神殿の視線
王城を出た瞬間、
ソーマは無意識に空を見上げた。
雲は流れている。
風もある。
だが――
重さが違う。
「……さっきより、
空が軽いですね」
リュミが小さく言った。
「ああ。
人の圧が、
少し抜けた」
セシリアが肩をすくめる。
「王家は“管理”を選んだ。
でも……
次は、
もっと厄介よ」
ガルムが眉をひそめる。
「神殿か」
◆
◆白い階段
王都中央区。
大聖堂へ続く白い階段の前で、
一行は足を止めた。
空に一番近い建物。
尖塔は雲を裂き、
鐘楼は街を見下ろしている。
「……ここは……
空と……
似てます……」
リュミが呟いた。
「似てる?」
ソーマが聞く。
「……“見下ろす”場所です……」
その瞬間、
鐘が鳴った。
一回。
低く、
重い音。
◆
◆大神官マリエル
迎えに現れたのは、
白と金の法衣を纏った女性だった。
年齢は読めない。
穏やかな微笑。
だが――
視線は鋭い。
「ようこそ、
予報持ち(よほうもち)様」
その呼び方に、
ソーマは一瞬だけ眉を動かした。
「私は、
大神官マリエル」
リュミが、
小さく息を吸う。
「……大神官……」
「緊張なさらず」
マリエルは微笑む。
「今日は、
裁きではなく……
確認ですから」
セシリアが、
内心で
一番嫌な言い方ね、
と呟いた。
◆
◆神殿の問い
大聖堂の内部は、
静まり返っていた。
信徒の姿はない。
祈りの気配だけが、
空間に満ちている。
マリエルは、
祭壇の前で立ち止まった。
「あなたは、
空と話したそうですね」
「……話した、
というほどじゃ……」
「でも、
応えは返ってきた」
マリエルは、
ゆっくり振り返る。
「それは、
神託と何が違いますか?」
直球だった。
◆
◆神託との違い
ソーマは、
少し考えてから答えた。
「……神託は、
“従え”という形で
来る」
マリエルの目が、
わずかに細くなる。
「私の予報は、
“選べ”と来る」
沈黙。
リュミが、
胸に手を当てる。
「……神託は……
信じる人を……
導きます……」
「予報は?」
マリエルが問う。
「……迷わせます……」
リュミは正直に答えた。
マリエルは、
小さく笑った。
「なるほど……
危険ですね」
◆
◆神殿の恐れ
マリエルは、
祭壇に手を置く。
「信仰とは、
“選ばない”ことで
人を救います」
「選ばない?」
「神が選ぶからです」
ソーマは、
はっきり言った。
「……それは、
楽です」
マリエルの笑みが、
一瞬だけ消える。
「人は、
選ばなくて済む」
「でも……
その代わり、
考えなくなる」
ガルムが、
小さく頷いた。
「確かにな」
◆
◆神殿の提案
マリエルは、
再び微笑んだ。
「では、
提案をしましょう」
嫌な予感が、
背中を走る。
「あなたの予報を、
神託として扱う」
「……何?」
「神殿が解釈し、
神の言葉として
民に伝える」
セシリアが、
即座に言った。
「……歪める気ですね」
「整える、と
言ってください」
マリエルは、
穏やかに答えた。
「混乱は、
信仰の敵です」
◆
◆拒否
ソーマは、
即答だった。
「……断ります」
マリエルは、
驚かない。
「理由を」
「俺の予報は、
責任を引き受ける人間に
だけ渡すものです」
「民は?」
「選ぶ力を、
奪われる」
大聖堂の空気が、
わずかに重くなる。
リュミが、
一歩前に出た。
「……神は……
空の顔……」
「……空が悲しむとき、
私たちは……
考えます……」
マリエルは、
その言葉を
静かに聞いた。
◆
◆神殿の判断
やがて、
大神官は
ゆっくりと息を吐いた。
「……分かりました」
意外なほど、
あっさりだった。
「あなたを、
神託の器には
しません」
「……それは……」
「ですが」
マリエルは続ける。
「危険視はします」
微笑みが、
戻る。
「信仰を揺らす存在は、
いつか……
試される」
ソーマは、
静かに頷いた。
「……覚悟は、
あります」
◆
◆外へ
大聖堂を出ると、
空気が一気に変わった。
「……はぁ……
あそこは……
王城より疲れる……」
ガルムが呻く。
セシリアも、
珍しく同意する。
「信仰は、
理屈が通じない分……
怖いわね」
リュミは、
空を見上げた。
「……空は……
何も……
言っていません……」
ソーマも、
耳を澄ます。
――静かだ。
だが――
確かに感じる。
(……見てるな)
王家。
神殿。
測候院。
三つの視線が、
交差し始めている。
(……これが……
人の世界か)
空より、
ずっと複雑で――
ずっと危険だ。




