第0.5章(第一章、続第一章の後に読んでください。)
「晃!おい晃!」
私は目の前で気持ちよさそうに寝ている男を、思い切りグーで殴った。
「痛い!」
晃は頭を手で押さえ勢いよく立ち上がった。立ち上がる時、机に足をぶつける。
「二次災害!」
今度は足を抑えてうずくまる彼を見て、私は思わず吹き出した。
「あはははは!」
「おい! 先輩に対して指さして笑うとは、随分と偉くなったもんだな……!」
晃が私をにらみながら言った。
「あんたとはたった1年しか違わないし、それに同期だし。いいでしょ、細かいことは気にせずに。」
「それにしたってもっと加減のしようがあるだろ!?」
「上司にばれる前に起こしてあげたんでしょ。むしろ、感謝して欲しいぐらいだわ。」
「なんだと!?」
いつものことだ。晃が寝ているのを起こして、喧嘩になるのは。もうパターンは読めている。彼は私の態度を見て、ため息を吐いた。
「ちょっと煙草吸ってくる。」
いつも折れるのは彼の方だ。そうして、煙草を吸いに喫煙室に行く。いらいらした時、煙草を吸うのが彼のストレス解消法らしい。
彼と私が同じ班として行動し始めて数年、この光景は我が部署の日常風景になっていた。他の人達も、「ああ、またいつものか。」と思っているに違いない。
さて、私も仕事しないと。
晃とは警察学校からの仲だ。辛い時も、楽しい時も、多くの時間を共にしてきた仲間だ。でも、私は彼に仲間以上の感情を抱いていた。
彼は私のことをどう思っているだろうか。最近、こんなことばかり考えてしまう。家にいる時だけならまだしも、仕事の時までと来た。どうやらだいぶ重症の様だ。早く何とかしないと……。
そんなことで悩んでいた時、事件は起きた。
「銀行強盗…ですか?」
とある銀行に強盗犯が立てこもった。人質は銀行に来ていた都民十数人。昼間だったので、多くの人が来ていた様だ。銀行の周りにはパトカーや警官、それに野次馬やテレビの取材クルーが集まっていた。
私と晃は二人、上司に呼ばれて、作戦本部の様なテントに来ていた。
「犯人は一人だが、拳銃を持っている。妙なマネをしたら人質を殺すと言われたもんで、どうにも手出し出来ないわけよ。」
ドラマとかでよくあるパターンのやつだ。実際にそんな現場に居合わせるとは思いもしなかった。晃が上司に質問した。
「それで、俺らに何の用っすか?」
「お前ら二人、射撃訓練では一位二位だろ?」
「はい。俺が一位で、こいつが二位です。」
晃がニヤリと笑って私を見た。
ちくしょう。悔しいが、事実だ。晃の射撃の腕は歴代でも5本の指に入るとかで、先輩たちからも一目おかれていた。
「君たち二人に、人質の救助を任せたい。実はこの建物、地下から入れる様になってるんだ。まだ建設中の避難経路みたいなもんで、犯人たちも知らない。君たちにはここから建物内に侵入、人質を救出してくれ。」
地下進出がどんどん進んでいたのを思い出す。なるほど、それで射撃がうまい私たちに白羽の矢が立ったってわけだ。
「俺はいいとして、どうしてこいつなんすか?」
「ちょっと、どういう意味!?」
馬鹿にされたみたいで思わずどなってしまったが、正直、彼の言うことは間違っていない。
私は射撃がうまい、といっても彼の足もとにも及ばない。一位と二位の間には、大きな差があるのだ。確かに私よりうまい人は、今集まっている警官の中にもいるはずだ。
「確かに、射撃の腕だけなら他の警官でもいいかもしれない。だが、やはり長年一緒にやってきた仲間」の方が連携がいいかと思ってな。」
なるほど、そういうことか。それなら私以外に適役はいないだろう。私たち二人なら、阿吽の呼吸で動ける。たった今組んだ即席のコンビじゃ絶対に無理だ。
だが、晃は不服そうだ。上司に食ってかかる。
「俺なら他のやつとでもやれます!」
「これは決定事項だ。いいな?」
上司も譲らない。晃もしぶしぶ頷いた。
突入準備を整えた私は、ちらっと晃の方を見た。さっきから全然喋ってくれない。緊張してるのかしら……。
そりゃあ私だって緊張してる。人の命がかかってるのだ。リラックスなんてできるわけがない。失敗は許されないのだ。
でも、晃と一緒なら、絶対にできる。そう確信する自分もまたいるのも事実だ。
私は晃の緊張をほぐしてやろうと、銃の手入れをしている彼に声をかけた。
「なにそんなに暗い顔してんのよ? 私がパートナーじゃ不満なわけ?」
「ああ。不満だよ。」
晃は私の顔も見ずに答えた。なんて冷たい声だ。いつもと様子が違う。
「あなたとのコンビ組んで何年だと思ってるの?大丈夫よ!」
「お前は何も分かっちゃいないな。」
晃は銃の手入れを終え、立ち上がった。そのまま、言われた配置に向かう。
私には、彼が不機嫌な理由がさっぱり分からなかった。




