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良明の目に飛び込んできた孤児院と思われる建物は、外観がとても古く、いまにも壊れそうな感じであり、子どもを育てるにはふさわしくない建物に見えた。しかし、外の遊び場は滑り台やブランコ、平均台もあり、子どもが遊びまわるスペースにしては十分なほどだった。
「お姉ちゃん。ここでボランティアしてたんだ」と文音がつぶやく。それを見た良明は、心配そうな表情をした文音に、「大丈夫」と声をかけ、背中をさすった。すると文音は、良明の方を向いて、少しだけ微笑んだ。良明が久しぶりに見た、文音の微笑であった。
朝比奈が「さて、行くか」と言いながら、孤児院の門の横についているインターホンを押した。
少したって、インターホンのボタンの下にあるスピーカーから、女性の声が聞こえてきた。
「はい、どちらさまでしょうか?」
声質からして、良明にはかなりご年配の女性であるように感じた。
「福岡県警の朝比奈です。少し、お話を伺いたいことがあるんですが」と朝比奈が言う。そして朝比奈は、良明に対してアイコンタクトを送ってきた。良明は、そのアイコンタクトの意味を警察のふりをしろというメッセージであると悟った。
しばらくたって、建物の中から1人の女性が現れた。見た目は50代そこそこの年齢だと良明は考えた。その女性は、門を開けると、良明たちに向かって「どうぞ、中にお入りください」と言った。
孤児院の中に入ると、古びた外観とは違い、アンパンマンやワンピースのキャラクターの絵で彩られた壁が良明の目に飛び込んできた。
「すごいですね。これ誰が書いたんですか?」と良明は思わず聞いてしまった。するとその女性は、「前、ここで働いていた人です。今は、やめています」と真顔で答えた。
さらに中に進んでいくと、現在は夏休みということもあり、10人くらいの子どもが勉強に取り組んでいた。夏休みの宿題でもやっているのだろうかと良明は考え、小学生、中学生の時はいつもぎりぎりに終わらせていた自分と比較して、少し感心した。
良明たちは、女性に事務室らしき部屋に案内された。どうやら、この孤児院は現在、この女性1人で運営しているみたいであった。その女性は、部屋においてある椅子の数を確認すると、一つ少なかったのでもう1脚用意し、良明たちに座るように促した。
「かたじけない」と朝比奈は口にして、椅子に腰かけた。良明は、その朝比奈の横に座り、文音も良明の隣の椅子に腰かけた、女性は、テーブルを挟んで向かいに置かれた椅子に座った。
「私は、ここの院長をしています、時田逸子と申します。それで、今日聞きたいことというのは何でしょうか?」
女性は名前を時田逸子と名乗った。朝比奈が持っていた資料を見ていた良明には、その女性が何者であるかすぐに分かった。この女性は、時田和夫の奥さんだ。
「警察では、数年前に解決した事件の見直しとして、関係者に話を聞いているのでご協力ください」と朝比奈が言った。良明は、本当にそんなことしているのだろうかと疑問に思ったが、協力を得るにはこの方法しかないと考えた。
しかし逸子は、「もう、犯人は死刑が執行されましたよね?」と何故今更と言わんとするような面持ちでこう答えた。
「はいそうですが、一応、決まりですので」と朝比奈は落ち着いてそう答える。逸子は、静かにうなずくだけであった。
朝比奈は「ありがとう」という言葉を口にすると、「我々が聞きたいのは、西沢美夜古とご主人の関係のことです。辛い記憶を思い出させるようで、恐縮ですが」と言った。
逸子はすぐに美夜古と時田和夫の関係を答えようとはしなかった。良明は、そのことについて無理はないと思った。あの辛い事件以降、ずっと生きているこの人こそ、最もつらい被害者かもしれないからだ。
「あの女は、金目当てで私の主人を殺した。それだけです。不倫のことは聞かないでください」
しばらくたって逸子はそう答えた。やはり逸子は、自分の旦那と美夜古が不倫関係にあったと考えているのだろうかと、良明は考えた。しかし良明は、逸子があまりにさらりと答えたことに対して、少しばかり違和感を感じていた。




