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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
序 『復讐裁廷』

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2/24

2 麻袋公女

本日は4話まで更新、明日からは2話ずつ更新していけたらいいなと思っています。




で、麻袋(おれ)が生まれたってワケ――などと、ナレーションを独りごちる私ことアナスタシアなのだった。


妙案とは言ったが、これはあまりにも妙が過ぎる。

言われるがままに麻袋に包まれた後、ゆらゆらと肩口に担がれ護送中。こんな事態は今後の人生でもう二度とないだろう。……二度とないことを願いたい。

何故こんなもので誤魔化せると思ったのか、甚だ疑問である。


網目の粗い麻袋の中は酸欠の心配こそないが、どこか狭く息苦しい。

異性と密着してドキドキ、なんてシチュエーションもこれではあまりにも台無しである。


腹部に受ける衝撃に耐えながら、この恥辱にも耐える。

どちらがより脅威的かと言われれば間違いなく後者だろう。こんな姿をみられたら最後、恥ずかしくて全てを証拠隠滅(めちゃくちゃに)してしまいそうだ。

そんなこちらを知ってか知らずか、イヴァンはいつになく上機嫌だった。あの幼馴染は私で遊ぶのが何よりの趣味なのだ。

この家の使用人は主人の失態を外に漏らすほど愚かではないが、かと言ってそんな面白い話を内輪で消費しないほど非人間的ではない。

見つかったら最後、死ぬまで言われる羽目になる。

例えば、そう。あの口の軽い――……



「――おーい、イヴァンさん! そっちにお嬢様いましたかー?」



噂をすればなんとやら、と言うやつだろうか。

危惧していた最悪の事態が発生したことを直感的に理解する。


声の主はクラーラ。長らく大公家に仕える侍女の一人である。

付き合いの長さで言えばイヴァンを軽く上回る、姉のような母のような存在だった。ついでに言えばこの家の使用人連中の中で最も社交的、つまるところ口が軽く噂好きな人間でもある。

数ある使用人(カード)の中で見事ジョーカーをきっかり引き抜いたというわけだ。


反射的に硬直した私を抑えるようにイヴァンは麻袋を担ぎ直すと、平然とした態度で問いかけに答えた。



「居ないですね。この調子だともう屋敷の中には居ないんじゃないですかね」


「え……でもその麻袋なんかモゾモゾ動いてませんか」


「これは……私物なんで」


「うちのお嬢様を勝手に私物化しないでくださーい。御屋敷に来たときそんなの持ってなかったじゃないですか。それは流石に言い逃れとかできないと思いますよ」



そこをなんとか、と押し通すイヴァン。


何故それで誤魔化せると思ったのか。

いや、そもそも誤魔化すつもりなんてさらさらないのか。

「依頼されたのは外に連れ出すってだけだったんで。尊厳カバーオプションとかはついてないですね」などと宣う姿が目に浮かぶようだ。



クラーラのくすくすと笑う声が聞こえる。



侍女、クラーラ・ローエン。

十五年以上この大公家に仕える彼女にとって、このイヴァンという青年は、大公閣下の大切なお客様であると同時に、小さい頃から見守っている子供の一人であった。

出会った時にはまだ見習い騎士だった少年は今や立派な辺境伯にまで成長し、小生意気な笑顔が面影に残るばかり。

そんな彼は「捜索なら手伝いますよ」と買って出た癖に、なんとドサクサに紛れて探し物を外に連れ出す算段らしい。

あまりにも雑な犯行計画に彼女はやれやれと笑い、幼年期から変わらぬ問題児2人に寛大な心を示してやることにした。


……もちろん、そんな心情を大公(わたし)は知る由もない。



「はぁ……いいです、わかりました。じゃあもうその『私物』は持って行っちゃっていいので、大公爵様に捕まる前にさっさと消えちゃって下さい。私は他の使用人の皆さんをテキトーに誤魔化しておきますので……あ、返却は門限までによろしくお願いしますね!」


「恩に着ます、クラーラさん」



ぺこりと頭を下げイヴァンは麻袋を軽々と担ぎ直す。

ゆらゆらと幼子をあやすように、されど安定感を感じさせる優雅な足取りで、イヴァンは見事カーライル大公家からの脱出に成功したのだった。







「ふぅ……危なかったすね?」

「アウトでしょ。どう考えてもアウトでしょ」



嘲笑うように帝都の空を旋回する猛禽類(コチョウゲンボウ)

