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完璧超人の拠り所  作者: 薬研
1章
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19/20

18 夜の電話

古谷さんは3分ほどかけて顔の赤みを取り除いたが、上機嫌な晴翔の

「茉白、俺のために友人を作り機会をくれてありがとう」

という言葉と、今まで見せることのなかった心の底からの笑みの破壊力に、古谷さんは瞬く間に顔に赤みが戻った。


教室ではいつも清楚というか、穏やかな古谷さんだが、彼氏の言動一つで顔を火照らせ、照れたり慌てたりする彼女は年相応の女の子に見えた。と同時に、この笑顔を引き出せる晴翔は凄いなと純粋な尊敬の念が浮かんだ。想い人と結ばれている彼を妬む気持ちがないわけではないが、あれだけ幸せそうな古谷さんを見るとそんな醜い言葉など消えてしまう。


いつか僕が中瀬さんのあんな表情を引き出せたらなあ、といちゃつく彼らを横目に想像していると、ある程度落ち着いた様子の古谷さんが

「今日はほんとにありがとね。晴翔のこんな笑顔、1年以上彼女やってる私でも引きさせなかった。彼氏の願いを叶えてもらった上に、あの笑顔まで見れるなんて…」

とお礼を言ってくれた。若干うっとりとした様子の古谷さんに、晴翔が関わると色々と変わるなあ、と苦笑した。惚気が混じっていて気がするのだが、あの笑顔は万人を虜にしえる恐ろしいものだ。男の僕でも、ただただ綺麗だ、と思わされたぐらいには。それに、丁度運良くというか悪くというか店内に居たカップルの女性が、晴翔の笑顔に彼氏を無視して魅入ってしまうという彼氏が不憫なことも起こっていた。


「今日は本当にありがとう。そして、これからも宜しく」

別れ際、晴翔のお礼と、そしてこれから友人として仲良くしようという宣言に、周りが騒がしくなりそうだな、と思いつつも、それが悪いことだとは思えず、

「うん、宜しく」

と、僕は笑顔で返すことができた。


晴翔を見送って、家に向かって歩き出したときには8時を過ぎ、空腹と疲れでかなりしんどかった。ピロン、と晴翔からメッセージが来て、友達に初めて送ったもののようなぎこちなさが感じられて、思わずふっと笑ってしまった。


家に着くと時計は9時前を差しており、今から夕食、風呂かぁ、と少し憂鬱な気持ちになるも、晴翔の笑顔を見ると断れば良かった、なんて思えるはずがなかった。


いつもより早く食べて、風呂に浸かる時間もかなり削ったのに、勉強しようと自室に入った頃にはしっかり10時を過ぎていた。

「最近睡眠時間少ないしなぁ…」

中途半端に1時間弱勉強するよりも明日早く起きる方がいいだろうか。


近づいてくる眠気に抗うことができずに、ふらふらとベットに近づき、倒れ込むように横になった。徐ろにスマホを取り出し、いつもより30分早い時間にアラームをかけ、瞼を閉じ意識を手放そうとして…耳元からなる通知音に邪魔された。


それどころか、通知音は鳴り続け、あまりに長いと訝しんだところで電話がかかってきていることに気づいた。寝かけていたところを起こされたことで若干不機嫌だったが、しかしまだ11時にもなっていないことを考慮すると、僕が寝かけていたことに気づくのは無理な話だと思い直した。


とはいえ、邪魔されたことも事実なので、こんな時間になんのようだ、と問い詰めてやろうと考えていたのだが、相手はまさかの中瀬さんで寝ぼけていた頭ははっきりとし、目は冴えてしまった。


動揺を隠しきれないまま電話に出て、少し上ずったような声で応えると、

「もしもし。夜分遅くにごめんね」

と、美しい声音が聞こえてきた。


雑談でも世間話でもいいから長く話したいという願望が浮かんだが、それでもなぜメールではなく電話してきたのか、という疑問が頭から離れず、開口一番に、

「一つ質問してもいいかな。なんで、わざわざ電話してくれたの?」

と聞いてしまった。これで気まずくなれば僕は後悔してもしきれないだろうが、しかしその心配は杞憂だった。

「そうだね、やっぱり疑問に感じるよね。なんで電話なのかっていうとね、私、伝えたいことがあるんだ」

伝えたいこと、と言われるとやはり期待してしまうものがあるが、僕はそんな考えをおくびにも出さずに

「何?」

と平穏を装った。


「昨日のメールと今朝のことなんだけど…」

僕はああ、と納得した。確かに、メールの内容と今日の態度はどうにも矛盾してるように感じられた。


「えっとね、私の一方的な思いだったらごめんね」

一方的な思い、というのにドキッとしたが、それを悟られないように無言で待つ。


「私達さ、秘密を共有したよね。だから、結構親密な関係になったと思ったの。でも、名前で呼んでくれないじゃん!」

「えっ?」

僕は完全に想定外の言葉に唖然とし、つい声を出して聞き返してしまった。

「えっ、って何よ…私は親しい人なら名前で呼び合うけど、野村くんは…優くんは違うの?」

唐突な名前呼びに僕は驚きやら嬉しさやら色々な感情が混ざりあった結果、禄に回らない頭で返答しようとして、つい、

「違わないよ!」

と彼女を肯定する言葉を言った。言ってしまった。


「そうだよね!私がおかしいわけじゃないよね!


