1 つまり皇帝にならないといけないらしい
はじめまして、或いはお久しぶりです。
超久々の新作になります、ドキドキです。お見苦しい部分も多いと思われますがどうぞよろしくお願いします。
ストックが少しあるので暫くは沢山投稿出来そうです。
第1話は幼馴染イヴァンの視点、次話以降は主人公の視点の予定です。
燃えるような茜空を見上げていた。
己の立つ場所が他人の家の屋根でなかったなら、もっと感傷に浸れたに違いない。
ついでに担いでいる麻袋の中身が長年片想いしている幼馴染でなければもっと良かっただろう。
風流を知らぬイヴァンですら柄にもなくそう思ってしまうほどに、美しい朝焼けであったと記憶している。
現状を説明するには少しばかり時間を遡る必要がある。
――それはそう、およそ四半刻前の出来事。
***
「お嬢様は居たか?」
「いや、こっちには居ない――別のところを――」
階下で飛び交う、焦りを滲ませた使用人たちのやり取りに耳を澄ませる。
地上を右往左往する彼らの姿を、巣の天蓋を外された蟻のようだとぼんやり思った。
彼らの目当てはただ一人。この屋敷の主人の一人、大公女アナスタシア・カーライルである。
スヴェルタ帝国七選帝侯家が一つカーライル大公家の次期当主であり、先帝の姪、またイヴァンの幼馴染にあたる人物だ。
その捜索部隊は、この家の主人こと大公閣下を訪ねてやって来たイヴァンをも巻き込み、嵐のような有様となっている。
「ほら、探されてますよ『血塗れ公女』サマ」
そうして、イヴァンは外套の内側に匿った逃亡犯に呼びかける。
貴人変人として知られる幼馴染、アナスタシアの最も有名な渾名は『血塗れ公女』である。
領主代行の名目を建前に所領に引きこもっては、日夜迷宮に潜り魔獣を狩る――そんな勇姿を揶揄したソレは当人すらも否定できない、なんとも似合いの呼び名だった。
故に、アナスタシアは若干の不満を抱きこそすれ、イヴァンを責めたりなどはしない。
そんなおどろおどろしい呼び名と同時に、彼女の尽力により大公領が繁栄の一途を辿っているのもまた事実で。
この様な理由から帝国内でも評価が二分する極めて珍しい人物である。
少々雑に仕舞われたためにくしゃくしゃになった自身の髪を弄りながら、少女――アナスタシアはばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「あ、はは……流石の皆も、尋ね人が屋根の上にいるなんて思わないだろうね。いやほんと、なんでイヴァンは居場所がわかったんだか……」
「そりゃアンタが居るとしたら美味いモンがあるとこか、高いところでしょうから。……で? これは一体何事なんですかね?」
イヴァンの顔面に浮かぶのは極上の笑顔。
声にも表情にも怒気なんて微塵も滲んでない筈なのに、妙な威圧感に気圧されてアナスタシアは視線を泳がせる。
お転婆娘もこれには根負けで、ぽつぽつと所在なさげに言葉を紡ぎ始めた。
「まぁ、なんというか。話すと長くなると言うか」
「吐け、全部」
「はい……つまり、その。今、父上に捕まると皇帝にされちゃうので、逃げ回っていたって感じで……」
あまりにも意外な話の切り口に、イヴァンは僅かに目を見張った。
――アナスタシアが語ることには。
事の発端は、先帝の崩御を追うように起こった皇太子の病死に起因する。
その死を皮切りに、諸侯を巻き込んで苛烈を極めた第二皇子と第三皇子の跡目争いは、最後に第二皇子の事故死を以て終止符が打たれた。何かしらの人為的なそれであることは言うまでもない。
そこまではイヴァンも知る――否、この帝国の貴族であればその誰もが耳にしていた話であった。
問題はそこから。
ともかく第三皇子は悲願の帝位にチェックメイト、というわけであるが、しかし七選帝侯達はこの男が王になるのが気に食わない。
賢王になる素質もなければ、傀儡に出来るほど大人しくもない。破滅的で壊滅的な曲者、それが七選帝侯による第三皇子への評価だった。
帝国の法律上、皇帝になるには七選帝侯の承認が要る。つまるところ、選帝侯が全会一致で納得できる別の候補を連れてくることができれば、事はまるっと解決なのだ。
「それで、対抗馬として白羽の矢が立ったのがお嬢サマだったと。そいつは由々しき問題ですね」
「イヴァン……!」
「アンタが皇帝になんてなったら3日で国が滅びかねん」
「イヴァン……?」
何はともあれ。七選帝侯を父に帝妹を母に持つ血筋、神殿との良好な関係、更に言えば従軍経験と政務実績を併せ持つ為人は七選帝侯のお眼鏡にかなった。
つまり傀儡にも賢王にもなれやしない劇薬を王に戴くくらいならば、『血塗れ公女』をお飾りの皇帝にする方がまだマシだと判断されたらしい。
勿論当事者としてはたまったものではない。
彼女は自然と狩りを愛する令嬢の風上にも置けない野生児であり、帝都の洗練された空気だとか、陰謀渦巻く社交界の世界だとかなんてのは以ての外。
「何を馬鹿なことを」と待ったをかけたくなる事案である。いや、むしろ待ったをかけるために今日、失踪を実行したのだ。
