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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
第一章 『無知迷妄』

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24/24

23 帝都

新学期の多忙と、やりたいこと・やらなくてはならないことが重なってしまい暫く毎日更新をお休みさせて頂きたく思います。

もちろん更新できる日には頑張って更新していく予定ですので、どうかゆるーくお付き合いいただけますと嬉しいです……!




即位式なる一大イベントを控えた帝都は、血液にも等しいその人口を大いに増やし、血気盛ん――もとい非常に活気立っている。

昼時であるからには尚更であり、その賑わいは魔獣暴走(スタンピード)を間近に控えた迷宮都市の盛況にも劣らない。


東区では週に一度立つのが習わしの市も、ここのところは連日開店続きであるようだ。より良いもの、より高価なものを求めるのならば西区の街が最適であるが、程良く安価で己を楽しませるのであれば東区の市が適当である。

馬車の交通量が激しい西区に比べ、極稀に荷車が行き交う他は殆ど徒歩の客ばかりである東区は暇潰しのウィンドーショッピングには最適の選択肢であると言えるだろう。


メイドと武人、なんてへんてこな二人組。これが例えばお嬢様と武人だとか、或いはメイドと主人だとかならもっとありふれていたのに。けれど帝都の人波は、こんなへんてこすらも選り好みせず呑み込む懐の深い世界なのだった。


そんな人波に、私たちは抗うことなく流されていく。

食べ歩きは行儀が悪い、と言われる世間でも東区(ここ)では食い倒れがマナーだ。

以来定番の品となった巨大肉まんを分け合いながら、目当てのカフェへ向かう。



「ん、美味かったっすね。次回は新作を試さないと」



ぺろりと肉汁で汚れた指先を舌で拭いながらイヴァンがそう呟く。その仕草は何だか似合わないくらいに可憐で、しかしどこか妖艶にも思えた。

私が沸き立った名状し難い感情に釣られて目を逸らそうとすると、同時にイヴァンが微かに顔を顰める。はじめは私の行為に腹を立てたのかと思ったが、視線が私ではなくどこか遠い場所に向けられているのを見て、それは思い違いであったことを理解した。



