15 クラスの人気者
うだうだ悩んでも仕方がないので、僕は、いつもより30分ほど早めに家を出て、クラスメイトにでも頼ろうかと考えていた。完璧超人を演じている中瀬さんだが、登校時間だけはいつもギリギリで、予鈴と同時に教室に入ってくることはざらにある。僕もかなりギリギリな時間に登校しているのだが、今日は30分以上中瀬さんの名前を調べられるというわけだ。
「まじかぁ」
しかし、なんと僕が一番乗りだった。完全に予想外だったため、思わず声が漏れてしまった。幸い、職員室で教室の鍵を受け取ることができたので教室の中に入ることはできるが、クラスメイトがいつ来るかわからない。これはいつもギリギリに登校している弊害だな、と自分を戒めつつ、解錠して教室へ入った。
無人の教室はいつもの騒がしくて賑やかな雰囲気とは打って変わり、静かだった。一人しかいないのだから当たり前なのだが、既に賑やかだ、と印象づいている僕にとっては新鮮だった。
とはいえ、僕の目的は静けさを帯びた教室を味わうことではないので、一度荷物を置こうと自分の机に近付いたところで中瀬さんのロッカーが目に入った。この学校は教材を置いて帰ることが認められているので、勿論中瀬さんのロッカーには教科書などの彼女の私物が入っている。入学式の日に持ち物には自分の名前を書くことが義務付けられていたので名前が書かれていないということはまず考えなくていいだろう。
そこで、僕の頭に邪な考えがよぎった。HRが始まるまであと20分強といったところだが、まだ人の気配は少ない。近くのクラスに入っていくような足音こそ聞こえるものの、クラスメイトが入ってきそうな雰囲気はなさそうだった。
一応教室内を見回しては見たが、やはり名簿のようなものは見当たらず、座席表もないため現状すぐに名前を知る方法は一つしか無い。
別に盗む訳じゃない、やら見たらすぐに戻す、やら自分に言い訳をして中瀬さんの教科書に手を伸ばしたがーー
「あれっ、今日は先客がいるんだー!珍しーね」
と、クラスの中心的人物であり、人気が高く、クラスメイトとの交流が薄い僕でも知っている女子生徒ーー古谷茉白が教室へと入ってきた。
更に。
「そんなに珍しいことじゃないだろ。今までに何回かあった」
と、これまた人気の高い男子ーー平本晴翔も古谷の後を追うように入ってきた。
そして僕を見るなり、
「それにしても野村だったなんて。珍しいな。お前、いつも結構ギリギリなのに」
と言ってきた。僕は彼と今日初めて喋ったにも関わらず、名前どころか登校時間まで覚えられていることに驚いて中々返答できずにいると、古谷さんが
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったよね。別に君のことを見てた、とかじゃなくて、ただただ印象に残ってただけだと思うよ。いつも予鈴ギリギリに来るのは君と、愛……やばっ、中瀬さんだけだからね。そーでしょ、晴翔?」
と答えてくれた。平本くんもそれに同調し、
「ああ、間違いない。誤解させるような言い振りをして悪かった」
と認めた。
「いや、謝られるほどのことじゃ…ていうか、愛って誰のこと?」
僕は会話中に聞こえてきた聞き馴染みのない名前について聞いただけなのだが、質問された当の本人は気まずそうな、言いたくなさげな表情を浮かべつつも、
「中瀬さんのことだよ…ねぇ、お願い!中瀬さんには秘密にして!」
と、必死そうな形相でお願いしてくるので、つい、
「わ、わかった」
と何を秘密にしたらいいかもわからないまま頷いてしまった。
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事情を聞くと、どうやら古谷さんは、一度中瀬さんに対して「愛っ」と下の名前で呼んでしまったらしい。どうやら中瀬さんはあまり呼ばれたくなかったらしく、絶対に呼ばないで、と警告したそうだ。
「警告っていっても、ほんとに注意しただけって感じだけどねえ」
とは彼女の言葉だが、それでも彼女の前では自重しているらしい。だが、中瀬さんがいないところならバレるわけ無いと高を括って下の名前で呼んでいたらしい。だが、僕と中瀬さんは同じ部活で、しかも前日の屋上でのこともあり僕経由で中瀬さんに伝わることを恐れ、隠そうとしたらしい。
「僕、わざわざ言わないよ…」
「そうかもだけどさ、わかんないじゃん」
とはいえ、彼女のお陰で知れたことだし、これ以上は追求しないことにした。
それにしても。
「質問だけどさ、古谷さん。平本くん」
「何だ?答えられることなら答えるぞ。あと、クラスメイトなんだし、名前で呼んでくれ。俺も優って呼ぶから」
「…わかった」
ちょっと間が空いたのは人を名前で呼んだことが殆どないが故だろう。
「あっ、私もさん付けしないで呼んでよ。距離感じちゃうしね。茉白ちゃんって呼んでもいいんだよ?」
「そっちは遠慮しとく…古谷さんで我慢して欲しい…」
「しょうがないね。それで質問って?」
「えっとね、二人って付き合ってるの?」
普段なら絶対にしないであろう質問だが、何やら噂になっている上、中瀬さんとの関係の進展の切っ掛けを作れるかと思っての質問だ。
「えー、それ聞いちゃう?」
「別に隠すようなことじゃないだろ。ご明察、俺と茉白は付き合ってる」
予想通りと言うか、噂の正確さに舌を巻くべきか。
「まだ5月に入ったばかりだけど、早いね。同じ中学だったの?」
「流石にねー。私、誰とでも仲良くなる自負はあるんだけど、一ヶ月足らずで付き合うほど親密にはなれないし、何より一ヶ月じゃあ心は許せないかなぁ」
「なるほど」
「それでね、質問に答えた対価、とかではないんだけど…私達の、いや、私個人のお願いなんだけど、聞いてくれる?」
私達、というから晴翔も関わっているのかと横目で彼を見るが、驚きがあったのか僅かに目を見開いていた。
「それで、お願いって?」
「それはね………」
古谷さんはなぜか十秒ほど溜めた後、内容の予想のつかない二人に言い放った。
「お願い!晴翔と友達になって欲しいの!」
「えっ…?」
想像とは違いすぎたお願いに、僕はただただ聞き返すしか無かった。




