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「死んでもいいって…」と文音が口元を右手で覆い隠しながら言った。
朝比奈はなんてこったと言わんばかりに、運転席で肩を上下に動かして大きくため息をついた。
「お母さん。つまり、徹也くんは孤児院で美夜古さんと面識があったということだね」
「そうね。面識があったというより、徹也くんにとって西沢美夜古は恩人であったかもしてない」
章子の言葉に、朝比奈は大きくうなずいていた。山西徹也の頭の中には、自分が過ごした孤児院をつぶすという都市開発計画を止めるという目的よりも、西沢美夜古の冤罪を暴くという願望の方が強かったのだろうか。良明は、頭の中の思考回路を巡らせ考え始めていた。
「とにかく、私は今からある場所に向かうの」と章子が言った。
「どこに?」
「徹也くんが、自殺した前日に行こうとしていた場所。立花山のふもとの公園ね」
立花山とは、福岡産業大学の近くにある標高がそんなに高くない山である。天皇家の伝説にも出てくる山であるが、良明にはそれがどのような場所であるか分からなかった。
「どうしてそんな場所に、行こうとしていたの?それ、どこで分かったの?」と良明は章子に聞いた。
「徹也くんが書いていた日記に書いてあるのよ。しかも、そこには西沢美夜古の冤罪の証拠をつかんだ人間がいるって」
「時田康夫!?」と良明は思わず大きな声を出した。美夜古の冤罪の証拠を完璧なまでにつかんでいたのは、時田和夫の弟である時田康夫のただ一人であるからだ。
「そうかもしれない。だから、行ってみる」そう言って、章子は電話を切った。
良明が電話をしまうと、横に座っていた文音は顔を赤らめて、ひどく落ち込んだ様子で少し涙を流していた。良明は、「大丈夫?」と言いながら、文音の肩をさすった。
「あの高校生が。あの時自殺した高校生が、お姉ちゃんの冤罪を暴こうとしていたなんて」
文音はそう言いながら、両手で顔を覆った。良明は何の言葉をかけることもできなかった。良明はひどく自分の無力感を感じた。
結局、自分は自分の大切な人を笑顔にすることはできないことを思い知らされた気がした。もう少し、どうにかならなかったのかと考えた。西沢美夜古のことを調べるたびに、文音はひどく落ち込んでいる印象を受けた。冤罪であればいいと最初は思っていたが、それは文音に警察への恨みを、自分の姉への恨みを増幅させる結果になっていることに気が付いていた。
宗像の道の駅で、良明たち3人は小休憩をとることにした。文音は、車の中で完璧に眠ってしまっていた。
「俺は、彼女をどうすることもできません。どうしてやることも…」
「してやるか」と朝比奈が良明の言葉に答えた。そして、朝比奈はこう続けた。「してやるというのは、お前の同情心からきた言葉にすぎん。彼女を守るのであれば、それは邪魔な感情じゃないのか。良明くんはすでに、彼女の力になっている気がするけどな」
朝比奈の言葉は、良明の胸に響いていた。どこか救われたような感じになった気がした。車の中で眠る文音を見つめ、ただそばにいてやるだけでいいと思うようになっていた。
立花山で、白骨化した遺体が発見されたという章子からの電話が入ったのは、良明が朝比奈の車に乗り込んで、宗像の道の駅を後にしようとしていた時であった。




