7 中瀬さんと自主練
「ほんとごめんな…!」
ようやく忙しない日々に慣れてきた頃。先輩が申し訳無さそうに声をかけてきた。どうやら、先輩の都合で自主練に付き合えない、とのことだ。自主練とはいえ、テニスは一人ではできない。残っている人がいるかざっと周りを見渡すが、全員誰かしらと練習している。
「気にしないでください。僕は付き合ってもらってる立場ですし。今日は休養日として、家でゆっくりしますよ」
「お前が凄く努力してることは知ってるけど、疲労は無意識のうちに溜まるものだからな。今日はゆっくり体を休めろ。休むことも練習のうちだぞ。そうだ、明日の自主練は付き合えると思う」
「はい、ありがとうございます!」
実力もあってこんなにも優しいとは…今更ながら、いい先輩に恵まれたことに気づく。しかし、今日は何をしようか。久々にスマホを触るのも悪くない。それとも、授業で理解が曖昧だったところの復習をしようかな。色々と考えを巡らせながら、帰ろうとしたら、
「野村くん、今日は先輩がいないみたいだし、私が自主練に付き合おっか?」
と中瀬さんが声をかけてくれた。
「ごめんなさい、先輩」
僕は心の中で先輩のアドバイスに背いしてしまうことに謝罪しつつも、まだまだ打ち足りない気持ちを抑えるには至らず、ラケットを持ってコートに入った。
百聞は一見に如かず、という諺があるが、見るよりも体験する方が凄さがわかる。彼女は僕に合わせて手加減している。だが、ただ手加減しているだけじゃない。今の僕が返せるギリギリの球威で打ってくるのだ。しかも綺麗にコートの端にバウンドする。凄まじいコントロール力だ。僕は返すだけで精一杯なのに、彼女は最小限の動きでボールを返す、無駄の無いフォーム。力量差は火を見るよりも明らかだ。
5分ほど粘ったが、ミスショットしそうな様子もない。激しいフットワークで負担のかかった足の動きが拙くなり、今まであった一瞬の余裕がなくなる。すると、逆サイドへの反応が遅くなる。僕の時間はどんどん奪われていって、球威が下がっているのに僕の返球はどんどんコートの浅いところにバウンドする。
最終的に、打ち上げてしまったボールを彼女がコートに叩きつけて、一旦休憩することになった。毎回毎回ギリギリのところに入れる緻密なコントロールをしていたにも関わらず、疲れた様子を見せない。その証拠に、息も絶え絶えな僕とは対象的に彼女は息一つ乱れていない。
「凄いコントロール力だね」
「ありがとう。でも、コントロールだけじゃ駄目。1軍の先輩たちには勝てないの。あの人達はどれだけコートの端に入れても、気にもとめずに返球してくる。しかも、私は腕の筋肉が少ないから押し込まれるとコントロールどころじゃない」
「愚痴?」
「そうかもね。でも、弱い自分にだから」
愚痴を吐いてくれたことに特別感を覚え、嬉しくなる。反面、自己肯定感が低いという以外な一面に気づき、驚いた。
「帰ろっか」
あの後もラリーを続けたが、彼女は一回もミスすることなく、僕の体力切れで自主練は終わった。至福の時間は過ぎ去るのが早いが、今日は特に早かった。一時間が10分に圧縮されたのではないかと馬鹿げたことを考えてしまう。
「野村くん、凄く上手くなったね。体験の時の辿々しいスイングから、しっかり形のあるスイングに変わってる。早く私に追いついてくれることを期待しようかな」
その一言だけで、毎日のきつい練習が報われた気がした。それに、期待には応えたい。これでまた明日から頑張れる…そう思ったのだが、それは気持ちだけで。気持ちに着いていけなくなった体が、先に悲鳴を上げてしまった。




