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魔女と小説家  作者: 彩葉もへじ
二章 炎と氷の森
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それでも進む

 暫く歩き続けていると、ここで降りろと言わんばかりに螺旋階段のある木に行きつく。

 降りてみると、そこは先ほどいた所とは違って多少ぬかるんでるものの、比較的地面が乾燥し、硬く踏みやすくなっていた。

 それに伴って植生も少し変化し、膝下辺りまで生い茂る草が目立つ。

 看板と地図にはダンジョンまでその道を真っすぐと書かれていた。

 先の道は多少整備されているみたいだが、やはり木の上と比べると雑草生い茂る道は悪目立ちしてしまうな。

 まぁでもダンジョンなんか行くのは少数だろうし、この程度で十分満足とも取れる。

「どうしてこっちに住まないんだろ。」

 これから進む道を見据えてアサはそんな感想を零す。

 確かに、地面の状態や少し植生が違う程度で環境が大きく変わっているわけではない。

 どちらが住みやすいかと聞かれたら、答えは明白だ。

 それでもこちらに住まない理由か。

「理由は分かりませんが、恐らくここからダンジョンに行く中でその理由は見えて来るんじゃないでしょうか?」

 乾燥した場所で何かが起こったら、住民はそれを避ける為にあそこを選んだってことになる可能性が高い。

 一番に考え付くのは害獣被害だろうか。

 空を飛べない獣や虫は沼というだけで対抗策になる。

 他にも幾つか候補は思い浮かぶが、実際はどうか。

「そろそろ日が沈む頃だね~。」

「そうですね。そろそろ野営の準備が必要でしょうか?」

 私のその提案にアサは少し頭を悩ませる。

「いや、暗くなる前にダンジョンに向かおう!もしもこの辺りに住人が避ける何かがあったら、ここで野宿するのは危険だし。ダンジョン付近や、内部まで行けば火を扱ってもいいことになっているからね。私たちは今日一日の大半を馬車で過ごしたからかなり余力がでしょ。」

 拒否する理由はなかった。

 アサの言う通り、私にもかなり余力がある。

 それに一刻を争う今は、出来ることなら夜中にでもダンジョン攻略を進めたい。

「ならここからは急ぎ足で向かいましょうか。」


 そうして私たちは地図の通りに進んでいく。

「そういえば、その鞄。サファルちゃんに似合ってるね。」

「そうですか?実際持ってみると苦労することが多いですよ。」

 先ほどから私は自分が持っている鞄のせいで森を進むのに難航していた。

「何かあったの?どこか壊れてたとか?」

「だって、この鞄に傷が付いたら嫌じゃないですか。気に入ってる分汚したくないんですよ。」

 木や枝に擦れない様に注意したり、泥がかからない様に上に掲げたり。

 どれだけ注意してても足りない程この森には危険が蔓延っている。

「そういう感情捨てなよ....旅してればどうせ汚くなるんだから....。」

 分かっている。一番の問題は、この鞄を私が気に入りすぎていることだ。

 消耗品とはいえ、綺麗な状態を長く保たせてあげたい。そんな母性の様な本能が湧き出てしまうのだ。

「というかアサは自分の鞄を乱暴に扱い過ぎです!」

「そうかな?」

「そうですよ!!馬車の中だって日の当たる場所に放置していたり、さっきから何度か草を掻き分ける時にだって使ってましたよね!」

 木の枝が横へ伸びており、進む方向の邪魔をしている時なんかは振りかぶって叩き折っていた。

 私がそれを見る目はもう「この人マジか....。」という感情に駆られたものだ。

 しかしそう言っても、アサは「それの何が駄目なの?」みたいなキョトンとした顔をしている。

 まさか革製品の扱いを知らないのか?

「これドラゴンの皮を鞣したものだからとんでもなく丈夫なんだよね。」

「ドラゴンの皮!?!?」

 ドラゴンってあれか?

