リッチを倒すと再確認した事件
ギルドの朝はいつも騒がしい。武器を磨く者、依頼書を睨む者、酒を煽る者。様々な冒険者たちでごった返すホールの真ん中で、霞は乃亜を捕まえていた。
「乃亜、リッチの情報はまだ?」
霞の声には焦りが滲んでいる。仲間との絆が深まり、翼への想いが固まるほど、呪いは一刻も早く解きたかった。
「まだ来てませんね…ダンジョン間転移のせいで、追跡が難航しているんです」
乃亜は申し訳なさそうにタブレット端末を操作しながら答える。
霞はため息をつき、さらに問いかける。
「転移を阻害するアイテムとか、方法はないの? 何か知ってることない?」
「それが…高レベルの封魔結界なら可能性があるんですが、持ち運びできる物は希少で…」
乃亜が眉を下げて説明しようとした時だった。
ガヤガヤと、ホールの端から騒がしい声が聞こえてくる。ギルド職員たちが、大きな樽を台車に乗せて運んでいた。
「おい、どけ! 押収品の移送だ!」
樽の中では、何かがグチュグチュと粘つく音を立てている。
「なんですか、あれ?」
霞が顔を顰めて尋ねる。
「違法冒険者パーティが拠点でスライムを連れて帰って増殖させてたんですよ。その押収品です。服の繊維を食べる種類で、取り扱い注意なんです」
乃亜が説明するのを聞きながら、霞は「物騒ね」と呟いた。
その時。
「てめぇ、俺の女に手を出しただろ!」
「はあ? 知らねえよ、寝ぼけてんじゃねえぞ!」
ホール中央で、二人の冒険者が激しい口論を始めた。ガタイの良い斧使いと、細身の短剣使い。酒の匂いが漂ってくる。
「やめろよ、お前ら!」
他の冒険者が止めに入るが、斧使いが振り払う。その拍子に拳が飛び、命中。短剣使いの体が吹っ飛んだ。
ドゴンッ!
短剣使いの男は、台車の樽に勢いよく衝突した。
バキリと木が割れる音。樽が台車から転げ落ち、そのまま霞の方へと転がってくる。
「え……」
霞は反応が遅れた。一歩下がろうとしたが、床に置かれた誰かのバッグに足を取られ、バランスを崩す。
ゴンッ!
樽が霞の側頭部に直撃した。そして蓋が開き、中から暖かい粘液がドバドバと溢れ出てくる。
「きゃああっ!」
霞は頭からスライムをかぶった。透明で黄色がかったゼリー状の生き物は、瞬く間に彼女の全身を包み込む。
「霞さん!」
乃亜が悲鳴を上げる。
バリリ、ビリビリビリ…!
異変はすぐに起きた。スライムが霞の服を食べ始めたのだ。まず上着の肩部分が溶け、次に胸元の生地がパックリと裂けた。下着のストラップも切れ、ブラジャーがズルリと落ちる。
「いやっ!」
霞は胸を隠そうとしたが、スライムは容赦なくスカートにも侵入し、腰のベルトを溶かした。スカートが床に落ちる。パンティも繊維を食いちぎられ、ボロボロになった布地だけが足元に落ちた。
一瞬の出来事だった。
気がつけば、霞はギルドのど真ん中で、一糸まとわぬ全裸を晒していた。
顔から胸、腰、脚、恥部に至るまで、全ての肌が露わになっている。
「ヒィッ…」
霞は声にならない悲鳴を上げ、その場に蹲った。両手で必死に胸と股間を隠すが、隠しきれない。
「うわあっ!」
ホールのあちこちから冒険者たちのどよめきが上がった。
「「「おおおおお!!!」」」
すぐに歓声に変わる。
霞の裸体はあまりにも美しかった。鍛え上げられたしなやかな筋肉と、女性らしい丸みを帯びた曲線。白磁のような肌がスライムの粘液でテラテラと光り、どことなく艶めかしい。
そして彼女が必死に隠そうとしている分、逆に扇情的に見えてしまう。
「いいケツだな!」
「スタイル良すぎだろ!」
「おおーケツが丸見えだぜ!」
「立って見せてくれよ!」
「手どけろよ、見えねえじゃねえか!」
数十人の男たちの視線が、霞の裸体に突き刺さる。野次はエスカレートした。
「お尻なめてぇ!」
「乳も見せろよー!」
「顔真っ赤にしてんの可愛いな!」
「やめて…見ないで…」
霞は涙を堪えながら、地面に縮こまった。
恥ずかしい。怖い。翼さんに、翼さんの前以外でこんな姿を晒したくない。
そう思えば思うほど、涙が溢れてくる。
乃亜が慌てて自分の上着を脱ぎ、霞の肩にかけた。
「霞さん、これで隠して!」
「乃亜、ありが…」
霞が上着を掴もうとした瞬間、まだ彼女の肌に付着していたスライムが上着にも反応した。
ビリビリッ!
