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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
第一章 『無知迷妄』

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19/24

18 情報整理〚1〛




時刻はじき、十二の刻を回ろうとしている。


不夜城、なんて言葉もあるが少なくとも帝都に築かれたこの城は十一の刻には殆どの部屋の明かりが落とされる。光があるのは夜半の仕事のある使用人らの部屋ばかりで、城そのものは既に深い眠りについていた。


しかし皇帝の私室は未だ明るい光に照らされていた。

夜も深まろうとする頃だと言うのに、部屋の主人は不在のまま。その代わりに、部屋には一人の乙女が佇んでいる。


柱時計が時を刻む音。乙女の息遣い。時折ティーセットが擦れる音だけが部屋を支配している。

耳を澄ませば、星の瞬きの音が聞こえそうなほどの静寂。


時計の針が幾ばくかの道のりを歩んだ頃、ようやくその部屋は真の主人を迎え入れることができた。



「ごめん、ヴィヴィアン! 待たせたでしょ」


「別に。紅茶を2杯楽しんだ程度だわ」


「うん、待たせたんだね、ごめんね」



つれない口調とは裏腹に、僅かに喜びの色を浮かべていたヴィヴィアンの瞳は、しかし私の傍らに居る人物を見留めると氷のように鋭利なものへと様変わりした。



「……アナスタシア」


「うん、分かってる。はいそれじゃあイヴァン、おやすみなさい」



あからさまに眉を顰めたヴィヴィアンが私の名を呼ぶ。どういう了見だ、とこちらを責めるその声には明確な敵意が籠もっていた。

私はそれに同意するように、イヴァンをそっと部屋の外へ押し出す。

閉じようとする扉を既のところで押さえて、イヴァンはさも当然のように不満を口にする。



「……ちょっと、なんで閉め出そうとするんですか」


「だってイヴァンは私じゃなくて父上の部下でしょ。関係のない人を巻き込むわけには行かないから……」


「じゃあ今日からアンタのものになります」


「そう言って父上に情報筒抜けにするつもりでしょ……! ほんと油断ならないんだから……」


「いいじゃないですか、お父君の力借りましょうよ。それに俺は役に立ちますよ、ほどほどに」



話し合いは永遠に平行線だ。こうなるとイヴァンは引かないことを幼馴染(わたし)はよく理解している。

両者一歩も引かぬ鍔迫り合いに待ったをかけたのは、遠慮がちに手を挙げるクラーラの言葉だった。



「あのぅ……ヴィヴィアン様には申し訳ないのですが、イヴァンくんを追い払うのはもう無理かと思います。今更追い出すには難しいかなって……サヨナラするならもうちょっと早くにしませんと!」



てへ、と笑うクラーラに続き、アヴローラもその瞳を閉じながら追従する。



「それに大公閣下のお力をお借りするかはともかく、これからお嬢様のお側にイヴァンさんが居て下さるのなら私達も安心ですし。ヴィヴィアン様もお嬢様を危険に晒されるのは本意ではいらっしゃらないかと思われます」


「……そうね」



ヴィヴィアンは言葉では同意しながらも、瞳を伏せながら3杯目の紅茶に口をつけた。

不満ではあるらしいが、我慢できないほどでもないらしい。アヴローラの意見には一理ある……と言うような表情だ。


三者の反応を受けて私が扉を押さえる手を緩めると、イヴァンは満足そうに私を回収しながら部屋に押し入った。



「……長かったわね。いつもこう、なの?」



ヴィヴィアンの静かな問いかけに私は首を横に振る。


 