電話越しでも中瀬さんが顔を輝かせていそうなテンション高めの声が聞こえて、我に返った。そして、今のやり取りで互いに名前呼びすることを黙認したことに気づき、頭を抱えたくなった。想い人と名前で呼び会えるなんて、夢のようなシチュエーションかもしれない。だが、僕にとってはハードルが高すぎる。秘密を共有した仲、というのは彼女にとって親友と同じくらい大事なポジションなのかもしれないが。


「私ね、名前で呼んでくれないから催促しようってメールを送ったし、知ってるものだと思いこんでたから連絡先の名前を名字だけにするとか意地悪しちゃったけど、よくよく考えたら伝えたこと無いし、今まで知る機会が優くんに全くないな、って気付いたの。それに、まさか私の名前を知るために色々してくれるなんて思ってなかったし…」


あのメールと態度の矛盾については意図を理解できた。だが、このままでは互いに名前で呼ばないといけなくなってしまう。距離が詰まるといえば聞こえは良いし、僕も望むところではあるが、この調子だと教室でも呼んできそうだ。そうなると、大多数の男子から嫉妬やら恨みやらの負の感情を向けられることになる。


「ねえ、中瀬さん」

僕は確認しようとしただけなのだが、

「また中瀬さん、って。私の名前は愛だよ。知ってるでしょ?」

と言われればある種の圧力を感じ、また彼女の中ではもう既に決定事項であることを悟った。だが、せめて部活中や二人きりの時に限定しなくてはならない。


「中…えっと、愛…さん」

「よくできました」

上機嫌そうな声が聞こえる。


「提案っていうかお願いなんだけど、名前で呼び合うのは、部活中とか、二人きりの時とか、兎に角クラスメイトがいない時だけにしてくれない?」

言い換えれば、クラスメイトがいなければ名前呼びを許容する、という僕にとっては最大限の譲歩なのだが…

「えー。どうして?」

納得する様子を見せなかった。


「中…愛さん。愛さんって、すごい人気って自覚ある?」

「んー、私って人気なの?」

「……今までに何人に告白された?」

「告白…?えっとね、大体30人ぐらい?」

「えっ、そんなに!?」


1〜3年全員で1000人を超える生徒が在籍しているこの学校だが、若干女子が多いこともあって男子生徒は450人程度である。彼女持ちだって高校生にもなれば少なくはないだろうし、10分の1に迫る人数を魅了する中瀬さんに一抹の怖さを覚えた。


「な…愛さん、それはもう人気っていうか、凄いモテてるよ」

「そうなの…?でも、それとなんの関係があるの?」


本気でわかっていなさそうな様子に、意外と鈍感なのか、と頭を抱えたくなる。しかし、当初みた完璧な印象が剥がれつつも、想いが冷めるどころかより強まる不思議な魅力を感じる。


「えっとね。愛さん、男子の人気が凄くてね、だから僕達が名前で呼びあったら反感を買うと思うんだよね」

「そうなんだ。でも、私話しかけられたこと無いよ?」

「えっと…」

「つまりね、私に話しかけることさえしないで、でも名前で呼び合う人がいたら、自分の行動力のなさを嘆くのでもなく嫉妬するって、都合がいいと思わない?」

「確かにそうだけど…でも、僕にはクラス中の男子から嫉妬されたくないんだよ…」

これが、今の僕の正直な思いだった。へたれかもしれない。距離を詰める機会を失うかも知れない。でも、まだ晴翔しか友達と呼べる人がいない現状で男子の大多数を敵に回すのはどうしても避けたかった。


「わかったよ…」

結局、僕の熱弁によって愛さんは渋々了承してくれた。


「でも、なんでそんなに名前呼びに拘ったの?別に、僕は呼ばないって言ったわけじゃないのに」

僕はずっと疑問に思っていたことを口に出した。


「あ、それはね。良き共有者である君を手放したくなかったから…かな。名前呼びしたら親密さも深まると思ったし…」

実質的にもっと仲良くなりたい、と言ったことに気付いたのか、愛さんの声はみるみる小さくなり、

「じゃあ、また明日ね!」

と強引に電話を切った。


愛さんは僕と中を深めたい、と思ってくれていることがわかったが、どうにも友人としての、という意味に思える。というかそれしかないだろう。頑張れ僕、と自分に活を入れて、予定より大分遅くなった就寝時間に焦って眠りについた。

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