13 中瀬さんの過去 後
最後に必ず真奈と話す、と意気込んでいたからか、予行では長く感じられた式もすぐに終わってしまった。最後のHRも勿論話せず、遂には解散の時間となってしまった。家族や友人、先生などと記念写真を撮れば、もう帰るだけとなる。私が「優等生」を演じていたことは裏目に出てしまい、多くのクラスメイトに囲まれ、真奈を見つけることすらできず。私は時間切れで帰宅しなければならなかった。
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「ほんとは一回、あと一回でいいから話したかったんだけどな。きっとお互いに少なからず誤解が合ったと思うし」
「誤解って…それに、打ち明けるのを躊躇ったのはその経験からでしょ」
「そうだけどさ。打算よりもっといい表現が合ったと思うし、何より今は君が知ってくれてるじゃん。私は一人が知ってくれてたらそれでいいよ。それに、忘れないでしょ?」
「忘れる訳ないよ…」
「なら安心だ」
「でも…中瀬さんだって考えがあってのことで…真奈さんにあんな事言われる謂れなんてなかったはずだよ…!」
「でも、私知っちゃったんだ。真奈の御両親は完璧主義者だったって」
「それって…」
「そう。真奈は、私が一位をとるせいで親に怒られてたらしいの。それで、当の一位が打算で取ってます、なんて言い出したら、嫌でしょ」
「それでも…」
「君は優しいね。でも、本当に大丈夫だから。もう気にしてないから」
「そっか」
そこまで言われて何か言える訳がなかった。
「でも、不思議だよね」
「何が?」
「だって、君には打ち明けられた」
「それって…」
「ほんとになんでだろうね。でも、これだけは知っておいて。君のお陰で、凄い楽になったから」
自分の幻想に対しある訳ないと戒めつつも、込み上げてくる嬉しさを抑えられなかった。
「ねえ、図々しいお願いだってわかってるんだけど…これからも定期的に愚痴、聞いてくれないかな…?」
「えっ…?」
「いや、えっとさ、やっぱり『完璧な優等生』を演じるのってストレスが溜まるっていうか…嫌、だった……?」
「そんなことないよ!僕、いつでも話聞くから」
「あ…ありがと」
僕は中瀬さんに頼られた嬉しさで少し食い気味に返事してしまった。一回目で答えられなかったのは想定外のことに対して嬉しさよりも驚きが勝っていたからだ。まあ、既に驚きは多量の嬉しさに隠れてしまったのだが。
「そうだ、二人きりの時とか名前で呼んでみる?」
中瀬さんは更に凄まじいことを言ってきた。それも、今まで見せたことのないような少し小悪魔的な笑顔で。勿論願ってもない話でこちらから頼みたいぐらいだが、唐突なことに顔が熱くなることを自覚しながらあたふたしてると、
「慌てすぎっ」
と中瀬さんが笑っていた。それは、普段教室で見せる笑みとは違って上品さやら気品やらがあまり感じられなかったが、しかし心から笑ったような笑みで否応無しに血の巡りが速くなった気がした。
「君が望むなら名前で呼び合ってもいいよ。なんてったって、秘密を共有した仲なんだからね!
「それ、僕秘密教えてないよ」
「確かに!じゃあ、教えてよ」
教えろって、僕が彼女に言える秘密なんて「僕が中瀬さんのことを好き」ってぐらいしかないのに。でも、
「嫌だよ。でも、いつか教えてあげるね」
いつか伝えようと思う。僕の、正直な気持ちを。
「ほんと?絶対?」
「絶対。僕と中瀬さんに関わりがある限りね」
「じゃあ、末永くお願いしますね?私、秘密を聞くまでは解放してあげるつもりないから!」
それはなんとも、願ってもないことだ。
「お手柔らかにね」
「早く言ったら楽になるよー?」
「なにかするつもりなの!?」
冗談じゃん、と心底楽しそうに笑う彼女を見て、
「早く伝えられるように頑張るよ」
いつか中瀬さんも僕と同じ目に合わせてやる、と決意した。
「なら今頑張って、今伝えてよー」
「いいけど」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。その代わり、大きい秘密は教えないけどね」
「私は特大のを2つも打ち明けてるのに!ずるいよー」
「じゃあ待てば良いんですよ」
「…そうだね」
不服そうだが、秘密を打ち明ける心理的ハードルを知っているからだろう、追求することも催促することもなく見逃してくれた。
「にしても、私人前でこんな笑ったの久しぶりだなぁ」
「僕の前なら、いくらでも他人に見せられない姿を見せてもいいからね」
「えー?じゃ、私が今までの鬱憤を暴言にして吐き出してもいいの?」
「それはちょっと…いいけど、なんかイメージと違うなあ」
「いいんだ…まあ、私暴言みたいな端ない言葉口にしないけどね。それに、そのイメージは『完璧な』私のでしょ?そんなイメージ、これからすぐ壊れちゃうよ」
「楽しみにしとく」
会話は途切れることなく、ずっと続くとさえ思ったが、無常にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。あと10分もすれば授業が始まる。こんなにも5時間目が憂鬱で来てほしくないと思ったのはいつぶりだろうか。
「あー。昼休み終わっちゃったね。教室戻らなくちゃ」
心なしか、中瀬さんも残念そうだ。
「それにしても、今日はほんとにありがとね」
