そこで見つける
数多くの蜘蛛の糸を超え、私たちは重たい両開きの扉の前にいた。
「なんか、これだけ人工物って感じですね。」
扉には模様が彫られており、その中には幾つかの六芒星の模様があり輝いてはいないものの目に留まった。
これまでは自然が形成したという印象が強かったダンジョンだが、これだけは誰か人の手によって作られた物という印象を受けた。
「ここに魔道具を置いた人が雰囲気づくりに作ったんでしょ。要は演出だよ演出。」
「そんな風情のない...」
「実際そうなんだって。」
その口調からすると、アサはここに魔道具を設置した人のことを知ってるんだろうか?
「にしても案外、あっさりしているというか...特に何もありませんでしたね。」
ここに辿り着く間に蜘蛛の糸以外の何かトラップがあったということはなく、はっきり言ってしまえば歯応えがなかった。
私の記憶では一本道を歩いてきたというものしかない。
「今、つまんなそうな顔したでしょ。」
「...はい。」
「あーやだやだ。ここって本当は灼熱の中なんだよ?本当なら生身のサファルちゃんは喉が枯れ果ててるんだからね!」
それは元を辿れば貴方の過失なんじゃ...。
でもアサの魔法のおかげでここまで楽に探索出来てるっていうのは事実だ。
火柱、灼熱に加え、蜘蛛の糸。
全てのトラップをこの膜一つで解決している。
これが無かったら、私はそもそもダンジョンの中にすら入れてない。
そうかもしれないけど、実際に私の感覚は退屈を感じていた。
「...まぁ次ですね。次のダンジョンに期待します。」
にしても変だ。
そもそも熱に関することは全てアサが原因で出来たもの。それに加え、道中に蜘蛛の死骸も痕跡もなかった。
つまり、実際のダンジョンではさっきまでの道は、ただ蜘蛛の糸が沢山あるだけの通路ってことになる。
この違和感の正体はなんだろうか。
「ねぇ、この扉古くて重いからサファルちゃんも手伝って。」
呼ばれた場所を見ると、扉を体全身を使って必死に押しているアサの姿がある。
「それって力で動かすような物なんですか?」
洞窟の中一面に聳える扉。
石造りの重厚さは、とても人の力で動かす事を想定されているようには見えない。
「スイッチとか、仕掛けがあるのが定番なんじゃ...」
「違う!そんなの...作る、技量...アイツにはない....!!」
やがて、片側がグゴゴゴゴッという音が鳴って少し動く。
どうやら、本当に力技の扉らしい。
「サファルちゃんはもう片方担当して、一気に行くよ!!」
「え、あっはい!」
慌てて配置に着き、私は腰を沈める。
「行くよっ!いっせーのっせ!!」
あまり自信のない力でも、懸命に石の扉を押す。
少しずつ、少しずつ扉は動いていき、奥の部屋から零れる光が見える。
「もう...少し!!」
腕が疲れたので、私は体を押し付けて体重で押す。
そして、お互いの扉がそれなりに開いてきた頃、さっきまでのが嘘のように簡単な力で扉は完全に開いた。
「わっ!」
私達はさっきまで全力で扉を押していたせいで、扉が開いた瞬間に前方に倒れる。膜のおかげで、痛みは少ないが、逆にヌルヌルのせいで私の体は前へ滑っていった。
どこか恰好はつかないが、これにて私たちはどうやらダンジョンの最深部に辿り着いたらしい。
立ち上がると広い縦長の道。その最深部に青く輝くオブジェクトが目立つ様に建てられていた。
銀メッキに塗られた砂時計のような形状をしたそれは、中央に浮かされている一冊の本の存在を際立たせている。
その一冊の本は表紙に扉にも彫られていたような六芒星が描かれており、その中央に栄養機と同じ発光体が埋め込まれていた。
むき出しという訳ではなく、それは青く透明な薄い硝子のような膜に覆われていている。それが放つ光を銀メッキが反射し、神々しさを醸し出し出していた。
どう見てもこれが目標物だ。
「アサ...これが?」
「うん、これが私の探してた機械。正式な名前を偽・願望機。最近だと『星の書』って呼ばれてる。他にも呼び名があって...またの名をラフィキのカタロゴス。」
「ラフィキの...カタロゴス?」
多くの呼び名がある中、最後に語られた名前。
その中には私もよく知る男の名前があった。
「これは...じゃあラフィキが作ったものなんですか?」
「というか、ラフィキ達...かな。アイツに機械作る技術なんてないし。覚えてる?冒険譚のラストがどうやって終わっているか。」
冒険譚のラスト。
旅の終わりを告げ、各々が別の道へと進んで終わる。
その中でラフィキはこう言い残した。
『これから僕はまた一人で旅を始めるつもりだ。』
『この世界に、僕は沢山のことを楽しませてもらった。無論全部を楽しんだとは思っていない。しかし人一人に与えられるには行き過ぎたものだ。だから今度はこの世界に恩返しがしたい。』
『今度は未知を探す旅路じゃない。未知を生み出す旅を始める。この世界に楽しいものを散りばめ、更なる未知を、次に僕を継ぐような馬鹿が現れた時、そいつが一生かかっても楽しみ切れないものを残して行く。』
『悪いが、この旅に君たちは連れていけない。だけど、もし未知を求めるのなら探して欲しい。そこはきっと楽しいもので満ちている。』
この言葉が示す意味。
私も何度も考察した。
一体ラフィキは最後何をやりに行ったのか。
新たな旅というのは一体なんなのか。
残したものとは一体なんなのか。
それが、目の前にあるラフィキのカタロゴス...。
「私たちは、旅の最中多くのお宝を見つけた。世界にあるありとあらゆる場所へ行き、買ったり、ダンジョンを攻略して見つけたり、古代王国の秘宝や、深海の宝石、天の玉露や地獄の恵み。最果ての奇跡とか。本当に多くの、数え切れないほどのお宝やガラクタやよく分かんない物を見つけた。でも、その殆どはどこにも保管されていない。各々が必要な分以外は全部ラフィキが持って行っちゃったから。」
「それが全部、ここに記されているってことですか....?」
カタロゴスとは、北方の言語で「目録」や「一覧表」を意味する。
ラフィキ達が集めた宝に関する情報が載っているということだろうか?