 様々な秘境に生息していた巨大な蜥蜴に翼を生やし、鋼鉄の鱗を備えた見た目の怪物。

 口からは火を吐き、爪はあらゆる物を切り裂く生きる災害。

 ....駄目だ。冷静になろう。

 ラフィキの冒険譚は現実。なら作中に出てきた数々の怪物も現実にいた。

 それは即ちドラゴンもいたってことだ。

 なら、それの革を用いた物だって存在するはず。実際ドラゴンを材料にした剣なども出てきたじゃないか。

 そう何も可笑しいことはない。

 何も可笑しくなんかない。

「もしかして、輝石の竜....いや、白銀竜の皮ですか?」

「さっすが~熱狂ファンなだけあるね。でも外れだよ。この鞄に使われているのは獄炎竜の皮~。」

 獄炎竜....。

 ラフィキの冒険譚第8巻に収録された、火山の内部に生息していた溶岩を身に纏ったドラゴン。

 その体はあらゆる熱を糧とし、どんな刃であっても溶かしきる炎の権化。

「アサの氷、簡単に溶かされてましたよね。」

「私は作戦通り動いただけだよ。マグマを固めちゃえばあとは袋叩きって算段だったのに。」

 しかしその結果、アサの氷は直ぐに蒸気へと変わり、狭い空間での膨張による爆発で多くの仲間がピンチに陥った。

「あれでもなんだかんだあそこにいた全員生存してるの凄いですよね。」

「まぁ死んでなければ魔法でどうにでも出来てた時代だからねぇ~。」

 攻略の中で大きな傷を負う。そんなことは沢山起きた。

 数名は死の淵を彷徨ったし、欠損なども起きた。

 それでも回復が出来る仲間が近くにいれば九死に一生を得る。そんな世界観だからこそ、最後まで誰一人欠けなかったんだろう。

 今だったらラフィキ達全員全滅してそうだ。

「大体さ、当時の私ってダンジョンとかドラゴンとか全然戦ったことないのに言われた通りしたら怒られるの理不尽じゃない?」

「まぁ皆期待してたんじゃないですか最古の魔女ですし。」

「いやいや、私この前まで隠居魔女だったから。誰も里から出るなって言ってたし、外のことなんて何も知らなかったし!」

 大役を半ば強制的に任され、実際に言われた通りにこなした末に怒号が飛んでくる。

 確かに整理してみるとかなり理不尽に感じる。

 だからって、パニックになって同じことを連続でやったことは養護出来ない。

 自らの手で水蒸気の爆発を何度も発生させる姿は、どちらが討伐対象か分からなくなる程だった。

 それに登場し、仲間になってから早々の出来事だったから私は「ファラーシャ何してんだよ...。」と苛立ちを覚えたことは言わないでおく。

「あと最古って言わないで!!」

 どうやら齢が有史以来の方はそこを突かれると痛いらしい。

「....でもやっぱり、鞄は雑に扱っていいと思うな。どこまで行ってもやっぱり替えが効く物だから。」

 獄炎竜の皮って替えが効くんだろうか。

 それに比べ、私の鞄はその点では替えが効くと言える。

 しかし効かない部分もある。

「これは、パルテンツァ様がくれた大切な物ですから乱暴には扱えません...。」

「....まぁ物を大切にするっていうのはいいことだけど、それを大切にするばかりに自身を危険にするのは主さんも望んでないことは分かってね。」

「それは...そうですね。」

 なんだか丸め込まれたような気がする。

 乱暴に扱うことと雑に扱うことは別な様に感じるんだけどな。

 でもアサの言いたいことも分かる。これを大切にしすぎてピンチに陥るよりは放棄するという選択を選ぶという考えは重要だ。

 優先すべきは自分。

 特にアサと違って特別な力を持たない私には大切なことだ。

「でも不思議だな~。私はサファルちゃんのこと全然知らないのに、私のことは一方的に知られてるの。」

 また自分の鞄で草を掻き分けながらアサはそう語る。

「そんなに気にすることですか...。」

「話したことないこともないことを当然の様に話題にされるのって結構気持ち悪いよ?まぁでもこれが、有名人ってことなのかな。」

「知りませんよ。自伝なんか出してる人は良くあることなんじゃないですか?」

「あんなの誇張も誇張だよ。誰も本当のことなんて書いてないんだから。」

 また一部の人間に刺さりそうなことサラっと....。

 世の自伝著者だって全てが嘘偽りって訳じゃないだろうに。

 というか、それを言うならラフィキだってほぼ自伝じゃないか。

 ...そういえばウペンド様は自分に関わることには誇張して話を広げていたみたいなことを言っていたな。

「ま、まぁでも読者の記憶に残ってくれる作品だったら誇張も悪いことじゃないですよね。」

「庇おうったって見逃さないよ。」

 見透かされてたか....。

「今から自伝書こうって子が誇張とか最初から考えちゃいけません!!」

 指を差され、念入りに詰め寄られる。

「でも...」

「でもじゃないです!」

「...はい。」

 私だって本当は現実に起きた事をそのままにしていたいけど、どうしたっけ脚色したくなるのが語り手のサガというものじゃないだろうか。

 私だって最初はウペンドと自分が話す。程度の物語にしようと思ったのに、いつの間にか恋愛にまで発展していた。

 抑えようたってやってしまうものなんだ。

「あ、でも私を称える為だったらいくらでも脚色OKだからね!」

 目をキラキラさせて、とんでもないことをアサは吐く。

 それに対して私は笑顔で返す。

「安心してください。既に私にとってアサはドジっ子魔女というキャラ設定が出来上がってるので。愛着が湧くキャラクター性で非情に助かってます。」

「はぁ~!?私のどこがドジなの??」

 私との初対面を忘れたのだろうか。

 貴方とのファーストコンタクトは、逆立ちのまま白目を剥いてツルに絡まった姿なんですよ?

