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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
序 『復讐裁廷』

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9 冷めてこそ美味なる……




気分は失態がばれて親に叱られる子供だ。

恐怖と気恥かしさ、後悔と少しばかりの反発。

自分が悪いことは重々に理解している。どの立場から見ても速やかに殺すことが正解だった、と。

だが、一度見逃した命だ。一度そう決めた以上は方針を曲げるわけにはいかない。

そんな、何の役にも立たない矜持のために虚勢を張る。



「私の仕事は悪性幻想種(バケモノ)殺しですから。人殺しなら他の人間を派遣してください」


「いや、その必要はない。お前の判断を信じよう」



しかし、返ってきた答えは意外なものだった。

土下座で徹底抗戦も辞さない思いだったのに、これには拍子抜けだ。

彼との間に暫くの静寂が広がる。

澱んだようにも思えるその空気に耐えかねて、私はおずおずと取り留めもない話題を口にする他なかった。



「……カタリナは、最後に協力者が居ると自白しました」


「ああ。まだ確実ではない話だが、恐らくはヴェロニカ嬢のことだろう。先ほど、第三皇子が遺体で発見されたそうだ。犯人の筆頭は第二皇子の婚約者、ヴェロニカ・クライェス。筆頭と言うよりは現行犯だったようだがな。これで選帝侯会議は振り出しに戻り、お前の報酬の件も有耶無耶になってしまった。……ふ。皇位に追いつかれた気分は如何だ?」



嘆かわしいことに推測は的中していたらしい。

何もかもが選帝侯の思う通りに動いているような気がして、私は複雑な心地を味わう。お陰様で無償奉仕になってしまった。


事実上、皇位の最大候補であった第三皇子の死は、結果的に私を皇帝の座へと引き上げることになった。

皇帝になる、なんてとてもではないが実感が湧かない。

自分は大公領で――風と麦穂の海が広がるあの迷宮都市で生まれ育ち、死ぬものだとばかり。

だが結果はこれだ。「やれるだけのことはやる。けれど、それでダメならすっぱりそこであきらめる」なんてイヴァンに豪語した癖に、結局運命に追いつかれてしまった。あとはもう『すっぱりそこであきらめる』を実行する他ない。これはもう乗りかかった船。言ってしまった手前、もう取り消すことは出来ないのだ。



「最悪……ああもう本当に最悪ったらありゃしない。分かった、そんなにやって欲しいならやってやろうじゃない、皇帝。上等だ。滅ぶとこまで一緒に滅んでやる……!」


「良い心意気だな、長い御代になることを願おう」



そう言って、好々爺は快活に笑う。悪人ではないが完全な善人でもない、模範となる聖職者でありながら駆け引きを好む七選帝侯でもある。つまるところ、『いい性格をしている』男なのだ、この人は。

いつもなら仕事現場を見になんて来ないのに、今日に限ってわざわざやって来たのは、こうやって私で遊ぶためだったのだろうとげんなりした気分で感じる。



「……それで、カタリナをどう処遇しますか」


「さて、どうしたものか。そもそも一国の姫を殺したことが明るみになれば国際問題は免れん。であれば、選帝侯としては従来の通りここで殺して、病死であったと公表するのが正しかろう。だがオレは選帝侯であると同時にいち聖職者だ。彼女のような人間に死がふさわしいとは到底思わん。次代の陛下が良しとするのであれば、病死の公表の後に『ただのカタリナ』として新たな神官として迎え入れ、僻地で余生を過ごしていただくのが最善だろう」



「いかがかな?」と微笑むアンブロシウス大神殿長を横目に見る。

なんてずるい人だろう。それでは私は頷くことしかできないのに。



「……異論ありません。必要な書類があれば適宜回してください、こちらも最善を尽くします。……じゃあ私は帰りますので」


「なるほどなるほど。明日は即位式、それが終われば近く戴冠式が控えている。暫くは忙しくなるだろうから今夜は早めに休まれるのがよろしいだろう。それでは良い夜を――と言いたいところだが、であれば左手に握ったものを返してからお帰りいただこうか」


