新人の少年レン
エルダーリッチの魔石がもたらした報酬は、霞の予想を遥かに上回るものだった。ソロでの討伐はリスクが高い分、報酬の取り分も全て自分のものになる。20歳の霞は、都心の一角にある小さなアパートで一人暮らしをしている。贅沢を好まない彼女にとって、この額はしばらく路銀に困らないどころか、ゆったりと構えていられるだけの余裕を与えてくれるものだった。
「しばらくは、ゆっくり出来そうね」
小さく呟く。剣の鍛錬に明け暮れる毎日から解放される時間は、心地よい安らぎだった。だが、完全に休んでいるだけでは剣の感覚が鈍る。霞は簡単な依頼でもこなして、適度に体を動かすことにした。
数日後、霞はいつものように冒険者ギルドを訪れた。掲示板に貼られた依頼書を眺めていると、背後から明るい声がかけられた。
「霞さん、おはようございます!」
振り返ると、顔馴染みの受付嬢、乃亜が書類を抱えて立っていた。栗色の髪をまとめた彼女は、霞に対していつも敬意と親しみを込めて接してくる。
「おはよう、乃亜」
霞は短く返事をした。
「実は霞さんにお願いしたいことがあるんです」乃亜は少し恐る恐るといった様子で切り出した。「新人研修の依頼を受けてくれませんか? 剣術スキルを持った有望な新人がいるんですけど、実戦経験がなくて…。霞さんに育てていただけないかと思って。もちろん、報酬はちゃんと出しますから」
霞は少し考えた。新人の世話は手間がかかるが、初級ダンジョンの巡回なら大した危険もない。それに、報酬が出るのなら断る理由もない。
「わかった。引き受けるよ」
「ありがとうございます! 助かります!」
こうして、霞は15歳の新人少年と共にダンジョンに潜ることになった。少年はレンといい、年齢の割に体は細身だが、その目には強い志が宿っていた。少しばかり剣術を習っていたらしく、基礎的な動きに無駄はない。初級ダンジョンなら彼一人でもゴブリン程度は相手になると判断し、霞は安心して後ろから見守ることにした。
ダンジョン内部は薄暗く、湿った空気が漂う。前方からゴブリンの群れが現れたが、数は少なく、一体ずつならレンの相手でも問題ないレベルだ。
「行ってみなさい。私がついているから」
霞の言葉に、レンは頷き前に出る。剣を構え、ゴブリンに斬りかかる。動きは悪くない。あとは経験を積むだけだ。霞は腕組みをして、静かに彼の成長を見守ろうとした。
しかし、その時だった。
「えっ?」
レンの足元の床が不自然にへこんだ。ゴブリンの罠だ。一歩踏み出したレンの体がバランスを崩し、同時に周囲の壁から警鐘のような音が鳴り響く。罠を作動させてしまったのだ。
瞬く間に、奥から新たなゴブリンの群れが湧き出てきた。先ほどの小規模な群れではない。数十体はいるだろうか。レンは罠の影響で立ち上がれず、完全に囲まれてしまった。
「退がって!」
霞は即座に前に出ようとした。これだけの数なら自分が瞬殺すればいい。彼女が腰の刀に手をかけた、その瞬間。
「やらせるかァッ!」
レンが叫んだ。彼は立ち上がり、自分の限界を超えようとしていた。焦りと、先輩である霞に良いところを見せたいという見栄からか、彼は自分の切り札を切ったのだ。
「スキル発動! バーサーク・エッジ!!」
レンの瞳孔が開き、全身の血管が浮き上がる。人間の脳に備わる安全装置、リミッターを強制的に外す禁断のスキル。筋肉の潜在能力を100%引き出し、自らが動けなくなるまで周囲にいる者を斬りまくり続ける。
「オォォォォッ!!」
雄叫びと共に、レンの剣が唸る。目にも止まらぬ速さでゴブリンを斬り裂き、薙ぎ払う。一瞬にして、ゴブリンの群れは肉塊と化して殲滅された。
だが、恐怖はそこから始まった。
「あ…あぁ…止まらないよぉ!」
レンは泣きながら叫んでいた。剣を握る手は意思とは無関係に動き続けている。敵がいなくなっても、破壊の衝動は収まらない。彼の見開かれた目は、目の前の霞を捉えていた。
「うわぁぁぁっ!」
悲鳴を上げながら、レンは霞に斬りかかってきた。人間の限界を超えた速度と筋力。剣圧だけで風が切り裂かれる。
「っ!」
霞は咄嗟に身を捻った。紙一重で剣尖をかわす。だが、殺すわけにはいかない。ただの新人だ。かといって、生半可な受けでは彼女の剣ごと両断しかねない。霞は攻めることも防ぐこともできず、ただ必死にかわし続けることしかできなかった。
ヒュン、ヒュン、バサッ!