「急にどうしたの?僕は特に何もしてないよ」
「話きいてくれたじゃん」
「人として当たり前のことでしょ」
「その当たり前がとっても難しいんだけどね。でも、ほんとに、私今日こんなに笑うとも楽しく談笑できるとも思ってなかったんだ。だって、どうしても私の過去を話すと空気が重くなるし。真奈に話したときも話し始めから終始静かで、気まずさを感じるほどだったんだ」
でも、と彼女は一息置いて、
「野村くんは真剣に、でもなんて言ったら良いのかな。受け入れてくれるだろ、って安心感みたいなのがあったんだよね。前聞いてくれたときもそうだった。だからね、私はその安心感に当てられて気楽に話しちゃった。ていうか、話せちゃった」
と、嬉しいことを言ってくれた。
「安心感って。そんな自覚ないけど、役に立てたようで何よりだよ」
「無自覚かあ。怖いなあ…でさ、これは冗談でもなんでもないんだけど、私これからも野村くんを頼ると思う。辛くなったら話を聞いてもらうと思うし、猫を被るのがしんどくなったら君にだけ素を見せると思うし。勿論、君が愚痴りたいなら聞くよ。でも、頼られるより頼るほうが多いと思うんだよね」
僕は中瀬さんに頼られるなら大歓迎なのだが。どうやら彼女には申し訳なさなどがあるらしく。僕は、それを和らげて、安心させて、そして頼ってもらえるように話した。ついでに、さっき言われた安心感?も意識してみよう。
「僕は気にしないよ。寧ろ頼られるの好きだし。それに、自分で何もかもできてしまいそうな中瀬さんに頼られるなんて、特別感があってさ、なんかいいじゃん」
「何それ」
中瀬さんは力が抜けたようにふっ、と笑った。
「折角こっちが真剣に話してるのにさ。君には敵わないなあ」
「それってどういう」
「自分で考えなよ。それに、頼られるの好きなんでしょ?私が、嫌気が差すほど頼ってあげるから、覚悟してよね!」
色々と吹っ切れたような笑みは、中瀬さん史上一番美しいと言っても過言ではなく。
「……」
僕は思わず見惚れてしまった。
「急に黙ってどうしたのさ。…もしかして、やっぱり嫌だった…?」
「そんな訳無いよ。あるはずないって言ってもいいぐらい」
「ふふっ、そっか。じゃあ安心だ」
そう言って、教室に戻ろうとしたが、ふと振り返って、
「…忘れてた」
ともう一度こちらを向いて、
「連絡先交換しよ!」
とほぼ忘れかけていた僕の今日の最重要任務を提案してくれた。
「スマホ持ってるでしょ?」
「うん、持ってるけど…」
「何?私と交換するのは不満だって?」
「違うよ。なんだか、唐突だなって」
「そう?毎回会って話せるとは限らないし、話聞いてもらうなら電話とかメールできないと不便でしょ」
「ああ、確かに」
と、こんな会話をしているうちに慣れた手つきでさっ、と交換してしまった。
「これでいつでも連絡取れるね」
そうはにかんだ中瀬さんに対し、今日何度ドキドキさせられたらいいのかと文句を言いたくなった。筋違いとわかっているが。
「そうだね…」
「よし、これでやるべきことは終わったっ。ってかやばい!あと2分で授業始まる」
「えっ、僕準備してないよ…」
「私もだよー、走って戻ろ」
その後、授業開始ギリギリに中瀬さんと二人で戻ってきた僕はクラスメイトから質問攻めに会うのだが、それはまた別の話。一応、テニス部の練習に遅れて先輩に叱られたことだけは明記しておく。
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「真奈さんって、真奈のことは名前で呼んでさー」
彼女ーー中瀬は深夜テンションだった。普段なら独り言でも呟かないことでさえ、それを止める余裕が無ければ止まるはずもなく口から溢れる。
「私のことは名前で呼んでくれないのに」
実際は、真奈の名字を言わなかったために「真奈さん」と言うしかなかったのだが、彼女がそれに気づくことはない。なにせ、うとうとと微睡んでいる彼女は普段より思考力が大きく落ちており、さらに考えていることなど、朝が訪れる頃にはすっかり忘れているからだ。
「それとも、私の名前知らないのかな…?確か、野村くんの名前は…優、だったっけ?」
スマホを開けば、今日交換したばかりの連絡先が出迎えていて、そこには「野村 優」と紛れもない彼の名前があった。
「やっぱり、優くんだ。それとも、ゆーくんの方がいいのかな…?明日本人に聞いてみよっと」
どうせ忘れるか、それとも朝起きて恥ずかしさが勝つか、なににせよそのことを聞くことはないだろう。それに、メールで聞かなかった分かなりマシと言える。それだけ、今の彼女は何かやりかねない雰囲気を持っていた。
「ゆーくんは私の名前、しってるかなぁ?自己紹介の時も名字しか言ってないし」
どうやら彼女的にしっくりきたらしいゆーくん呼びで独り言は続く。
「そうだ、テストしよー!私の連絡先の名前を、「中瀬」だけにして、と。これで、私の下の名前ーー『愛』だって知らなかったら…罰としてゆーくんの秘密を聞こー!」
その後も延々と独り言は続き、やがて寝落ちしてそれまで考えてたことは綺麗さっぱり記憶から抜け落ち、寝てしまう前に送った
「私の下の名前、なーんだ?知ってるとは思うけど、明日確認するねー」
というメールだけが残ることとなった。
1章はこれで終わりです。2章ではもっと仲が進展する予定です。




