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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
第一章 『無知迷妄』

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17/24

16 玉座の上の




ところで、即位と戴冠は明確に異なる。


即位が事実上の君臨であるならば、戴冠は宗教上の承認である。

即位さえしてしまえば政務を一手に担うことができるが、宗教儀礼を行うためには戴冠式を経る必要がある。宗教儀礼と一口に言っても、戴冠式や叙任と言った規模の大きなものから、ミサや社交など日常に寄り添ったものに至るまでその種類は様々だ。


帝国の慣例に基づけば、私が『皇帝』として夜会や舞踏会を開くためには戴冠が必要になる。

もう暫くは時間稼ぎができそうで助かった、と貯めに貯めた宿題から逃れる子供のように、私は微かな不安の気配を感じながらも胸を撫で下ろした。

 

とは言えそれもあくまで主催は、という話である。

戴冠前と言えども、社交界への参加もまた皇帝に求められる業務の一つだ。


そんなわけで、イヴァンとエミリア、更にナタリアを引き連れてオーカディア辺境伯夫人が主催する夜会に乗り込んだのが事のあらましだった。



「……流石に喧嘩を売ってくる人は居ないか」


「値踏みはされてるみたいですけどね」



私の微かな呟きに、イヴァンが答える。

オーカディア辺境伯は七選帝侯が一つ、スヴェルタ帝国最北端の領土を治める由緒正しい家系である。

そのような家門が招く客人も皆一様に気品高く、わざわざ新皇帝の不興を買いにやってくる愚か者は当然居ないのだった。

しかし彼らも貴族。新皇帝なる噂の的に興味を持たずには居られない、と言った様子で痛いほどに視線が集まっていた。



「社交の経験は大してないけれど……それにしても昔はこんな風じゃなかったのに」



気分は檻の中の珍獣だ。実際に鉄格子は存在しないが、己と他の客人達の間には何か見えぬ壁があるように思えてならない。遠巻きに恐る恐る眺められる様子は酷く居心地が悪かった。

私はそれを悟られぬように、ゆっくりとティーカップに口付ける。


周囲の視線に耐えきれなかったのか、背後に控えるエミリアはおろおろと幼子のように落ち着きもなく周囲に視線を彷徨わせている。

一方のナタリアは、しゃんと背を伸ばし澄まし顔で侍女の務めを果たしていた。



「(提出された書類には、ナタリアは次女と記載されていた。ヴィヴィアンの話では妹の方は愛妾の娘。不義の娘であるナタリアにも教育が行き届いている、それ自体は何らおかしなことではないけれど……でも、むしろこれは――)」



……やはりこの姉妹は似ていないなと思う。少なくとも、とても同じ立場に立つ者の顔ではないように思えた。


まだ大公女だったほんの少し前も、確かに物珍しそうな顔をされる事はあったがこれほどではなかった。立場、身分というものは簡単に環境を変えてしまうのだとしみじみと実感する。

そこで、私は国の頂点に立とうとも相も変わらず慇懃無礼な幼馴染をまじまじと見つめた。



「……変わらないんだね、イヴァンは」


「変わらないのは俺じゃなくてそっちの方じゃないですか? 国で一番偉くなったのに威張りもしないし、着飾りもしない。まあ、今日は流石に侍女連中に負けて多少お洒落してるみたいですけど。今にも迷宮(ダンジョン)に駆け出しそうですけど」


「そうできたらどれほど良かったか……」



大公領は肥沃な大地が広がる農耕地であると同時に、古くから迷宮の発生しやすい土地柄でもあった。このため他の領土とは異なり貴族の義務の一つに魔獣討伐、即ち迷宮探索が並び立てられる。それを良いことに『血塗れ公女』は執務の合間を縫っては、日夜迷宮に潜っていたのであった。

この姿を見た贔屓の武器職人は「休み時間に校庭でドッチボールをやる小学生」などと感想を残した。



「(ところでドッチボールって何だろう?)」



そんな現実逃避に勤しみながら、私はティーカップを傾ける。

夜会に参加しているとは言えど、生憎親しい人も居なければ会いたい人も居ない。スヴェルタ帝国のような広大な国ともなると夜会で会う人全てが知人というわけにはいかなくなるのだ。旧知の諸侯が居れば会話を交わすこともあるが、いつも彼らが参加しているわけではない。

お陰様で、主催(ホスト)がやってくるまでボッチの皇帝が爆誕している。


主催(ホスト)の登場までまだ時間がかかる。

その間、好奇の視線、その針の筵をやり過ごす中、しかし一際大きな声で噂する影が一塊。



「――あれが『血塗れ公女』か?」

「ああ。何でも日夜男を部屋に連れ込んで淫蕩を貪る売女らしい」

「身体を売って帝位を買ったのか。さしずめ玉座の上の娼婦だな。なるほど、どうりで匂うわけだ……」



年頃は15か16くらいか。今年の春にでもデビュタントしたのであろう、顔立ちに幼さを残す青年が3人。


チラチラとこちらを眺めながら、口々に皇帝(わたし)を侮辱する言葉を発する子どもたち。それでいてこちらの興味を買ったとわかると途端に卑しい笑みを深めるのだ。


周囲の大人たちは一様に顔を強張らせながら、子供たちを眺めている。ここに彼らの親が居たならば顔を青くして跳んできそうなものだが、悲しいかな、周囲の中には身を挺して彼らを守るほど優しい大人は居ないようだった。君子危うきに近寄らず――とは少し違うが、己に火の粉が降りかかるのを恐れて誰も彼もが彼らを諌められないでいる。


