恋のドジ事件簿
朝のkawaii研究所は、すでにいつも通り騒がしかった。
「警告:感情エネルギー上昇中」
「また朝からそれですか……」
白石ももかは、もうツッコミ疲れ気味で呟いた。
横では桃瀬りくが淡々とタブレットを見ている。
「原因は不明。だが昨日より数値が高い」
「私のせいって言わないでくださいね?」
「言っていない。事実だ」
「事実が一番ひどいです」
そこへ、ドタドタと走ってくる音。
「やばい!!遅刻した!!」
田中ゆうただった。
「すみません昨日データ整理してたら寝落ちして――」
「それ毎回聞いてる気がします」
ももかがため息をつく。
ゆうたは笑って誤魔化す。
「いやほんとごめん!」
その瞬間──
研究所のスピーカーが鳴る。
『本日の特別実験:接近距離強制イベント』
「嫌な予感しかしません!!」
ももかの叫びは、すでに遅かった。
桜井教授がテンションMAXで登場する。
「今日は“偶然の恋愛イベント再現実験”だ!!」
「偶然って作るものじゃないですよね!?」
「科学とはそういうものだ!」
りくが無言で額を押さえる。
「説明を短くしろ」
「つまり、ペアで行動してドキドキを測る!」
「雑すぎませんか!!」
画面に名前が表示される。
・ももか × りく
・ゆうた × ピヨ助
「なんでロボなんですか!?」
ゆうたは遠い目をする。
「……まぁ、いいか」
ピヨ助が跳ねる。
「任務:恋愛補助開始」
「やめてその補助!!」
ももかとりくは、大量の箱を運ぶことになる。
廊下は狭い。
箱は重い。
「これ絶対落としますよね?」
「落とさなければいい」
「フラグですそれ」
その瞬間。
ももかがつまずく。
箱が傾く。
「やばっ――!」
りくが咄嗟に腕を伸ばす。
ももかの体が引き寄せられる形になる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
距離0cm。
時間が止まったように感じた。
「……」
ももかの心臓が跳ねる。
りくの目がほんの少しだけ揺れる。
しかしすぐに離れる。
「……問題ない」
「ぜんぜん問題じゃないです今の!!」
ももかは顔を真っ赤にして叫ぶ。
遠くでピヨ助が反応。
「心拍急上昇」
「うるさい!!」
次の実験。
研究所の「模擬迷路」に入る。
テーマは“恋愛的迷子シチュエーション”。
「なんですかその謎ジャンル」
ももかは呆れる。
中はやたら広い。
同じような白い通路。
「これ絶対迷いますよね」
「迷う前提だ」
りくが即答。
案の定、数分後。
「……ここさっきも通りましたよね?」
「そうだな」
「それ迷ってますよね?」
「そうだな」
「認めるんですね!?」
そのとき、突然ライトが落ちる。
「えっ停電!?」
暗闇。
距離が近い。
息が聞こえるくらいの距離。
「……」
ももかは動けない。
りくの声だけが静かに響く。
「動くな。安全確保中だ」
「はい……」
静かな暗闇。
心拍だけがやけにうるさい。
(なんでこんなにドキドキしてるの私……)
一方その頃。
ゆうたはピヨ助と別ルート。
「なんか俺だけ平和じゃない?」
「恋愛反応測定中」
「いや何測ってんの」
ピヨ助が突然止まる。
「警告:観測対象変動」
「え?」
その瞬間、壁が開き、ゆうたは別ルートへ吸い込まれる。
「うわあああああ」
完全に別空間。
ももか・りくは出口付近へ。
暗闇は解除されていた。
「……出れた」
「はい」
妙に静か。
その時。
奥からゆうたの声。
「ももかー!!」
「えっ」
三人が同じ空間に集まる。
一瞬の沈黙。
りくの目がわずかに細くなる。
ゆうたは普通に笑う。
「いやー迷ったわ!」
ももかは安心したように笑う。
「よかったー!」
その笑顔を見た瞬間。
ピヨ助のアラーム。
『反応値:複雑化』
教授の歓声が遠くから響く。
「三者混線イベント成立!!」
「誰が成立させたんですか!!」
実験後。
廊下。
ももかは一人で歩いていた。
「今日も疲れた……」
ふと後ろ。
りくが立っている。
「……」
「な、なんですか?」
りくは少し間を置いてから言う。
「さっきの実験だが」
「はい?」
「問題はなかった」
「それさっきも聞きました」
「だが」
一拍。
「……データが変だった」
ももかは首をかしげる。
「それ、どういう意味ですか?」
りくは答えない。
ただ、少しだけ視線を外した。
「気にするな」
そう言って歩き出す。
ももかはその背中を見ながらつぶやく。
「……ほんと、変な人」
でもその言葉は、前より少しだけ優しかった。
その遠くで、ゆうたが廊下の角から見ている。
そしてさらに奥で、教授がメモを取る。
『恋愛バグ領域:安定崩壊段階へ移行』