「…………つけられてますね」


「王宮の兵士?」


「いや……少なくとも見たことがないな。むしろあの長剣は北東部(コルニクラータ)の流れ者の……」



つられて、イヴァンの視線の先を辿る。

スヴェルタ・ブルーとも揶揄される鮮やかな青緑の屋根と、どこまでもつらなる白亜の壁が、波打つ大海を思わせる。

対して、人は浜の砂粒のようで、あまりの人の多さに彼の言う『追手』がどこにいるのかは分からなかった。


幾ばく化の逡巡の末、イヴァンは再び口を開く。



「……先に聞いておきますけど、約束の時間まではまだ余裕があるんですよね?」


「う、うん。まだしばらく余裕があるかな。元々、城下を見て回るために早めに出発しようとしてたから」



彼方の時計塔は約束の時間の一刻前を指し示している。

イヴァンは私の返答に、満足気に微笑んだ。



「なるほど、じゃあちょっと撒きますか――走るぞ!」


「ぁ――!」



その言葉とともに、イヴァンに掴まれた左手がぐんと引かれる。私は声を上げる間もなく薄暗い路地裏にのみ込まれた。


燦々と日が照らす大通りとは対照的に路地裏はひんやりと涼やかな空気が満ちている。

路地裏と言えども貧民街(スラム)のような空間ではなく、単に細道――表の店々の裏口が並ぶ通路に過ぎないために、空気の淀みなどは感じられなかった。


まるで大迷路のように入り組んだ裏路を、イヴァンは迷いのない足取りで進んでいく。

その背はまるで風を切るようで、私は初めて彼の一歩の大きさを自覚した。

並の娘と比べれば体力も走力もあるつもりであったが、これでは追い縋るので精一杯である。一方のイヴァンはこれでもまだ加減をしている様子だった。


そのうち、はじめに背後に感じていた誰かの気配は、気づいた時には掻き消えていた。


そうしてしばらく走り続け、日差しの下に出る。薄暗さに慣れきっていたためか、あるいは全力疾走の余波か、くらりと軽い目眩を覚えた。

ぼんやりと不明瞭な思考で、元居た場所とそう遠くない通りに戻ってきたことを理解する。

それを機に、私はふと抱いた疑問を投げかけることにした。



「ぃ……イヴァンはよく城下に来るの?」


「ん? ……ま、程々ですかね。アンタが即位してからはご無沙汰でしたけど、ある程度の案内はできますよ。それから路地で人を撒くくらいは」



そんな口ぶりではあるが、私はかなり通っているものと見た。そうでなければあの大迷路を突破して元いた場所に戻ってくるなんて芸当とてもできまい。

そんな見え透いた嘘を追求されるのを逃れるように、イヴァンはまたあからさまに話題を変えた。



「じゃ、気を取り直してどこか見て回りましょうか。食事処は……まあ避けるとして。そうだな、向こうの通りの露店街とかどうです?」


「うん、行ってみよう」



私が頷くのをみて、イヴァンはまた歩き出す。その時になってようやく私はまだ手が繋がれたままだったことに気がついた。彼がそれに無自覚なのは、恐らくは周囲にまだ追手が居ないか気を張っているためだろう。

手を繋ぐ、と言っても彼が一方的に私の手首を掴んでいるだけの、酷く不格好なものだ。けれど振り払うのは何だか――……



「(……何だか、なに?)」



「……ああそうだ、ところでお財布はちゃんと持ってきたんですか? アンタこの間『スローライフ奪還計画初級編!』って言っていろいろ買い込んでたでしょ」



私の思案は、そうしてイヴァンの問いかけにより掻き消えた。

どうやらイヴァンは、先日クッションや掛け布団を買い込んだことを言っているらしい。


良い生活はよい睡眠から。別に王宮の寝具に文句があるわけじゃない。むしろ王宮の寝具は皇族御用達の名に相応しくいずれも最高級品で誂えられており、非の打ち所も無い。

ただ、私にとってキングサイズ――文字的にも比喩的にも――のベッドは少々広すぎるのだ。いくら肌触りが良かろうが、硬さが理想だろうが、広すぎると何だか孤独を感じる……ような気がする。


というわけでクッションを買い込み、寂しさを紛らわせようと言うのが今回の目論見である。

もちろんこれは私的な散財なので、王宮の予算ではなく私財で賄った。購入元は大公領の寝具職人ギルド。ちゃっかり地元の経済を回すことにも成功している。



「そんな程度で揺らぐ財政じゃないって。それに大宰相が今日は特別ってたくさんお小遣いくれたから大丈夫。……あ、でも冷たいものを食べすぎないようにって言ってた」


七選帝侯(あのひとたち)はアンタのことを幼女か何かだと思ってるんですか?」



余談にはなるが、イヴァンのこの言葉はあながち間違いではなかったりする。大宰相ベルガ宮中伯とカーライル大公は知己の友であり、生まれる前より知っている彼女のことは娘同然にも思っている。

それはまた逆も然りであり、かくしてベルガ宮中伯はこの年齢になって再び気苦労の絶えない擬似娘の子育てに勤しむことになった訳だが――それを気にするものはここにも宮中にも居なかった。




そんな中身のない雑談をしながら露店を見て回っているうちに、不意に足が止まった。

店先に並ぶのは小さな月光石を嵌め込んだ銀細工の数々だった。


月光石とは夜空と同じ深い青をした宝石表面に、猫の瞳のような一条の光の筋が現れる特殊な魔鉱石だ。この猫目が月の満ち欠けにより光を増減させるために、またこの光が月のように見えるために月光石と呼ばれる。

