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お飾り皇帝にはお似合いの仕事  作者: 花嵐
第一章 『無知迷妄』

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13 新しいメンバーを紹介するぜ?




緊張に疲労した身体をソファに投げ出して私は深々と息を吐く。

茶会から帰宅して間もなく。イヴァンの「ドレスに皺がつきますよ」なんて耳の痛いお小言はフルカット。

ソファに身をズブズブと沈めながら蜂蜜入りの温いミルクティーで気合を補充する。


ソファにずぶずぶ身を沈めながらジャム入りの温いミルクティーで気合を補充する。

ヴィヴィアンがここに居たのなら酷く見咎めるであろうそれは、実のところは大公領に居た頃からの習慣であり、異世界にも似つかわしいこの宮廷では故郷を象徴するものの一つでもあった。


……即位してから、一つ立てた目標がある。

それは有り体に言うと『スローライフ奪還』である。


これまで私は大公領で自由気ままに生きてきた。それは別にサボっていた、という話ではなく宮廷の権力争いからは外れた隠居生活――もとい大公領での穏やかな仕事に身を委ねていたという話である。

つまるところ面倒な権力争いは父上にぽーい! できる範囲で必要な執務と改革、自他共に利益が釣り合っている魔獣狩りに勤しむだらだらゴロゴロ生活――これが私の理想の生活(スローライフ)なのだ。

これを宮廷(ここ)で再現しよう、そういう話である。



「(実際この不干渉は傀儡皇帝としての在り方に合っている。むしろ七選帝侯(ちちうえ)達にはこの状況は都合がいいはず。だからあながち夢物語ではない……!)」



と。そんな感じで『スローライフ奪還』、もとい宮廷大公領化計画の第一歩としてささやかながら故郷の習慣を宮廷に取り入れてみた、そんな次第であった。……スローライフ奪還の道のりは遠い。

ちなみにあまりにも社交に行かないせいで、この習慣が持ち込まれた事自体そもそも広まっていないわけだが。そこは俺たちの戦いはこれからだ、ということにしよう。


かくしてとりあえずの日常を取り戻した私は、ここ数日ずっと問いただせないでいた疑念をようやく口にすることにした。



「ところで。イヴァンは、なんでさも当然の顔をして王城(ここ)に居るの?」


「なんでって……職場だからですかね?」



そう言ってかわいこぶるイヴァンに、そんなわけないだろうと冷たい視線をくれてやる。


イヴァンはこれでも新大陸の領土統治を任ぜられた辺境伯。宮廷に居る事自体はそう問題ではないが、『ずっと居る』というのはどう考えてもおかしい。現地での公務が主な仕事である彼には、宮廷での常勤業務はないはずなのだ。

「報告のために立ち寄っているのかな?」「社交界シーズン中はこっちに居る予定なのかな?」とポジティブに推察しなかったわけではない。しかし、朝起きてからおやすみまでずっと顔を合わせ続けている現状に待ったをかけたのは致し方ない話だと思うのだ。



「別に近衛騎士が陛下のお側に居るなんてそう変なことじゃないでしょう」


「近衛騎士ぃ……?」



いつの間にそんな身分になったのだ、と思わず怪訝な顔をしてしまう。しかしそんな眼差しをものともせずに、イヴァンはほら、と履いた長剣から下げられた飾り房を指し示す。

蒼玉を通した金糸の飾り房は、建国以来から続く近衛騎士の証明であり栄誉である。

家柄、実力、人柄――その全てにおいて優秀であると認められた者のみに与えられるその栄誉は、多くの騎士の憧れであり最極点と言っていい。皇帝から賜る品であるが故に、その偽造は大罪の一つとして取り立てられるのだった。



「……元あったところに返してきなさい」


「人聞きが悪いな。ちゃーんと先代の皇帝陛下に賜ったものですよ。聖火戦争の戦功の報奨に『勅任近衛騎士』として任ぜられた時のやつです。いわゆる、形式だけの名誉職でしたけど。使うつもりなんてサラサラなかったんですけど、まさか本当に役に立つ日が来るとは……」


「……そうだった、貴方英雄なんだっけ」


「はい、数年前から英雄をやらせてもらってます。近頃はありがたいことに平和続きであんまり出番はないですけど」



なるほど、通りで城内を我が物顔で歩いているわけだ。

理由は理解できたが、問題は動機である。問題、と言っても何となく予想はついているのだが。



「……父上の差し金だね。あの人、変なところで過保護だから……イヴァンも嫌だったら断っていいんだよ」


「まあそれもありますけど。なんでも『イヴァンが居ないと皇帝なんてやだやだ!』って駄々こねるお嬢さんが居たらしいんで」


「そこまでは言ってないし」



一言多い幼馴染に今日こそは制裁(デコピン)をくれてやらんと重い腰を上げたところで、控えめなノック音が割って入った。



「アナスタシア様、クラーラです。大公領から到着した一行の荷解きが終わりましたので、アヴローラを連れて参りました」


「入って」



許可の声と共に、扉の奥から現れる2つの影。

オールドローズの髪を一つの三つ編みにした明朗快活なクラーラとは対極に、アッシュグレイの髪を肩口で切り揃えた凛とした佇まいの女性。

彼女こそがアヴローラ。大公領からやってきた、幼年期から長く仕えてくれている侍女の片割れだった。

クラーラとアヴローラは二人で一つ。とはいえ兄弟姉妹と言った血縁関係ではなく、あくまでニコイチという意味である。クラーラ曰く、二人揃えば戦力(パワー)は3倍、煩さは4倍になるのだとか。


