続第0.5章
暗い通路を、懐中電灯の明かりだけを頼りに進んでいく。まだ建設中の道なので、整備されておらず足場が悪い。私は転ばない様に歩いた。
「ねえ晃。やっぱり私がパートナーじゃ、ダメかな……。」
パートナーという曖昧な言葉を使った。今回のこの人質救出作戦もそうだが、それ以外においても、このことについて気になっていたからだ。晃は、私のことを認めてくれているのか、どうか。はっきりさせておきたかった。
前にいる晃が振り返る。
「はあ? 何言ってるんだよ。俺のパートナーは朱里以外考えられないよ。」
私はポカンとして晃を見た。懐中電灯に照らされた彼の顔が笑っているのが分かった。
「じゃあ、なんで今回の作戦は私が参加するのを嫌がったの? 私があなたの足手まといになってしまうから、だよね……。」
今度は晃があきれ顔で私を見た。
「お前、そんな風に考えてたのかよ……。」
「じゃあ、何で?」
晃は照れ臭そうに頭をかきながら、私に背を向けて歩き出した。
「それはな……、お前を危険な目に合わせたくなかったからだよ。」
「え?」
「ほら、早く行くぞ。俺らの助けを待っている人がいるだろ?」
「う、うん。」
私も遅れない様に晃を追った。どうやら私はとんだ思い違いをしていた様だ。晃は私を認めてくれている。そう思うと、心にかかっていたモヤが綺麗さっぱり消えた。
作戦、成功させなきゃ。
音をたてないように、店内に侵入した私たちは、物陰から様子をうかがっている。犯人が拳銃を持って受付に座っているのが見える。その奥に、人質がいる。みんな手足をしばられて、口も塞がれている。
犯人は一人、携帯で誰かと喋っていた。声が聞こえなかったので、内容は分からない。
「手荒な作戦だが、俺が奴の手にある拳銃を撃って破壊する。それから二人で突入だ。いいな?」
晃が小声で指示を出した。失敗は許されない。私の銃を持つ手に力が入る。
「分かったわ。」
「危険だと思ったら、すぐ逃げること。君を死なせたくはない。」
「それは私も一緒よ。あなたを一人おいて逃げるなんて、できないわ。」
晃が苦笑する。大丈夫、私がついてるから。あなたを死なせはしない。
「じゃあ作戦開始だ。」
厳しい顔に戻った晃が拳銃を構える。狙いは犯人の手元、どっから手に入れたのだろうか、大きなマシンガンだ。多分バッグに分解して持ってきて、組み立てたのだろう。
晃の額に汗が垂れる。一瞬で勝負が決まるだろう。だが、この一瞬が、とても重要だ。彼には今、とんでもないプレッシャーがかかっているだろう。私には、とても想像できそうにない。
そして、遂にその時が来た。晃の指に力が入ったのが見えたのと同時に、私は構えた。銃声が聞こえたのを合図に、私は駆け出した。これで彼が失敗していたら、私は蜂の巣だ。
「動くな!」
銃口を犯人に向ける。犯人は何が起きたか分からないという顔で、マシンガンを持つ手を眺めている。 良かった、ちゃんと当たったようね。
晃が呆けている犯人を体当たりして倒した。そのまま地面に抑え込む。完璧だ。ものの1分でこの場を制圧してしまった。
私は縛られている人質の元へ急いだ。
「もう大丈夫ですよー。」
私を見た人質の中の一人が塞がれた口で何かを訴えようとしている。その目は安心などしていない。まだ、恐怖の色をたたえている。
急いでその男の口に貼ってあるテープを剥がした。
「爆弾だ!爆弾がある!」
「へ?」
男の口から出た衝撃の言葉に私の思考が停止する。そんな情報、聞いてない……。私は咄嗟に犯人を見た。だが、犯人は晃に抑えられていて、何か行動を起こせる様には見えない。
その時、私は気付いた。男の手の中に携帯がまだあることに。まさか……。
「晃!携帯を破壊して!」
晃が驚いてこっちを見る。そこに一瞬、隙が出来た。
勝負を決めるのは、一瞬だ。
犯人がボタンを押したのが見えた。それから、眩しい光と、激しい熱が私を包んだ。
あたり一面火の海だ。私は壁際まで吹き飛ばされていた。爆弾から遠い所にいたのか、特に大きな傷はないようだ。人質も吹き飛ばされたらしく、みんな別の所に倒れていた。出血している者もいる。
「晃は……?」
あたりを見回しても、彼の姿がない。どこ? どこにいるの?私は火に包まれた瓦礫の中に彼の姿を探した。そして、見つけた。
火の海で隔てられた瓦礫の下、彼が下敷きになっていた。
そんな……。私は頭の中がかき乱される様な感覚を覚えた。嘘だ。だって、そんなこと……。
「晃!」
私は晃の元へ行こうとするが、火が強すぎて近くへ寄ることができない。
「朱里……。」
かすかに私を呼ぶ声がする。良かった! 生きてる!
