理央と真白の応援
無事に拠点へと帰還した「暁の盾」の面々は、深夜のリビングに集まっていた。テーブルの上には土鍋が二つ、湯気を立ち上らせている。ダンジョンから全員無傷で帰ってきたことを祝う、お決まりの鍋パーティだ。
「それじゃあ、今日の健闘を称えてー!乾杯!」
翼の音頭で、コップがカチンとぶつかり合う。ビールが喉を潤し、温かい鍋が冷えた体を内側から温めていく。和やかな笑い声と鍋のぐつぐつという音が心地よく響く中、酒も回って佳境に差し掛かった頃だった。
「ねえ、霞さん」
理央がちょっぴり赤い顔で、にやにやと霞に顔を寄せてきた。隣では真白も同じような表情でくすくす笑っている。
「な、なによ?」
霞はビールをコップに注ぐ手を止め、少し身構えた。
「今日のダンジョンの中だけどさぁ…翼さんのこと、チラチラ見てたよね?」
ビクッとした。心臓が跳ね上がるのが自分でもわかった。
霞はお箸を持つ手を震わせ、視線を泳がせた。
「そ、そんなこと…! 戦闘中、タンクの位置を確認するのは基本でしょ!?」
「えー? 位置確認にしては目がラブラブだったけどなー」
「そうそう。すっごく優しい目で見てたよ?」
からかわれ、顔が一気に熱くなる。誤魔化そうとしていたが、酒のせいか彼女たちの追及は鋭かった。ヤバイ、これ以上隠し通せない。彼女たちが翼に好意を持っているなら、ここで白状することは自爆だ。だが、逆に隠し続けて後でバレる方が角が立つ。霞は観念し、深く頭を下げた。
「ごめんなさい…本当よ。翼さんのこと、意識してた」
素直に認めると、理央と真白は目を丸くした。
「あらら、本当にそうだったんだ」
「謝らなくてもいいのに。けど、意外と素直ね」
「カマをかけただけだったんだけど、まさか本当に自白するとはねー」
理央がケラケラと笑う。揶揄われて、霞は顔を真っ赤にしてむくれるしかなかった。「もう、意地悪なんだから…」と小さく呟く霞を見て、二人はさらに笑った。
「で? いつからなの?」
真白が興味深そうに尋ねる。
霞は少し考えてから、ポツリと言葉を紡いだ。
「…私が困って泣きそうな時に、走って来てくれた時。すごく温かかったから」
火事の夜のことを思い出す。何もかも失って寒さに震えていた自分に、上着をかけてくれた男の温もり。それが彼女の凍り付いた心を溶かしたのだ。
その言葉を聞き、理央と真白は顔を見合わせてニヤリとした。
「そっかそっか。で、肝心の翼さんには何か言ったの?」
霞は一瞬躊躇ったが、ここまで来れば聞くしかない。彼女たちの気持ちを知らねば、前に進めない。
「あなたたちは…翼さんのこと、どう思ってるの? 私が入ってくるなんて、気分を害したりしない?」
不安げに問う霞に対し、二人は即答した。
「ああ、翼さんねぇ。人間的には大好きよ! 頼りになるし優しいし」
「うん、良いリーダーだね。でも、恋愛には発展しないかな」
「え?」
霞は思わず聞き返した。
「だってさ、あんな鈍感で筋肉バカじゃ恋愛対象として見れないよ」
「そうそう。兄弟とか戦友って感じ? 霞さんなら可愛いから、翼さんもそのうち気づくかもね」
安堵と喜びが同時に押し寄せた。
ライバルはいなかったのだ。それどころか、二人は自分たちの恋を応援してくれるという。
「よかったぁ…」
あからさまに表情を緩める霞。
「もう、分かりやす過ぎ!」
「応援するからね! 頑張れ霞さん!」
再び揶揄われながらも、霞の胸は希望で満ちていた。
翌朝。
霞は爽やかな目覚めを迎えた。昨夜の鍋パーティの余韻と、恋が実るかもしれないという期待で心地よく目が覚めたのだ。
