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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
第一章 『無知迷妄』

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22/24

21 ティータイムの後で




ぱたん、と控えめな扉を閉める音を耳にして、私は意識を手元の資料から現実へ引き戻した。


明くる日の昼下がり。いや、時刻はとっくに『昼』なんてものを過ぎていて、太陽はやや傾き始めている。

その間ずっと集中して作業していたらしい自分を自覚して、ほんの少し恥ずかしいような気分になった。


音の主はエウドキアだった。

その手元にはティーセットとショートブレッドの皿とが乗った手押車(ワゴン)の姿がある。



「少々お早いですが、ミッディティーブレイクは如何でしょうか。あまり根を詰めすぎますと、夜まで持ちませんでしょうから」


「ありがとうエウドキア。……そうだね、お言葉に甘えて少し休憩しよう」



握っていた羽根ペンを手放し私はぐんと伸びをした。

凝り固まった身体がじんわりと温かくなる。

その合間に、エウドキアはテーブルにショートブレッドを、エミリアはそれに倣うように紅茶の準備を始める。その手つきには初日の危うさなと見る影もない。

やはり彼女は『できない』のでもなく『やらない』のでもなく、単に『知らなかった』だけなのだろうとぼんやり考えた。


ショートブレッドを一口含むと、ほろりと崩れる食感と共に口いっぱいにバターの香りが広がる。私はその極上の味に思わず目を細めた。

ドレスもアクセサリーも頓着しない私にとって、美味()い食事は現在至高にして最上の贅沢である。

皇帝になってからの日々はうんざりするような毎日だったが、この上質な食事だけには皇帝になってよかったと思わせる何かがあった。


次にティーカップを取り上げ紅茶を口にする。

紅い液体が口内に流れ込んだ瞬間、私はその異例の刺激に微かに顔を顰めそうになった。しかしその衝動を、私は既でのところで押し留めた。



「(……何か混ぜられているな。毒では無さそうだけど)」



秘密裏に立ち上げた魔法で確認すると、私はもう一口液体を押し流す。

如何に此処が北方シルクロードの終着点、多様な品々の集まる花の帝都と言えども辛い紅茶などは揃えていない。



「お味は如何ですか?」


  

エミリアがニコニコと微笑んでそう尋ねてくる。

……なるほど、いよいよ嫌がらせの手段を選ばなくなってきたらしい。

そんなこと態々尋ねたりしなければエミリアとエウドキアどちらが仕込んだのか分からなかったのに。そういうところが拙いのだと思わずにはいられない。



「うん。このショートブレッド、美味しいね」


 

仕方がないので、私は諸感情を押し留めながら直接の回答を避けた。エミリアは、一時は「ええと、そういうことではなくて……」などと食い下がってみたが、私が紅茶を飲み干したのを見て追求する気を失くしたらしい。


2つ目のショートブレッドに手をかけたところで、またエミリアは遠慮がちに口を開いた。



「陛下、その……本当にお部屋の施錠について何か対策しなくても良かったんですか?」



今朝方、侍女たちに調査の結果を伝え、その上で体制を変えないことを告知した。エミリアの疑問はまさにそのことについてだった。

どうやら彼女は件の盗難事件の対応について考えるところがあるらしい。

ショートブレッドを摘んだ手を名残惜しく離し、私は代わりにティーカップに口づけた。



「大丈夫だよ。……実は、もう記録用の魔道具が犯行現場を録画しているだろうから」


「記録用の、魔道具……!?」



そう言って私は机の隅に置いた小箱から、一つの『首飾り』を取り出す。手つきは極めて丁寧に見えるように、慎重に。

実際はこれはただのダミーで、本命はブローチの方である――そのことを彼女に悟らせないように。


その言葉に、エミリアの顔に驚愕の色が浮かんだ。彼女にとって一点幸いだったのは、その面に浮かぶ表情(いろ)が様々に入り乱れてこちらに真意を感じ取らせなかったことだろう。

私はそれをほんの少し苦く思いながら、それも想定内だと内心ぼやいて言葉を続ける。



「……ただ、記録の解析の為には5日前後の時間が必要なの。だから今すぐには捕らえられない。それに、画角的に犯行現場が映っている可能性は6割ってところなんだ」


「6割……」


「そう、この首飾りは戴冠式用の礼服のトルソーに飾ってあったでしょう? あそこからだと今回の犯行現場はやや死角になる。だからもう一度、犯人には部屋に入って犯行を行ってもらう必要があるんだ」



私はそこまで言ってから、少し声の調子を抑え、真面目を取り繕って言葉を紡いだ。



「エミリア、私は今回の犯人はナタリアだと思ってる」


「それ、は……」



今度は、表情(そこ)に驚愕の色はなかった。むしろ安堵すら見え隠れする彼女を認知して、私はあちらの人選のミスを確信した。


彼女の無垢があちらにとって意図的なものか否かは分からない。

無垢であることは、とにかく指示者にとって都合がいいのだ。自分の方針を疑わないこと、自身の指示に抗わないこと、そして何より自分を疑わないこと。知者よりも愚者の方が駒に向いているというのは、そういうことである。

故に無垢な人間を選んできたのか、あるいは元からそのつもりで育てていたのかはわからないが、エミリアの無垢性にはあからさまな意図を感じざるを得ない。

だが、無垢ということは無知と同義だ。それは既知の人間と比べて、必ずどこかで歪みが生まれる。


……まあ、端的に言うと手駒には向いているが、密偵には向かないという話である。



「(……私なら、間者にエミリアは使わない)」



さて、先方がそれすらもわからぬ愚者だとは思いたくないところだが真相は如何に――?



