初めての恋愛実験
翌朝、ももかは研究所の仮眠室で目を覚ました。
「……ここ、どこだっけ」
白い天井。やたら静かな空間。横には「kawaii研究所・仮眠専用ポッド」と書かれたカプセルみたいな装置。
記憶が一気に戻る。
昨日──突然スカウトされて、変な研究所に連れてこられて、爆発して、煙の中で「面白いかもしれない」とか言われて……。
「いやいやいやいや、夢だよねこれ」
頬をつねる。
痛い。
「現実かぁ……」
ドアが勢いよく開いた。
「起床確認完了。遅刻0.3秒、問題なし」
桃瀬りくだった。昨日と同じ無表情。白衣はきっちり整っていて、まるで感情という概念がない人間みたいだ。
ももかは布団から転がり落ちる。
「え、えっと、おはようございます……?」
「今日は“初期適性テスト”を行う。恋愛実験だ」
「恋愛実験!?」
りくは淡々とタブレットを見せる。
画面にはでかでかとこう書かれていた。
『実験名:きゅん反応測定プロジェクト』
「な、なんですかこれ……」
「簡単だ。恋愛的刺激に対しての生理反応と行動変化を測る」
「つまり?」
「ドキドキしたらデータ化される」
「やめてくださいその科学の暴力」
そこへ、桜井教授がスキップで登場した。
「やあやあ新人くん! 今日から君には“恋愛萌え反応実験”に参加してもらうよ!」
「嫌な予感しかしません!」
教授はニコニコしながら説明を続ける。
「今回のテーマは、“日常的な胸キュン刺激に人間はどこまで耐えられるか”だ!」
「耐える前提なんですかそれ」
りくが淡々と補足する。
「被験者は恋愛刺激に対する“心拍数・表情・行動”を測定される」
「完全にモルモットじゃないですか!」
教授は満足そうに頷いた。
「では実験スタート!」
実験室に通されると、そこは妙に整った白い空間だった。
中央にテーブル。向かいに椅子が二つ。
「そこに座れ」
りくが指示する。
ももかが座ると、もう一つの椅子にりくが座った。
距離、30センチ。
近い。
「ち、近くないですか!?」
「通常距離だ」
「どこの世界の通常距離ですか!」
教授が叫ぶ。
「では開始! “目を見つめ合う”テスト!」
「えええええ!?」
りくは無表情のまま、じっとももかを見る。
完全に動かない。
逆に怖い。
ももかの心臓が妙に速くなる。
(な、なんでこの人こんなに真顔で見てくるの……!?)
顔が熱い。
心拍計がピピピッと鳴る。
『心拍上昇:+38%』
「反応良好!!」と教授。
「いや良好ってなに!?」
りくは小さく眉をひそめた。
「……顔が赤い」
「赤くないです!」
「いや、赤い」
「光のせいです!」
教授が嬉しそうに叫ぶ。
「いいぞいいぞ! 恋愛反応の典型パターンだ!」
「やめてくださいその分析!」
「次は物理接触だ」
「今なんて言いました?」
りくがペンを落とす。
「拾え」
「え?」
ももかがしゃがんでペンを取る。
同時にりくも手を伸ばす。
指が触れた。
一瞬だけ。
本当に一瞬。
なのに──
心臓が跳ねる。
「っ……!」
ももかが固まる。
りくも一瞬だけ止まった。
しかし次の瞬間、無表情に戻る。
「……接触時間0.4秒。反応値上昇」
「え、え、今の、何か計測されてるんですか!?」
教授がメモを取る。
「よし、データ完璧!」
ももかは顔を押さえた。
「これ恋愛実験じゃなくて拷問では?」
その時、扉が勢いよく開いた。
「ももかー!!」
田中ゆうただった。
「遅刻したー! ごめん昨日データ整理してたら寝ててさ!」
ももかは一気に安心した顔になる。
「ゆうたぁぁぁ!」
しかし──
りくの視線が少しだけ変わった。
「……新規被験者か」
「違う違う! ただの幼馴染!」
ゆうたは空気を読まずに笑う。
「いやーすごい施設だねここ! で、今なにしてるの?」
教授が即答。
「恋愛実験だ」
「へー! じゃあ俺も参加する!」
「やめて」
ももかとりくが同時に言った。
妙な間。
ゆうたは首をかしげる。
「え? なんで?」
教授がテンション高く言う。
「では三角関係刺激テスト開始!」
「誰が決めたんですかそのテスト!」
ゆうたが普通に話しかける。
「ももかってさ、昔から変なとこでドジるよね」
「うるさいです」
ももかが笑う。
その瞬間。
りくのモニターに異常値。
『未知の反応:測定不能』
「……?」
りくが初めて、ほんの少しだけ目を細める。
(なんだ、この数値)
ももかは気づかない。
ゆうたは笑っている。
教授は大興奮。
「未知の感情反応だ!! これは面白い!!」
研究所はカオスになり始めていた。
実験終了後。
廊下で、りくとももかが並んで歩く。
静か。
ももかがぽつりとつぶやく。
「私、やっぱりこういうの向いてないと思います……」
りくは少し間を置いてから言った。
「……向いてない方が、データが面白い」
「褒めてます?」
「事実だ」
少しだけ沈黙。
ももかは小さく笑った。
「なんか、変な人ですね」
「君ほどではない」
「ひどい」
でも、なぜか嫌じゃなかった。
その様子を、少し離れた場所からゆうたが見ていた。
「……あれ?」
そしてさらに遠くで、教授がノートに書く。
『恋愛実験:予測不能領域に突入』
研究所の空気が、少しずつ“恋”の方向へ歪み始めていた。




