4 部活決め
視力を理由に前へ行く。これだ!
「先生!」
名案だと思い込んだ僕は、先生に声をかけてしまった。だが…ちら、と横目で中瀬さんの隣を見ると、男子生徒だった。流石に変わってはくれないだろう。アリーナ席はアリーナ席を狙う会会員が占拠していた。こちらもまたかわってはくれまい。中瀬さんの周りはことごとく潰れていて、僕はこの計画が穴だらけでデメリットまみれのことを察した。
「すみません、何でもないです…」
結局僕は計画を破棄した。
中瀬さんは完璧超人だった。僕は最初、美人で頭の良い人だと思っていたが、体育の時間に見せた彼女の運動神経の良さには驚きを禁じ得なかった。
星陰高校の体育は男女共同のため、堂々と中瀬さんを見れたのだが、彼女は兎に角凄かった。50m走で7秒を切る速さに美しいフォームの前では、凄いやら速いなんて言葉では形容しきれないが、どんな言葉を持ってきても彼女の美しさには負けるのだから、言葉で尽くそうとするだけ野暮なものだ。まさしく言葉を失う、そんな姿だった。
僕は彼女のカッコ良さに、普段話さないようなクラスメイトと一緒に凄い凄い言い合っていた。どうやら、中瀬さんに関わると語彙力が低下するらしい。なんてことだ。そして、あまり親しくない人とも元々友人だったかのように盛り上がれるらしい。中瀬さんの魅力が通じない人はいないだろうし当たり前か。
ちなみに僕の50mタイムは8秒6。速くはないが、足を引っ張るレベルで遅くはなかったので人知れず安堵した。
星陰高校は進学校だが、部活の種類が多い。野球やサッカー、テニス、バスケなど定番のものは勿論、ハンドボールやラグビーなど中々見かけないような部活もある。僕は最初、中学時代所属していた卓球部に入ろうかと思っていた。元々運動は得意じゃないため、新しく始めるよりも経験したことがあるものの方がいいと考えたからだ。
他に候補の無かった僕は、体験期間が始まった日に卓球部の部室に向かった。早いうちに入部届を貰う。そうすると、勧誘が非情に断りやすくなるのだ。僕を勧誘しようとする運動部の奴らは僕を部費を持ってきて雑用してくれる鴨としか思っていない節があるから対策は必須なのだ。
でも…テニスコートで躍動する彼女を見て、僕の考えはいとも簡単に変わった。卓球部の部室に向かっていたはずの僕は、いつの間にかテニスコートの前にいた。しかし、いくら中瀬さんと同じ部活に入りたい、と思っていても、テニス部はきついと噂されている部活だった。僕は練習に耐えれる自信は無かったし、中瀬さんに近づこうとしている輩が沢山コートに入っていくのが見えてあまり話すこともできなさそうだったので、すぐコートを離れることにした。今の行動は、中瀬さんに惹かれるあまり起こった気の迷い。僕の中で先程の行動はそう結論付けられた。しかし、
「入部希望者ですか?」
ごつい体の怖そうな人が僕の退路を塞いだ。前門の勧誘者、後門のテニスコートだ。
「私はテニス部で部長を務めております。平本晴人と申します。ここにいるということは体験希望者でしょう?この部は厳しいので入りにくいのも無理ありませんね。ほら、ついてきてください」
丁寧さとは裏腹に有無を言わせない迫力を感じた僕は、渋々先輩の後を追ってコートに入った。
「君、名前は?テニスは初めて?」
答えないわけにもいかず、
「野村といいます。初心者です」
すると、僕の言葉を聞いた先輩が唐突に、
「皆、体験入部者だぞ!彼は初心者だそうだから、優しく、丁寧に指導してやってくれ!!」
と練習中の先輩に声をかけた。
僕はもう絶対に逃げられないことを悟った。ああ、これが外堀を埋められるという感覚か。
部長の言葉を聞いてかこちらを見た中瀬さんが、驚いた素振りを見せ、そしてなぜか期待を含んだ目で僕を見た気がした。




