11 中瀬さんの過去 前
結局、僕は遅刻せずにすんだ。階段を走っている最中にチャイムが鳴ったときには焦ったが、間一髪間に合ったので気にしないでおこう。
授業中も連絡先交換の案を考えていると、夜遅くまで起きていたことが災いして眠気が襲ってきた。眠気は段々強まり、意識が朦朧としてきて、僕は舟を漕いでしまった。
「野村君」
居眠りをしていた僕は、坪井先生の声が聞こえたことで起きると同時に立ち上がってしまった。クラス中の視線が集まってくる。なんとも居心地が悪い。
「あなたほどの真面目な生徒が授業中に居眠りですか」
「すみません…」
ちら、と横目で時計を見ると最後に時間を確認した時から10分程度経っていた。
「あなたの日頃の態度に免じて今回は水に流すことにします。でも、二度目はありませんよ」
こんな対応をするから男女問わず非情に高い人気を誇るのだが彼は気づいているのだろうか。とはいえ、いくら睡眠時間を削っていてもそれはこちらの都合だと自分を戒め、残り数分を乗り切った。
「野村くーん、一緒に弁当食べよ?」
昼休み、中瀬さんに一緒に食事しようと誘われた。願ってもないことだが、どうやら2人で食べるつもりのようで、周囲、特に男子からの妬みの視線が痛い。でも、彼女は僕がそんな視線を向けられていることに気づいていないのか、はたまた敢えてか
「嫌だった?」
と確認を取ってきた。元々断るつもりは無かったが、僕の方が身長が高いので上目遣いで見つめられたような気持ちになり、嬉しさやら恥ずかしさやらでまともに答えることができず、僕にできたのはただ頷いて意思を伝えるだけだった。
「よかったー、断られなくて。ちょっと、ほんのちょっとだけ不安だったんだ」
人気の無い校舎裏のベンチに移動して、腰を下ろした時彼女はそう呟くように言った。
「どうして?僕が断るはず無いのに」
「?」
きょとんと可愛らしく首をかしげて見せた彼女の姿に、彼女がなぜ僕が断らないのかの理由がわかるはずないことに気づき、
「いや、あのさ。なんていうか、同じ部活のメンバーなんだし、喧嘩したわけじゃないし…断る理由がないというか、えっと…」
「何慌ててるの」
墓穴を掘ったかと思ったが、僕の慌てぶりに心底面白そうに笑う彼女の姿を見て、杞憂だったと胸を撫で下ろす。
「でも、ありがと。きっと私はね、君以外に秘密を打ち明けられなかったと思うんだ」
その言葉に自分を特別視してくれているかも、と胸が高鳴るが、
「だってさ、皆、『優等生』な私を見てるから。ほんとの私は優等生じゃなんかないのに。自分の打算で、そう演じているだけなのにね。でも、自業自得なんだよね。皆にそう思わせるように振る舞っちゃったから」
彼女の悲痛な色を見て、思わず自分を殴りたくなる衝動に駆られるが、抑える。
「でも、きっと、受け入れてくれるはずだよ。『優等生』じゃなくても中瀬さんは中瀬さんだしさ!」
「そうかもしれない。きっと、そういう人もいると思う。でもね、人っていう存在は一度根付いたイメージを中々払拭できないんだよ」
そう語る彼女が憶測で話しているようには微塵も思えなくて。
「……」
僕は何も言い返すことができなかった。
「ほら、反論できないでしょ?」
「それでも、素を見せられる友人は作るべきだよ…学校にいる間ずっと、『優等生』を演じる訳にはいかないでしょ」
それでも、最低限彼女の為に助言をしたつもりだったのだが、困惑気味の返事が帰ってきた。
「え?」
「え、って、中瀬さん、誰にも打ち明けないつもりなの…?」
「勘違いしてるよ、野村くん」
「え?」
今度は僕が聞き返す番だった。
「私が、なんのために一緒にお弁当食べよ、って誘ったと思ってるの」
そもそも昼食を食べに来たことすら忘れかけていた僕は、彼女の意図を汲みきれなかったが、
「私だって、誰にも打ち明けなかったわけじゃないよ。…中学時代にね、」
「待って、中瀬さん。それ、聞いていいの?」
彼女の雰囲気が変わったのを感じ取った僕は、話すことを望んでいないのではと制止したが、
「話したいことじゃないけど、納得してもらわなきゃだし。何度も同じ事言われたくないから、私の為に話すんだよ」
逆に諭されてしまった。やっぱり、優しいと思った。僕の勘違いを正す為なのに、あくまで自分の為だと言い張って僕に気負わせないつもりなんだ。それなら、僕にできるのは聞いて、そして受け止めることだろう。
「ありがとう。じゃあ、聞かせて」
「言われなくても。耳を塞いだって、聞かせるつもりだったよ」
軽口を叩ける位の余裕はありそうで少し安堵する。
「そうそう、本気になって聞くことじゃないからね。昼休みも長くないし、お弁当を食べながら、気楽に聞いてよ」
僕は食べるのが早くないため素直に中瀬さんの言葉に従いつつ、それに気づいてくれたかもしれないことに人知れず嬉しさを覚えた。
「中学2年の時の話だよ」
中瀬さんは少しの間目を瞑り、やがて決意したように僕の目をまっすぐに見て、話し始めた。
「私には、親友がいたんだ」




