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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
序 『復讐裁廷』

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7/24

7 幻想殺しの幻想




幾度目かの迫りくる糸を断ち切り、私は目前の敵を見据える。

戦場は控室から廊下へ、廊下から別館へと次々に移り変わっていた。

カタリナが戦場に広間を選ばなかったことは、こちらにとって最大の幸運だった。カタリナの攻撃特性を鑑みても、大多数を背後に守っての交戦など考えたくもない話である。


彼女の手繰る糸には、2つの種類と幾つかの段階があることに私は気が付き始めていた。


1つは索敵用の糸。こちらは魔力製の感知器官(センサー)であるらしく、これに触れている間はあちらに居場所が伝わってしまう。

先程から幾度となく死角から狙ってはいるが、その尽くを防ぐように糸を張られてしまうのはそのせいだろう。

不可視である事実は厄介であったが、それはこちらの魔法でカバーが可能だった。


迫り来る可視の糸を身を翻し避けると、そのまま回転力を転用して周囲の糸を袈裟斬りにする。



「(それに――……やっぱり)」



索敵用の糸は無尽蔵というわけではないらしい。

一度切ってしまえば、しばらくの間同じ場所には設置できない様子だった。先程からカタリナが次々と戦場を変えているのは恐らくこれも要因なのだろう。


そして、もう一つは攻撃用の糸。攻撃用と一口に言うのはあまり賢明ではなく、攻守一体と呼ぶ方が似つかわしいだろう。

加えてその攻守一体の糸は3段階の硬度に分かれている、というのがこちらの見解だった。ブラフ用の最も弱い糸、通常硬度の糸、最高硬度の糸の3種類だ。

こちらの得物では通常硬度の糸であれば一度に5本、最高硬度の糸であれば2本同時に切ることが出来れば上出来だった。

だが、それも悪いことばかりではない。通常硬度以上の糸であれば私の体重に耐え得る。足場が増える分、こちらに有利に働いているのは言うまでもない。



いかにも厄介な魔法であるが、対応ができないわけではない。加えて彼女はまだ魔法を使った戦闘には慣れていないのだろう。その経験の差が、こちらに優勢を齎していた。



2つの糸の交点に足をかけ、糸の撓む力を利用し一気に間合いを詰める。

身を捻り体重を乗せて繰り出した一閃は、しかし無情にも新たに編み上げられた糸に阻まれ首までには届かない。

刀を絡め取られる前に、私は横方向に飛び退いて回避を図った。



「(……面倒だな)」



内心の呟きは毒のように身体に回る。

一つ問題があるとすれば、このようにいつまでも間合いを詰められないでいることだ。『日本刀』は刃長の比較的長い得物ではあるが、それにしても限度がある。

これではあちらの魔力切れが先か、こちらの体力切れが先か、という話になってしまう。魔力切れに至っては回復用の水薬(ポーション)さえあれば一定量取り戻せてしまうわけなので、持久戦ではこちらの分が悪い。