月光石と銀との組み合わせの装飾品は、この国ではお守りや縁起物として古くから伝わっている。



足を止めた私に気がついた店番の少女が、頬を上気させて声をかける。



「こんにちはお姉さん、良ければ見ていって下さい! 髪に当てて試していただいても大丈夫、です!」


「ありがとう。……あ、ほら見てイヴァン。この髪留めとかイヴァンに似合いそう」


「わっかんないですけど、こーゆー時ってアンタの装飾品を選ぶモンなんじゃないんですか?」



店番の少女に断って、環状の髪飾りを一つ摘みイヴァンの髪に添える。日の光でどこか青みを帯びた黒髪に銀細工がよく映えた。

そこではたと、足を止めた理由がこの月光石の色彩がイヴァンと似ていると思ったからだ、と言うことを自覚した。



「良いんじゃない? 別に。だってイヴァンの髪紐もう随分前から使ってるでしょ。えっと……たしか5年くらい前に渡したやつだったよね?」



そう言って見慣れた髪紐に視線を遣る。

端が擦り切れ、刺繍糸は色褪せ――よく使い込まれた髪紐は、しかし大切に使われていたのかボロボロと呼ぶ程ではない。



「はい、出征直前にアンタに貰ったやつですね。やけに殺気立った顔で呼び出されたんで、遂に殺されるのかと思ってました」


「だって……あれはイヴァンが出立二日前とかに、お守りを誰からも貰ってないって言うから。そんな縁起の悪いまま見送るわけにもいかないし。あのあと徹夜して作ったから目つきがあんまり良くなかったと言うか……」



あまりの言い訳がましさに、一拍置いて二人で笑い合う。


この国に於いては、魔獣暴走(スタンピード)や戦争などの出征の際に、無事に帰ることを祈り、お守りとして大人数で刺繍を施した物品を贈るのが習わしだ。

家族でも友人でも恋人でも構わないが、複数人で縫うのが絶対のマナー。村人全員に一針ずつ縫ってもらう、そういう事例も珍しくない。

であるから、自ずと時間がかかるものなのだ。


それを、この男は出立数日前に「貰ってない」と言い出した。


……イヴァンは精悍な顔つきと言い、気さくな性格といい、領内の若い娘からよくモテる。色男と呼ぶに相応しい彼なのであるから、私はてっきり恋人なりなんなりから受け取っているものだとすっかり思い込んでいたのだが。

結果、領内の誰もが同じように「まあ貰っているのだろうな」と思っていたために、お守りを渡そうと試みる勇者が現れなかったのだ。その尻ぬぐいを私がした、そういう話である。



「ま、とにかく。物持ちがいいのは美徳だけど、そろそろ新しいのを買ってもいいんじゃない?」


「えー」



そう言って子どものようにむくれるイヴァン。

彼のこういうところがよくわからないなと、つくづく呆れるばかりだ。ミサンガのように『切れるまで使えば何か良いことがある』なんて習わしがあるわけでもあるまいに。

彼は暫く思案顔で黙り込んでいたが、ある時はっとした表情で口を開いた。



「じゃ、またアンタが作ってくださいよ。アンタが作ったやつ、欲しいです俺」


「…………皇帝(わたし)にそんな時間があると思う?」


「可愛い幼馴染のためだと思って、ここは一つ頑張ってください」



ぐっと拳を作り、快活な笑顔を浮かべるイヴァン。

私はその表情に殊の外弱くて、結局「わかった」と言わされてしまうのだった。

とは言えこれだけ長居したのだから何か少しくらいは購入しないとバツが悪い。ということで、私はイヴァンにあれでもないこれでもないと着せ替えていた中で、密かに気に入っていた腕輪を一つ買うことにした。



「……アンタにしては珍しいデザインですね?」


「いやいや、これは凄いよ。ここの魔石を押し込むと針が、ここを動かすと刃が出てくるし」


「なんてもの売ってんだここは」



そうして昼下がりは穏やかに流れ――やがてクラーラとの約束の時間が緩やかに迫ってきていた。

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