実験はまだ続いている
朝のkawaii研究所は、妙に落ち着いていた。
白石ももかはその静けさが逆に不安で、いつもより早く目が覚めてしまう。
仮眠ポッドから起き上がりながら、天井を見上げる。
「……こういう日が一番嫌なんだけど」
静かな日は、何かが起きる前触れだともう学習していた。
廊下に出ると、桃瀬りくがすでに端末を見て立っていた。
「起床。正常」
「その正常って信用していいやつですか」
「データ上は」
「データ上って言わないでほしい」
りくは視線を外さずに歩き出す。
「今日は軽い調整実験だ」
「軽いって言葉がもう怖いです」
そこへ桜井教授がやってくる。
「おはよう!今日はいい日だよ!」
「毎日それ言ってません?」
「今日は“安定感情維持テスト”だ!」
「安定って何ですかここでは」
ももかはもう突っ込む気力も減ってきている。
ゆうたが後ろから現れる。
「おはよー、今日も実験?」
「そうです」
「もう普通の仕事じゃないねそれ」
「最初から普通じゃないです」
研究室に入ると、いつもの白い空間に少しだけ機材が増えていた。
中央に椅子が一つ。
周囲にモニター。
そして見慣れないケーブル。
「それ何ですか」
ももかが指さす。
りくは淡々と答える。
「感情同期装置」
「聞きたくなかったやつ」
「座れ」
ももかは渋々座る。
その瞬間、機械が起動する音がする。
ピヨ助が少しだけ回転する。
「感情接続開始」
「やめてその言い方」
ももかは嫌そうにするが、動けない。
りくは少し離れた位置でモニターを見ている。
ゆうたは横で立っているだけだ。
「今日は何するんですか」
ももかが聞く。
りくは短く答える。
「何もしない」
「一番怖いですそれ」
しばらく沈黙が続く。
ただ座っているだけ。
何も起きない時間。
ももかは落ち着かなくなる。
「これ本当に実験なんですか?」
そのときゆうたが軽く声を出す。
「ももか、昨日さ」
「はい?」
「りく先輩と距離近かったよね」
「その話やめてください」
ももかは一気に顔を赤くする。
りくの視線が一瞬だけ動く。
モニターの数値がわずかに変化する。
教授が小さく笑う。
「いいね」
ももかは気づかない。
「もうそういうのいいですから!」
ゆうたは楽しそうに続ける。
「でもさ、ああいうのってさ」
「やめてください!」
ももかが叫んだ瞬間。
ピヨ助が反応する。
「感情値上昇」
「なんで!?」
りくはモニターを見る。
「変動している」
「だから何が!」
教授は満足そうに言う。
「自然だね」
ももかは頭を抱える。
「私、ただ怒っただけなんですけど」
りくは静かに言う。
「それが影響している」
「意味わかりません!」
そのとき、りくが少しだけ立ち上がる。
ももかの方へ歩いてくる。
「動くな」
「え?」
距離が近づく。
ももかは固まる。
りくは何も言わず、彼女の手元のケーブルを調整する。
一瞬だけ手が触れる。
ほんの少し。
ももかの心臓が跳ねる。
数値がまた上がる。
ピヨ助が反応する。
「最大値近接」
「また!?」
ももかは真っ赤になる。
りくはすぐ離れる。
「問題ない」
「問題しかないです今の!」
ゆうたは笑う。
「なんか今日忙しいね感情」
ももかはもう疲れきっている。
「普通に帰りたいです」
りくはモニターを見ながら言う。
「まだ安定していない」
「どこがですか!」
教授は静かに呟く。
「いい流れだ」
誰もその意味を説明しない。
でも確実に、研究所は昨日よりも少しだけおかしくなっていた。
ももかはそれに気づかないまま、ただ椅子に座っている。
その中心にいることだけは、まだ知らないまま。




