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文音は、自宅のアパートに近いファミレスでバイトをしていた。美夜古の事件があった後、両親ともに音信不通になっているため、自力でお金を稼いで、大学の授業を受けるしかなかった。したがって文音は、大学1年の頃からこのバイトに精を出していた。
「これを3番に運んで。よろしく」
「はい、分かりました」
大学4年生になり経験が長くなった文音は、後輩を引っ張る立場になっており、料理もできるようになっていたので、店長から重宝がられていた。店長からは、「就職先がなかなか見つからなかったら、うちの店で働きなよ」と言われるくらいであった。
ファミレスの店内は、夕方になるといつも通りの混雑が続いていた。夕飯を食べに来たと思われる家族や長距離トラックの運転手と思われる男性、参考書を広げて勉強しながら食事を待っている高校生と様々な人間が、このファミレスに訪れている。
その内、幾人かからは今朝のチラシに載っていた、この町の都市開発について話し込んでいた。
「うちも立ち退きかな…」と笑いながら答えている人が多かったが、その表情の奥には、悲痛な面持ちの別の顔があるような気がしてならなかった。
「でも、今回もいきなり頓挫ってことあるのかな?」
「6年前も、一度この話が出て、結局あやふやだったけ」
その会話が文音の耳に入ってきた。文音はついつい6年前という言葉に、反応してしまった。6年前は姉の美夜古が、大量殺人を犯した年である。
それに美夜古は、6年前この町に住んでいた。そして、この町を中心として、5人もの人間を殺したのだ。文音は姉の残像を追いかける形で、美夜古と同じ大学に入学してしまった。
文音はバイトが終わると、無意識のうちに、高校生が自殺したマンションの下に来てしまった。文音は、2日前ここで倒れているのだ。
なぜここに来てしまったのか、文音自身でも分からなかった。しかし、ここに行かなければならない気さえしていたのだ。アスファルトの広がっていた血は、2日前に比べて幾分か薄くなっているように思えた。文音は昨日の夕方、この町にスコールが来たことを思い出した。
痛かったんだろう。
辛かったんだろう。
再び、自殺した高校生の思いが、自分の気持ちであるような感覚が頭の中を包み込んでいった。
「お姉ちゃん」
文音がそうつぶやいた時、三度美夜古の裁判で見たあの五つの遺体の光景が視界に浮かんだ。文音の頭が痛くなり、キーンと言う耳鳴りが響いてきた。
もうダメかもしれないと文音が考えた時であった。
「文音ちゃん、大丈夫?文音ちゃん!」
急にその声がして、文音の腕を、一つの大きな手がつかんできた。そして、倒れそうになった文音を支えた。
「良明くん」
文音がその手の持ち主を見ると、そこに立っていたのは、久米良明であった。
「大丈夫?」心配そうにしている良明の顔が、文音を覗き込んできた。思わず、文音は良明から視線を逸らしてしまう。
「あ、ごめん、怖かった?」
「いや、そうじゃない、ありがとう」
文音は言葉少なめに、お礼を言った。
「どうして、ここにいるの?」
「あ、家近いから」
「家近くてもさ、ここによらなくてもよくない?だって、文音ちゃんのアパートはあれじゃん」良明は、振り向いて文音が住んでいるアパートを指さした。
文音は何も答えなかった。文音自身、どうしてここに立っているのか分からないからである。自分が分からないことを、人に説明しようがなかった。