上着も数秒で繊維を食い尽くされ、無残な布切れとなって床に落ちた。
「そんなっ…」
乃亜も顔面蒼白になる。
「どうすんだよ、裸のまんまだぞ!」
「いっそ全部見せろよ!」
ギャラリーの興奮は収まらない。
乃亜は咄噗に決断し、霞の腕を掴んだ。
「こっちです! ギルドの奥に走って!」
「む、無理よ…動けない…」
「ダメです! ここにいたらもっと酷い目に遭います!」
霞は唇を噛み締め、決死の覚悟で立ち上がった。
左手で胸を押さえ、右手で股間を隠す。しかし、後ろは無防備だった。
「走ります!」
乃亜に誘導され、霞はギルドの奥へと全裸で駆け出した。
トタトタと裸足で走る音。その背後から、彼女の引き締まった白い臀部が、揺れるのが丸見えだった。
「うおおっ! 丸見えだよ!」
「あの尻、走ると最高だな!」
「足の奥もチラッと見えたぞ!」
「今夜はいい夢見れそうだぜ!」
野次はますます加熱し、口笛を吹く者までいた。
霞は恥辱に顔を歪め、ただ走ることだけに集中した。
(翼さん…ごめんなさい)
職員専用通路を抜け、誰もいない小部屋に飛び込んだ。
乃亜はすぐにドアを閉め、鍵をかけた。
「ここなら安全です。今すぐスライムを洗い流します!」
乃亜は消毒用のアルコールとタオルを取り出し、霞の肌に残った粘液を丁寧に拭き取っていく。
「このスライムはアルコールに弱いんです。すぐに綺麗になりますから」
「うぅ…グスッ…」
霞は震えながら、なすがままになっていた。
スライムが全て除去され、部屋の隅の汚物入れに捨てられると、乃亜は予備の職員用ジャージを霞に着せてくれた。
「もう…大丈夫ですよ、霞さん」
「あり…がと…う…」
霞はジャージを握りしめ、その場に崩れ落ちた。
「うっ…ううっ…ごめんなさい…翼さん…」
霞は声を上げて泣き出した。
「私…なんて、こんな…恥ずかしい…私、翼さん以外に裸見せるなんて…嫌だったのに…」
大粒の涙が、ジャージの膝部分に染みを作っていく。
乃亜はそっと霞の背中を撫でた。
「霞さん…」
「どうして私ばっかり…どうして…」
「リッチの情報、絶対に集めます。今すぐにでも手配しますから。だから…」
乃亜も目を潤ませながら、霞を励ました。
「霞さんの呪い、解けるまで諦めません。ギルド職員としても、友達としても」
霞は涙に濡れた顔を上げ、乃亜を見た。
「乃亜…」
「すぐに依頼の優先度を上げます。転移阻害のアイテムも、レアリティ下げて入手経路を探します」
霞は何度も頷き、「ごめん…ありがとう…」と繰り返した。
乃亜の優しさは嬉しかった。でも、それでも、あの場所で晒した恥辱は消えない。
ギルドホールにはまだあの野次馬たちがいる。霞を「丸見え」と囃したてた男たちが。
霞はジャージの襟を立てて顔を隠すように、裏口からこっそりギルドを出た。
拠点までの道を、ふらふらと歩く。街行く人々の視線さえ、全裸を見られた記憶を刺激して痛い。
(翼さん…翼さんに、会いたい…)
それだけが、彼女を家へと向かわせた。
ドアを開けると、リビングには翼と他メンバー全員が揃っていた。
「お、霞! どうだった? 情報は…」
翼が笑顔で振り返り、ギルドのジャージ姿の霞を見て、言葉を止めた。
そして、すぐに彼女の目の縁が泣き腫らしたように赤いことに気づく。
「お前、何があったんだ?」
翼は立ち上がり、大股で霞に近づいた。
その瞬間、霞は決壊した。
「ごめ…ごめんなさい!」
霞は翼の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
「私…男の人たちに裸を見られちゃった…それもいっぱい…ギルドの、大勢の前で…」
霞は震える声で、ギルドでのスライム事故の全てを話した。
皆に見られ、野次を飛ばされ、お尻を晒して走ったこと。
許してほしい、と翼に謝り続けた。
「ごめんなさい…私がもっと注意してれば、呪いのせいでも、私がもっと…」
「霞」
翼は大きな手で、霞の頭を自分の胸に引き寄せた。そのままそっと、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だ。そんなことで霞を嫌ったりしねえよ」
翼の声は優しく、そして力強かった。
「俺が見てないところでってのはちょっとムカつくが、お前は何も悪くねえ。呪いのせいだ」
霞は翼の胸の中で、また涙を流した。
今度は悲しみではなく、安堵の涙だった。
「翼さん…私…」
「言っただろ。俺は霞を守るって。こんな不運からも、絶対にな」
翼が霞の背中をポンポンと優しく叩く。
他のメンバーたちも、温かく見守っている。
理央が「またリッチが霞さんに嫌がらせしたわね」と怒り、真白は「聖女として、あのリッチを許せません」と眉を顰める。裕樹は「リッチの行動パターンから、次の転移先を推測できそうだな」と冷静に分析を始めた。
京香も「師匠…私が絶対にリッチぶっ飛ばしますから…」と涙ぐんでいる。
翼はメンバーたちを見渡し、宣言した。
「リッチをぶっ倒す。情報を集め、次の転移先で必ず仕留める」
「「「うん!」」」
全員が力強く頷いた。
霞は翼の腕の中で、涙を拭った。
もう、怖がらない。
リッチを倒し、呪いを解く。そして、この男に想いを伝える。
それまでは、どんな不運にも負けない。
「翼さん…」
霞が小さく呼ぶ。
「ん?」
「ありがとう…」
霞は翼の胸に顔を埋め、今はただ彼の温もりを感じていた。
しばらくしてリッチの情報が霞のスマホに入った