「……う」



目敏くそう指摘した彼の視線の先――私の左手には、カタリナが身につけていたブローチが握られている。

正確にはブローチではなく記録魔術具、皇帝からカタリナに貸し与えられ、以後の彼女の生涯の全てを記録したものである。


気づかれていたか。やはり慣れぬことをするものではない。



「珍しいな、アナスタシア。お前はカタリナ姫にそこまで肩入れするか」


「……彼女が犯した罪と、彼女が受けた苦しみは別問題です。苦しみには報いを、罪には罰を。それは足すのでも引くのでもなく、どちらも行われるべきだと思いました。私は……カタリナだけが報いを受けるのは不平等かと思います」



……それから、大きくは言えないが私怨も少しあったり。なかったり。

そもそも、ガランサス伯爵が余計なことをしなければ私も皇帝になる必要はなかったのだ。つまり、彼は私が皇帝となる一因の一つになったのだ。

それが、今回の一件で許され今後ものうのうと生きていくなんてとても許せない。カタリナの心情としても、到底認めることはできない。

だからせめて、奴の所業を明るみにして社会的な復讐を代行してやろうと思ったのだ。


そして、この記録装置(ブローチ)さえあればそれが叶う。

ただしこれが残るということはカタリナの負った汎ゆる暴力――十数年に渡る暴行と、殺害時の記録が残るということでもある。それは同時にスヴェルタ帝国の汚点が残るのと同義だった。

故にアンブロシウス大神殿長はこれをここで壊してしまう心積もりだったろう。

ならばこっそり持ち出せないかと画策してみたが――結果はこのザマだ。


内心でカタリナに小さく謝罪して、ブローチを差し出そうとするのを、意外なことに、アンブロシウス大神殿長は片手で制した。



「構わん。元より、陛下へお戻しする予定だった。一足早く返ったと思うことにしよう。その証拠品をいかに利用しようと所有者の勝手だ……違うか?」


「そうであったら、いいなと思います」


「まあ、やり方には少し口を出させてもらうがな。下すのであれば流刑や奴隷身分への降格ではなく、罪人の烙印を捺して神殿での奉仕につかせるといい。丁度、北原高原の集落に神殿と修道院を造る予定でな、下働きの下男を数名探している。ガランサス伯の表向きの罪状はまたこちらで提案しよう」



そう淡々と告げて、アンブロシウス大神殿長は床で眠るカタリナを抱き上げる。魔法一つ分軽くなった彼女の身体は、重さを感じさせぬ優雅さで彼の懐に収まった。



「ですが、それだと年季が明ければ彼はカタリナ・ミシェーレに復讐を企てるかもしれません」


「永年奴隷は生涯の財産だ、己の財産をみすみす使い潰す愚か者は居ない。少なくとも死ぬことはないよう生涯移住食の面倒をみられることになる。一方でお前の言った通り奉公人は年季が明ければ自由の身となるが、罪人の烙印が消えるわけではない。まず次の職にありつくのは難しいだろう、何せ敢えて罪人を雇おうとする者は限られている。居るとすれば余程徳の高い者か、その反対かだろうな。それに奴隷ではないというのも問題だ。先に話した通り、奉公人は年季が明けさえすれば契約が切れる。嘆かわしいことだが、使える内に使い切ってしまおうと生死に頓着せず労働させる者も居るようだ」



神殿の奉仕は清貧に則った最低限の衣食住を保証するもので、給金すら出ない。

例え年季が明けたとしても、先立つもの――それは金であれ、伝手であれ、命であれ、がなければ復讐などできるわけがない。

私はアンブロシウス大神殿長の言わんとしていることを理解し、苦い顔を浮かべる。あの温厚な人柄のどこにそれだけの苛烈な発想を思いつく余地があるというのだろうか。

私は苦い顔のまま曖昧に頷き、その提案を受け入れる他かなかった。



「……さて、次は道を踏み外してくれないといいのだが」



その言葉はガランサス伯爵に向けられたものだったのか、それともカタリナに向けられたものだったのか。

どちらともつかぬ呟きは夜の静寂に溶けて消えた。

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