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第81話 呪われ剣士

 アルゴルン、ガナスの呪操師一掃ペアと幼い呪操師、ギタンはカティン村の入り口近くにある看板まで到着した。無事に、と言える状態ではないが。

 往復の際にギタンが沼地で何度か足を取られ顔面から粘着性のある泥に倒れこみ、そんなギタンを救出しようとしたガナスが体勢を崩し、ギタンの二の舞になった。終いには泥塗れのギタンが泥に塗れていないアルゴルンを妬み、わざとアルゴルンとの距離を縮め始め、それに神経を集中させていたアルゴルンはまんまと背中から倒れこみ、子供を一人背負っているかのような奇妙な感覚に陥るほど、背中に泥を被ってしまった。


「……倉庫だったな」


 それからと言うものの、絶えず背後に誰かの気配を感じていたアルゴルンは神経を尖らせ、太陽が完全に沈んだカティン村に着くまでに一言も喋らずに、不機嫌そうにしていた。


「はい」


 しかし、そんな雰囲気の悪い状況でもガナスは嫌な表情を微塵も見せずに答えた。


「そこにいるんだよな、トラスが」


 アルゴルンが黙って頷くと、ギタンは深く深呼吸を行った。これから行う行為は一歩間違えば長い時間を共にしてきた者たちと決別することになりかねない。ギタンはそれを深呼吸と共に再認識し、再度決心した。


「行こう。トラスの説得に」


 力強く大地を踏みしめ、カティン村の入口を踏み超えようとすると、カティン村から影が見えた。輪郭がハッキリとしないため、最初は幽霊かなにかとギタンは想像し、身を震わせたが、すぐに黒いマントを羽織っているために気付きにくかったのだと理解した。


「ギタン?」


 忙しなく背後を気にしていた黒マントの男はアルゴルン達に気付くや否や、他二人のことなど見向きもせずにギタンの名前を呼んだ。


「トラス!」


 切に願った成果か、それともただの偶然か、今のギタンが最も出会いたかった男がすぐ目の前に存在している。

 だが、その男はギタンの名前を驚き共に口にしながらも、すぐさま他の二人の存在に気付き、臨戦態勢りんせんたいせいを取った。


「お前ら、ギタンをどうするつもりだ?」


 主力で使用していた弓矢は破壊され、副として所持していたナイフも拘束の際に没収されたトラスは仕方なく拳を深く握りしめ、己が肉体のみで相手を牽制する。

 アルゴルンはそれに一切の容赦を見せまいと腰に掛けられた剣を抜き、いつもの構えで迎え撃つ。


「待ってくれよトラス、話があるんだ!」


「お前は黙ってろ」


 説得する以前に、トラスはまともに話を聞いてくれる状態ではなかった。完全にアルゴルンたちをギタンをさらった者共と認識し、警戒している。

 アルゴルンはまず、話を始められる状態にしなければならないと考え、それをするためにトラスをもう一度拘束することにした。

 丸腰の相手に対し容赦なく剣を抜き、威嚇程度のつもりで距離を測る。


「止めてくれ、アルゴルン!」


「心配するな、静かにさせるだけだ」


 剣を抜いたことにアルゴルンがトラスを危めるのでは思ったギタンは悲痛に叫ぶが、アルゴルンは冷静に答え、目線をトラスに合わせた。


「トラス、俺たちはもうお前を捕まえる気はない。ただ説得がしたいだけだ」


「人の顔を何十発も殴った奴が説得とはな、ふざけるなよ」


 確かにアルゴルンはトラスを必要以上に痛めつけた。だがそれは黒いマントに描かれた黒いユニコーンが目に映ったことが一番の原因だったからだ。それがなければ気絶してまでも殴る続けることはなかっただろう。

