったりと星の書に触れた途端、それは強い光を放つ。

 その時の私は、何を願ったんだろう。

 直接口に出すこともなく、心に問いかける訳でもなく。

 最初から願いなど知っていたと言わんばかりに星の書は何かへと変換される。

 そして徐々に質量を持ち始めたそれは、私の手から離れ、宙を泳いで降りかかる脅威へと向かう。

 ガキンッと硬い物同士がぶつかる音。

 火花が散り、水晶が舞う。

「これは...?」

 斧の刃を受け止めたのは、黒い塊。立方体の機械(アーティファクト)。

 浮いている場所から完全に光が失われてしまったと思ってしまう程の黒。

 夜の中でもはっきりと分かってしまう程、空間が抜け落ちてしまったかの様な錯覚に陥る暗黒。

 そんな暗闇の塊は斧の勢いを完全に受け止めた。

「何??私、何に止められたの!??」

 斧が私まで達していないと分かるや否や、彼女は私と同じ物に意識を向ける。

 私はそれに向かってゆっくりと手を伸ばし、そして指先が触れる。

 触れたと同時にそれは内部から唸りを上げた。

 その音を警戒してか、彼女はそれから距離を置く。

 私も何がこれから起こるのか不安を抱えたが、その場にじっと立ち尽くした。

 ジジ、ジジジ。

 私を主と認めたのか、ゆっくりと手元までやって来たと思うと、それは回転を始め、光を放ち本来の姿へと解放されていく。

 暗闇から一転、直視出来ない程の眩い光に進まれたそれは伸びていく。

 それは長細い柄、そして分厚い刃へ。

 綺麗に折りたたまれていたというには、体積が違い過ぎる程大きくなるそれは、最終的に藤色を帯びた漆黒の鎌へと変貌した。

 柄と刃のつなぎ目には機械(アーティファクト)特有の発光体が埋め込まれ、黒曜石のような刃を照らしている。

 そして、その機能は分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)。


 私にはこの機械(アーティファクト)の使い方が分からない。手に取ったら自然と分かると思っていたけど、そうじゃないらしい。

 何か作動させるスイッチも見当たらない。

 私のこれまでの経験則では常時発動する栄養機や指輪といった、効果範囲内にいることが条件の物。

 星の書の様な特定の動作で機能見せる物があった。

 でも、何か既に発動している感じはないし、柄を握っても特に変化は起きない。

 もしかしたら、実感が難しい能力。若しくは折り畳める持ち運びが簡単な鎌。それ自体が主の能力かもしれない。

 一番可能性が高いと思うのは、これで何かを刈り取ること。

 でもそれによって何が起こるかは結局不明瞭。

 だけど、これはあの斧を受け止めた。

 こと頑丈さという面では申し分ない。

 機能が分からないにしろ、彼女が警戒している今が私のアドバンテージ。

 私の手に収まり、重量がしっかりと感じられた途端、彼女へとそれを使って前へと切りかかる。

 当たると思った距離での横一線。

 しかし相手だってただ突っ立っているだけじゃない。

 彼女は姿勢を低くし、後ろの木の方へステップをして避ける。

 避けると共に身を隠す動作を一つにまとめる、怒らせた割には冷静な動き。

 あれだけ大きな斧を持っているにも関わらずそんな身軽な動き...。思ったよりもあれは重くないのかもしれない...。

 それに比べ、この鎌は見た目以上に重い...けど扱えない程じゃない。

 けど、如何せん大きい鎌だから重心がブレて仕方ない。

 そもそも鎌って武器としてどうなんだ!!

