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第83話 王の御前

「トレイル! トラスさんをどこにやったのよ!」


 大多数の光の糸を急に杖に戻した反動を脳に直接喰らったトレイルは、カティの問いに応えようとしたが、脳を鷲掴みされるような激痛に妨げられ、顔を伏せてしまった。


「グ……ッ!」


 カティはトレイルが急に伏せたことに驚き、微かに漏れるうめきに言葉を失った。

 四人が消え、一人が苦しみ、残った三人は理解が追いつかない不測の事態に口よりも先に頭を動かしていた。

 そのせいで訪れた静寂も、すぐにボコリと地面の盛り上がる音に奪われることとなった。


「ピシェ!」


 アルゴルンが立っている場所よりも数歩ケットウッド寄りの地面に四つの山が生まれ、同時に四つの山頂が割れたかと思うと、そこには黒いマントを着こんだ者たちが集結していた。

 一人の少年はグタリと力の抜けた少女の肩を抱き、青年と女性は紫色のドロリと濁った液体を塗りたくった長剣をそれぞれ構えている。


「解呪師さん、あんたやるわね。神聖な杖をそんな風に扱うなんて、今までにない策略家だよ。だけど、ピシェをこんな目に遭わせた借りはしっかりと返してもらうよ!」


 ギタンに寄り掛かるようにしてなんとか立っているピシェを見て、アーシーは叫んだ。トラスも怒号を張り上げるようなマネこそしなかったが、静かにトレイルを睨んでいる。

 ピシェは疲弊しきっている。それは土の大口を四体も生みだし、それで光りに覆われた皆を救出すると共に、一番距離を短縮できるトラスの近くに吐きだすことに魔力のほとんどを消費したからだ。


「止めろ!」


 アルゴルンは悲痛を乗せて呪操師家族を制止しようとするが、位置が悪い。

 カティとアルゴルンのいる場所はカティン村サイド、それに引きかけ激痛に伏せているトレイルとガナスはケットウッドサイドと、真逆の位置関係にあり、その間をちょうど陣取っている呪操師家族はアルゴルン達を気にしなくともトレイルを斬りに行ける。

 しかし、全軍突撃は自陣の――つまり疲弊したピシェとそれを看取るギタンを無防備にすると言うこと。さすがのトラスもそんなことはせず、ゆっくりとアルゴルンの方を向き、対等な条件で対峙する。


「バンダナの剣士。お前はここであの解呪師の悶え苦しむ姿でも見ているんだな」


 トラスの挑発にアルゴルンは素直に乗った。

 身を屈め、俊足と共に大地を踏みしめた。地鳴りを鳴り響かせ、後を追うように轟音が騒ぎ立つ。息の間にアルゴルンは呪いの範囲内までトラスに近づき、瞬きをする間に剣を振るう。

 あまりにも迷いのないアルゴルンの行動、それは今までの自分への見せしめでもあった。今までに、アルゴルンは多くの躊躇によって、守るべきものを守れず、涙をんできた。そんな自分と決別するために、アルゴルンは俊足に剣を振るった。

 トラスはそんな俊足に圧倒され、驚く暇もなく立ち尽くし、相手の剣が自分の剣を捕らえた感触と共に地面に尻もちをついた。

 地鳴り。轟音。俊足。そしてアルゴルンの鬼神のような面持ち全てに圧倒され、一種の感服を抱き、降参の合図を示すかのように剣を落した。

 アルゴルンの俊足の一閃は、トラスの手にした剣を半分に折ることはできたが、肝心の喉仏には遠く及ばなかった。踏み込みの時点で戦意を削ぎ取られていたトラスは早々に腰を折り、剣と剣がぶつかる前に崩れ落ちていたからだ。そのせいで剣の軌道はトラスを大きく上回ってしまったのだ。