 だが、視界の悪い夜では黒いマントに描かれた紋章は見えづらく、アルゴルンにとっては返ってそれのおかげで平常を保てている。


「そこは否定しない。だが、そんな私情だけで家族の意見を切り捨てないでくれ。ギタンは新たな道を歩もうとしている。俺は単にそれの手助けをしているだけなんだ」


「ならその手に持っている物はなんだ?」


 ジリジリと詰め寄ってくるアルゴルンに間合いを取らせないよ、トラスも少しずつ後退しながら剣を指差す。


「これは……念の為だ」


 口ではそんな綺麗事を並べているが、本当のところ、アルゴルンは剣を使わずに済む可能性の方が低いと踏んでいる。


「相当信用されてないみたいだな、俺は……」


 苦笑気味に呟くトラス。


「ギタン、お前が歩もうとしている道とやらはなんだ?」


 後退していたトラスはあえてギタンの方へ歩を進め、それに合わせてアルゴルンも後退する。


「まだぼんやりとしか決まってないけど、これだけは言える。おいらたち四人は呪操師を卒業すべきなんだって」


 ギタンの大胆な告白にトラスの動きが止まり、ぎらつく瞳でギタンを睨んだ。


「これ以上誰かを呪い続けるのなんておいらは嫌だ。呪操師は誰かを傷つけるだけの悪い仕事なんだって、アルゴルンが教えてくれた。だから、これからでいいから、真っ当な仕事を見つけてさ――」


「止めろ……」


 ギタンの必死の説得も、トラスにとっては怒りが増大していくだけだ。

 目の前にいる奴らがギタンをほのめかし、耳触りが良いだけの中身は腐食しきっている道へ引きずり込もうとしているのだと、トラスはそう考えた。


「もういい……」


 こんな戯言などもう聞きたくない、と言う意味を込めて口にした言葉だったが、あろうことかギタンはそれとは真逆の解釈をしてしまった。


「それじゃあ……!」


「今夜の見張り番はお前一人だ。その時にでも火照った脳みそを冷やすんだな」


「え?」


 完全に自分の想いが伝わりきったと確信していたギタンは、唐突に突き付けられた一番嫌いな役割の一晩中を命じられ、血の気が引いた。


「お前のその無責任な言動の意味をよく考えていろ。こいつらを片づける間にな」


 言い終えるとトラスは勢いよく踏み出し、アルゴルン目掛け拳を振るう。アルゴルンは拳よりもトラスが近づいてくること自体に身の危険を感じ、とっさに後ろに跳ねたが、背中にしがみついた泥のせいで跳躍がうまくいかなかった。

たとえ泥のせいであっても、剣を構えている相手にすこしも怖気付いていないトラスの踏み込みは恐ろしく早く、アルゴルンの頬をしっかりと捉えていた。


「っ!」


 体勢を崩したアルゴルンはわざと転倒し、背中の泥を弾くように転がり、そしてはね起きる。


「これで借りは返したぞ、バンダナの剣士」


 顔面を真っ赤に腫らしたトラスは満足げな表情で言った。

 アルゴルンもそれになにかしらの返答を行おうと思ったが、自分の置かれている状況を考え、その余裕などないことに気付いた。

 斬ってはならない相手に剣を構え、近寄らせてはいけない相手は拳と言う至近距離の武器で近寄ってくる。これでは剣士である意味がない。

 それからもじりじりと距離を詰めてくるトラスと、それに合わせるように引いて行くアルゴルン。そうしている内に、いつの間にか互いの位置関係が逆転していた。カティン村に背を向けていたはずのトラスはギタン達を背に、アルゴルンはその逆に。

 さすがに夜が明けるまでこんな茶番を続けるわけにはいかないアルゴルンは、トラスの足でも浅く切り、身動きを封じようか考え始めていた。


「そこまで呪いが怖いのか、バンダナの剣士」


 勝ち誇った口調で聞いてくるトラス。

 確かにアルゴルンは呪いを警戒しているために受け身に回っているが、それは決して呪われることに恐怖しているわけでない。ただいつものように、呪いの進行を恐れ、身を引いているのだ。

 それに気付かないトラスを眺め、一人胸を苦しめている者がいた。


「違うよトラス! アルゴルンはもう呪われるんだ、おいらたち呪操師に!」


 背後から聞こえてくる悲痛な真実にトラスの身体が揺れ、ゆっくりと振り返る。少なくとも自分たちの行っている行為が善行でないことは分かっていたつもりだった。だが目の前で対峙している剣士が呪いによってその身を蝕まれているとは、思いもよらなかった。

 そう考えると、同業者の行った意味のないであろう行為が、トラスは自分ごとのように情けない気分に陥った。

 命令以外の人物を呪うことは並々ならぬ事情がない限り禁止されているはずだと言うのに、目の前の剣士が呪う者のリストに載ってなどいないと分かっているはずなのに……。

 長い長い懺悔ざんげの時間を背後から忍び寄ってきた一撃によって一瞬にして無に帰す。

 誰かがトラスの背後から頭部を目掛け拳骨ゲンコツをお見舞いし、それによりはトラスはわけもわからぬまま数歩ふらついた。

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