謎の自信が満ち溢れるイヴァンの頬を軽く抓って抗議の意を示した。

私はイヴァンに勝るとも劣らぬ攻撃(ことば)を返し、乱れた髪を乱雑な手つきで撫で梳かす。

久方ぶりの新鮮な空気はどこか仄甘かった。


気分は言うまでもなく最悪。げんなりとした気分は、間違いなくここ最近で一番の最低値。

『おつかい』中はまだ良いとしても、この調子なら帰宅後には使用人連中に話が行き渡って、それはそれは生温かい目で迎え入れられるに違いない。

やっぱり今日はどこか宿にでも泊まろうかな、なんてことをぼんやりと考える。



「……ま、しょうがないか。助けてもらったことには違いないものね。ありがとうイヴァン、お陰様で何とか抜け出せたよ」



私の言葉に、イヴァンはまるで豆鉄砲、いや豆大砲を食らった鳩のように目を丸くして。



「……アンタが素直に感謝するなんて気持ち悪い。麻袋の中で頭でもぶつけました? それとも慣れない帝都に体調を崩してるとか?」


「なるほど、1回その減らず口を縫い留めないといけないみたいだ。よーしかがり縫いと半返し縫い、好きな方を選んでいいよ」



なんて可愛くない幼馴染。けれどそんな可愛くないところが可愛い彼の態度を、私は存外気に入ってしまっているようだった。勿論、真っ向からは認めたくはない事だが。

そもそも従順かつ品行方正なイヴァン・フォーサイスなんて薄気味悪くて堪らないよね、と内心で呟く。

はぁ、と無自覚に零れた溜息の真意は諦念だったのかそれとも自己暗示だったのか、今となってはどうでも良い事だ。


ともかく、今はこれからのことを考えなくてはならない。時間は有限で、出来ることは更に限られている。そんな中で、自分は古狸――七選帝侯を相手に交渉をしなくてはならないのだ。



「……どうしてそんなに嫌がるんです」



物思いに耽っていた意識を現実に引き戻す問いかけ。

声色は先ほどに比べてどことなく真剣味を帯びており、思わずしゃんと背が伸びるような心地だ。

質問の真意が分からず私は思わず首を傾げる。



「いいじゃないですか、皇帝。食うのも寝るのも困らねーし、執務やらなんやらは基本的にお父君達が請け負ってくれるんでしょう? アンタは残りの仕事を熟していれば、あとは好きに生きられる。悪くないと思いますよ、副業皇帝」



願ったり叶ったりでは? と彼は嗤う。

その言葉に私はほんの少し、皇帝になった自分を想像してみる。


あの白い城で多くの人に傅かれる自分。

願ったこと全てを叶えてしまう自分。

鮮やかなドレスと宝石を身に纏い闊歩する自分。


そこまで考えて私は頭を振った。



「そんなの絶対イヤ。嬉しくない。全然、これっぽっちも嬉しくない。そんなことより、私は今の方が幸せだ」



春風が頬を撫でる大公爵邸の執務室。

窓から舞い込む訓練兵が木刀で打ち合う音に耳を澄ませる。

執務に疲れたならバルコニーから丘の上の風車を眺めたりして。

休みができたら迷宮に潜って、焼け付くような狩りをしよう。


今でさえ何一つ文句ない生活なのに、わざわざ責任の重い役職を背負おうだなんて到底自分には理解できない。

あの第三皇子が皇帝になるのは少しばかり気がかりだが、それで何か問題が起きてもそれは第三皇子の責任であって、私が責められる筋合いはこれっぽっちもない。


うんうん、やっぱりないわーと笑う。


何とか危機を脱したという安堵と、古馴染みと交わす会話へと安心。

そんな気の抜けた空気だったものだから、私はうっかり口が滑って。



「帝都は寒いし。それに、イヴァンとも会えなくなっちゃうし。全然メリットがないって言うか、それこそ最大のデメリットっていぅ――……か」



失言に気がつこうと、時既に遅し。

腐れ縁との再会に内心舞い上がっていた弊害が、ここぞとばかりにファンブルを叩き出す。

最早失言を取り消す気力もなければ、赤面する余裕も余力もない。



「へぇ、なるほど? 俺に会えないのが最大のデメリットですか。それが嫌だから地位も富も名声もいらないと。へぇ〜?」



ニヤニヤと、付け入る(よわみ)は絶対に見逃さない。その姿はさながら狼。数日ぶりの獲物に上機嫌になる猛獣。

この男に騎士道の何たるかを教えたのは紛れもなく自分の父である筈なのだが、どうやらその教育は全て無駄に終わったらしい。無論、かの大公の失敗作の代表例は紛うことなく、この大公女(わたし)なわけであるが。