「少し違うかな。記されてるんじゃなくて、ここに保管されてるの。この本一冊につき、一つ。私たちが見つけた物と交換することが出来る。所有者の願いを最大限叶えられる物を、ね。」
含みのあるような言葉。恐らくは願いは汲み取るけど、中にあるお宝では叶えられないこともあるかもしれないということか。品切れもありえるかもな。
成程、だからこその願望機ではなく、偽・願望機という訳か。
「自分達が探し尽くしてしまった為に、これから自分に続く者たちの励みとなるような景品を用意したんだよアイツは。」
ということは、ここに扉を設置したのも全て彼がやったってことか。
「それで、これはどうすれば。」
「そんなもんこうだよこう!」
アサは躊躇いもなく、本のある所へ手を突っ込む。
覆っていた硝子の様な物は崩れ去り、それと同時に銀メッキで塗られていたと思われていたオブジェクトはその役割を終えたと言わんばかりに白い石膏のようなものへと変質した。
途端、周囲からゴゴゴゴゴと何かが動き出す音がする。
「なんかこう、もっと丁寧に出来ないんですか。」
「アイツが小洒落た物を作ってると思うとなんだかムカムカしてくるんだよ。だから思いっきり雑に扱ってやることにしてるの。」
そうか、私にとっては古代の遺産かもしれないけど、彼女にとっては知り合いが作った美術品を見せられている気分となんら変わらない訳か。
傍からはぶっ壊した様にしか見えないな。ラフィキがアサにとってどんな存在だったかが容易に想像出来る。
「だとしても大切に扱ってあげましょうよ...。ラフィキだって、きっと思いを込めて作ってくれたんですから...」
「待って、何か変。」
さっきまでの雰囲気を無視し、何かに耳を傾ける仕草をするアサ。
それが気になり、自分も耳を澄ます。
そういえば、さっきから何かが動いている音がする。
そして、その音量はさっきまでより大きい。
まるで、何かが迫っているかの様に....。
音のする方向は...上かな?
「...アイツ、絶対許さん。」
その言葉と共に、アサは私の手を引っ張る。
しかし、膜と膜がヌルヌルし合って上手く掴めない。
「クソッ、サファルちゃん走って!!」
「え、どういうこと...」
私が音のした方向を見ると、そこには上から降ってくる巨大な鉄球があった。
私とアサは鞄片手にこれまで来た道を走る。
それはもう全力疾走。
なりふり構わず、後ろから迫る身長の二倍はあるであろう鉄球から逃げていた。
その中で私は違和感の正体を理解した。
ここまで来る道があまりにも簡素だったこと。
不自然な一本道も、絡め取る為の蜘蛛の糸も、全ては鉄球から逃げる時の為のトラップ。
全て、あの本を手に入れてからが本番だったからという訳だ。
しかし、これはまずい...。
このままだと、私たちは完全に詰んでいる。
「どうします!?」
私は汗だくになりながら、精一杯声を出す。
頭が上手く働かない。
さっきまで気付かなかったけど、この膜って外の温度を遮断する代わりに内側の温度を放出してくれない。
だから走り続けると体が発する熱気でとんでもなく暑くなる。
「どうするって何が!!??」
「この先は火柱です!!囲まれてるんですよ私たち!!」
その言葉にアサはようやく事態の危険性に気付いたようだ。
私たちはこのまま逃げているだけでは炎の餌食だ。
膜で守られているとはいえ、炎の立ち昇る力より、きっと私たちの方が重い。
ダンジョンへ入った時の様に下に降りることは出来ても、上へ昇ることは出来ないだろう。
しかし、これは私の目線から見た情報だけの話だ。
もしかしたらアサにはこの状況を打開できるような魔法があるんじゃないか。
「アサ!何か魔法で解決できないんですか?」
「走りながらだから簡単な魔法だけ使える!!」
そんなに繊細なのか魔法って。
確かに動きながら使ってる姿を見た事ない。
動いてる時は、いつも魔法を発動した後だ。
「ならあの鉄球ぶっ壊しちゃってください!!!」
「そこまでのは出来ないーー!!ごめーん!!」
まずい、どうしようどうしよう。
炎の明かりが強くなってきてる。
行き止まりは直ぐそこ。
とうとう土壇場だ。
