思っていたのとは違うけど
セグレトの森。ここ、オリエンタール王国の西方に広がる深緑の森は、自分の背丈の二十倍以上も高く伸びる木々が多く立ち並び、それに囲まれることで昼間でも地上には木陰が多く、風の通りも悪くないから夏でも涼しい。
また、ここに住む人達は高い場所に建てたツリーハウスを拠点とする文化があり、高所故の害虫の少なさや、程よく当たる日差しなどから、非常に過ごしやすい場所として有名である。
主な商業として、ここで伐採した質のいい木材や地下の泥炭の輸出。他には、避暑地として夏の観光業が盛んなどが挙げられる。
しかし食に関しては、食べられるものが幾つかの木の実やキノコぐらいしか採れず、作物も上手く育たない為、行商人との連携が頻繁。
観光客や食料を行商人が運搬し、ここの集落の人は木材や炭、観光のサービスを提供する。
このサイクルが基本であり、集落は徐々に拡大を続けられ、今後の発展が期待されている場所だ。
「詳しいね~。」
「まぁ屋敷の付近なので、当然と言えば当然ですね。」
この森とローズ家は長く交易を行っている仲だ。
森の中央に聳えるこの森の中でも一際太い1本の樹木。その周囲に刺された木材を足場として出来た螺旋階段。時折吹く強い風に注意しながら私達は今、その中間地点辺りを登っていた。
本来なら上にある集落で一度準備を整えてからダンジョンに向かうのがいいんだろうけど、今回はどうもそうはいかないらしい。
その訳は、馬車の中でした会話まで遡る───
「私が死ぬって....もしかして魔力が足りないんですか?」
ダンジョンを早く攻略しないと、私が死ぬ。
原因で真っ先に思い浮かぶのは魔中毒だろう。寧ろそれ以外は想像もつかない。
「指輪の方の魔力を使わないってことになったから、私の方でその分を多く負担したんだよ。だから結構かつかつになっちゃって。」
そんなことしてたのか。
確かに移行させる魔力は全部アサが保有していたものだったけど、態々多めに負担していたなんて。
「ダンジョンのどこかに機械があるから、それを回収しに行くの。」
「ダンジョン内にもあるんですね。」
人工的なダンジョンには誰か権力者が金銀財宝などを守る為などに作られたという歴史があり、自然が形成したものは琥珀や宝石などといった物が眠っているとされている。
しかし機械があるだなんて聞いたことがない。
...いや、一般の人間には知らないのが普通か。
「逆逆。寧ろほとんどの機械はダンジョンから見つけ出されてるんだよ。他は先祖から受け継いだとかだし。」
ということは、あの栄養機も指輪も元を辿ればダンジョンから発掘された物ということだろうか?
「....凄いですね。新聞などが普及して情報が行き交う現代にここまでの情報統制が出来てるとは。」
もしも、パルテンツァ様がダンジョン内に機械がある。なんて情報を知っていたら、そちらに予算を回していたはずだ。
しかしそれをしなかったということは、恐らく知らなかったんだろう。
国の貴族が必死に探しても手に入らない情報。
余程の情報統制が必要なはず。
「あいつ等ガチだから。」
「あいつ等...?」
「機械のことをひた隠しにしてる連中。」
まぁ、そんな人たちがいないとこの状況は成り立たないだろうな。
しかもやっていることから推察するに、とてつもない権力を保有していることを伺える。
「これらのことをパルテンツァ様には?」
「伝えたよ。必要以上に機械を保有するとあいつ等容赦ないから、程々に保つ用気を付けろってね~。」
この先の目的だって機械関連。
いつかこの旅の中で、アサの語る『あいつ等』と邂逅することになるんだろうな。
アサの口調からして友好的には思えないが、相対しないことを祈る。
「それで、今ある魔力でどれだけもつんですか?」
「ダンジョン内では絶対に魔法は使うだろうからその分の消費が分からないかな~。でも経験からして三日、魔法を控えれば一週間かな。でも控えるとその分危険も増すから~。」
あまりにも短い時間が提示される。
ラフィキの冒険譚で語られる未開拓のダンジョンなんかは、一か月もかけて慎重に攻略するのが基本。
