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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
第一章 『無知迷妄』

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14 平穏の中の事件




「ん〜……これは間違いなく」


「盗まれてます、ね」



時は流れ、顔合わせから1カ月が経過した。


新しく迎えた3人の侍女も徐々に環境に慣れ、それぞれの為人(ひととなり)も粗方把握できた。お陰様で小さな問題はあれど大きな揉め事はなく、日々を恙無く過ごしている。ミュゲ伯爵姉妹、特に姉のエミリアは侍女としての振る舞いに戸惑うことも多かったが、それでも一度教えればすんなりと身に着ける聡明さがあった。

……が、恙無かったのは人間関係に関する問題についてのみだった。

 

クラーラとアヴローラと私、3人仲良く衣装部屋(ドレッシングルーム)を覗き込んでそう呟く。


七日前は指輪、一昨日はネックレス、本日に至ってはドレス一着と、犯行は徐々に大胆になってきている。

余談になるが、盗まれたドレスは件の茶会に着ていったものである。

流行の型のドレス、2着しか持ってなかったのに……!

また仕立て直しかと思うと気分が滅入るようだ。



部屋自体に荒らされた形跡はなく、窓の破損など外部からの侵入の痕跡も見られない。そうなればやはり犯人は正規のルート――この扉を使って犯行を実行したと考える他ないだろう。

問題はこの扉は2つの鍵によって毎日施錠されている筈、という点だ。

鍵は侍女達が交代で管理するのみで、他の使用人達には触れることも許されない。ドレスはともかく、指輪をはじめとした宝飾品は当然高価なものになるためである。

更に二重ロックである点、鍵穴の破損が見られない点などを鑑みると――犯行が可能である人物は自ずと絞られてくるわけで。


アヴローラが思い詰めたように頭を下げる。



「申し訳ございません、私の過失です。もう少し新人教育が行き届いていればこんな不届きな事は……」


「いや、違うよ。アヴローラの責任なんかじゃない。元々相手がどこまでやるか様子見しようって話だったでしょ」



1度目――三日前の指輪の時点では、大公領に置いてきてしまった可能性を考慮した。

アヴローラと共に確認を行い、持ってきているのを確かに認識していたが、あまり無闇に他人を疑いたくなかったというのが本音だ。


2度目――ネックレスの紛失の段階でこれは盗難に違いないだろう、という結論に至った。

ここで大事にしてしまってもよかったが、どこまで犯人がやるか様子見をしたいということもあり、見逃していたのが一昨日の話。


そして本日。どうやってあんな嵩張るものを盗んだのかは分からないが、とにかく失くなっているというのは事実だった。



「うーん……宝飾品の棚に向けて記録魔術具(ブローチ)を飾ってみては居たけど、ドレスの棚での犯行だと画角的に映ってないかもしれない。2回とも宝飾品だったから3度目もそうだろうと思ったのに、まさかドレスとは……」



戴冠式用の礼服(ドレス)に着けていた記録魔術具(ブローチ)を取り上げながら私はそう呟く。

カタリナが先帝より与えられていた件のブローチである。

仮に運よく映っていたとしても、そもそも映像の解析には5日程度の時間が必要だ。


一進一退の攻防ではあるが、ひとまず戴冠式用の礼服(ドレス)や装飾品が窃盗の対象にならなかったのは不幸中の幸いだったと言える。



「……昨日の鍵の当番はエミリアだっけ?」


「その筈だったんですけど、本人にそれとなーく聞いてみたところ『昨日は体調が思わしくなくて、ナタリアに交代して貰ったんです』とのことで……」


「不調? 午前中は元気そうに見えたけど……では、これはナタリアが……?」



アヴローラの疑問を、クラーラは首を横に振って否定する。



「盗んだのがナタリアかどうかはまだなんとも。エミリアが先に盗んで交代した可能性は否定できないし、そもそもタイミングを見計らえばメイドも出入りできるもの。でも、少なくとも昨夜鍵を閉める前には失くなっていたはずだから、ナタリアは紛失を認知してた可能性は十分高いと思うわ」



ともかくナタリアに事情を聞かなくてはならないが、当然素直に答えて貰えるわけがないだろう。そもそもそんな簡単に白状する人間なら盗みなんて働かない。それを踏まえても、聞かないというわけにもいかないのが現実だった。



「……全使用人の荷物と部屋を改めましょうか?」



アヴローラの問いかけを、今度は私が首を振って否定する。



「どうかな……お願いすることにはなるだろうけど、個人的には望み薄かなとも思う。もう持って帰ってるなり、共謀者に引き渡してるなり、あるいは換金してるなりしてるんじゃないかな。皇帝の私物が手元にあるのがどれだけ問題かなんて言うまでもなく分かってるだろうし、そんなリスクを背負い続けるとは思えない」



宝飾品はいずれもカーライルの刻印を入れているが、溶かすなり鋳潰すなりいくらでも偽装のやりようはある。

何れにせよ、如何に大胆な盗人でも証拠をわざわざ残しておくなんてことはないだろう。



「(舐められてる……いや、試されているのかな)」



主人の財産を盗むという行為には、単なる窃盗というだけではなく主君への背信という問題が生じる。

侍女達にはそれぞれの家門の思惑があるが、それでも主人を軽んじ、あまつさえ不利益を与えるような者を側仕えに置くわけには当然いかない。


今回の一件は、組織的な犯行と言うと些か誇張が過ぎるかもしれないが、少なくとも単独の私欲に基づいた単独犯の犯行ではないと考えるのが妥当だろう。

であれば。問題になるのは、背後に誰かいるか、だ。


一瞬、脳裏にオーカディア辺境伯夫人の不審なあの発言が思い起こされる。しかしそれを私は頭を振って打ち消した。不審なことには違いないが、もしそうであるならばわざわざあんな発言をする意図がわからない。



「(そう言う意味では、ナタリアの可能性は考えづらいな……ミュゲ伯爵に命じられた可能性は否定できないけど……)」



アンブロシウス大神殿長は父上と並ぶ親皇帝派。侍女1人を使い潰してまで試す理由がない。彼の推薦を得て侍女となったナタリアにも同様に理由がない。


ただし、ミュゲ伯爵という人間が大神殿長と一枚岩でない以上は犯人から外すことも出来ない。

娘二人がそれぞれ別の選帝侯から推薦されているということを鑑みると、彼らは別の派閥であると考えるのが良いだろう。

であればミュゲ伯爵に命じられて犯行に及んだ、という可能性は十分にある。


当然、ミュゲ伯爵姉妹に限らず、メイドやエウドキアの犯行の可能性も捨てきれないのだが。



「はぁ……犯人探しなんてしたくはなかったけど、しないとどうにもなんないか」


「そうですね。お嬢様……じゃなかった、陛下は装飾品や衣類の私物が少ないので、このままのペースで盗まれると戴冠式当日には裸族になってしまいます」


「裸の王様か……腰蓑くらいは残しておいてくれると良いんだけど」



そうでないと帝都はあまりにも寒すぎて死んでしまう、マジで。

ただでさえ大陸最北端に位置するスヴェルタ帝国、その都は帝国内でも中央からやや北部周辺に位置する。南部国境沿いの大公領育ちの私からすれば、初夏と言えども震えるような寒さなのだ。王の死因など常々碌なものではないが凍死だけは勘弁して欲しいところである。

あとは犯人が温情をかけてくれることを祈るばかりだ。



「部屋の改めを騎士たちに依頼する。……それから明後日。ヴィヴィアンが王城に移ったら、私の私室にもう一度集まって。そこで今後の方針を決めよう」



かくして、一日はそんな感じで幕を開けた。

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