アサの魔法で鉄球をどうにか出来ないんだったら、どこまでなら出来るのか。細かい条件を聞いてる暇がない。
このまま炎に突っ込こむか?いや、鉄球のサイズ的に火柱の上がるあの穴に落ちるはずだ。私たちも落ちる先、恐らくはガスの溜まり場へ振ってくる鉄球に圧し潰されて終わる。
だからといって立ち止まったらアウトなのは確実。
飛び越えるか?それとも...。
そんな中、1つの妙案が頭に浮かぶ。
「アサっ!!氷、氷は出せますか?なるべく大きいやつ!!」
それは本の中で、アサが仲間を窮地に追いやった作戦。
「それぐらいなら出来る!!でもなんで!?」
「私たちが炎の中に飛び込んだら、とびっきり大きい氷で足元に蓋してください!!」
「よく分かんないけど、分かった!!!」
曲り道を走ると、とうとう火柱が現れる。
アサは私の作戦を分かっていないみたいだけど、鞄から蝶が何匹も舞い出ている。
私の作戦を実行する準備を整えてくれているんだろう。
あとは、これが本当に上手くいくかどうか。
私が、私を信じるだけでいい。
けど、それが出来ない。
これが失敗したら恐らく死ぬ。しかも、私だけでなくアサも巻き添えに...。
「大丈夫、上手くいくよ。」
アサは私より早く、炎へ飛び込んだ。
躊躇いもなく、きっと訳も分からないまま。
だた私が立てた作戦だからというだけの理由で。
無根拠な信頼。
ラフィキがよく仲間にしていたような期待。
私は、会った事もない人とアサの存在を重ねていた。
「私は怖くなんか...ない!」
そう叫び、私は炎の中に飛び込んだ。
やっぱり熱は感じるけど耐えられない程熱くない。
そんな炎の中を落ちている。
その中で、私は蝶を見つけた。
蝶は炎の中でも懸命に舞い、そしてその先にはアサの姿。
アサはこちらを見て、手を伸ばしていた。
「アサ!!!」
それに私は必死で手を伸ばす。
指先が触れ合うが、しかし滑ってしまう。
上手く掴むことができない。
それに対してアサは蝶が糸に変化させ、私達を手繰り寄せる。
そしてようやく、私達の手は繋がることができた。
今度は滑ることなんて無いように、力強く、想い強く。
「行くよ、氷床!!」
そう唱えると、アサの足元から氷の膜が瞬時に広がる。
それは炎に蓋をし、私たちは一瞬そこに立つことが出来た。
「これが...作戦?」
「いや、もう一つ段階がありまして...」
足元が振動を始める。
「待って、思い出した。炎と氷ってまさか獄炎竜の時みたいに。」
「私も威力までは考えてないので、手は離さないでくれると助かります。」
指向性の熱エネルギーと、氷が蒸気へと変換されることで発生する強大な圧力。それを一時的に氷で蓋をし、蓄積量が限界に達した時足元の氷は割れ、蒸気は一気に膨張する。
この過程が瞬時に行われ爆発する現象。
その名を——―
「水蒸気爆発。」
私たちは鉄球に押し潰される寸前で、とてつもないエネルギーと共にダンジョンの外。空の彼方まで飛び上がった。
それは止まることを知らず、山を越え、雲を超え、そして気付けば満天の星空の下にいた。
一切の障害物がなく、この目に映る星空は圧巻の一言。
深く暗い空の下。
その中で点々と輝く一つ一つの星々が私たちを照らしているみたい。
時より流れる流星が、赤青白の星々が感動を与えてくれる。
「あはっあはははは!!!!」
空に飛び上がっているという高揚感と、この景色。
私は嬉しくてたまらなかった。
さっきまでの不安なんか全部吹っ飛んで、楽しいという感覚しか感じられなくなっていた。
「ぷっ。ぶああはははは。」
アサもそれにつられて笑い出す。
綺麗な星空の下で二人きり。
手が離れない様お互いに繋ぎながら、そんな時間を過ごす。
やがて、上へ向かう力が限界を迎える。
「どう、楽しい?」
アサは答えなんて決まっている様なことを聞いてくる。
ふわっとした感覚の中、私は想いを口にした。
「...最高、ですっ!!」
その言葉にアサは顔を赤くする。
何をそこまで恥ずかしがる必要があるんだろう。
でも、その顔が見れただけでも私は嬉しかった。
「これからも、ずっと一緒にいて下さいね。」
落下する最中、私は必ず今の景色と感情を小説として残そうと心に決めた。




