第十三話 人を選ぶ
(視点がユーヤに戻ります)
リリーシュが警備責任者を外されるという事件では、反省文で行き詰まったリリーシュに泣きつかれて俺が文字稼ぎのアイディアを出してやるという少々本末転倒のことになってしまった。
が、レムが積極的に抱きついてきてくれるという嬉しいハプニングもあったので、俺はとても幸せだ。
だがしかし、今度はレムがアンジェリカに何か言われたようで、その幸せも長くは続かなかった……。
「なぜ、人はぬくもりを求めてはいけないのか……」
城の窓から遠い空を見つめ、憂いの視線で俺はつぶやく。
「格好良く言ってるけど、あなたが求めてるのはぬくもりだけじゃないでしょ、ユーヤ」
リリーシュが腕組みして言う。
「お、おう、そう何もあけすけなストレートに言わなくたって」
「言っておくけど、大人の恋人なら、あけすけに好きにしてもいいんだからね」
「お、おう……」
「そうですよ、ユーヤ様。いつでも僕に言っていただければ」
「あなたは違うわ、ローク。そこは女性に決まってるでしょう」
「そんな、まあ、この話はまたにしましょう。先週の『住宅計画長官』の公募ですが、盛況でもう五人ほど応募がありました。僭越ながら僕が書類選考をさせていただいて、三人に絞りましたので、後はユーヤ様に面接で決定していただこうかと」
「へえ、なかなか来ないかと思ってたけど、そんなにか」
「凄いわね。ちょっと私も驚いちゃった」
「はい。狼牙王国との戦争に打ち勝ったことがやはり大きかったようです。我が国の注目度はかなり高くなっていますよ」
「うーん、目立つのはヤバいんだよなあ」
「ええ、研究もされてくるでしょうし、狙われやすくもなってしまいますね」
ロークの言うとおりだ。
「でも、負けるよりはいいでしょ?」
「まったくだ」
「そうですね」
「面接はいつやるの?」
「今日の午後を予定しております」
「了解だ」
「そう。じゃ、私も参加していいかしら?」
「姫様もですか? それは構いませんが……軍事に関係するようなことでしたでしょうか?」
ロークがリリーシュが将軍として住宅に興味を持ったのかと考えたようだが。
「いいえ、綺麗で美人だったり、未成年だったら大問題だから、目を光らせておこうと思って」
「ああ、そうですか。ご安心下さい。三人とも成人男性ですよ」
「チッ」
全員、大人の男かよ。
「ほら、そういうところが、ユーヤは油断も隙もならないのよ、まったくもう」
「ただの軽い冗談だぞ、リリーシュ。俺だって住宅計画長官に求めるのは、住宅の知恵だけだ」
ミスコンはちゃんと別にやるから安心してくれ。
「だといいけど。これで家が良くなるのかしら?」
「劇的にね。そこは保証する」
俺は断定して言う。
はっきり言って、ラドニールの家はボロい。
近隣諸国と比べても、住宅事情はあまり良くない。
竜人の里や南の獣人連合に比べればまだマシだが、包囲網外交の時に各地を回って実感したからな。
やはり、住む家はまともな方がいい。
特に『断熱』は重要だ。
夏は清涼なラドニールだが、冬はかなり寒さが厳しく、調査した結果では、毎年五十人程度、凍死が出ている。人口三万人の国でその規模だから、これが一億人の国だとすると年間十万人以上という計算になってしまうのだ。もっと早く手を打つべきだったが、寒いならまず服でという発想だった。
しかし、衣食住はセットである。
食と衣が改善されても凍死が出ているのなら、住を見直す必要があるだろう。
そして、今のラドニールにはその余裕も出てきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
予定した時刻になり、三人の応募者が城にやってきた。
城の応接室で一人ずつ、話を聞く。
事前に、狼皮紙をそれぞれに渡し、どんな住宅にするのか計画を書面で提出してもらっている。
計画を立てる立場であるから、当然、読み書きの能力は必須だ。
図面や設計書も書けることが望ましい。
ロークの書類選考もそれを踏まえてのことであり、この三人は問題無く計画書を出してくれていた。
あとは人柄など、直に会って感触を確かめてみた方がいいだろう。
最初の人物は、藁葺き屋根で特に建築速度を重視した計画の人物だった。
「藁葺き屋根の良いところは、建材の入手のしやすさです。ラドニールには麦畑もありますから、後は柱の木さえ有れば、板も少なくて済みます。おそらく、他のどの建築方法よりも安上がりでしょう、ブヒヒ」
「おお」
「いいわね!」
安さに敏感に反応するラドニールの面接官達。
気をよくした面接者はさらにメリットを披露してくれた。
「藁葺き屋根は、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせます。レンガ造りや板張りより過ごしやすいと思いますよ、ブヒ」
「断熱性か、ふうむ」
求めているのは断熱性と安さ早さなので、早くも大本命といった感じだ。
「問題点は何がありますか?」
ロークが聞く。
「そうですねえ、レンガ造りに比べると、寿命はやはり負けますね。二十年から三十年で張り替えないと、屋根が腐ってボロボロになります、ブヒブヒ」
耐久力か。
どうせ嵐で飛んじゃったりするんだろうなあ。
ラドニールに台風は無いのだが……過去の記録では大嵐で甚大な被害が出た年もあった。
「ありがとうございました。では、明日には結果をお伝えしますので」
「はい。まあ、私で決まりだと思いますよ。ブヒッ」
自信満々に帰って行ったが、全員から話を聞いてからだ。
二人目は、板張りと漆喰を組み合わせた家を計画していた。
「漆喰の特徴は、やはり、なんと言っても驚きの白さ、美しさでしょう。この城にも使われていますね」
「ああ、漆喰って何かと思ったら、あのつなぎ目に塗ってある固いヤツね」
リリーシュが言うが、オルバの建築物も漆喰だったな。俺は詳しくないが、おそらくコンクリートに近い性質を持っているのだろう。
「燃えにくく、防水性にも優れています。職人にそれなりの技術は必要ですが、オルバから何人か雇えば、事足りるでしょう」
「オルバか……」
「オルバね……」
ラドニールの面接官の反応は鈍い。
「断熱性、夏と冬の過ごしやすさはどうですか?」
ロークが質問を続ける。
「ああ、それはもう、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせますよ。特に冬、風は通しませんからね。まあ、雪解けしたときの雨漏りを気にされるのでしたら、屋根にも漆喰を塗りたくる方法もあります。ただ、それだけ手間もかかりますし、金もかかりますね」
どうやら欠点は時間と技術がかかる、高価ということらしい。
これはダメっぽいな。
ラドニールは安価かつ大量の住宅を求めているのだ。
「ありがとうございました。今回は残念ながらご縁が無かったと言うことで」
「そうですか、こちらも残念です。まあ、城の建て替えの際にはぜひ、声をかけて下さい」
落選しても明るい人だったが、それだけ漆喰技術は引く手あまたなのだろう。
いつかは漆喰の家にしたいものよね。
三人目の面接者は……招き入れる前に、応接室に護衛の兵士が増えた。