リビングに降りると、既に起きていた裕樹と真白が朝食を摂っていた。
「おはよう、霞さん」
「おはようございます。…あれ? 翼さんは?」
霞がキョロキョロと首を伸ばすと、裕樹がトーストをかじりながら答えた。
「リーダーなら、素材と魔石の換金にギルドに行ったよ。早朝から」
「そうなんだ…」
少し残念に思いながらも、霞は席についた。体が少し汗ばんでいたので、食後にシャワーを浴びることにした。
浴室へ向かい、入口の看板を「使用中」にひっくり返して中に入る。
だが、これが彼女の不運の始まりだった。
ちょうどその時、窓の隙間から強い風が吹き込んだのだ。風圧で看板がガタリと揺れ、「空室」へとひっくり返ってしまったのだ。これでは外から見て霞が中にいることはわからない。
シャワーのお湯を浴びながら、霞は昨夜の会話を反芻していた。二人の言葉に背中を押され、これからはもっと積極的に翼と接しようと思っていた。
心の中がポカポカとしてくる。お湯に濡れる体も温かい。
その時だった。
ガチャリとドアノブが回る音がした。
「えっ?」
ドアが開き、湯気の中から現れたのは翼だった。彼もまた鍛錬後なのか汗をかいており、「空室」の看板を見て誰もいないと思い込んだまま入ってきたのだ。
「あっ」
「あっ」
二人の声が重なる。
シャワーを浴びている霞は勿論全裸だ。タオルなど手には持っておらず、お湯が滴る剥き出しの肌が露わになっている。一方の翼もまた、脱衣所で服を脱ぎ捨ててきたらしく、一糸まとわぬ全裸で入り口に立ち尽くしていた。
時が止まったかと思われた。
湯気が二人の間を漂う中、お互いの顔を見つめ合う。
そして、視線が少しずつ下へと移動していく。
霞の視線は、翼の厚い胸板、引き締まった腹筋を通り抜け、その下へと辿り着いた。
(……!)
そこには、彼女が想像していた以上のものが鎮座していた。
男の象徴。しかも、ただあるだけではない。目の前の裸体を見たせいか、それは力強く起き上がり、天を突かんばかりの勢いで…起立していた。
巨大な…。血管が浮き上がり、怒張しているその姿に、霞は言葉を失った。
同時に翼もまた、霞の豊かな胸と女性らしい曲線をまじまじと見てしまっていた。
数秒の硬直。
我に返ったのは翼が先だった。
「わあぁぁ!! すまん!!」
翼は慌てて後退りし、脱衣所へと逃げ込んだ。バタン! とドアが閉まる音が響き渡る。
霞はシャワーの下で立ち尽くしていた。心臓が爆発しそうだった。
見られた。自分の全てを。でも同時に自分も見てしまった。
あの翼の翼。
シャワーを切り、バスタオルで体を拭き、服を着る。脱衣所を出ると、そこでは翼が土下座していた。
「本当にすまない! 使用中になってなかったから確認せずに入ってしまった! 二度とこんなことはしない!」
その姿は滑稽だが、謝罪の意思は本物だった。霞はタオルで顔を隠しながら、顔を真っ赤にして言った。
「…お互い様だから。私も看板の確認しなかったし…気にしないで」
それだけ言うのがやっとで、霞は逃げるように自室へと駆け込んだ。
布団に倒れ込み、顔を埋める。
心臓の音がまだ収まらない。
そして脳裏に焼き付いて離れないのは、あの男の象徴だ。
(あんなに大きいの…!)
驚愕と羞恥、そして抗えない好奇心が入り混じる。
あれが…中に入るのか?
想像しただけで体が熱くなり、悶々とした感覚に襲われる。
(えっ、あれ…入るの?)
悶々とした想いを抱えながら、霞は枕をギュッと抱きしめた。不運ゆえのハプニングだったが、それが彼女の恋心を加速させることになったのは間違いなかった。