「(……魔法を使えば、ともすれば――)」



致命の一撃を与えられるかもしれない。

そこまで考えて、私はその思考を棄却する。


強力な魔法は当然その分、反動が強くなる。今の私の技量ではこの距離での発動はかなりの賭けになるだろう。 

発動時のノックバック、戦闘不能時間、それから個人的な制約。

どれを取っても是とは言い難い。もう少し時間をかけてカタリナの魔法を観察できればまだ勝機はあるだろうが、今この段階で踏み切るのはあまりにも命取りだ。


そう結論づけて私は再び意識を現実に戻す。


カタリナは踏み切れないこの戦況を嘲笑うように、恍惚の笑みを浮かべている。



「どうしちゃったんですか? ふふ、リードされる方がお好みなのかしら」


「……まさか。私の社交ダンス音痴は幼馴染(イヴァン)からも折り紙付きなんだ。お前は誰かに身を委ねるのが下手、ってね」



長剣を握る手とは対極の手を延べる。

微かにカタリナが怪訝そうに表情を崩した刹那、その指先に星の瞬きに似た輝きが灯った。

かくして、放たれるのは極めて原始的な魔力弾。

単に魔力を圧縮し打ち出しただけの、魔術と呼ぶことすらも烏滸がましいその光弾は、しかし飛び道具など想定していなかったらしいカタリナの頬を掠めて散った。



「……ん。外したか、まだ制御が甘いね。ちゃんと練習しなきゃだめだ」


「あ――……はは! そんなことをしていて、いつまで魔力が持つかしら。無駄遣いをする余裕なんてそうないでしょう……!?」



カタリナの絶叫めいた指摘と同時に、こちらを目がけ迫り来る椅子と花瓶、それから長机。それぞれの胴体にはやはり彼女の魔糸が結びついている。

どうやら糸だけで殺すのは難しいと判断したのか、物量で押す戦法に切り替えたらしい。



「(……それなら、打ち返すまで)」



最小限の動作で最初の障害物(イス)を躱すと、私は間髪入れず花瓶を片手で受け止め、結びつけられた糸を手繰りカタリナの体ごと引き寄せる。



「あ――」



少女(カタリナ)の可憐な悲鳴。

体勢を崩したのを横目で見送ると、私は軸足を踏み切り、最後に吹き飛んできた大物――長机の最大面を目掛け鋭い一撃を蹴り入れた。

痺れと鈍い痛みが脚に伝わるとともに、蜻蛉返りする長机。体勢を崩した彼女には、当然それを避ける暇すら与えられない。

かくして、長机の直撃を背に受け諸共壁に叩きつけられる少女。

渾身の一撃を確信していたが、それを受けてもなおカタリナには未だ立ち上がるだけの余力が残されていたらしい。


 

「いいね――素敵だ、カタリナ。怪物はこうでなくちゃ」


 

頑丈な身体なのか、それとも痛みすら分からないほど陶酔しているのか――想定以上の難敵に、思わず口元も綻ぶ。



「……信じられません。魔法使いのくせに、魔法を使わない、なんて」


「使ってるよ。でも最小限で十分だ。そちらこそ、魔法を使い過ぎるのは良くないのでは? 魔法の要が秘匿であることくらい、魔法使いなら誰でも分かっている筈だ。それとも、神秘のヴェールを自分で引き剥がす算段かな」



魔法を強力たらしめているのは神秘、即ち秘匿性だ。

一度その絡繰が明らかになった神秘は格下げ――弱体化、或いは無効化される。秘匿されてこその神秘。未知の法則、未解明の絡繰があってこその強さだ。

そういう意味で、魔法の連発は諸刃の剣なのである。



「それに、今は別のことに使ってるから」


「別――?」



カタリナはその言葉に嫌な予感を敏感に感じ取り、惜しげも無く糸を足止めに使い背後へ続く廊下へ疾走を始める。

隠し置いた糸の一本が、あの女の左手を絡め取ったがそれも間もなく断ち切られてしまったようだ。いつまでたっても傷一つ与えられないもどかしさと苛立ちに、カタリナは舌打ちする。


その先はエントランスホールへ続く一本道だ。

もともと人質と共にこの別館で籠城する予定だったカタリナは、エントランスホールに十分なだけの罠を設置していた。

……エントランスにて最大出力を以て迎撃し、致命傷を負わせる、そう決めたのだ。

仮設置の罠に魔力を通す傍らで、魔力回復用の水薬(ポーション)を煽る。酷く気分の悪い苦さが喉を下っていく。

準備は万全――あとは獲物が罠にかかるのを待つだけ。



私が虎穴に至ったのは、カタリナの到着から10秒遅れてのことだった。

別館とはいえ高位貴族の邸宅らしく、豪奢絢爛のエントランスホールが私を出迎える。


そこには既に蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸の数々があった。

蠢く金糸はそれ自体が意思を持った生命のように、今や館の主人に成り代わった女を――カタリナを守る。

その姿はまるでお伽噺の茨の城。であれば、さしずめカタリナは眠り姫といったところだろうか。それ一つ一つが己を縊り殺す凶器であるのだから厄介なことこの上ない。



「(……やはり、手の内を隠したままでは勝たせてはくれないか)」



たかが異世界人ひとりに苦しめられるなんて、ヒトガタとの戦闘が久々とはいえ落ちぶれたものだ。帰ったら稽古をつけて貰わなくては、と苦く嗤う。


カタリナは螺旋階段の先、その中空に一人佇んで居た。

正確には糸の上に足をかけているのだろう、これでは眠り姫ではなくてむしろ蜘蛛だ。

その背後には幾重にも波の如く硝子細工のあしらわれたシャンデリアが吊るされている。その先に焔はなく、エントラスホールは二階の窓から差し込む月明かりで仄明るく浮かび上がっていた。