宮廷式のお仕着せに着替えたらしいアヴローラは、人形を思わせる仕草で恭しく挨拶する。



「お久しゅうございます、アナスタシア様。勅命を賜りアヴローラ、ただ今登城致しま…………お嬢様、お召し物に皺が付きます。すぐ立って下さい」


「アヴローラ……貴方もか……」



「すたんだっぷ、すたんだっぷ」とにじり寄るアヴローラに負けて渋々居住まいを正す。

まったく、どうしてカーライルの人間は服の皺を親の敵の如く嫌うのか。悲しみに満ちた目による抗議を試みるものの、結局期待したほどの成果は得られなかった。



「このあと侍女達との顔合わせがあるとお聞きしたのですが、その前にご挨拶をと。それからご指示いただいた通り、大公領から服飾品を選別して持って参りましたのでお時間のある時にご説明をさせて頂ければ」


「ありがとう、顔合わせが終わったら確認する。……そうだ、新しい侍女たちの教育係についてアヴローラにお願いしたいのだけれど、どうかな」


「それは勿論ですが……クラーラでなくてよろしいのですか? 私はその……世辞にもあまり社交的ではないので……」



困ったように微かに眉を下げるアヴローラに、クラーラが笑って答える。



「ダメダメ、私先生役とか本当に向いてないんだもの! それに教えるのはアヴローラの十八番じゃない。がんばれ、アヴーシュカ先生!」


「そう……でしたら、そのお役目謹んでお受け致します」


「決まりだね。それじゃあ顔合わせに行こうか」




***



それから間もなくして3名の侍女が私室に招かれた。

先導するクラーラの後ろに着く緑髪の壮年の女。

キラキラと目を輝かせながら忙しなく周囲を見渡す橙色(アプリコット)の髪の少女。

最後尾を緊張した面持ちで歩む千草色(パステルグリーン)の髪の少女。

おそらく壮年の女がエウドキア・ネルケ、後ろの二人がミュゲ伯家の姉妹だろう。上奏された書類によれば橙色(アプリコット)の髪の方が姉、千草色(パステルグリーン)の髪の方が妹で間違いない。


本来ならば三者三様の家門、せめて異なる家系から招くのが最善手であるが、選帝侯の推薦とあれば断りづらい。

……更に言えば、姉妹それぞれが別の選帝侯からの推薦というのがずっと気がかりだった。



「(特にそれが、アンブロシウス大神殿長となるとな……)」



妹――ヴィヴィアンが愛妾の娘として一抹の懸念を示した少女を推薦したのは、あのアンブロシウス大神殿長である。当代のミュゲ伯が大神殿長と深い繋がりがあるとは思えないし、大神殿長の性格からして癒着や賄賂は考えづらい。あれは確かに為政者だが、それ以前に立派な聖職者なのだ。

だからこそ何かしらの意図があると考えて良い。

問題は、それをこちらに伝えてこないということなのだが。アンブロシウス大神殿長は無茶ぶりがお好き、と。


きょろきょろと落ち着きのない姉と、静かに頭を下げる妹では、髪色や顔立ちは言うまでもなく仕草一つとってもとても姉妹には見えない。瞳の色はどちらも同じ緑色をしているが、濃さも全く違う。

姉妹だと先に言われなければ思い至らない程に似ていない両者だな、とぼんやり思った。



「ご紹介いたします。私の隣から、エウドキア・ネルケ、エミリア・ミュゲ、同じくナタリア・ミュゲです。明日より陛下のお側でお仕えする者たちです」



クラーラの紹介と共に、礼をするエウドキアとナタリア。その2人を見て慌ててぎこちなく頭を下げるエミリア。

そのあどけない仕草はどこかデビュタント前の少女にも思えて、思わず小さく笑みが零れる。



「よろしく、アナスタシア・カーライルです。申し訳ないけれどまだ入城したばかりで慌ただしいし、人手も少ないからたくさん迷惑をかけてしまうと思う。指導役はアヴローラに任せるけれど、何か分からないことや困ったことがあったらいつでも気兼ねせずに聞いて。逆に私たちは帝都のことには疎いからたくさん力を借りることになると思う。これからどうぞよろしく、とにかく今日はゆっくり身体を休めてね」



そう言って私は態とらしく頭を下げる。

さあ指摘してみて、私に帝都のやり方を教えて――と。


反応は三者三様だった。

ぽかんと口を開けるナタリアと、首を傾げるエミリア、目に見えておろおろと動揺するエウドキア。

大公家ではあまり見られない新鮮な反応に、思わず口元が緩むのを自覚する。頭を下げていて本当に良かった。こんな無様(ところ)を見られるわけにはいかない。

結局、その意図を理解し腹を括ってこれを口にしたのは年長者のエウドキアだった。



「その……陛下、どうかお顔をお上げ下さい。侍女とは言え我々は側仕え。皇帝陛下が端女に頭を下げるなどあってはいけませんから……」


「そう? そうだね」


「お嬢様、お戯れが過ぎますよ。……こほん。基本的にこんな感じの方なので、皆さんも肩肘張らずに気楽にお願いします。私は初日にお皿を3枚割りました!」



クラーラがそう言って胸を張る。ちなみに3枚のお皿を割った翌日は水差しを割っていた。侍女長は泣いた。


そんな他愛も無い話をした後に、本日は解散となった。

思えばこの日が、戴冠式に至るまでの平穏な日々の最後の日だったのかもしれない。

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