19 情報整理〚2〛
「右に同じね。こんな試し行動をするのは選帝侯くらいだもの。七選帝侯から推薦を受けた侍女達の線が最も強いでしょう」
コルニクラータ公から推薦を受けたエミリア。
アンブロシウス大神殿長から推薦を受けたナタリア。
オーカディア辺境伯から推薦を受けていたエウドキア。
この内、アンブロシウス大神殿長とオーカディア辺境伯は親新皇帝派であり、コルニクラータ公は立場を表明していない。
この内、エウドキアのオーカディア辺境伯の推薦はあってないに等しいものであることが先日の夜会で判明した。つまり、エウドキアは以前から宮廷に侍女として仕えていた経歴がある以上、新しく侍女として添えられたミュゲ伯爵姉妹とはわけが違う。
ミュゲ伯爵姉妹の方は後ろ盾の影響を強く受けているだろうし、逆に言えばエウドキアはその影響が薄いと考えられる、と。
正直誰も彼もが決めの一手に欠ける立ち位置だ。恐らく現状の推測射撃では当たらない。
クラーラの半歩後ろに立っていたアヴローラが挙手をする。
「あくまで所感になりますが、エウドキアさんはともかく、ミュゲ伯爵姉妹については一度調査を行われた方がよろしいかと思います。そもそも一つの家門に連なる2人が、全く異なる選帝侯の推薦を受けているというのは妙かと」
「ですね。あの老獪が何の意図もなしにそんな事をするとは思えない」
「イヴァンもそう思う?」
「ま、俺はそもそもあの人にいい記憶がないんで」
言って、イヴァンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。彼とアンブロシウス大神殿長の関係については詳しくないが、余程いい思い出がないのだろう。
周囲を見渡して全員が賛同していることを認めると、私も一つ頷いた。
「それじゃあ、クラーラ。ミュゲ伯爵姉妹についての調査をお願いしたい。それから余裕があったら二人の出生についても」
「任せてください、そっちはクラーラちゃんの十八番なので! ……と、出生、ですか?」
なぜ今それを?と言わんばかりにクラーラは小首を傾げる。
「直接今回の事案に繋がりはないと思うけれど、あの姉妹にはずっと違和感を感じているの。あの二人は逆なんじゃないかって」
「逆……出生順がですか?」
「下手をしたらそのものが逆かも。……エミリアは明らかに『貴族としての教育』を受けていない。そもそもの礼儀は幼女レベルだし、何より彼女は文字の読み書きができない。少なくとも、ミュゲ伯爵家の次代を担う娘をそんな風に育てると思う?」
思い出される事例は幾つかあるが、最も克明に思い出せるのは先のオーカディア辺境伯夫人が主催した夜会の件である。
主人の話を遮ったエミリアは、あまつさえ使用人の身分で主催に等しい人物と会話を交わした。更には彼女は侍女としての務めも果たせず、その全てをナタリアが担っていた。
主人の話を遮ることが悪だと知らない。
侍女として当然やるべきことが分からない。
貴族の礼節をまるでわかっていない。
それがそもそも間違っていることだなんて、思ってすらいない。
そして更に言い募れば、それら全てをナタリアはこなせている。
姉妹の明確な差。次の伯爵である姉には教育が施されてなく、愛妾の子である妹には万全の礼節が身についている。
これなら、エミリアが『愛妾の子』であると言われた方がまだ分かる。
だが、それだけならただ受けた教育に差があった、それだけの可能性もある。
前妻の子と後妻の子。書類上は前妻の子であるエミリアが教育を受けられていない可能性は常識として考え難いが、そこに扱いの差が生じるという点でのみ言えば、嘆かわしいことに珍しいことではない。
「それに、エミリアはオーカディア辺境伯夫妻の話を母親から聞いたと言っていた」
「言ってましたね、そういや。でもそれに何か問題が? 母親から伝え聞くなんて割とある話だと思いますけど」