短いものでも半月はかけていた。
「それは...不可能ではないんですか?」
これが、私が聞いた中で思った率直な感想だった。
ただでさえ時間が少ないのに、挑むのはたったの二人。
アサはダンジョンのベテランであっても、私は全くの経験のないビギナー。
既に攻略済みのダンジョンだとしても危険だ。
「私だって考え無しで魔力突っ込んだ訳じゃないよ...かなり賭けだけど....。」
最後に聞こえた自信のない台詞。
もしかしたら、私はこれから回れ右でローズ家に戻った方がいいんじゃないだろうか。
とんでもなく恥ずかしいことだけど、死ぬよりはましだ。
そんな弱気というよりは保身的な思考をしていると、アサは私に耳打ちをして語る。
「セグレトのダンジョンは初心者御用達みたいなとこあるし....それに実はさ、裏道があるんだよ。ダンジョンの隠し通路の途中から始まるやつ。」
なるほど。隠し通路か....。
本来既に攻略済みのダンジョンなんかは、ダンジョン慣れしていない初心者たちが腕を磨く為に利用するのだが、極稀にそういったものが発見されたりする。
「誰にもバレていないんですか?最奥まで行って宝は既に誰かの手に渡っていたなんてオチは嫌ですよ。」
「可能性がゼロとは言えないけど、多分ないと思う。隠し通路を見つけたのは私が最初だったし、裏道が出来たのはここ最近の話だから。」
「あーそういうことですか。」
「そういうこと~。」
つまりその裏道の正体というのは、アサが以前ローズ家に吹っ飛ばされた時の発射口。ダンジョン内にアサを吹っ飛ばしたことで生まれた穴のことを指している。
アサはそこから今度は逆に侵入し、隠し通路の途中から始めようとしているのだ。
本来の通路から、隠し通路のある程度を全てスキップ。その先にある道がどれぐらい続くか予想は出来ないけど、まぁそこまで長くないと踏んだ上での賭けという訳だ。
確かに上手くいく確率は高い様に感じる。
それはそうなんだけど...
「....。」
「どうしたの?何か不安なことでもある?」
「いえ、そうではなくて...」
一週間のタイムリミット。自分の生存が懸かっている以上、勿論納得している。
「何~もしかしてホームシックとか?」
それでも拭えないこの気持ち。
「一応これは私の人生初の旅で、さらには初のダンジョン攻略である訳で、それが隠し通路のかつ抜け穴を使って途中から始めるなんていう手段を用いるっていうのが...。」
流石に卑劣すぎはしないだろうか。
これまでダンジョンに対し様々な経験を活かし攻略を重ねてきた多くの偉人たちに申し訳がない。
「でも、そうしないと確実に間に合わないよ?」
「....一回ペン置いていいですかね。これをネタにしても読者納得しませんって。」
こいつ何ズルしてんだよ。と私の将来生まれるイマジナリー読者がそんな感想を述べている声が聞こえる。
「分かってないな~、いい?最近の物語っていうのは意外性が大切なの。実はこうだったとか、驚きの展開とか。そういう読者の予想を裏切る展開が読者を唸らせるんだよ。」
「だからって、最初っからズルして本来の苦労を置いていくなんて...!」
「というか実際読者云々じゃなくて、サファルちゃんが納得してないだけだよね~。本当は正面からダンジョン攻略したかったんでしょ?」
「うっ....。」
そう、私は正面から攻略をしたかった。
分かれ道に悩んだり、宝箱に一喜一憂したり、罠にかかった仲間を助けたり。そうして苦労した果てに手に入れる秘宝。そして、振り返るとこれまでの苦労を共に歩んだ仲間の姿があって共に肩を並べる。
そんな展開を望んでいたんだ。
それなのに....それなのに!!
「私はもっと壮大で勇敢なダンジョン攻略をですね!」
「ほんと好きねそういうの。」
「アサは好きじゃないんですか?」
そういえば、アサはどんな理由で旅をしているんだろう。
ラフィキの冒険譚では成り行きで仲間になったという感じで、本人は仲間と一緒にいたいからという理由でついて行ったという印象がある。
というのも...アサは最初から...