「いや、今日は特別。宰相――ベルガ宮中伯と話していたら止まらなくなっちゃって」


「そう。彼はなんて?」


「『掃除をするなら一度に全部片付けることをお勧めします』ってさ。それから、掃除をするときは是非自分たちを呼んでくれ、とも」



「あの人、意外と綺麗好きなんだね」と続けながら私は席に着く。

ヴィヴィアンと私のやりとりがそれ以上続かなかったのを見て、イヴァンはゆっくりと口を開いた。



「で、これは一体何の集まりなんです?」


「一言で言うなら、盗難品の対策会……かな。私の私物が盗まれた件についてはもう知ってるでしょ?」


「ああ、昼に私物改めをしていたやつですね。結局どうだったんで?」


「やっぱり使用人や侍女の部屋からは見つからなかった。けど、ケイロンに提案された通り他の部屋も全部改めさせたら、三つとも無事発見されたよ。それから騎士たちの聞き込みからは、深夜に不審な物音を聞いたという証人の報告が上がってる。……でもそれは掃除をしていた使用人たちかもしれないから、犯人かどうかは不明」



発見されたのは南棟の一階の空き部屋だ。南棟は、以前は第二皇子が管理していた場所であるが、私の即位以後は誰に使われることもなく棟全体が空き部屋のようになっている。数日に一度、深夜に掃除のためにメイド達が出入りする程度で、物を隠すにはうってつけの人気のなさだった。


 

「あと。騎士たちの調査の途中で、戴冠式用のドレスに毒針が仕込まれていたこともわかった。宮廷魔術師達の解析によれば、恐らくはバジリスクの毒だろうって。宮廷魔術師総出で全ての衣服を改めてくれたから、今は問題ないみたい。試着してたら危うく死ぬ所だったね」


「な――」



なんてこともないように語った私の言葉に、誰の声ともつかぬ驚嘆の悲鳴が響く。

毒殺――これまでの窃盗とはあまりにも毛色が違う。



「(こうなると、窃盗自体がカモフラージュだった可能性もあるか)」


 

あるいは別勢力が動いているか、だ。

今はどちらと判定できる手がかりはないので、お手上げ状態ではあるが。 


 

「大丈夫、毒針が発見された件には箝口令を敷いておいたから。他の使用人達はおろか、毒針を仕掛けた犯人すら回収されたことには気づいてないはず」

 

「大丈夫って……全然大丈夫じゃないですよ! お嬢様危うく死ぬところだったんですよ!? もー! ほんっと許せません、犯人を見つけたらぎったんぎったんにしてやります!」



クラーラはそう言って私の肩をガクガクと震わせる。

クラーラ、クラーラ。私はバジリスクの毒針より今貴方の振動で死にそうです。


一方のヴィヴィアンは動揺を見せることなく、私の言葉を継ぐようにティーカップを置きながら静かに口を開く。



「……頼まれた通り、記録魔術具(ブローチ)の解析は進めているわ。けれど、まだ時間がかかるしそもそも映ってないだろうと言うのが私の意見ね。魔術具頼りにしているとまた盗まれるのも時間の問題でしょう」


「ヴィヴィアン様も『また盗まれる』と思われるんですね。お嬢様も同じように仰って居ましたけど」


「ええ。今回の件は窃盗自体が目的ではなく、『何度も失くなるような杜撰な環境を放置している主人』を作るためのものでしょうから。一度大事になった程度で辞めるわけがない。一つあちらの想定外があったとすれば、アナスタシア、貴方が1度目で騒がなかったという事でしょうね。お陰で既に犯行は三回行われているけれど、外部から見ればまだ一度しか発生していないように見えているはず」


「『ダメダメ皇帝』と判断されるまでにはもう少し猶予があるってことだね」



そんな意図はなかったが、事態はギリギリ好転しているらしい。

ヴィヴィアンとのやり取りに、傍らのイヴァンは僅かに顔を顰めた。



「少し猶予……ってアンタまさかもう一度盗ませるつもりですか?」


「勿論ただでは盗ませないよ。でもその方が効率がいいってだけ」



記録魔術具(ブローチ)が役に立たないことが分かった以上、次の手を打つにはやはりもう一度盗んで貰うのが一番手っ取り早い。

言い換えれば、次の一手で仕留められなくては事実上こちらの敗北を意味する。皇帝が人気商売的な側面を持つ以上、これ以上の痴態は晒せないわけだ。



「……正直、私は今回の盗難の犯人はメイドではなく侍女――エミリア、ナタリア、エウドキアの中の誰かだと思ってる」

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