最難関ダンジョン
夜が更けていた。霞が自室でベッドに腰掛け、膝を抱えていると、スマートフォンが震えた。
着信ではない。ギルドの緊急通知だ。
乃亜からのメールだった。
『霞さん、情報が入りました! 最難関ダンジョン「虚空の奈落」の第一階層で、リッチと思しきアンデッドが歩いているのを目撃した冒険者がいます!』
霞はバッと立ち上がった。最難関ダンジョン。未踏の領域として知られるその場所は、高位の魔物が跋扈する死の迷宮だ。だが、リッチがそこにいるなら、行くしかない。
翌朝、リビングに集まった「暁の盾」の面々に、霞は情報を共有した。
「虚空の奈落、か」
翼が腕組みをして唸る。
「今まで誰も踏破したことがない未踏のダンジョンだろ? 相当にヤベえ場所だぜ」
「ええ。でも、リッチがいるのは一階層よ。深部まで行く必要はないわ」
霞は言ったが、最難関ダンジョンの一階層ですら、普通のダンジョンの最深部に匹敵する難易度だと聞いている。
「みんな…」
霞は深く頭を下げた。
「私の呪いなのに、こんな危険な場所に付き合わせて、本当にごめんなさい。迷惑かけて…」
「霞さん、顔を上げてくださいよ」
裕樹が穏やかに、しかし力強く言った。
「俺たちは冒険者ですよ。ダンジョンに潛るのに理由なんてありません。自分のために行くんですから、謝らなくていいです」
「そうよ。仲間の不運を放っておけるわけないじゃない」
理央も微笑む。
「リッチを許せないのは、霞さんだけじゃありません。私たちも同じ気持ちです」
真白も頷く。
霞は涙ぐみながら、「ありがとう」と呟いた。
そこで翼が、京香の方を見て言った。
「京香はどうしようか? 置いて行くか?」
京香は首を激しく横に振った。
「私も行くっすよ! 絶対に行くっす!」
「でも危険よ。私も守れないかもしれないわ」
霞が心配そうに言うと、翼がポンと京香の頭に手を置いた。
「京香も師匠のために行きたいんだろ? 俺の後ろから攻撃してるだけなら大丈夫だ。俺が守ってやるし、お前の小太刀も役に立つはずだ」
京香の顔がパァッと輝いた。
「翼さん、ありがとうっす! さすが師匠が惚れた男っす!」
ブフッ!
霞と翼が同時に噴き出し、顔を真っ赤にした。
「な、ななな何言ってるの京香!」
「お、お前、そういうこと言うな!」
二人が動揺する様子を見て、リビング中が爆笑に包まれた。緊張が少し和らぐ。
準備は迅速に整った。回復ポーション、解毒草、状態異常防止のアクセサリ、そして転移の巻物。万全の態勢で、一行はダンジョンの入り口へと向かった。
「虚空の奈落」の入り口は、巨大な漆黒の渦だった。底なしの闇が、冒険者たちを飲み込まんとしている。
5人が、入り口の前に並んだ。
「行くぞ。絶対にリッチを倒すんだ!」
翼が拳を突き上げる。
「おおーー!」
全員の声が重なり、彼らは闇の中へと踏み出した。
ダンジョン内部は、異様な空気に満ちていた。
石造りの通路は湿って冷たく、壁には得体の知れない粘液がへばりついている。時折、遠くから骨が砕けるような音や、女の悲鳴のような風音が響く。
「警戒怠るなよ」
翼が先頭に立ち、大盾を構える。その背中は、霞にとってこの上ない安心感だった。
二部屋目に入った時、最初の戦闘が始まった。
「来るぞ! デスナイトだ!」
黒い鎧を纏った骸骨の剣士が三体、壁の影から現れた。最難関ダンジョンに相応しい強敵だ。
「京香、俺の背中だ! 離れるなよ!」
「はいっす!」
翼がデスナイトの斬撃を盾で受け止める。火花が散る。
「今だ、霞!」
「ええ!」
霞が双刀で飛び出す。逆手の短刀で敵の目を欺き、順手の刀で急所を斬り裂く。一撃必殺の精密な動きだ。
「理央、援護!」
「任せて!」
理央の矢が、霞を狙おうとした別のデスナイトの眉間を正確に貫く。
「真白、バフお願い!」
「はい、皆さん、神の加護を!」
真白の詠唱により、身体能力が向上する。裕樹も敵の足元に弱体化の術式を展開し、動きを封じた。
そして、京香。
「ええいっ!」
翼の盾の陰から、小太刀を突き出す。隙を見て、デスナイトの脛を斬りつけた。浅い傷だが、体勢を崩すには十分だった。
「ナイスだ、京香!」
翼が追撃し、ハンマーで頭蓋を砕く。
戦闘はスムーズに進んだ。暁の盾の連携は、以前よりもさらに洗練されていた。霞の不運は相変わらずで、戦闘中に足元の床が抜けたり、敵のドロップアイテムが顔面に飛んできたりしたが、その全てを翼がカバーした。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
翼の強い腕に引き上げられるたび、霞の心は震えた。この男に守られている幸福と、早く呪いを解いて彼と対等に立ちたいという焦燥感。
さらに奥へと進む。
五部屋目を抜けた時、空気が変わった。
冷気が増し、腐臭が強くなる。
「いた」
霞が足を止めた。双刀を握る手に、力がこもる。
通路の先、広間の玉座に、その存在はあった。
ボロボロのローブを纏い、空中に浮遊する骸骨の魔術師。
手には、禍々しい宝玉を携えている。
エルダーリッチ。
「見つけたわ!」
霞の目が殺意に燃える。ギルドで辱められた恥辱、仲間に迷惑をかけた悔しさ、そして翼への想いを阻む呪いの根源。
リッチの空洞の眼窩が、赤く明滅し、霞を見た。
『ホォホォホォ…来たか、露出狂の剣士よ』
骨の顎が動き、精神に直接響く声が響く。
『また服をなくして、恥ずかしい姿を晒しに来たのか?』
リッチが嘲笑う。
霞の顔が歪む。
「うるさい! あんたを殺せば、全部終わるのよ!」
「霞、冷静にだ!」
翼が声をかける。
「俺たちがいる。お前の不運も、俺が受け止める。だから、お前は剣士としてアイツを倒せ!」
霞は深く息を吸い、頷いた。
「ええ…行くわよ!」
「暁の盾、戦闘開始だ!」
翼の号令と共に、最後の決戦の火蓋が切られた。