 

状況は一変して、言うまでもなくアウェイ。これより先は迫り来る全ての糸を避けた上で、あの宙に浮かぶ少女に一太刀入れる必要がある。

全てを斬り落とせば足場不足で、斬り落とさなければ命取り。あちらの魔力切れは期待できず、ただ己の技量一つで競り勝つ他ない。


やはりこれでは魔法を使う他ないだろう、と観念のため息を吐く。

眼帯の金具を後ろ手で外す。今まで意識して見ていた不可視の魔糸たちが、今は何もせずともよく見えるようになった。これだからパッシブ型の魔法は燃費が悪いのだ。



「へぇ、あなたの魔法は眼のカタチをしているんですね。あの眼帯、封印用の魔術具でしょう。わざわざ着けてくるなんて随分と見縊られていたみたいですね。じゃあ、潰してしまえば私の勝ちってこと?」


「まさか、魔法は魂に刻まれた因果だよ。(うつわ)を壊した程度でガラクタになるほど弱くはない。多少暴走はするかもだけど、それも問題ない」


「そう、眼すらもあくまで枷なの。どうでもいいことですけど随分な暴走に対する自信ですね。自制によっぽど自信がお有りなのかしら」


「別に。今日は、信頼できる幼馴染(ひと)がいるから。それに今朝のお小遣い分、せいぜい働いて貰わないと」



魔法戦に備えるように魔糸が数を増していく。

私はただ何をするでもなく、それを肌で感じている。



「でも眼帯(それ)を外したってことは――ようやく魔法を使う気になってくれました?」


「そうだね。遊びすぎると怒られてしまうから」


「それは何より。ここで決着をつければ、十二時の鐘が鳴る前には間に合うかもしれません、よ?」



それは灰被りでしょ、なんて言葉を聞くこともなく迫り来る迫り来る無数の糸。

硬度は最高。数えることすら億劫なこの量を纏めて叩き斬るのは困難であることは、こちらの技量からしても、剣の強度からしても明白だ。



「(左腕を盾にして、前に押し進む――)」



瞬時に、私は自身の左手を使い捨てることを決めた。

魔糸が私の肌を押し切ろうとしたその瞬間を定め、最初の糸郡を切り捨てると同時にその糸を掻い潜る。

魔糸の掠めた左腕に幾重にも走る赤い線と形容し難い激痛を無視して、私は残された糸を足場に宙に舞い上がる。


今日、初めて相対した時と同じように交差する視線。

初めて抱いた違和感と同じ感情。


私はその違和感を深く探るのを自制し、ただカタリナの最奥を見据える。賭けに出るのであれば今しかない。

幾重にも重なった魔糸を足場に、反発力に身を任せカタリナとの間合いを詰めよう。

踏み切った足場からカタリナの元へ辿り着くまでの約2秒。

それだけの猶予があればカタリナは私の首を斬り落とす糸を編み上げられる。称賛に値する、卓越した魔法技能。

だが。その魔法を幾度となく見つめた私にとって、こちらの魔法の発動はただ見るだけで十分だ。



「あなたの魔法は、とても綺麗だった。壊してしまうのはあまりに惜しいけれど、私はこのやり方しか知らないから」



カタリナが私を殺すまでのたった2秒。

だが、視認(まほう)はそれよりも早い――!


高天と大理石を繋ぐ金の魔糸、その全てに繋がる術者を視界に捉える。

ただそれだけで眼球から脳へ、震えるような歓びと熱が迸る。

蒼い双眸は月が満ちるように金色へと変貌した。


秘匿されてこその神秘。

未知の法則、未解明の絡繰があってこその強さ。

神秘において、解明は最も惨たらしい死そのもの。

目視した神秘の絡繰を理解する『解析』を因果に持つその魔法は、知らぬ内にカタリナの魔法を蝕み――


解析完了(わかった)』という呟きと共に。

その一瞥を以て、その神秘は一切の存在意義を失った。

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