「アサは、どうしてまだ旅を...」
「あっ見えてきたよ!...ん?なんか言った?」
「いえ、後で大丈夫です。」
というのが、ここに着くまでの経緯である。
それからはダンジョンに向かうまでの道は木々に張られた橋を渡る必要があるそうで、私たちは空高くまで伸びる木を登っている訳だ。
しかし態々こんな高い場所に拠点を置いているのか。実際に来てみると納得した。
馬車は森を入ると進む速度を大きく落とし、道の整えられているところ以外は歩けないという理由から集落に着く少し前辺りで私たちは降ろされた。それから階段のある木まで少し歩いたのだがそれにも多少力が必要だった。
それらの理由は地面にある。
セグレトの森の地面は沼地に近い状態になっており、非常に歩きにくい。
人が住んでいるところはある程度整備されているとはいえ、歩きにくいと感じるレベル。地上に住むとなったら、緩い場所に建物を建てることは難しい。
それなら、地に深く根を張って安定している木を利用する。
ここに住む人達とこの森との共存関係が伺える。
「高い...ですね...。」
登りきると、そこはかなりの高さに達している。
何らかの用事で地上にいた人の姿が小さな点の様にしか見えない。
「高い場所は苦手?」
「何度も来ていますが、やはり慣れませんね。」
ここはそこまで慎重になる必要はない。
そう感じるぐらいには頑丈に作られている。
けれど、やはり自分が高所にいることを意識する必要はあるだろう。
「ダンジョンまでの道はこちらを真っすぐです。」
ダンジョンまでの道のりはその場で雇った案内人の人が道案内をしてくれた。
アサは一度行ったことがあるから道を知っているんじゃないかと思ったが、細かい道は忘れてしまったらしい。
これまで一体どうやって旅をして来たのか気になるところだ。
「しかし、今ダンジョンに行くのは控えた方がよろしいのでは?」
道中、案内人の方からそのようなアドバイスを受ける。
「何かダンジョンであったのでしょうか?」
「ここ最近の話にはなるのですが、ダンジョンの方で大きな炎が立ち上るということがありまして、今も燃え続けているという報告を受けております。原因は不明ですが、それが無くなるまでは内部に入るのは危険かと...」
ダンジョンから、突如として火柱が立った....。
明らかな異常があるから近づかない方がいいという勧告。
「ちなみに、その炎が立ち上ったというのはいつ頃になりますか?」
「大体一週間ほど前です。」
「ぴったりですね。」
「ピッタリだね。」
原因に関しては考えるまでもないだろう。
そもそも、何が起こっていたとしても私たちに止めるという選択はない。
「一応確認だけさせてください。その後実際に入るかどうかはこちらで判断します。」
「....かしこまりました。」
炎というワードを聞いて案内を中止されると思ったが、気乗りしないと思いながらも案内は続けて貰えるようで安心した。
この森の人は火を嫌う。
それもそうだろう。木の上に住み、木材で部屋を建てているんだ。火事の被害は他の街の比ではない。
それにここの土の深くには泥炭が埋まっている。
干ばつによって地面が酷く乾燥した時には火災のリスクは高まり、実際それによって大きな被害を被ってきた歴史がある。
火はセグレトの森の住民が最も忌み嫌う存在なんだ。だから居住区には火を取り扱う道具が一切ないし、要らないから泥炭を大量に輸出出来る。
そんな場所の近くのダンジョンから火柱が立った。
そんなのここの人からすれば祟りか災いの類だ。近づくだけでも躊躇えたいはず。
「もし気分がよろしくなかったら、道を教えてくださるだけで構いません。それでも報酬はお支払いしますし...その体調が優れていないご様子なので....。」
その途中案内人はその場で屈み、柵に凭れ掛っている。
傍から見ても明らかに顔色が悪い。
「あの...大丈夫で——」
「触るなっ!!!!」
背中を摩ろうと手で触れた途端、それを怒声と共に払われる。
「ちょっと!!その対応はないんじゃないの!?」
払われた手が赤くなり、じんじんと痛む。
それを見たアサは前へ出て、案内人の胸倉を掴んだ。
かなりキレている形相だ。
節介しようとしたら拒絶してきたのだからアサが怒る気持ちも分かる。
「アサ、やめて下さい。」
