16 メールの返答
僕が固まっている間に、階段を登る音が聞こえてきて、クラスメイトが何人か教室に入ってきた。反射的に時計を見ると、10分ほど経っていた。僕は急いで答えようと思ったのだが、どうやらあまり人に聞かれたくないことのようで、
「一旦連絡先交換しよ。さっきのことはまた追々話すということでお願い」
と、僕と晴翔にしか聞こえない声量で囁いた。
中瀬さんとの時も感じたことだが、やはり僕なんかとは手際の良さが違う。クラスメイトの注目が向き切る前に、交換し終わってしまった。
「茉白、おはよー」
「おはよー」
そして、古谷さん、晴翔と一緒にいた僕に視線が向かないようにする配慮なのか、自身にさっと注目を集めてくれた。挨拶しただけで視線を集められる彼女のカリスマ性というか、思わず目を奪われるような魅力は凄いと思う。
晴翔は晴翔で女子に囲まれている。スラッとした体つきでありながらも身長は高く、顔も整っているのでモテることには納得しか無かったが、彼は古谷さんと付き合っているらしく、そんな内容の噂が飛び交っているのによく話しかけられるな、と感心してしまう。
やはり二人とも人気らしく、僕は話し相手がいないので一人淋しく予習をすることにした。
中瀬さんはいつも通りギリギリに来た。だが、驚いたのは他のクラスメイトも殆どは2、3分前に来ているということだ。僕と中瀬さんがその中でも頭一つ抜けた遅さであることは確かだが、予鈴5分前に到着していた生徒は40人中10人にも満たなかった。
今日、中瀬さんの名前を知ることのできた僕だが、不思議なことに中瀬さんが尋ねて来ることはなかった。また、古谷さんから連絡が来ることはなかった。双方、放課後にでも、と考えているのだろうか。
そんなことを考えていると、あっという間に授業が終わり、部活の時間が訪れた。いつも同じ部活ということで僕と中瀬さんは一緒にコートに行くことが多く、てっきりその時に聞かれると思いこんでいたのだが…聞かれるどころか先に行かれてっしまった。何か嫌なことしちゃったかな…と少し不安になるが、これに関しては本人に聞く必要があるだろう。
古谷さんと晴翔の件に関しては、今日の部活終わりにファストフード店で集合して話すらしい。部活終わりは中々疲れているし、帰宅時間も大分遅くなってしまうのでオフの日まで待つか、メールか電話でのやり取りでいいのでは、と思っていたが、ハンバーガーを奢ってくれるそうなので、ここは心の広さを見せて、疲れた体に活を入れて行こうと思う。僕の名誉の為に言っておくが、ハンバーガーに釣られた訳では無い。
「ねえ、中瀬さん」
「……」
僕はメールの件について聞きたいだけなのに、僕が近づいて声をかけようとすると顔をふせてふらふらっ、と距離を取られてしまう。僕は地味に凹むわけだが、こんなことで諦めるわけにもいかず、意を決して
「中瀬さん!昨日のメールのことなんだけど!」
と手を掴んで話しかけた。元々手を掴むつもりはなかったのだが、あまりに逃げられるで痺れを切らしてつい掴んでしまった。
「…!?」
手を掴まれて物理的に逃げられなくなるとは微塵も想像してなかったのか、彼女の顔が驚愕に染まり、次いでそれに対する怒りか、或いは恥ずかしさかで顔がみるみる赤くなった。
「昨日のメールのことなんだけど…」
僕は、中瀬さんを失望させないためにも早く答えてしまおうと考えたのだが、
「それなんだけど、忘れてくれない!?」
と、普段の彼女からは想像できない慌てようで言った。
とはいえ、僕も朝の30分を犠牲にしたのだから、すごすごと引き下がるわけにはいかない。
「そういう訳にはいかないよ。僕、中瀬さんの名前を知ってるわけだし。あんな挑発するようなメールを送ってきておいて、そっちの都合で取り消せって言うの?」
彼女はたじろいたが、それでも折れずに
「でも、私野村くんに名前伝えたつもりはないよ。どこで知ったの…?」
訝しむような視線を向けてくるためバラしたくなる衝動に駆られるが、古谷さんに内緒にしてと言われてるのでなんとか飲み込む。
「大したことじゃないよ。入学してすぐ、僕達席が前後だったじゃん?その時、教科書に書かれた名前を見たんだよね」
と誤魔化すことに決めた。目を逸らすこともなく、早口にもならなかったのでごまかせると思ったのだが、しかし、
「はぁ…」
彼女は納得した様子を見せずにため息を吐き、
「茉白ちゃんでしょ」
と、正解を見事に言い当ててみせた。
「…!?」
声にこそ出さなかったものの、驚愕というか、ばれたことへの動揺が顔に出ていたようで、
「やっぱり。茉白ちゃん、口が軽いんだよねえ…」
と再度ため息をついた。
とはいえ、僕の嘘が見抜かれたとは思えず、なぜわかったのか聞くと、
「ああ、私、教科書とかには名字しか書いてないの」
と、僕にとって完全に想定外のことを言ってのけた。
「でも、なんでメールのこと…」
もう逃げられないだろ、と考えた僕はメールのことに着いて質問しようと思ったのだが
「休憩終わり!練習再開するぞ!」
と部長の無慈悲な声がテニスコートに響き、中瀬さんは逃げる理由を得たとすぐ練習に戻ってしまった。その後は長い休憩が来ることもなく部活は終わり、古谷さんと晴翔との待ち合わせの時間が迫っていたこともあってこれ以上話すことは叶わなかった。