しかし曲がりなりにも、ここにおわすはこのお転婆公女に長年付き合う使用人諸君。捕獲技能も年々うなぎ上りの彼らは、アナスタシアの想定よりも随分早くその失踪に気が付き、警戒網を張ったのだとか。
かくしてアナスタシアは外に逃げることも出来ず、屋根の上でうむうむと悩んでいたところに現れた救世の一手――それが自分ということであるらしい。
「……ということで、助けてください! 屋敷の外に出るまででいいので、おねがい!」
この通り、と頭を下げる少女。
イヴァンとアナスタシアの身長差はおおよそ20センチ。
座高に直せばまた変動するが、ともかくそれだけの体格差がある2人が並んで座れば必然的に彼女は自分を見上げるカタチになる。
そして惚れた弱みというやつか。イヴァンはこの上目遣いに、殊の外弱いのであった。
イヴァンは傾きかける己の天秤を振り払い、彼女に、そして自分に言い聞かせるように金貨袋を掲げる。
「いや、ダメだな。俺はもうお父君に買収されてるんで」
「む……それ、父上がイヴァンにお小遣いあげたかっただけなんじゃ……」
真意はともあれ。金自体は至極どうでもいいが、大公とは従騎士として大公爵邸に預けられて以来の仲であり、イヴァンにとって大公は第二の親、代え難い恩人である。
つまりこの金はそっくりそのまま信頼の証なのだ。
そんな相手の期待を裏切るのだからそれ相応の対価でなければ釣り合うまい。
「俺は金で大公閣下に雇われました。なんで俺に言うことを聞かせるつもりなら、更に金を積むか、それ以上の対価を差し出して貰わないと」
「対価……」
「ええ、釣り合うならなんでも。金でも、武具でも、宝飾品でも――ああそれともカラダで払いますか?」
「肉体労働はちょっとな……」
そういう意味じゃないのだが、なんて言葉を噛み殺す。
元より下衆のような、心にもない交渉。
そうでもしなければ浮かれた心がついつい彼女の味方をしようとしてしまうからだ。
一方、こちらの言葉に考え込むような仕草を見せるアナスタシア。悩ましげな彼女の口元にその白く細い指が添えられる。
彼女が最も容易に取れる手段は、まず間違いなく金だろう。
だが彼女は幼馴染を金で買収することを良しとしない。プレゼントならばともかく、互いの間に金銭の関係をもたらすのはこれまで築き上げてきた全てを崩す行為であるために。
そうして数秒熟考した後、彼女は迷いを隠することなく口を開いた。
「気に入るかは、分からないけど……」
ぷちり、ぷちりと思わせ振りに解かれる、ドレスに連なる釦の列。衣服から露わになる白磁の肌。
馬鹿な。そりゃ「カラダで払います?」なんて啖呵を切ってみたが実際に実行する馬鹿がいるか……!?
先ほど低俗な言葉を放ったばかり青年は、反面、今度は大慌てで視線を反らし紳士的に警告し――
「いや、流石にそれは冗談と言うか――」
そこで言葉をやめた。
どうやら彼女の目的が自身の想像するそれとはどうにも異なることに気がついたために。
少女の胸元に浮かび上がる金色の裂け目。
かくして、一際大きな裂け目から顕れる光の束は、やがて一つに収束し――その内より、ごくありふれた木の棒の姿が現れた。
「……………………え、何? 木の棒?」
「ふふん、見てて。ただの木の棒じゃないから。これに魔力を通すと――ほら」
木の棒は魔力を取り込み、再び淡い金光を纏ったかと思うと、瞬きの間に長剣へとその姿を変じた。
とてつもなく蠱惑的な何かを見せられたあとに出る感想ではないのだが、華美な装飾もなく、しかし職人のこだわりの光る逸品であると見受けられる。
「木の棒を剣に変える魔術……とかどうかな」
「全男子の夢を安々と叶えやがって……いや、違う。そうじゃない。なんてとこから取り出してんすか」
「別に、ただの収納魔術だよ。鞄もいいけど、身体そのものに収納機能があったら便利だなって思って……あ、こっちの技師を紹介しようか?」
「いや、うん。もうどっちでもいいです……」
じゃあ交渉成立だね、と喜ぶ彼女を他所に、イヴァンは名状し難い感情に耐えかね頭を抱えた。
……さて。いずれにせよあとは依頼について考えなくてはならない。
「助けるったってなぁ……外に出たところでどうするんです? 行く当てもないでしょ」
「ううん、そうでもない。とりあえず選帝侯のアンブロシウス大神殿長には話をつけてあるから、あとは『おつかい』を熟せば推薦は取りやめてくれるって約束。父上も相談一つなしに皇帝にさせるようなタイプじゃないし。他の選帝侯についても、時間は無いけどやれることはやるつもり……まあ、地道に一歩ずつかな」
「『おつかい』……あー、件の副業ですか」
「副業じゃないし。奉仕活動だし。満たしてるのは懐じゃなくて衝動なんですぅー」
少女はお転婆で無法な人間ではあったが、無能ではなかったらしい。
そうして、抵抗の汎ゆる手札をなくしたイヴァンは、観念したように笑う他なかった。
「……本当に、外に出るまででいいんですね?」
「勿論。そこから先は何とか自力で頑張ってみるよ」
「分かりました。なら、俺に妙案があります」