しかし彼が何故そんなことをしたのかも私は理解していた。
それは私が奴隷であると知っているからだ。
私はここに何度か訪れている。
理由はパルテンツァ様の奴隷解放運動の一環だ。
私という奴隷を引き連れ、私たちの作った作った作物、加工品を交易する。交渉も基本的に私が主導で行い、コネクションをローズ家ではなくローズ家の奴隷達という名目にすることで奴隷が平民、貴族と同じ人であることを理解させる目的だ。
つまり、ここに住む多くの人間には私が奴隷という身分であるということが知られている。
効果は見ての通りだ。
「誠に申し訳ありません。勝手な行動をお許しください。」
私は深々と頭を下げ、白紙の紙とペンを手渡し地図を書かせた。
アサは納得していない様子だが、これが奴隷と平民の差ということだ。
それが終わると共に案内人の方は来た道を戻っていった。
「何あの態度、何様だよ!!!」
行き場を無くした怒りを収めようとアサは地団太を踏んでいる。
「可笑しなことは何もありませんよ。あれが世間一般の反応です。寧ろあれは、私が度が過ぎる行動に対して罰が少ないぐらいです。」
きっと、私がローズ家お抱えの奴隷であるから抑えたんだろう。
蹴ったり殴ったりして顔に傷でも付いてしまったら、流石にローズ家が動く。
「もう忘れましょう。嫌な事は目を逸らせるなら逸らして対処するのが最も早いです。」
「...分かったよ。」
しかし、ここの人間にもまだ根強く差別精神が残っているんだな。
集落全体ではないといいんだけど...。
「しっかし火の何が怖いんだろうね。」
示された道を進む中、アサがそんなことを呟く。
「生活の一部になっている私たちは火の恐ろしさに慣れてしまってるんですよ。本来あれは、人なんか簡単に殺せる道具なんですから。」
そう思うと彼らにとっての火とは、私にとっての魔力に近いかもしれない。
魔力なんてものと意識的に付き合ってこなかった私にとって、それは途轍もない脅威の様に感じられる。機械や魔法といった存在が綺麗だと目には映っても、本質は未知の脅威そのものだ。
そしてそれは、知らないということが原因の大部分。
扱いが分からない。どう接したらいいか分からない。故に必要以上に警戒する。
だから私には彼らの気持ちが少し分かる。
...けど、アサには私たちのこの気持ちは分かるのかな。
「火なんてちゃちゃーってやって、さっさってすれば野菜炒めじゃん?」
扱ってたのは火だけのはずだけど野菜は一体どこから出てきたんだろう。
お腹空いたんだろうか?
「アサは共感性というものを鍛えた方がいいですよ。最低限文化の尊重程度は出来ているべきです。私たちは旅でそういったものと関わっていく立場なんですから。」
「それってリスペクトってやつ?」
「そうです。文化というものは長い年月をかけて築かれた歴史の形なんですから。」
「でも私自身の方が歴史という面では長いよ??」
....。
難しいな。私はまだ若いから、文化や歴史というものに強いリスペクトを抱いている。
でもアサからすれば、自分より若い存在が自分とは違う流儀を勝手に生み出して、それを強要してくるようなものなのか。その立場からすると、自分より下の癖に何様のつもりだ。という気持ちになっても仕方ない。
アサは寧ろ、その理論なら年長者である自分を敬えという立場になってしまう。
...もしかして、アサが奴隷に対し差別的な意思がないのはこういった理由からなんだろうか。
「...ならいっそ楽しむなんていうのはどうでしょうか?」
「楽しむ?」
「彼らと私たちの生活は違う。そんなことは当然です。ならいっそ、自分たちが彼らと同じになったと思い込んで、それで感じるいつもと違う気持ちっていうのを楽しむんです。リスペクトも何もいりません。ただ自分はここが嫌だったとか、ここが苦労だったとか。逆にここは良かった、知らない日常を知れたと文化に浸るんです。勿論本当に嫌なことは無視して構いません。」
「う~ん。それなら、まぁいいかも?」
怪訝な表情を浮かべているが、一旦はそれで受け入れてくれたようだ。
でも私も、長い時を生きているとはどういう意味か分かっている必要があるかもしれない。
もしかしたら、とてつもなく決定的な部分で認識の違いが現れるかもしれないな。