イヴァンの反応の裏で顔を青ざめさせたのはヴィヴィアンだった。彼女はその白く細い指を己の口元に添える。
「……そんなはずはない。先代のミュゲ女伯は娘を産んですぐに亡くなっているもの」
「勿論、義母の事を母と呼んでいたのかもしれない。だから断定はできないけど、私はこれを明確な違和感だと思う」
「……そう、ね。調べる価値はあるわ。もし本当に逆であるならば、皇帝と神殿に対して虚偽の申告をしていることになる。それは、ただそれだけで大罪だわ」
更なる面倒事の予感にヴィヴィアンは瞳を伏せた。
一方で、クラーラは珍しく真面目そうな顔で、それを台無しにするようにギュッと2つの拳を作った。
「わかりました。そちらも視野に入れて調査を進めます。……その分ちょーっと時間がかかっちゃうかも、なんですけど。うん、具体的に言うと3日は欲しいです」
「大丈夫、最悪戴冠式にまでに間に合ってくれればそれでいいから」
「いえ、それだけではなく。その間お嬢様のお世話をどうしようかなぁと」
なんだ、そんなことかと呟く。
確かに身支度の面倒さは皇帝になってから更に増したが、クオリティを下げれば数日程度どうってことはない。
そもそも迷宮に潜っている間は身支度をしてくれる侍女の存在なんて贅沢品にもほどがある、ので一人で身の回りのことをする程度は私もできるようになっている。
一部の貴族たちのあいだでは『一人で何もできないことこそが高貴さの象徴』なんて古い言説もあるようだが、私は現代を生きる大公女なのだ。
私は自信を持ってクラーラを安心させるように微笑んだ。
「別に数日くらい一人でも大丈夫だよ」
「……駄目ね」
「駄目だろ」
「駄目ですね〜」
「駄目でしょう」
「ちょ。ちょちょちょちょちょ……」
その自信は数秒の間に打ち砕かれた。
四方からの否定。もう少し手心があってもいいのでは、と思ってしまう程に、悲しいくらいの全否定だった。
ヴィヴィアンは静かにその瞳を細めると、やれやれと言った調子で言葉を紡いだ。
「仕方がないわ。クラーラ、貴方の後任は私が務めましょう。数日くらいなら侍女の真似事もできるでしょうから」
「ヴィヴィアン様が居て下さるのなら安心ですね、少なくともこれでお城が爆発する事態は免れました」
「馬鹿! みんなの馬鹿! もう全員クビ!」
ああ、なんと凄まじい負の信頼。
駄々を捏ねる子どものようにそう叫ぶ。
……けれど。だいたい、ヴィヴィアンに侍女の真似事なんてできるのだろうか。
ヴィヴィアンは生まれながらの淑女。永遠の少女。つまるところ世話をされる側の人間だ。そんな彼女が数日とは言え『する側』に立つだなんてとんと見当がつかない。
そんな無言の疑問を感じ取ったかのように、ヴィヴィアンはこちらに視線を合わせもせず静かに答える。
「貴方とは違うわ、主に人生経験的な意味で」
積み重ねてきた年季が違うの、とヴィヴィアンはティーカップを煽る。それは反論は受け付けない、と言外に指し示す仕草だった。
その声音には、不思議と「できてしまうのだろう」と思わせる自信めいたものがあった。
イヴァンはテーブルの上のクッキーの山から一つ摘むと、それを私の口元に放り込む。
「……ほら、そんなことより。計画を立てないといけないんでしょ?」
「そんなことよりって言った……そんなことよりって言った……!」
冷たい態度に物申しながら、私はなんとか自分で自分のご機嫌を取る。
「はぁ……とにかく、時間は有限だしね。これからの計画についても共有しておかなきゃいけない。それじゃあまず窃盗の犯人についてだけど、私は――」
午前中に14話を大幅修整いたしました。
新学期が始まり、これからは更新ペースが少しゆるやかになるかもしれません。
とはいえ、できる限り継続していきますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
更新通知はブックマークが便利らしいですので、よろしければぜひ!