「晃! 今助けに行くからね!」
「それは、ダメだ……。」
「どうして?早くしないとあなた、死んでしまう!」
晃はへへへ、と苦しそうに笑った。口から血が垂れて床に落ちる。
「俺は死なないさ……。お前がヘマしない様に、隣で見てあげなくちゃならないんだからな……。それよりも、人質を先に避難させるんだ。急げ……。」
なんて残酷なことを言うのだろうか。晃を、私の大切な人を見捨てて、赤の他人を助けろというのだ。
「そんなこと……できるわけない!」
私は自分の声が震えているのが分かった。涙は炎で蒸発して消えていく。
「お前……刑事だろ? 忘れたのかよ……。お前の助けを待っている人がいるんだ……。」
晃の苦しそうな声が、流れる血が、私の理性を奪っていく。嫌だ、嫌だ、嫌だ……。
「安心しろって。俺は死なねえから……。」
「でも!でも!」
晃は動けずにいる私を見て、額に皺を寄せた。
「早くしろって言ってるだろ!助かる命があるんだ!助けてやれよ!」
彼の悲痛な叫びが、初めて聞いた怒鳴り声が、私の全身を電気の様に駆け抜けた。晃が怒ってる声、初めて聴いた。いつもなら彼が折れる所なのに……。
そうだ。何をめそめそ泣いているのだ。私はさっきまで頭から抜け落ちていた「警官」の二文字が再び私の意識に浮かび上がるのを感じた。助けを待っている人がいる。
「晃、待ってて。必ず助けるから!」
「ああ。待ってるぜ……。」
私はしっかりと立ち上がると、側にいた人達を助けに向かった。
全員、助けてみせる。
俺は、朱里が人々を助けに行くのを見送った。
すまない、手伝ってやりたいのはやまやまなんだが……。下半身は瓦礫に潰されていて、もう感覚すらない。さらに自分の中から血が抜けていくのが分かる。激しい痛みのせいで、意識も朦朧としてきた。
俺は今までの自分の人生を振り返った。過去の出来事が、朱里との思い出が、早送りの映像みたいに浮かぶ。
走馬灯って本当にあるんだな……。
何とか動かせる右手を使って、胸ポケットから煙草を取り出す。ライターを探そうとして、火元が自分の周りで燃え盛っている事に気付いた。
ゆっくりと煙草に火をつけようと、火に近づけていく。
自分の大好物にかかせないものに、まさか命を奪われようとはな。皮肉なもんだ。
朱里とはふざけあってばっかりで、ちっとも関係が進展しなかったな。情けないな、俺……。警察学校から一緒にやってきて、あんなに一緒にいたのに、機会はたっぷりあったのに、結局気持ちは伝えられなかった。
最後に交わした約束も、守れそうにない。こんなダメ男で申し訳ない……。
煙草に火がつきそうだ。あと少し、あと少し……。
ふと目をやると、朱里が人を担いで運び出しているのが見えた。ちゃんと仕事をこなしている様で、よかった。
煙草に火がつく。
よしよし。口元に持っていこうとして、右手の感覚がないことに気付いた。これでは煙草を吸うことができない。最後の楽しみまで奪われてしまった。ちくしょう。
舌打ちする元気ももうない。俺は意識が遠のいていくのが分かった。
朱里、好きだ。そして、ごめん……。