 ドッと溢れ出る疲労感を隠しながら一度引いたアルゴルンは、二撃目に備えて軽く呼吸を整えたが、それよりも先にアーシーが動く。狙いはトレイル。


「しまっ……」


 慌てて追いかけに行くが、刀身が残り半分しかない剣を構えたトラスが再度邪魔をしてくる。


「行かせん!」


 再度、剣を交えそうになるアルゴルンとトラス。激しい鈍痛に見舞われるトレイルを襲おうとするアーシー。

 それぞれの局面を一組の親子が止めに入ろうとしたその時、新たな声が場に響いた。


「止めなさい!」


 一つではなく、二つの静粛とさせる声に、アルゴルン達も呪操師家族も辺りを見回した。二つとも女性の声で、呪操師家族以外は皆その声を知っている為、驚きはない。

 トレイルがズキズキと痛む脳をなんとか動かし、呪操師家族の先、アルゴルンの先を、カティの先にあるカティン村を見る。

 そこには密着したシシーとルナが双方片膝を降ろし、神聖な儀式でも執り行うかのように腕を胸元に置いている。


「王の御前であるぞ!」


 台本を読み取るような丁寧さでルナが言い、それになんとか合わせるようにシシーがワンテンポ遅れて同じことを言う。

 えらく場馴れしたルナの丁寧な口調に比べ、シシーは恥じらいに頬を紅潮させながら乱暴に叫ぶ。すると二人の肩を土台とするようにシローの――いや、ケット・シーの演説が始まった。


「余は猫の王、ケット・シーである。この場に居合わせた者たちよ、余を捕らえようとする者、余に面会を希望する者、余の心許す者、様々な者共が数奇なまでに集っておるようだが、王の領地でこれ以上の不要な争いを繰り広げること、これを禁じる。この掟を破ることは余の子らが主らを引っ掻き倒すことになろう」


 王の領地、と言う単語にアルゴルンは聊かな疑問を感じた。猫の王が管理する場所、と言う意味であるのならば、本来、王の領地とはそれはあくまでもカティン村の住民が地面に線引きした数多くのサークルであるはずだ。そこが猫の唯一の憩いの場であるのだから。

 しかし、改めてシローを権威に溢れた表情を見ていると、猫の王の言うこと全てが正しく思えてくる。それの証拠を提示せんとばかりに、カティン村の周りには円状の隊列を組んでいた猫たちが一斉に鳴き始め、すぐにその場から離れた。

 残ったものは前足の爪で地面に掘った跡があるだけ。だが、それらはゆっくりと一番近しい掘り跡と混ざりあい、カティン村を包む大きな大きな円となっていた。


「争いの発端がなにかをわからぬ、だがそんなことを気にすることはない。ただ単純に話し合いをし、和平するだけでよい。余は誰かが暴走し、暴力に訴えそうになったところで仲介しよう」


 誰もがシローの威圧的なオーラに息を飲むことしかできずにいると、一人の少年が勇気を持って先行した。


「聞いてくれよトラス、アーシー、ピシェ、おいら呪操師を卒業したいと思ってるんだ」


 その言葉に依然としてトラスは不服な表情を漏らしたが、アーシーは驚きよりも関心を抱きながら長剣をフードの中に戻した。


「へぇ……あんたも言うようになったじゃないの」


「いいの?」


 気の早いギタンは少し前にもトラスの言葉を受け違い、すさまじいダメだしをされたことを思い出しながらアーシーに問いかけた。


「いいんじゃない、むしろその方がいいわ。悪いことするよりも良いことして稼いだ方が気楽だし」


 それにアーシーは驚くほど軽い返事を返した。

 ギタンは喜びよりも唖然とし、トラスは否定よりも墳怒した。


「アーシー。俺たちは犯罪者だぞ! そいつらが今さら真っ当な道を進むなんて出来るわけないだろ! それに俺たちを拾ってくれた王だって――」


「あんなの、あたしたちをただ単に駒として使ってるだけじゃない。養ってくれたのも愛があったからじゃないし、あたしはあいつが嫌い。そうだ、ピシェはどうするの、呪操師を続ける? 止める?」


「……皆が喜ぶ方」


 簡潔で単純な答えにアーシーはニッと笑い、トラスは目元を掌で覆い、唸った。

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