「ま、それなら仕方ないですね。帝都と辺境伯領じゃ距離もありますし、そも皇帝になったら早々面会なんて出来ないわけだ。……あ、お詫びに何か手伝って差し上げましょうか?」


「……はいはい、もう差し上げられるものもないので結構ですぅ。『血塗れ公女』はこれまで通り大人しく所領に引きこもりますから、イヴァン・フォーサイス辺境伯閣下に置かれましては末永く父上とだけ仲良くしててくださーい」


「はは、俺は皇帝陛下とも仲良くしたいですよ?」


「だからならないって言ってるでしょ!」



やっぱりソーイングセットを持ち歩くべきかもね、と独りごちてみる。

その言葉にようやく危機感を覚えたのか、イヴァンは視線を泳がせながら頭をかきつつそっと話題を変えた。



「皇帝にならないで居られるかどうかはともかく、暫くこっちで過ごすつもりなら、もう少しくらい流行に明るい方がいいかもしれませんね。夜会に赴いて人と話しても内容がちんぷんかんぷんじゃ、アンタも面白くないでしょうし。流行りの型のドレスとか、装飾品とか――……ああ、それから『魔法使い』とか」



いつもなら「はいはい田舎者で悪かったですね」と受け流すところだが、今回はその限りではない。

イヴァンにしては珍しい――否、日常会話ではそうそうお目にかかれないその単語が気がかりで、私は思わず聞き返す。



「魔法使い? 神殿が保護してる、あの?」


「恐らくは。俺も詳しくは知りませんけど、なんでもご令嬢方の間で流行っている小説の主人公が魔法使いなんだそうで。魔法使いの少女と王子サマが運命の出会いをして、なんたらかんたら……」



彼の語る概説を掻い摘むなら、それは古き良きガール・ミーツ・ボーイ。

主人公が魔法使いであるという奇抜性と、昔ながらの形式(ロマンス)が上手くハマりご令嬢方の心を夢中にさせているそうな。


魔法使いとは、人の間に生まれながら『魔法』なる神秘を扱うという異端性から古くは迫害を受け、度々人類と敵対してきた存在だ。

つまり、神話や童話における定番の悪役(ヒール)なのである。


とはいえそのような脅威も今は昔の話。

今となっては、かつて『魔女狩り』なる組織を結成し敵対していた最大勢力こと『神殿』とも和解し、その保護を受けるほどに成り果てた。


こうして魔法使いの脅威は遠いものとなったが、やはり魔法使いを主人公に据えた小説が流行、という事実には驚きを隠せないのであった。

魔法使いと言えば悪役、という固定概念は今や覆されつつあるらしい。



「前者二つは詳しくないけど、最後のやつならギリいける……か?」


「? 何か言いました?」


「いや。なんというか、帝都でご令嬢やるのも大変だなって」



とにもかくにも面白い話を聞いた、と心の隅に留めておくことを決意する。

『血塗れ公女』は狩猟をこよなく愛するが、それは文学嫌いであることを裏付けるものではない。むしろ小説の類は嗜む程度に好むところが、渾名に見合わぬ育ちの良さを感じさせてしまったりなんだり。

近い内にクラーラにでも手配を頼もう、意外ともう読者だったりして。


そんな事を考えつつ、私はスカートの皺を払って立ち上がる。


次の目的地はスヴェルタ大神殿――七選帝侯が1人、アンブロシウス・エムリス・クラークの根城である。

あの好々爺はあれでいて存外物わかりの良い人物であるので、問題は『おつかい』の内容になることだろう。



「じゃあ、私はそろそろ行くから。父上に適当に伝えておいてくれると助かる。……どうせ、今朝方、大公家(うち)に呼び出されてたのも選帝侯会議の同伴でもどうかって誘われてたってところでしょ?」


「ご明察。……ま、俺は無駄な努力だとは思いますけどね。正直、あの古狸の面々に交渉術で勝てるイメージがつきませんし。俺ならむしろ皇帝になってからの杞憂を優先します」


「それが最適解なのは分かってる。でも……やれるだけのことはやる。けれど、それでダメならすっぱりそこであきらめる。それが信条なんだから、仕方がない。行けるところまで走ってみるよ」



私の言葉にイヴァンは肩を竦める。

その仕草は納得とも諦めとも判断つかぬ、苦い、それでいてどこか優しい笑顔だった。

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