「嫌ですか?」

「嫌だよ!!私はもっと大人びてて、可憐で、でもまだ幼さを残してるお姉さん系キャラなんだから。」

 一体誰のことを話しているんだろうか。

 ラフィキの冒険譚内でもお姉さんらしい様子など一切見受けられなかった。

「...そうですね。」

「あー納得してない顔!!....ならサファルちゃんはどんなキャラ設定なのさ。」

「え、私ですか?」

 自分で自分のキャラを考えるなんて恥ずかしすぎてやって来なかった。

 でもそうだな....普段の私から読み取れる私自身って...

「冷静だけどあどけない二面性を持った....キャラ?」

「ぶっぶーー!違います~。サファルちゃんは真面目ぶってるゆめかわ女子で~す!!」

「はぁーーー!!??!私あんな馬鹿っぽくないです!!!!」

 意味は少し違うぐらいの差なのに、表現を変えただけで全力で拒否したくなる。

「....あんまし馬鹿っぽいとか言わない方がいいよ。服は人の趣味だし、良い悪いとか無いから。」

 急に冷静になられると凄く困る...。

「いえ、私は一般論をですね。」

「でも目の前にそんな服があったら可愛いって思うでしょ?」

「それは..まぁ。」

「着てみたいでしょ?」

「まぁ一度はいいかなって....。普段着れる服でもないですし...。」

「そういうこと。今度見つけたら着てみようね!」

「...そうですね。」


 道中そう言った会話をしながらも道を進んでいると、漸く目的地へと辿り着いた。

 目の前には大きな洞窟の入り口があり、その背には山が聳え立っている。

 セグレトのダンジョンは自然形成によって生まれた複雑な構造をした洞窟だ。その構造は蟻の巣のようなものであり、太古に存在した巨大な蟻が生息していた巣なのではないかという仮説がある。

 しかし本来下に掘り進める蟻の巣とは違い、このダンジョンは山一つを対象に広がっている。

 冷たい空気を中から感じるそのダンジョンは他ダンジョンに比べてもその内部は広大で、上下左右に広がるシンプルかつトラップが少ない構造。この特徴はマッピング、安全管理、体力配分といった基礎的な部分が身に付く。

 本来なら、そういった用途で使われる場所なんだけど...

「こっちこっち~。」

 そう言ってアサは堂々と入口の脇にある急斜面の方をクライミングで進んでいた。

 紐を用いて鞄を背負い、明らかに人が登る様に想定されていないだろうその壁とも呼べる場所を、ローブ姿でよじ登っていく姿は最早感嘆の域だ。

「本当にその道しかないんですか?」

「探してもいいけど...時間ないでしょ。」

 夜になるまでもうそんなに時間がない。既に日は沈んで薄暮の光に頼っているのが現状だ。足元は影に覆われ、視界が暗闇に包まれるのはもうすぐ。

 悩んでいる暇はない。

 幸い火柱の位置は目立っており、ここから目的地に困ることはないだろう。

「もしかして登れない?」

 私を上から見下ろし、煽る様に尋ねて来るアサ。

「....こんなことも出来なかったら旅なんかやりたいと思いませんよ。」

 挑発に乗っかり私もアサに似せ、自分の鞄に紐を結びそれを脇挟んで背負う。

 両手で露出した岩を掴み、服の汚れなど気にせず精一杯に体を上へと進める。

 やったことはなかったけど、体がどこか慣れていたんだろう。思ったよりも苦労せずに登ることが出来た。

 どうしてだろうと考えた時、昔両親に「はしたない。」「危ない。」といった理由で木登りを何度も注意されたことを思い出した。

 貴族だった頃の私は一人で外に出ることは禁止されていたし、外に居ても連れ添いに止められた。

 だから最低限私が出来た冒険っていうものが木登りだった。庭に生えていた大きな木まで多くの人の目を盗み、自分がどこまで登れるかを試す。

 自分の身長以上の場所へ登るっていう体験と、高い場所の景色を眺める達成感。

 生粋のおてんば娘だった頃の懐かしい記憶...。



 




 やめよう。






 

 これ以上思い出に耽ると気を悪くする。

 私はただ、ここから落ちない様気を付けながら着々と進んでいった。

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