「貴方には予め伝えておきたかったの。貴方とナタリアは姉妹だと聞いているから」


「はい……私たちは、幼い頃から一緒に過ごして……でも、ナタリアは……」



瞳を伏せ、受け入れられないと言った様子で幾度も呟くエミリア。顔は血色がなく、握り込んだ拳は力に白んでいる。



「……ナタリアは、そんなことしません」



意外な回答に、私は微かに目を見開いた。立ち振る舞いには細心の注意を、と心がけていたがそれを上回る衝撃だった。


エミリアが犯人であるのなら、ここで否定する必要はない。「受け入れられない少女」を演じるのは戦略の一つとしてはアリだが、今回の場合は択を広げさせることなく黙って事が進むのを見守った方が有意義のはずだ。



「……私も、そうだといいと信じている」



そう言って、私は立ち上がり机上に散乱していた書類達をとんとんと一つに揃える。そうしてエミリアに、出来上がった書類の束をケイロンへ届けるようにお願いした。

血色の戻らない顔で、それでも彼女は頷くと、とても軽いとは言えない足取りで執務室を後にする。私はその酷く頼りない背中を無言で見送った。


同じく言葉もなく壁際で控えていたエウドキアが、怪訝そうな表情を浮かべて口を開く。



「陛下、本当にお部屋の施錠対策を変更しなくてもよろしいのですか? 今夜の鍵の管理はエミリアですが、これではもし万が一エミリアが犯人だった場合、証拠が盗難されてしまうのでは……」


「……むしろそれが狙いかな」



私は元あったように、小箱にネックレスを仕舞いながらそう淡々と答える。

答えを得てなお、エウドキアは要領を得ないと言った面持ちを浮かべていた。



「ナタリアについても、同様に手は打ってある。……でも、その際に見せたアクセサリは違うんだ」


「……と言いますと?」


「さっきエミリアには首飾りを見せたでしょう? でも、あれは嘘なんだ。実際に記録装置であるのはこっちの髪飾りの方」



私はそう言って今度は机の引き出しからまた新しい小箱を取り出した。

中に鎮座するのは、中央に赤い宝石の嵌め込まれた、翼のカタチを象る美しい『髪飾り』である。



「そちらは……確か同じ戴冠式用の礼服(ドレス)のトルソーに飾っていた……」



エウドキアの呟きに、肯定を示すように一つ頷く。


勿論、本物の情報を与えるわけにはいかないので、両者ともにダミーの宝飾具を『記録用魔道具』であると説明しているわけだ。

ただし両者に共通するのは『戴冠式用の礼服(ドレス)と同じ場所に保管してある』――つまり、今度これを盗むのであれば必ずブローチがその現場を捉えられるだろう、という点である。



「そう。ナタリアには、この髪飾りが記録装置だと伝えてある。ナタリアもエミリアも『記録装置が犯行現場を既に捕らえており、数日の内に犯人が明らかになる』と考えているはず。……そして、犯人は否が応でも記録装置を盗まなくてはならない」


「つまり首飾りが失くなればエミリアが、髪飾りが失くなればナタリアが犯人であるということですか」


「そうなる。保険には保険を、って感じかな」



私は小箱の蓋を閉じて、すっと机の対岸――エウドキアの前に押し滑らせる。



「悪いけどエミリアの動向を追わなきゃいけないから、これを戻すのはお願いしていいかな」


「畏まりました、元のようにトルソーに戻しておきます」



キビキビとした態度で一礼し、エウドキアは大切そうに小箱を抱え、部屋を後にする。


誰もいなくなった執務室を支配するのは柱時計が時を刻む音、それから微かに響く小鳥の囀りばかりだ。暖かと呼ぶよりは温いと形容する方が似つかわしい室内は、その静かさも相まって陽炎のように時間が停滞している。

私はぬるくなった紅茶を一気に煽り、独りごちた。



「……さて、上手くいってくれるといいけど」




***




その予想通りと言うべきか、或いは予想に反してと言うべきか。

かくして時は流れ、戴冠式を翌日に控えた朝。

衣装部屋からは『首飾り』と『髪飾り』その双方の姿が消えていた。



「……これは、意外な犯人像でしたね」


「そうだね」



クラーラの言葉に私は目を伏せて肯定した。

評価・リアクション、本当にありがとうございます!

いただいた応援を力に、これからも頑張って書いていきますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです……!

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