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文音は良明に支えられて自分の自宅に戻った。自分の足で歩けないことが歯がゆくてたまらなかったが、良明に支えられたのは少しだけ嬉しかった。こんな自分でも、心配してくれる人間がいるということがうれしかった。
文音が自宅の玄関のドアを開けた時、「ありがとう。もう大丈夫」と良明に伝えた。良明は、「心配だから、部屋の中まで行くよ。いい?」と聞いてきた。文音は思わずその言葉に甘えてしまった。
「せっかくだから、ゆっくりしていって」
文音は自分をここまで運んできてくれた良明に、とりあえずコーヒーを入れることにした。
「ごめんね、何も、食べるものとか、出すものはないけど」
「いや、いいよそんなこと」
「なんだか、緊張する。男の人が、うちに来たの初めてだから」
「そうなんだ」
文音が台所でコーヒーを入れている間、このようなありきたりな会話が続いた。良明は、文音が話すことに対して、何でもすぐに言葉にして返してくれた。やっぱり、この人はとても優しい人だ。殺人鬼になってしまった姉の美夜古ほど、いやそれ以上に優しい人であろう。
「そういえば、あんなところで何してたの?」と良明が文音に問いかけてきた。
「何って…?」
「あんなところで、苦しんでた。人が死ぬこととか、苦手なんだよね?」
「そうだけど」
「だったらどうして?」
どうしてなんだろう。文音にはそれがよく分からないのだ。人が死ぬということに関して、相当な苦手意識を持ってしまった自分が、どうして人の死に引き付けられるように、その場に行ってしまうのか、文音自身にとっても難問であった。
文音は、コーヒーをカップの注ぎ、それを良明の元へと運んだ。そして、自分もテーブルを挟んで、良明の前に座り込んだ。
「良明くん。良明くんだから、話したいことがある」
文音は自分の胸に手を当てた。本当に話していいのかどうか、もう一度よく考えた。しかし、文音は良明だけには話さなくてはならないとどこかで決心していた。
「良明くん、私は、PTSDの治療を約5年前から受けてる」
「PTSDなの」
「そう、最初はね、ASDの治療を受けてたんだけど、1カ月以上経っても、全然良くならないから、PTSDの診断を受けた」
「そうなんだ」
良明は、頷きながらも、じっと文音の顔を見ていた。
「理由はね、人が死んだ写真を何度も見せられたこと」
「どうしてそんなこと」
文音は、一息おいて、良明に告げた。
「その写真は、全て、私の姉、西沢美夜古が手にかけた人の死体」
文音は良明の顔を見た。その表情はあまり変わらなかった。ただ静かに頷いていた。
良明は、一度個人情報を覚えると、芸能人であれ、誰でも覚えていた。6年前、日本中を賑わせた殺人鬼である西沢美夜古を、良明は必然的に知っているであろう。さらに言えば、西沢美夜古がそのとき通っていた大学は、福岡産業大学である。
「そうなんだ。辛かったね」
良明がその一言をつぶやくと、文音の目からは大量の涙があふれ出てきた。文音が思った通りだった。良明は、殺人鬼の妹である自分を、優しく受け止めてくれた。