 刃が内側に付いているせいで、本来武器がもつリーチという面を完全に潰している。

 先ほど振るった時も自分は十分な距離になったと思って振ったが、実際は掠めるぐらいの距離だった。

 実際に刃を当てるには自分の想定以上に距離を詰める必要がある。

 なのにこの大きさ。

 いや、これほど大きいから漸く届くんだ。

 つまるところ、こんなものは武器なり得ない。

 それでもこれから発せられる禍々しさは明らかにこれが殺傷目的であることを示唆している。

 ....私は、一体何を願ったんだ。

 そんなことを考えながら、お互いの動きが見えない事による膠着時間が生まれる。

「酷いなぁ~。仮にも誘ってあげたっていうのに。」

 暫くして、木の裏から彼女は話かけて来る。

「まぁファーストコンタクトが悪かったですね。弓矢で奇襲は駄目でしょう。」

「あれは脅しだよ。」

「...それが駄目だって言ってるんですよ。」

「なんでぇ~?脅せば誰も傷つかず円満解決に事が運ぶと思わない?」

「今の事態になっても同じことが言えますか?」

 言葉では否定するが、内心私は一理あるなと思う。

 自分たちが現時点で勝っていると考えれば、脅しは策の一つになる。

 この国の外交なんかが正にそうだ。

 広いの国土と、そこに構える多くの兵士、資源。これらを時に盾、時に矛として外交で活用する。

 そして最終的に更なる益を得る。自分たちは一切の損を被ることなく。

 これは脅しの本質そのものだ。

 強者は弱者から、好きなだけ搾り取ることが出来るある意味最良の手。

 まぁ、そんなこと今は絶対に言わないけど。

 なんせ実力を見誤った場合、その先に待つのは脅しに対する報復なのだから。

 丁度今みたいに。

「今回は相手が悪かったね~。」

「どっちの話です?」

「勿論...そっち!!!」

 木の裏からクリスタルの光が動くのが見える。

 何かをしようとしている...。

 そう警戒したのも束の間、ドスンッと鈍い音がしたと共に私たちの間にある木が私のいる方へ倒れて来た。

 一体、どうして木を倒そうとした人の反対方向に木が倒れるのか。

 何か仕掛けがあるのは間違いない。

 けど幸い倒れて来るスピードは遅く、私は鎌を大きく振りかぶり、倒れて来る木を縦に一刀両断する。

 出来ると思っていても、本当に出来た時は驚いた。

 木の繊維を切り裂く感覚など感じることもなく、なめらかな切り口で両断を果たした私の両手には地面に刺さった時の感覚しかない。それだって、深々と刺さった後。

 それだけ切れ味がいいんだろう。

 二分された幹は私を避け、その片方がこれまでここを照らしていた焚火の火を圧し潰して消す。

 周囲が暗闇に包まれる中、地面には点々とした星屑のような光が残っていた。

「...上か!」

 見上げるとそこには高々と舞い上がる彼女の姿。

 斧で切れ込みを入れた木を駆け上がったのか。

 月光を乱反射するクリスタルの斧がとてつもない速さで降りかかってくる。

「気付いても遅いよ~!!」

 避けるか?

 いや、相手は明らかに戦闘の訓練を受けたことのある動きをしている。

 経験のない私では単純な戦闘で勝てる算段はない。

 それにそろそろ正体不明の機械(アーティファクト)への警戒も薄れている頃だろう。

 だとすれば、奇策を以って挑むしかない。

「そ~~~~~~れっ!!!!!」

 落下の勢いを攻撃の勢いへと変え、私目掛けて彼女は思い切り斧を振り下ろす。

 これをまともに受ければ、流石のこの鎌も耐えられるかどうか。

 真偽は不明。しかし確かめる必要もない。

 斧を深く観察する。

 落ちて来る場所。彼女が狙っている場所はどこか。

 集中し、集中し、そしてタイミングを見定め...そして....

 私は斧を片(・)腕(・)で(・)受(・)け(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)た(・)。

 角度はなるべく斧の刃と平行に。

 最低限頭と、胴体を避けて行けるような角度で。

「ちょ、馬鹿ッ!!!」

 鎌で受ければ怪我は少なくて済む。

 彼女はそう考えていたのかもしれない。

 まさか、腕で受けようとするなんて想像もしなかっただろう。

 だから咄嗟にそんな言葉が出たんだ。

 根は優しい子なのかもしれないな。

 だが彼女の想像とは違って、私は別に腕を犠牲にするだなんて考えていない。無論受け止められるとも思っていない。

「さて、どうですかね。」

 私は斧を、受け流す。

 振り下ろされた斧は私の腕の輪郭をなぞり、滑り落ちる。

 今日の私はどうしたんだろうか。

 賭けに対し全てにおいて上手くいっている。

 思わずニヤリと笑みが零れた。

 膜の魔法。私の体に未だ纏われているアサの魔法。

 その効果の1つに表面の潤滑がある。

 そこまで滑る効果は無いけれど、角度や力量に注意しなければ物を掴むのもそれなりに厄介な性質。

 それを利用させてもらった。

 そして私のすぐ横に落下した斧と彼女。

 すぐさま私は鎌を持ち直し、地面に刺さった斧の中心部にある発光体目掛けて鎌を振り落とす。

 これだけ近かったら外さない。

 ガキンッという音と共に、鎌の刃がクリスタルの斧の最も細くなっている箇所を切断...というより叩き折る。

 折れたクリスタルの斧は粒子状になり、最終的には地面に発光体だけ転がった。

「勝負あり...ですね。」

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