レンの剣が空を切り、霞の服を削ぐ。不運なことに、今日の霞は簡単な依頼だと思い込み、防具を着けていなかった。Tシャツにジーンズという軽装だ。しかも、ジーンズのお尻の部分にショーツの線が浮き出るのを嫌って、下着はTバックを選んでいた。それが仇となった。
鋭い剣閃がTシャツをバターのように切り裂く。胸元が露わになり、黒のブラが覗く。次の瞬間にはジーンズが左右に裂かれ、白く滑らかな太腿と、黒いTバックの紐が剥き出しになった。
「くっ……!」
霞は後退するしかない。彼女の服はどんどん切り刻まれ、布切れとなって床に落ちていく。まるで残酷な手品でも見ているかのように、霞の服は消え去り、黒のブラと黒のTバックだけが残された。
限界は突然やってきた。レンの体がビクリと痙攣し、前のめりに倒れ込んだのだ。筋肉が限界を超えて使い果たされ、意識と体力を失ったのだろう。彼は床に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
静寂が戻ったダンジョンには、布切れとゴブリンの死骸にまみれて、下着姿の霞と動けない新人の少年だけが残された。
「…最悪」
霞は深く息を吐いた。額に浮かんだ汗を拭いながら、気を失ったレンに近づく。息はある。ただの疲労困態だ。
彼を放置するわけにはいかない。霞は舌打ちをしながらも、レンの体を背負い上げた。15歳の少年の体重はそれなりにある。彼をおぶったことで、霞は身を隠すこともできなくなった。片手でブラのズレを直すのが精一杯だ。
こうして、黒のブラと黒のTバックだけという極めて扇情的な姿で、少年をおぶった霞はダンジョンの出口へと向かった。
ダンジョンの入り口に辿り着くと、そこには別の新人パーティが休憩していた。彼らは談笑していたが、入り口から現れた霞の姿を見た瞬間、時が止まったかのように固まった。
美しい剣士が、黒い下着のみの姿で少年を背負っている。その異様で、しかし酷く艶かしい光景に、誰もが驚愕し、そして凝視した。
霞は視線を合わせないように前を向いたまま歩いた。背中の少年が邪魔で胸や股間を隠すことさえできない。彼らの視線が肌に張り付くのが痛いほどにわかった。
「あ…あの、宮本さん?」
パーティの一人が震える声でかけた。
「…服を貸して。シャツでいいから」
霞は表情を変えずに言った。声は低く、震えていたかどうかは自分でもわからない。
若い冒険者が慌てて荷物から着替え用のシャツを取り出し、霞に差し出した。彼女はそれを奪うように受け取り、ようやく上半身を隠すことができた。シャツの裾は太腿の付け根あたりまでしかなく、Tバックと長い脚は隠しようがないが、全裸に近い状態よりはマシだった。
「ありがとう」
霞は短く礼を言い、新人パーティに少年を預けて早足でその場を去った。
部屋に戻った霞は、ベッドに身を投げ出した。天井を見上げながら、リッチの言葉が再び脳裏をよぎる。
『お前の運を…すべて奪ってやった』
バナナの皮で転び、新人の暴走で服を剥かれ、屈辱的な姿を晒す羽目になった。これらがすべて偶然だと言い切れるだろうか。
「…本当に、呪いなの?」
霞は自分の体を抱きしめた。黒のブラとTバックの感触が、今の無防備な自分を残酷なまでに想起させる。
不運の連鎖。それは確実に彼女の日常を侵食し始めていた。剣では防げない敵が、彼女のすぐ近くまで迫っている。
霞はただ、深く深く溜息をつくことしかできなかった。