どちらに正義があるかなどは言うまでもない。

しかし誰も指摘しないことが彼らの悲劇性を更に加速させていた。



「前言撤回。社交界初心者のおこちゃまもいます、と……」


「いやぁ若いですね、青い青い。冷笑したいお年頃なのかな。まったく、ああ言う根も葉もない噂はどこから湧いて出るんでしょうね」



恐らくイヴァンが出入りしてることが問題なのでは――と思わないでもなかったが、特に口にはしなかった。

いかなる事情があれ、イヴァンは名目上は護衛の騎士のため部屋を出入りして責められる筋合いはないのである。


あまりにも事実無根であるばかりに、怒りさえ浮かんでこない。それどころか生温かい視線を送って見守ってしまいそうになる。



「陰口を本人に聞こえるように言うって、それはただのドストレート喧嘩セールなんですけどね。皇帝相手に死にたいのかな、アイツら」


「しょうがないよ。あれくらいの年齢は集団になることで全能になったって勘違いしちゃうお年頃なの。周囲を馬鹿にすることで、自分が優位で唯一無二であることを確認したい時期なの」



そう考えるといっそ可愛らしくすらある。

とは言え皇帝は人気商売。貴族の名誉は命よりも重いと言います。

その気になれば不敬罪で地下牢にぶち込んでやれるのだが、それは少々大人げないというもの。

ほんの少しお灸を据えて、自尊心をメキョメキョにすることで手打ちにしてやるのが大人の勤めなのかもしれない。



「ナタリア、今日いくら持ち合わせがある?」


「えっ………………と、細かい硬貨と小切手をお持ちしております」



突然の、脈絡がないようにも思える質問にナタリアはたじろぎながらもそう回答した。

私はそう、と満足げに頷くとその中で最も安い硬貨を要求する。

ナタリアは状況を飲み込めていないような表情を浮かべつつも、預けた財布からスヴェルタ鉄貨を取り出した。外出用の財布に最小貨幣があったのは僥倖だった。



私はシャンパングラスをナタリアに預け、代わりにスヴェルタ鉄貨を受け取ると迷いない足取りで子供たちの輪へ向かった。

一歩、また一歩と歩む事に彼らの死期が近づいていることを悟って顔を青くさせる周囲と、一方で挑発に乗ったことを喜び事態を全く把握出来ていないらしい青年たち。

……全く、こんな子どもを社交界に出すなんて、なんと(むご)い親なのだろう。



「……ご機嫌よう?」


「ご機嫌よう、皇帝陛下! 折角ですが、生憎僕は手持ちが足りなくて。今夜の商売ならコイツ相手にしたほうがいいですよ」



そう言ってある青年は3人のなかで最も背の高い男の肩を抱く。

私は彼らに一様に浮かぶ低俗な笑みを見渡して、やはり彼らは救えないな、としみじみと思うようだった。

他人をありもしない噂話で馬鹿にする、その問題をこの年齢になってまで理解できていないというのだから、あまりにも痛々しい。



「貴方達の間では私のことを娼婦だと噂するのが流行ってるみたいだね」


「はは、事実でしょう? いかがです、身体で買った玉座の座り心地は!」


「……ずっと思っていたのだけれど、何故私が『娼婦』なんだろうね」



私の言葉に、青年たちはやや不愉快そうに顔を歪める。

しかしその口元には未だ笑みを浮かべ、自身の正義を確信したままだった。



「はぁ? 言うまでもないでしょう。それはあなたが毎晩男と遊んでいるからで――」


「ううん、違うの。そうじゃなくて……なんで私が『買われる側』なんだろうって」


「……は?」



予想もしていなかったらしい答えに、間の抜けた声が返ってくる。

私はさぞ思案げに口元に指を添えると、深刻そうな表情を取り繕って言葉を続けた。



「娼婦と言うのは、身体を売って対価を得る人間のことでしょう? でも私はカーライル大公女であり、新皇帝。一方、少なくとも私と一晩を共にする男性は基本的に私よりも下の身分のはず。私がサービスをして得られる程度のものは、元から私が持っている。わざわざ身を売る、その意味がない。なら、私は買う側だと思わない?」


「それ、は――」


「ね。私を買われる側の呼称で呼ぶのは前提からして間違ってると思うんだけど……違う?」



そう言って、優しくほほ笑む。

売った喧嘩を、まさかこのようにひっくり返されるとは思わなかったのだろう。あれほど盛んに鳴いていた青年たちは、今や二の句が継げないでいる。



「それで……ふふ、私を相手に商売をしてくれるんだっけ? 面白い価値観を見せてもらったから、情けで一晩買ってあげましょうか?」



その言葉に、己を男娼扱いされた事に気が付き、青年の顔が怒りに染まる。

他人をそう扱うのは構わないのに、自己をそう扱われると怒るなんてなんと浅ましいことだろうか。


青年は怒りのままにワイングラスを振りかぶる。しかしその中身がひっくり返されるよりも早く、青年の眉間を指弾が打ち抜いた。

――弾の正体は、先にナタリアから受け取った鉄貨である。



「ごめんなさい、私もこれ以外は大きいものしか持ち合わせがなくて。……でも、最小貨幣(これ)で十分でしょ?」

タイトルを長文にするべきか悩む今日このごろです……くっ……伸び悩み……!

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